京都・祇園祭2009 山鉾巡行~南観音山~
32基の山鉾巡行の殿を勤めるのが南観音山です。これは毎年同じで、変わる事はありません。
北観音山とは兄弟の様な関係で、江戸時代には交互に巡行に出ていた様です。今でも近い関係は続いていて、山の上に飾る真松は鳴滝から毎年二本切り出されてくるのですが、くじ引きで勝った方が先に選べるという約束事が続いている様です。
また北と南で同じ楊楊観音を祀るのですが、こちらの観音様は女性であり、男性である北の観音様に恋をされているとも言われています。その観音様の恋心を鎮めるために行われるのが、暴れ観音という奇祭ですね。
この山の辻回しは、一つ特徴的なところがありますね。それは音頭取りの前に指揮者の様な人が居る事で、この人がまず合図をし、それに合わせて音頭取りが動き出すというパターンを取っている様です。他の山鉾では見かけないシステムですね。
この山にも疫病祓いのための柳の枝が付いていますが、こちらは巡行が終了した後に縁起物として争奪戦が行われる様です。つまり、先に取った者勝ちという訳ですね。
ただ、今年の場合はまだ締めの三三七拍子も終わらないうちに取ろうとした人が居たらしく、周囲の顰蹙を買っていた様です。この柳は縁起物なのですから、ちゃんとマナーは守ってもらいたいところですよね。
最後の音頭取りは、オーソドックスなものでした。もっとも、ここまで見ている人はかなり少なかったですけどね。
南観音山は見送りを付けていました。昭和63年に新調された「龍王渡海図」ですが、やはり見送りがあった方が見栄えがします。
南観音山が過ぎると、潮が引く様に観客が居なくなっていきます。四条河原町ではこれで終わりですが、このあと新町通まで行けばまだまだ山鉾を見る事が出来ます。明日はその様子をお届けしようと思っています。
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