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2009年7月

2009.07.31

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~南観音山~

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32基の山鉾巡行の殿を勤めるのが南観音山です。これは毎年同じで、変わる事はありません。

北観音山とは兄弟の様な関係で、江戸時代には交互に巡行に出ていた様です。今でも近い関係は続いていて、山の上に飾る真松は鳴滝から毎年二本切り出されてくるのですが、くじ引きで勝った方が先に選べるという約束事が続いている様です。

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また北と南で同じ楊楊観音を祀るのですが、こちらの観音様は女性であり、男性である北の観音様に恋をされているとも言われています。その観音様の恋心を鎮めるために行われるのが、暴れ観音という奇祭ですね。

この山の辻回しは、一つ特徴的なところがありますね。それは音頭取りの前に指揮者の様な人が居る事で、この人がまず合図をし、それに合わせて音頭取りが動き出すというパターンを取っている様です。他の山鉾では見かけないシステムですね。

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この山にも疫病祓いのための柳の枝が付いていますが、こちらは巡行が終了した後に縁起物として争奪戦が行われる様です。つまり、先に取った者勝ちという訳ですね。

ただ、今年の場合はまだ締めの三三七拍子も終わらないうちに取ろうとした人が居たらしく、周囲の顰蹙を買っていた様です。この柳は縁起物なのですから、ちゃんとマナーは守ってもらいたいところですよね。

最後の音頭取りは、オーソドックスなものでした。もっとも、ここまで見ている人はかなり少なかったですけどね。

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南観音山は見送りを付けていました。昭和63年に新調された「龍王渡海図」ですが、やはり見送りがあった方が見栄えがします。

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南観音山が過ぎると、潮が引く様に観客が居なくなっていきます。四条河原町ではこれで終わりですが、このあと新町通まで行けばまだまだ山鉾を見る事が出来ます。明日はその様子をお届けしようと思っています。


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京都・祇園祭2009 山鉾巡行~北観音山~

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北観音山からは、後祭の巡行列になります。これはかつて山鉾巡行が前後の2回に分けて行われていた事の名残で、北観音山以下、橋弁慶山、黒主山、鈴鹿山、八幡山、役行者山、鯉山、浄妙山、南観音山(今年の巡行順。北と南の観音山はそれぞれ先頭と掉尾が決まっているくじ取らず。)の9基が後祭に属する山鉾になります。

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慣用句として「後の祭り」という言葉がありますが、それはこの祇園祭の後祭りから来ていると言われます。鉾が一基もなく、しかも二番煎じである事から詰まらない祭りであるという意味なのだそうですが、随分と失礼な物言いではありますね。前後を曳き山である南北の観音山で固め、残る7基の山もまた個性派揃いである事を見れば、決して詰まらないなどという事はありません。まあ二回目である事で、新鮮味が薄れるという不利は否めなかったかも知れませんが、今はそういう事も無くなりました。

北観音山の辻回しは、とてもオーソドックスですね。一番標準的な音頭取りと言っても良いかも知れません。そのせいか辻回しも順調に進み、4回で終わりました。これなら囃子方もタイミングが取りやすく、助かった事でしょう。

この山の音頭取りも良い声をしていますね。それに曳き子もまた音頭取りに応じて声を出しているので、とても勇壮に響きます。

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ここでもまた、車方が山の下に潜り込んでいますね。土台の木で背中を打っていた様ですが、巻き込まれたりしないのかなと、他人事ながら心配になります。

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二つの観音山は、共に柳の枝を付けて巡行します。ご神体として楊柳観音を祀っているためで、この観音様は柳の枝で悪病を祓い清めるとされているのです。

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この枝は、巡行が終わった後は縁起物として切り分けられ、山の上から見物客に投げ与えられるそうです。来年はこの山が帰って来るまで待って、枝を貰って帰ろうかと思っているところです。

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2009.07.30

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~船鉾~ 

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船鉾もくじ取らず、毎年先祭りの巡行列の掉尾を飾ります。船を象るという独特の造形から、人気を集めている鉾の一つです。

船鉾は、日本書紀にある神功皇后の新羅出船の伝説に基づく鉾です。本来は船鉾は2基あって、今は休み山となっている大船鉾と対をなしていました。先祭りの殿を勤めるこの船鉾が出陣の船、後祭りの掉尾を飾る大船鉾が凱旋の船という位置付けだったのですね。

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船首を飾るのは伝説の瑞鳥鷁(げき)の像で、高さ1.3m、両翼2.7mという巨大なものです。船の大屋根は唐破風、入母屋という複雑な構造で、源平の頃の戦船を思わす造りですね。そして、艫には黒漆塗螺鈿の飛龍文様の舵を備えています。

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神功皇后は臨月の身でこの遠征に臨み、月延石や鎮懐石を晒しで巻いて、お腹を冷やす事で出産を遅らせたと言われます。そして、帰国後に応神天皇を無事に出産したという逸話から、安産の神としても知られています。この事から船鉾では、巡行に際してご神体に沢山の晒しを巻いておき、巡行の終了後に安産の腹帯として配布する習慣があるそうです。

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これが黒漆塗螺鈿の飛龍文様の舵ですね。こちらは水から飛び出した所、反対側は水に落ちるところが描かれているのですが、見れば見る程精巧に出来ています。

船鉾の辻回しは、高さが無い分簡単に行くかと思ったのですが、やはり4回に分けて行われました。そこは全高が低いとは言ってもそう安定感のあるスタイルでは無いので、他の鉾と同じ様に慎重にならざるを得ないのでしょう。それに、早ければ良いというものでも無いでしょうしね。

行列の後になるほど音頭取りの声が大きくなる様に思うのですが、私の気のせいでしょうか。それにしても、車方は動いている鉾の下に潜る様にして、進行方向の微調整をしていますね。見ていてかなり危なっかしいのですが、事故の元にはならないのかしらん?

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長刀鉾からこの船鉾まで2時間以上が経過しており、ここまでで引き上げる人も少なく無いですね。体力的にきついという事と、後祭の巡行列には鉾が無いという事もあるのでしょう。でも、これから現れるのはどれも個性的な山ばかりですから、ここで止めてしまっては勿体ないというものですよ。是非、最後まで見届けてあげて下さい。

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京都・祇園祭 山鉾巡行~岩戸山~

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岩戸山もくじ取らずの山で、毎年22番目、先祭りの巡行列の最後から2番目を巡行する事になっています。地理的な位置関係では船鉾よりも後ろになりそうなものなのですが、そこは先祭りの巡行列の殿は伝統的に船鉾と決まっているからなのでしょうね。

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四条河原町で見ていると、山鉾の大小だけで値打ちを判断する人が結構居ました。この岩戸山を見て、これは小さいからつまらないという声がそこかしこで聞こえたのですが、それでは観覧の仕方としてあまりに表面的に過ぎるというものです。

それぞれの山鉾には独自の趣向があって、かつ貴重な美術品の数々で飾られているのですから、そのあたりを理解した上で見るとずっと面白さが深まります。せっかく巡行を見に来たのですから、少しでも祇園祭の奥深さに触れて帰らないと勿体ないですよ。

さらに山鉾自体の姿形について見れば、この岩戸山はコンパクトでかつ均整の取れたフォルムをしており、最も美しい山鉾の一つではないでしょうか。写真としても絵にしやすいですね。

私が曳き子なら、この岩戸山の辻回しが一番タイミングを掴みやすいと思います。実際、4回辻回しをやって、全て見事に成功していました。これなら、囃子方も曲の切り替えが楽で良いでしょうね。

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岩戸山が一番格好良く見えるのは、この正面の姿かな。縦横の比率が丁度良くて安定感があるし、大屋根の反り具合も美しいですしね。良いデザインだと思います。

この音頭取りの掛け声も、声が通っていて良い感じですね。ちなみに、曳き子の大多数は外人さんでした。普通なら息が合うか心配なところなのでしょうけど、これだけはっきりと合図してもらえば巡行もスムーズに進むというものですよね。

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岩戸山は、天照大神が天岩戸に隠れたという岩戸隠れの伝説に基づく山です。ですからご神体は天照大神と手力男命なのですね。ところが、長い歴史の内には岩戸伝説から離れて天の逆鉾伝説を主題にしていた時期がありました。応仁の乱から江戸時代初期までの間がそうで、「あまのさかほこ山」と呼ばれていた様ですね。

そして江戸時代になって再び岩戸山に復帰するのですが、「あまのさかほこ山」を名乗っていたころの名残として、今でも大屋根の上には御神体として伊弉諾命の像があり、三叉の鉾をかざしています。写真には写っていないのですが、鉾の先には球体が付けられており、国産みをした際のしずくを表しているのだそうです。

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以前に山と鉾の違いを書きましたが、もう一つ抜けているのに気が付きました。それは、山には稚児が居ないという事です。見ていて何となく物足りないと思っていたのですが、正面に稚児が乗っていないせいだったのですね。まあ、こればかりは伝統ですので、仕方がない事なのでしょう。

これでますます、山と鉾の成立の違いを知りたくなりました。機会があれば、適当な文献を当たってみようかと思っています。

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2009.07.29

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~放下鉾~

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放下鉾はくじ取らずの鉾で、鉾の6番、全体では21番目と順番が決まっています。この鉾も長大な真木を有しており、月鉾とどちらが高いのか微妙なところですね。

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放下鉾は、天王座に放下僧を祀る事からこの名があるとされます。放下僧とは、街角で遊芸を見せながら仏法を説いた僧の事。なぜ真木の途中にある天王座に祀るかと言えば、放下僧は屋根のないところに居るものだからという理由があるそうです。

でも、なぜ鉾の主題として放下僧を選んだのでしょう?もしかしたら、敵討ちをテーマにした能の「放下僧」と関係があるのかしらん?最初にこの鉾を企画した人に聞いてみたいところですね。

放下鉾の辻回しの音頭取りは、どの山鉾よりも剽げている感じがしますね。どちらかというと大阪ぽっいと言うか、道頓堀あたりでやると似合う様な気がします、なんて言うと怒られるかな。私的にはとても気に入っている音頭取りですね。

この辻回しでは、音頭取りと曳き子の息が合わずに失敗する事が多々あります。車輪の向きとはまるで関係ない方向に曳くのですから、よほど息のあった曳き方をしないと鉾はびくともしない様ですね。なお、辻回しに失敗したのは放下鉾だけでは無く、複数の山鉾でありましたので、念のため。

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辻回しは巡行における華であるとともに、緊張の時でもあるのですね。辻回しを終えた後のわずかな時間は、ほっとした空気が流れているのが判ります。しかし、それもつかの間、すぐに再出発の時がやって来ます。

この曳き出しの合図も動作が大きくて、なかなか見栄えがしますね。それに声が良く通っているので、観客にも十分アピールしていました。

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放下鉾の稚児人形の名前は三光丸。鉾頭の三光(太陽・月・星)から来ているのでしょう。この人形は抱えて動かせる様になっており、長刀鉾以外では稚児舞をする唯一の鉾となっています。一つ上の動画で人形が舞っているのが判るかな。

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放下鉾の見送りの図柄は麻にろうけつ染めで描かれたバクダッド。二羽のフクロウが飛ぶ図柄が大胆でよい感じですね。

一口に山鉾と言っても、それぞれが実に個性的であるところが、祇園祭の魅力の一つです。

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京都・祇園祭2009 山鉾巡行~鶏鉾~

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今年の鶏鉾は鉾5番、全体では17番目の巡行でした。この鉾は揃いの青い浴衣が特に印象的でしたね。

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鶏鉾は、中国古代、堯の時代の故事に由来する鉾です。この時代は良く世の中が治まっていたのですが、もし治世者で不正を働く者が居たら人民がこれを訴えられる様にと、合図のための太鼓が置かれていました。これを諫鼓と言いますが、せっかくの太鼓も誰も叩く者が無く、やがて苔生して中に鶏が巣を作る様にまでなりました。それだけ優れた治世が行われ、平和な世の中だったという証なのですね。

鶏鉾の鉾頭は三角に円盤なのですが、この三角が諫鼓、円盤が鶏の卵を表すと言われています。

鶏鉾の辻回しの音頭取りは、他の鉾と比べて一風変わっています。どの鉾でも必ずと言って良い程使われている「よーいとせー!」という掛け声が無く、「それっ!」とごく短いのですね。このあたりにも各鉾が伝えてきた独自性が見られる様で、なかなか面白いところです。

鶏鉾は2年続けて曳初めに参加させて貰った鉾ですので、他の山鉾よりも親近感が湧きますね。綱を曳く時はやはり音頭取りの合図に集中していましたから、観覧者として見ている時もやはりその仕草が気になります。この次の動作のタイミングで曳き始めるんだよなあ、という感じですね。

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音頭取りと曳き子の息がぴたりと合えば鉾はスムーズに動き出しますが、時には上手く合わない事もあり、そんな場合には動きだしがモタモタとして、ちょっと見苦しい感じになってしまいます。(これは鶏鉾の事ではないので、念のため。)ですから音頭取りの技量もまた、巡行時の重要な要素になっているのが判ります。

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鶏鉾もまた、見送りが省略されていました。この鉾の見送りは、重要文化財に指定されている逸品と聞いていただけに見たかったですね。本当にうらめしい今年の長梅雨です。

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京都・祇園祭2009 山鉾巡行~菊水鉾~

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菊水鉾は今年の鉾4番目、全体では13番目の登場でした。鉾としては最も新しく、昭和28年に再建されたため、昭和の鉾と呼ばれています。

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菊水とは町内にある名水「菊水井」の事を指します。そして、その井戸の名の元になったのは能楽の菊慈童であり、稚児人形はその主人公である700歳の少年の像です。

菊慈童とは魏の時代の中国が舞台の話で、曹操の息子である曹丕が皇帝だった頃の事ですね。

とある山から薬水が流れ出ているという噂を聞いた曹丕は、人をやって調べさせます。使者が山の中で出会ったのは不思議な少年でした。少年は周の穆王に仕えていたと言い、王の枕を誤ってまたいでしまった事により、この地に追放されたのだと言います。使者が700年も前の事ではないかといぶかると、少年は王から賜ったという二句の偈(法華経の句)が書かれた枕を見せました。そしてこの経文を菊の葉に書いておくと、その葉からしたたり落ちる水は不老不死の妙薬となるので、自分はそれを飲んで今日まで生き存えてきたのだと言います。少年はその菊水を使者に振る舞い、そして帝に捧げると言って庵に帰って行ったのでした。

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鉾の上には、その菊水にちなんだ十六菊の紋が誇らしげに掲げられています。軒先に飾られているのは鳳凰の懸魚。きらびやかで、かつとても精巧な彫刻が施された逸品です。

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役員の行列の人が持っていた粽です。かつては山鉾巡行の時には、鉾の上から粽が投げられるのが慣わしだったのですが、ある時起こった事故がきっかけとなり、全面禁止となりました。今では歩きながら配っているとの事なのですが、これがその現物なのですね。でも、どこで配っているのかな。一度も貰った事はないのですけどね。

多くの場合四条河原町では、辻回しの間は同行している役員の方は椅子に座って待っておられます。その位置は鉾によってさまざまなのですが、菊水鉾は目の前にずらっと並ばれてしまったので、あまり上手く写真や動画を撮る事が出来ませんでした。ちょっと残念ですが、その代わり粽は撮れたので悪い事ばかりではありませんでしたね。

菊水鉾もまた、上手い具合にお囃子の切り替えが出来た様です。やはりアップテンポの調子の方が、曳く方もやりやすいでしょうからね。

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この鉾では、音頭取りの方は交代しませんでした。辻回しの時は車方からなのかな、助っ人が二人付いていましたが、烏帽子を被った人は他には居ない様です。後で新町に行った時も同じ人でしたから、長丁場の巡行を交代無しで乗り切った様ですね。この日は曇りで比較的涼しかったですが、直射日光が当たる晴天の時などはきっと大変な事でしょう。このあたりも、各鉾によって考え方が違う様で、興味深いところです。


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2009.07.28

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~月鉾~

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今年鉾の3番目になったのは月鉾でした。月鉾、菊水、鶏の各鉾は、位置関係から見てどこが先になってもおかしくないため、くじ引きで順番を決めているのですね。

月鉾は夜を支配する神、月読尊(ツキヨミノミコト。ツキヨムノミコトとも。)を祀る事からこの名があります。

古事記に拠れば、黄泉の国から逃げ帰った伊弉諾(イザナギ)尊が御祓をした際に、右目から月読尊、左目から天照大御神、鼻から素戔嗚(スサノオ)尊が生まれたとされます。この三柱の神を三貴子(みはしらのうずのみこ)と言い、それぞれ月(夜)、太陽(昼)、海を支配する重要な神様とされています。

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月鉾を象徴するのは鉾頭の三日月ですね。函谷鉾にも三日月が付いているのでややこしいのですが、三角の上に月が函谷鉾、真木から直接三日月が月鉾です。過去何度か新調されていますが、現在のものは昭和56年に制作された、幅40㎝、上下24㎝の18金製のものなのだそうです。

月鉾は山鉾の中で最も重量があり、去年行われた計測では9.05トンあったそうです。高さの方は、真木の長さだけで26mあるそうなのですが、見た目では一番高い様な気もします。実際にはどうなのでしょうね。

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月鉾はまた、動く美術館と言われる祇園祭の山鉾中でも、最たるものとされています。欄縁や柱を飾る素晴らしい細工はもちろんの事、中でも大屋根の裏側を飾る板には、円山応挙作と伝わる草木図が使われていると言いますから驚きですよね。それだけでも重要文化財級なのではないかしらん?また、天井には金箔地に描かれた源氏五十四帳の扇面散図が描かれており、豪華な事この上無いですね。

などと、見てきた様な事を書いていますが、実はまだ一度も鉾の上には上った事が無く、全てはネット上での情報です。来年は是非とも実地に見てみたいものだと思っています。

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そして、美術品はまだ続いていて、軒下にある白い彫り物が判るでしょうか。実はこれは月の使者である兎の木彫りなのですね。作者は左甚五郎と伝えられ、前後に一体ずつが飾られています。

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さらには、月と表裏をなす太陽の象徴として八咫烏が軒の先端に取り付けられています。一番上の写真で、黒く写っているのが判るかな。ちなみに、手伝方の半纏の背中に描かれている模様が、その八咫烏になっていますね。

この鉾の音頭取りの仕草は、他の鉾よりも手数が多いですね。それにしても、最大級の鉾が動く様は、やはり迫力を感じます。

辻回しを終えた月鉾では、再出発を前にお囃子が無事に変わっていました。囃子方の人もさぞかしほっとしていた事でしょう。

せっかく動いた鉾が止まったと思ったら、鉾の方向が微妙に違っていた様ですね。懸命に道具を操る車方の動きが見事です。

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こんな具合に、進行方向を微調整しているとは知りませんでした。それにしてもわずかとは言え、9トンもある鉾の方向を変えるのですから、かなりの熟練が必要なのでしょうね。下手な事をすると道具が折れるばかりか、大切な車輪も傷めてしまいそうですから。巡行中の車方は、結構大変な仕事をされているのですね。

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京都・祇園祭2009 山鉾巡行~函谷鉾~

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函谷鉾はくじ取らずで、毎年鉾としては2番目に巡行します。これも長刀鉾に次いで八坂神社に近い位置にあるという事から来ているのでしょうか。

函谷鉾は中国の戦国時代の故事に由来します。

斉の国の薛の領主であった猛嘗君は、その名声を認められて秦の国の宰相として迎えられました。しかし、ある人が秦王に対して、猛嘗君は斉の人だから宰相を任せてしまうと斉の有利になる様に政治を行うであろう。さりとて、斉に返してしまえば斉の国が富強となってしまう。そこで、取り籠めて殺してしまうのが良いと進言しました。

秦王がこの言を受け入れて猛嘗君を捕らえようとしたのですが、猛嘗君は巧みに秦の都を脱出し、斉を目指しました。ところが函谷関まで来た時、夜中であるために関は閉まっており、朝までは開けられないという規則になっていました。そこで猛嘗君は、物まねが上手な家来に命じて鶏の声を真似させて朝が来たと関守を欺き、門を開けさせて難を逃れたのです。

函谷鉾の鉾頭は、この故事に基づいて函谷関の山稜に掛かる三日月を表しているのですね。

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辻回しのために、車方が竹材を敷いているところです。遠くからなので詳しい事は判りませんが、たぶんこれも鉾によって流儀が異なるのでしょうね。もっと近くで見たかったところです。

辻回しは、大体3回ないし4回行なわれます。もっと一気に回しても良さそうなものなのですけどね、あまりに強く曳きすぎて鉾が倒壊してしまっては大変ですから、そこは慎重に事を運んでいるのでしょう。

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それに囃子方にとっても辻回しの回数は重要で、四条通で演奏する地囃子から、河原町通に入ってから演奏する戻り囃子に切り替えるタイミングに係わって来る様ですね。ですからあまりに早く辻回しが終わってしまうと曲の切り替えが出来ないために、責任者は相当焦らされる事になるそうです。

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鉾の前に立って、曳き子に合図を送っているのが音頭取りです。通常は二人なのですが、辻回しの時は4人に増やされます。人数が多いとかえってタイミングが取りにくいのではないかと思うのですが、多人数で慎重に状況を判断しようという事なのでしょうか。鉾によっては、ここで音頭取りの人が交代するところもある様ですね。

この曳き出しの合図はそれぞれ個性があって面白いのですが、函谷鉾は比較的あっさりとした仕草ですね。この合図もまた、祇園祭における見所の一つであると言っても過言ではありませんよ。

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この日は雨の予報があった事から、雨仕様を取った山鉾が多かったですね。本体にはビニールを掛けて雨除けとし、函谷鉾では見送りも外されていました。見送りが無い後ろ姿というのは、やっぱりちょっと間が抜けて見えるかな。仕方が無い事とは言え、ちょっと残念でしたね。


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京都・祇園祭2009 山鉾巡行~長刀鉾~

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今日からは山鉾巡行の様子をお届けします。まずは四条河原町の辻回しの様子から始めましょうか。

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四条烏丸東入るにある長刀鉾が出発するのが午前9時、その10分後ぐらいには四条河原町も全面通行止めになり、信号機の折りたたみ作業が始まります。

ちなみに、私が現地に着いたのが7時30分頃の事で、既に交差点の四隅は場所取りの人で埋まっていました。私は河原町通の東側を少し上がったところに場所を確保出来たのですが、8時頃には交差点を見通せる場所はほとんど埋まっていました。その後は割り込みや前の人のすぐ足下に椅子や脚立を置く人などが続出し、小さなトラブルが頻発していました。まあ、あまり居心地が良い場所では無かった事は確かですね。そして、巡行が始まると、これがさらに酷くなった事は言うまでもありません。という事で、あまりお薦め出来る観覧場所とは言い難いです。

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待つ事2時間、やっと先頭の長刀鉾が姿を現しました。この時は周辺から歓声が上がりましたね。ここから辻回しが始まるのですが、鉾は一旦交差点の手前で停止し、準備が整うのを待ちます。具体的には竹材を敷くのですが、この敷き具合が結構難しい様です。

この時のお囃子は静かなゆっくりとした調子の曲に変わります。辻回しは慎重に、時間を掛けて行わないといけないという事なのでしょうか。

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一通りの準備が終わると鉾を動かし、前輪を竹材の上に来るところまで移動させます。ここからさらに微調整が行われるのですが、ちょっと遠すぎて何をしているのかは良く判りませんね。多分、車輪の下に上手く竹材が入る様にしていると思われるのですが、どうなのでしょうか。そして、竹材の上に水が撒かれ、準備が整うと音頭取りが掛け声を上げて曳き手に合図します。動画は既に一度アップしてあるのですが、ここでは別バーショーンをご覧下さい。

ちょっと掛け声が聞こえないのが残念ですね。

次に、辻回しが終わった後の曳き始めの様子をお届けします。お囃子の調子もアップテンポなものに変わり、仕切り直しという感じが出ていてなかなか良いです。

ほとんど隙間から覗いている様で見え難いのですが、長刀鉾は最初の鉾ですからプレスも沢山付いているので仕方が無いですね。

これから先、順次各鉾の辻回しや出発時の様子をお届けしますが、その掛け声は似ている様でそれぞれ微妙に異なっています。その違いを見比べてお楽しみ頂けたらと思っています。

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ちょっと油断していて上手く動画に撮れなかったのですが、唯一の生き稚児による稚児舞の様子です。巡行中のどのタイミングで行うか良く判っていないもので、危うく見逃すところでした。それにしても、後ろから支えて貰っている事は判っていても、鉾の上から身を乗り出すのは結構怖いでしょうね。

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長刀鉾は常に巡行の先頭を行く事から、特別な鉾と思われています。ですが巡行の順番については、単に一番八坂神社に近い位置にあるという事から来ているらしいですね。

ただ、鉾頭に付いているのは長刀であり、如何にも災厄を薙ぎ払っていくというイメージがあって、先頭を行くには相応しいという気もします。しかも、伝説の名工・三条小鍛治宗近作とあっては、なおさらでしょう。ただし、オリジナルは鉾町で保管されており、巡行に使われるのはレプリカなのだそうです。ちょっと残念な気もしますね。

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2009.07.17

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~長刀鉾辻回し~

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平成21年7月17日、祇園祭の山鉾巡行が行われました。今日は雨の予報で天気が心配されましたが、実際には少しぽらついた程度で治まり、無事に行事は終了しています。

Tujimawasi0907171

今回は四条河原町に陣取って、辻回しを中心に見て来ました。巨大な鉾を方向転換する様子は豪快そのもので、ななかなか面白かったですよ。まずは長刀鉾の動画から紹介します。

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辻回しは全ての鉾を動画に撮ってきたのですが、写真も含めてあまりに膨大なデータになってしまい、どう整理したものかと思案中です。宵山のデータも未整理のままですしね。これから暫くは祇園祭の記事が続きますが、よろしければお付き合いの程、お願いいたします。

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