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2008.09.07

京都・洛南~寺田屋再建説について~

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今日放映される「篤姫」では、寺田屋事件が登場します。寺田屋事件とは、伏見の船宿「寺田屋」において薩摩藩同士が壮絶な斬り合いを行った事件の事で、有馬新七など9名の藩士が命を落としています。詳しくは本家の方に書いていますが、幕末史を飾る悲劇の一つとして知られています。

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維新後、事件の地に立派な石碑が建てられたのですが、最近この碑文にある一節が新たな波紋を呼びました。それが次の写真にある部分で、花に隠れて見えにくいのですが、「寺田屋遺址」と記されているのが判るでしょうか。これを素直に読めば、かつて寺田屋があった跡という意味に取れます。

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新聞の報道に依れば、幕末から変わらぬ姿で続く船宿とPRしている寺田屋の主張に疑義があるとして、京都市が調査に乗り出したとあり、その根拠の一つとしてこの石碑にある一文が挙げられています。

寺田屋再建説についてはこの碑文の他にもいくつか根拠があって、私の知っているものは以下のとおりです。

1.鳥羽伏見の戦いにおける被災地として、複数の資料が寺田屋のある地域を示している。

2.寺田屋の女将であるお登勢が書いた手紙の中に、被災した寺田屋の再建の目処がようやく立ったと記されている。

3.明治後、寺田屋の跡継ぎが戊辰戦争で寺田屋が焼失したと申し立てている。

4.建物の登記が明治38年になっている。

などが挙げられます。最後の登記については、従前からあった建物を新たに保存登記したとも考えられますが、1~3の資料から寺田屋が被災した事は事実と言って良いと思われます。探せば他にもある事でしょうね。

これに対して寺田屋側では、被災した事は否定しないが、それは部分的なものであり、建物としては当時のものを引き継いでいると主張している様です。なるほど、言われてみれば先の根拠だけでは全燃したという証明にはなっておらず、寺田屋側の主張も一理あるという事になりそうですね。

そこで先の碑文が登場する訳ですが、再建説においては寺田屋はかつてこの碑文があった場所にあり、明治以後に少し西側にあたる今の位置に建て替えられたのではないかと考えられています。しかし、これも碑文の文言は事件の跡地という意味で船宿の跡地という意味とは限らないと言えなくもなく、決定的な反証にはならないでしょうね。京都市もそのあたりを踏まえて建物や文献の精査をする事にした様ですが、これでやっと論争に決着が付く事でしょう。

ただし、もし寺田屋側の主張が正しかったとしても、部屋の間取りなどは大きく変わっています。私が最初に疑問に思ったのは、龍馬の部屋で龍馬が襲われた際の様子を再現しようとした時でした。どう考えても龍馬の手紙にある記述とは間取りが異なっており、不審に思ったのです。それがきっかけとなって調べて行く内に再建説を知ったという訳ですが、それはさておいたとしても、幕末そのままの姿を残しているという寺田屋の説明には問題があると思われます。せめて、江戸時代の船宿の風情を色濃く反映しており、龍馬がここで暮らした空気を残しているとでもしておけば良いのにと思うのですが。
(追記:現在の寺田屋のパンフレットでは、船宿そのままではなく旅館として改造してある旨が明記されているそうです。私が持っているパンフレットは2004年のもので、その後改訂されていたのですね。情報が古くて申し訳なかったのですが、間取りが変わっているという事に関しては寺田屋側も認めているという事です。)

それにしても寺田屋再建説は何年も前から言われていた事であり、幕末史ファンの間ではほぼ常識となっていたはずです。それが今になってなぜ問題になっているのか判らないのですが、背景には2年後の大河ドラマとして龍馬伝が決まった事があるのかな。そして、篤姫の寺田屋事件の回の放送に合わせるかの様に記事が出た事も意図的な感じがしなくもありません。何を今さらというのが正直な感想ですね。

最後に誤解の無い様に言っておきますが、私は今の寺田屋に価値が無いとは思っていません。寺田屋事件があった事は紛れもない事実ですし、龍馬が定宿としていた事も、お登勢やおりょうがそこで暮らしていた事も虚構ではありません。建物も船宿の姿を今に伝える貴重な遺構であると思われますし、総合して幕末史を語る史跡と言っても良いのではないでしょうか。そのあたりをきちんと評価した上で、今後も末永く残して欲しい施設だと思っています。

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コメント

先日TVニュースで「寺田屋騒動再燃?!」と
いうことで放送されてましたが、私もなおくんの
意見に賛成ですね。
京都観光協会がすぐに検索システムから
除外したのは行きすぎかと思いました。

投稿: Milk | 2008.09.07 12:32

Milkさん、

寺田屋の説明もどうかと思う部分は多々あるのですが、
すべてが捏造だと抹消するのも行き過ぎだと思います。

京都市も事実を元に、バランスを取った処置をしてくれるものと期待しています。
後は冷静に推移を見守り、結果を待ちたいと思っています。

投稿: なおくん | 2008.09.07 21:06

なるほど、いろいろな思惑が働いているのですね。
寺田屋はまだ行ったことがありませんが、
一度見学したいものです。

投稿: ヒロ子 | 2008.09.07 22:07

篤姫見ました。
寺田屋事件の名前は聞いていましたが、内容は知りませんでした。
今日の篤姫とこのブログの内容は大変面白かったです。
今度是非行ってみてきます。
また他の本などでもう少し調べるいいきっかけになりました。
やっぱり背景がある程度わかっていると、行っても面白いものです。

投稿: hiroshi | 2008.09.07 22:14

ヒロ子さん、

今回の騒動は真実を追求するというより、明らかに話題作りですよね。
魂胆が見え透いている気がしてあまり良い感じはしません。

おかしな説明をしている寺田屋をかばうつもりもありませんが、
あまり極端に貶めるのもどうかという気がしています。

寺田屋を見学されるなら、船宿の風情を楽しむという前提で行けば、
それなりに楽しめると思いますよ。
それに、龍馬の逃走経路を追ってみるのも面白いです。

投稿: なおくん | 2008.09.07 22:29

hiroshiさん、

寺田屋の建物の真偽はともかく、ここで幕末史における重大な事件があった事は確かです。
再建は再建として、そのつもりで行けば面白い場所である事には変わりありません。

まあ、館内の説明は話半分以下として聞き流しておきましょう。
展示品もかなり怪しいところがあるのですけどね、
自分で知識を仕入れた上で行く分には、それなりに楽しめるところだと思っています。

投稿: なおくん | 2008.09.07 22:38

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