
平成21年5月5日に上賀茂神社で行われた賀茂競馬(かもくらべうま)に行ってきました。元来は天下泰平と五穀豊穣を祈願する宮中の儀式であったのですが、1093年に堀河天皇が上賀茂神社に移したとされ、以来906年間に渡って行われ続けて来たという伝統ある行事です。

賀茂競馬は古代の様式を色濃く残していると言われ、行事のそこかしこに陰陽道のしきたりが見え隠れしています。最初に馬場に入って来る時に行われる九折南下もその一つで、馬場の北から南までを九回ジクザグに折れ曲がりながら進んで行きます。これは馬場の状況を見ながら同時に馬を馴れさせるという賀茂悪馬流の流儀なのだそうですが、多分に陰陽道に基づくおまじないという意味も持っているのでしょうね。
また小さくて見にくいですが、右端の乗尻が行っている祈る様な所作が馬上拝と呼ばれる儀式で、賀茂の神に対するあいさつです。拝んでいる先には祭りの間に神が宿るとされる頓宮が建ててあり、あぶみを外して顔の前に鞭をかざし、乗馬したままあいさつをするのですね。
通常は神を拝む時は馬から下りるものなのでしょうけど、この場合は馬を駆けさせる事が神意に叶う訳ですから、こうした流儀が許されているという事なのでしょう。これが1日に行われた足汰式では、まだ神様は外に出てきていませんから、二の鳥居前で拝殿に向かって行われていました。

九折南下は、左方から右方の順に行われます。そして、馬溜まりに整列し終わった後、乗尻がこの仕草を行います。これは儀式の区切り区切りに行われていたので、準備が出来たという合図なのでしょうね。

競馳は左方と右方に分かれて、二頭づつ6組行われます。そのうち、一回目は必ず左方が勝つ様に決められており、まず左方の馬が先行して馬場を走り切ります。その際、鞭を掲げて頓宮を差して神にこの儀式を捧げる意を示し、次いで真後ろを指して後続の右方を挑発する様な仕草を取ります。ついてこいという意味なのだそうですが、これが見ていてなかなか格好が良いのですね。乗馬の技術としても高度なものが要求されるのでしょう。この所作をどのくらい上手に出来るかが、足汰式で見られていたのですね。
右方の馬はこの間ずっと待機をしており、左方の馬が走り終えて一旦馬場を出てから向きを変え、そして首を馬場に半分突き出した時に走り出します。この時の右方の乗尻の鞭は、やはり頓宮を一度差した後、今度は正面に向けて差し出されます。これは左方の挑発に応えるという意味があるのでしょうね。この時の様子は、1日の記事の冒頭の写真を参考にして下さい。

二組目からは真剣勝負となります。ただし、いきなり走り始めるのではなく、三遅、巴、小振の儀と言った決まり事があって、何度も馬場の中を行ったり来たりします。これらは全て馬の調教の方法として賀茂悪馬流の中で体系化されたものですが、やはり陰陽道のまじないの意味もあると思われます。
初めて見た時はじれったくも思いましたが、慣れてみるとこの間があるからこそ面白いとも言えます。まあ相撲の仕切りと同じ様なものと思えば良いでしょうか。

もっとも、この日は雨が降りそうだった事があるのでしょう、一回目以降はかなり省略されていて、早い進行になっていました。
スタートは、前の回に勝った方の組が後馬として後方に位置し、負けた側が先馬として一馬身開けて前に位置します。そして、冠合わせと言って二頭の馬の顔が合った瞬間に「おうたー!」と声が掛かると、それがスタートの合図となります。

この時の駆け引きが微妙で、掛け声が掛かる瞬間にダッシュ出来るかどうかで勝負の綾が決まる様です。このあたりは見ていても、どういう呼吸になるのかはなかなか判らないですね。

走り出した後は、雄叫びと共に全力疾走に移ります。この時の迫力のある様子は、勇壮と呼ぶに相応しいものがありますよ。

後追いの馬も同じく雄叫びと共に先行する馬を追いかけます。ここからまさにデッドヒートが繰り広げられる訳ですが、勝負の楓を過ぎた時点で二頭の差がスタート時点の一馬身より開いていると先馬の勝ち、縮まっていると後馬の勝ちとなります。
ただサラブレッドが全力で走るには馬場が短すぎて、トップスピードに達する前に勝負が付いてしまうのが難点の様です。かつては農耕馬が主役であり、今の様に足が速くなかったのでこの距離で十分だったのでしょう。その馬の持つ本当の実力では無い訳ですが、そのあたりは割り切るより無いのでしょうね。

時には乗尻の技量や馬の性格によって、二頭の馬がどうしても向き合わない事があります。そういう場合は、どうにも押さえられなくなった時点で「おうたー!行けー!」と声が掛かり、スタートしていました。本当は仕切り直しなのでしょうけど、時間と観客の事なども考えた臨機の処置なのでしょうね。

競馬には乗尻ばかりではなく、色々と裏方も居られます。この台の上に乗っているお二方は左方の後見役で、勝負の判定役を務めておられます。聞くところに依れば、勝負の楓における二頭の差の外にも、乗尻の姿勢や走り方など、判定の基準はいくつかある様ですね。
右方の後見人は発走場所に居て、冠合わせが正しく行われたかを判定しているのだそうです。「おうたー!」と叫んでいるのがその方なのでしょうね。
また、上の写真の右下にある小屋の中に居るのは左方の念人で、先行する馬が勝負の楓を過ぎた時に太鼓を叩くのだそうです。ただし、私の居たところでは歓声の方が凄くて、太鼓の音は一度も聞こえませんでした。
走り終わった乗尻は、それぞれの幄に行って勝負の結果を聞きます。その様子を動画に撮ってきましたのでご覧下さい。
丁寧に負けを宣告する言い方が面白いですね。これが勝った場合には「お勝ちでござる。」に変わり、乗尻は念人から禄という白布を貰い、鞭で持ち上げて振り回し、勝利を宣言する事になります。

今年の結果は、左方の3勝2敗1持(引き分け)となり、五穀豊穣が約束されました。これは左方が勝つとその年は豊作になるという言い伝えがあるのですね。すると右方が勝つと困った事になるのですが、最初に左方が必ず勝つ事になっているはそうした含みがあっての事なのでしょう。ただし、神意を問うのが本来の意義ですので、2番以降の勝負は真剣勝負で行われています。
この日は残り2番の頃から小雨が降り出し、最後の勝負が終わってから本降りとなりました。このあたりは、賀茂の神様のご加護といったところでしょうか。この調子で世間を覆う不況の影を吹き飛ばし、明るい世の中になって欲しいものですね。
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