« 大文字送り火2009 ~船形~ | トップページ | 大文字送り火2009 ~鳥居形~ »

2009.08.13

大文字送り火2009 ~左大文字~

左大文字は金閣寺の背後、大北山に灯される送り火です。位置的関係、それに護摩木の受付が金閣寺門前で行われる事から金閣寺と関係があるかの様に思ってしまうのですが、直接の関係はなさそうですね。

この送り火と関係があるのは金閣寺ではなく、近くにある法音寺という浄土宗の寺です。

起源について

左大文字についても諸説がありますが、他の山に比べて情報が少ないですね。

1.室町御所の池に大文字が映った様子を見て、大北山に大の字を灯した。

2.資料から確認出来る事として、他の送り火よりは後発だか、少なくとも寛文年間には始まっていた。

3.この大の字も弘法大師の筆によるという説がある。

4.一時期、大に一画を加えて「天」の字として灯していた事がある。

「左」の意味について

左大文字とは、如意ヶ岳の大文字と区別する為に付けられた名称ですが、市内から二つの大文字を見た場合、左に位置するからという説が有力です。ただ、京都の場合は御所を中心に町が設計されたという伝統から、東側を左、西側を右と呼んで来ました。紫宸殿においては、天皇が南面して座るからですね。この法則からすると、左大文字とはおかしな呼び方になってしまいます。

この事については、起源の1の説が正しいという前提になりますが、成立したのが応仁の乱の直後の事であり、京都の町が灰燼に帰していたので、右も左も判らないほど混乱していたからとする説があります。一面が焼け野原であり、基準になる様な物は何も無かったという訳ですね。

もう一つの説として、左大文字の大の字は左側の方が少し大きく見える事から、左大文字と呼ばれる様になったと言われます。この場合、この文字を書いた人は左利きだったのではないかと言われていますね。

私的には単純明快に見た目ではないかと思うのですが、実際にはどんなものなのでしょう。

法音寺について

法音寺は、平安時代に天台宗の慈覚大師が創建したと伝えられる古い寺です。応仁の乱によって一度は荒廃しましたが、その後復興し、花山院の勅願所となると共に、西国三十三所霊場復興の本山とされたと伝わります。現在は浄土宗に改められ、旧北山村の菩提寺であった事から、左大文字と係わる様になったと考えられています。

松明行列について

左大文字だけの特徴として、法音寺から大北山まで、松明の行列が行われるのだそうです。当日の朝に施餓鬼会が行われるのですが、その時焚かれた火が親火となり、松明に移されて大文字の火を灯す事になります。この時、沿道にも松明が灯され、ちょっと幻想的な光景になる様ですね。

私はまだ一度も見た事が無く、機会があれば訪れてみたいところです。

点火時間について

船形と同じく午後8時15分に点火されます。

この時、これも左大文字だけの特徴として、筆順どおりに点火されて行くそうですね。これまで気にした事が無く気付いていませんでしたが、今年もし見る事が出来たら、確かめてみたいと思っています。

鑑賞スポットについて

ベストなのは北大路通と西大路通が交差する付近、金閣寺前の交差点周辺の様です。あと、西大路通もわら天神から北側なら、見る事が出来るようですね。

明日は鳥居形についてレポートします。

|

« 大文字送り火2009 ~船形~ | トップページ | 大文字送り火2009 ~鳥居形~ »

大文字」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14874/45880025

この記事へのトラックバック一覧です: 大文字送り火2009 ~左大文字~:

« 大文字送り火2009 ~船形~ | トップページ | 大文字送り火2009 ~鳥居形~ »