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2008年8月

2008.08.31

夏の旅2008~土佐紀行・山内家下屋敷長屋~

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高知市と言えば、土佐藩24万石の城下町だった事で知られます。しかし、第2次世界大戦下における高知大空襲によって旧市街地の大半は焼けてしまい、城下町らしい佇まいはほとんど残っていません。そんな中で貴重な遺構となっているのが山内家下屋敷長屋です。

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山内家下屋敷長屋は、幕末の藩主山内容堂の別邸下屋敷の一部で、屋敷を警備する家臣達が寝泊まりするための施設でした。このように現存する武家長屋は全国的にも珍しいそうですね。

木造2階建てで、長さ17間半(約33m)幅2間半(約4.5m)の規模を保ち、1階が7区画、2階は3区画に別れています。昭和55年から56年に掛けて保存修理が行われ、現在は国の重要文化財として高知市が所有し、一般に無料公開が行われています。

内部は写真撮影が禁止されているので画像はありませんが、1階には当時の生活道具など、二階には和船などの模型や高知縁の人物の写真などが展示されています。

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山内家下屋敷跡地は明治維新後に一般に売り出されたため、現在は三翠園というホテルになっています。この門は下屋敷当時のものらしいのですが、現在はホテルの正門として使われており、なにやらホテルの格式を感じさせますね。

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実は今回宿泊したのがこの三翠園であり、6年前に続いて2度目となります。なぜここを選んだかと言えば、サービスもさる事ながら、高知市内で唯一天然温泉が付属しているというところが大きいですね。温泉は平成9年に湧出したという新しいもので、塩分を含んだナトリウム塩化物高温泉となっています。ですから、肌が弱い人は真水の上がり湯が必要となってきますね。

残念ながら掛け流しではなく循環となっていますが、露天風呂もあってなかなか快適なお風呂でしたよ。

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今回は2泊して来たのですが、料理は2日とも違う内容でした。これは2日目のもので、1日目は蟹の代わりに皿鉢料理が並んでいました。どうせならそっちの写真を撮っておきそうなものですが、初日はホエールウォッチングのダメージが残っていて、とてもそれどころではなかったのです。

料理はご覧の通り土佐の珍味を並べたもので、なかなかの美味でした。分量も多く、少し食べかねたくらいでして、最後は息子達に平らげてもらいました。

今見るともう一度食べたいと思いますが、こんなご馳走ばかり続けていたらその内に病気になりますね。やっぱり2日くらいが限度だったと思います。

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2008.08.30

夏の旅2008~土佐紀行・入野海岸~

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足摺岬を後にして、高知市への帰路を辿ります。しかし、帰る前にもう一箇所、入野海岸へと立ち寄りました。

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入野海岸は四万十川の東、黒潮町に広がる砂浜で、陸側に天正年間に植えられたという入野松原が連なる事で知られています。一帯は土佐西部大規模公園として整備されており、キャンプ場、体育館、テニスコートなどの施設を備えたリゾート地なのですね。

そして、外海に面しているだけに波が高く、高知有数のサーフィンビーチとしても知られています。

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しかし、我が家がここに来たのは別の理由がありました。それは桜貝を拾う事なのです。実は20年前にもこの浜に立ち寄った事があり、ガイドブックに載っていた桜貝を拾って帰った記憶があるのです。

ところが最近のガイドブックには記載が無く、ネットで調べてもはかばかしい情報がありません。よさこいタクシーさんにお願いして黒潮町役場に問い合わせても貰ったのですが、少しならあるかも知れないがあまり期待は出来ないとの事でした。

長年の間に消えてしまったのかと思いつつ海岸を歩いてみたのですが、意外にもすぐに見つかったのがこの貝殻でした。20年前に拾ったのも同じ貝でして、目を凝らせば極小のものも含めて沢山落ちていました。

これって桜貝の仲間ではないかと思うのですが、どんなものなのでしょう。

調べた限りではモモノハナガイの様な気がするのですが、まるっきり違う様でもあり、良く判りません。どなたか詳しい方はおられませんか?

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夏の終わりが近づき、いつの間にか日の暮れが早くなって来ましたね。時刻は午後6時前、すっかり傾いた西日が風紋を照らします。

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海岸には結構な数のサーファー達が居たのですが、砂浜が広大なせいでしょう、ほとんど人の気配が無いかの様に感じてしまいます。

西日の差す浜辺で佇んで居ると聞こえるのは打ち寄せる波の音だけ、静かな旅情を感じたひとときでした。

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2008.08.29

夏の旅2008~土佐紀行・足摺岬~

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四国の最南端に位置する岬、それが足摺岬です。これまで何度となく行きたい思っていたのですが、やはり交通の便がネックとなり、実現する事が出来ませんでした。今回も高知市から遥かな長駆となるプランではありましたが、高知よさこいタクシーさんのおかげで、やっとここまでたどり着く事が出来たという次第です。

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足摺岬と言えばやはり灯台ですね。初代は大正3年に建てられたそうで、8角形をしていたそうです。現在の灯台は昭和35年に出来た2代目で、ロケット形灯台と言うのだそうですね。青い海と空を背景に、この白い灯台は実に良く映えています。

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足摺岬の先は、何も遮るものが無い太平洋が広がっています。そして、岬を洗う流れは黒潮。とても深くて綺麗な水の色をしていますね。

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今回の旅で堪能したのが水平線。大阪では絶対に見る事が出来ない景色ですからね。果てしなく続く水平線を見ていると、なるほど地球は丸いのだなという事が実感出来ます。

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足摺岬にも四国88箇所霊場の一つがあります。それが第38番札所である金剛福寺。37番札所である岩本寺から110kmあるといい、歩いて来るには3泊4日の行程になるのだそうです。私たちは車でしたから楽なものでしたが、相当な山越えとなる道であり、きっとお遍路さん泣かせの難所なのでしょうね。

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足摺岬への入り口にあった中浜万次郎の銅像です。万次郎は幕末にアメリカに渡った事で知られ、その貴重な知見ゆえに、開国に揺れる日本に多大な影響を与えた人物と言われます。

万次郎はこの近くの中浜村の出身で、14才の時に漁に出たのですが、時化にあって漂流し、アメリカの捕鯨船に救助されてアメリカに渡ったのでした。そして、船長の好意によってアメリカの教育を受けさせて貰うという幸運に恵まれ、やがて知識人として成長した万次郎は日本に帰国します。

万次郎はペリー来航時にその経歴と能力を買われて幕府直参として迎えられ、咸臨丸の渡米時には通訳として随行しました。幕末期にあっては彼の経験と能力は大変貴重なもので、坂本龍馬を初めとして板垣退助・中江兆民・岩崎弥太郎など、土佐を代表する人物達に多大な影響を与えたとされます。

再来年の大河ドラマは高知が舞台となる龍馬伝ですから、きっと万次郎も登場する事でしょうね。この銅像もドラマの最後に縁の場所として紹介されるかな。今から2年後の日曜日が楽しみですね。

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2008.08.28

夏の旅2008~足摺岬・竜串~

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四万十川を後にして、足摺岬へと向かいます。その前に立ち寄ったのが、足摺半島の付け根にあたる竜串。奇岩と珊瑚が広がる海で知られる観光スポットです。

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ここでの予定は、海底に広がる珊瑚を眺めるグラスボートに乗る事でした。前日は豪快なクジラ、そしてこの日は美しい珊瑚を見て土佐の海を堪能するはずだったのですが。

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なんと、波が荒いために船が欠航してしまったのです。天候は穏やかだったのですけどね、陸の天気と海の状況は、必ずしも一致するものではない様です。後で調べるとホエールウォッチングも欠航だったらしく、1日違いで危うく乗れないところでした。危ない、危ない。

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竜串はこうした泥岩や砂岩から成り立っており、この湾の向こう側が見残し海岸と言って、やはり同じ様な奇岩が織りなす景観が一面に広がっている場所なのだそうです。

こんな具合に天気は上々で、海も一見して穏やかにみえるのですけどね、実際には冒頭の写真の様に荒れていて、2m近い波が立っていた様です。

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欠航してしまったものは仕方がないので、もう一つのスポットである海底展望塔へと向かいます。ここは海の中に建っており、遠く海上を見わたすだけではなく、海底にある窓を通して海の中を見るための展望塔なのです。

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展望塔の底には円い窓が幾つも設けてあって、そこから海の中を見通せる様になっています。実際の感じはこんな具合で、展望塔の周囲を沢山の魚が泳ぐ様を見る事が出来ます。天然の水族館という感じですが、当然ながらすべて野生の魚であり、またスケール感も水族館とは桁違いですから、なかなか見応えはありますよ。

ただ、やはり波が荒いせいで透明度が低く、あまり鮮明に見る事が出来なかったのが残念です。

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実のところ、ここに来るまでは竜串がどんな所かは知りませんでした。足摺岬は知っていても、竜串は知らないという人が多い事でしょうね。四万十川から岬に向かうには少し逆モーションになってしまうのですが、わざわざ寄ってみるだけの価値はある場所ですよ。海底展望塔だけでも面白いし、ボートに乗れたらさらに楽しい事でしょうね。

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2008.08.27

夏の旅2008~土佐紀行・四万十川 沈下橋~

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四万十川の景観を特徴付けているものに沈下橋があります。沈下橋とはその名の通り水に沈んでしまう橋の事で、普段は川を渡るための橋としての役目を果たしていますが、出水時に水嵩が上がると水面下に姿を消してしまうという特徴を持っています。

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この写真は上宮沈下橋ですが、普段の水嵩はこんなもので、橋として渡るには何の支障もありません。しかし、洪水になると対岸の護岸の上辺近くにまで水位が上がり、この橋は完全に水没してしまう事になります。つまりは、洪水時には対岸に渡る術を失ってしまう事になるのですね。

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なぜこんな不便な事を甘受しているかと言うと、一重に工費が安く済むからでしょう。限られた地元の人だけが使う生活通路ですから、立派な橋を架けるだけの予算はつぎ込めない。しかし、やはり橋がないと不便だという事で、簡易な架橋法として重宝がられているのだと思われます。

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その特徴として、橋桁が低い位置にあるというだけでなく、欄干が省かれているという点が上げられます。これは水没時に流木などがひっかかり、橋の流失などに繋がる危険性をあらかじめ回避するためなのでしょうね。

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これは景観に恵まれた事で知られる岩間沈下橋です。山の緑と清流、それに沈下橋の組み合わせは、これぞ四万十川と呼ぶにふさわしい景色ですね。

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沈下橋は四万十川の本川に22本あり、支川も含めると60近くあると言われます。そのうち、高知県では47橋について保存すると決めており、これから先も四万十川ならではの景観として沈下橋が守られていく事になっています。

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四万十川ならではと言ってしまいましたが、実はこの形式の橋は他の地域でも見る事ができ、徳島や大分、宮崎や埼玉などにもあるそうです。呼び名も地域によって変わり、例えば徳島の吉野川では潜水橋と呼ばれています。

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沈下橋は工費を抑えた簡易な橋ですから、幅員も狭くて一車線がせいぜいです。ですから、対岸から橋を渡ってくる車が見えたら袂で止まって通過を待つといったルールが必要になってきます。もし橋上で鉢合わせにでもなったら大変ですからね。

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これは三里沈下橋。河口部から数えて二番目の橋になります。

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ここには屋形船が多く集まり、盛んに上下していました。橋桁の低い沈下橋ですが、水位もまた低いためでしょうね、屋形船は難なく橋下をくぐり抜けていきます。

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そして、沈下橋としては最下流部に位置する佐田沈下橋です。沈下橋としては最長の橋であり、旧中村市に近い事もあって最もその名を知られた橋であるとされています。

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さすがに長大な橋だけあって、途中ですれ違いが出来る様に所々で幅員が広くなっています。でも、これが夜中だとさぞかし怖い事でしょうね。やはり地元の人専用の道、余所者は無暗に渡らない方が無難かな。

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もっと上流の橋では、沈下橋から川の中に飛び込むといったシーンも見られます。橋の上に腰を掛けて景色を眺めたりといった事も出来る様で、都会では考えられないほど川と親しめる橋なのですね。

車で渡れと言われるとちょっと遠慮したくなりますが、四万十川には無くてはならない景観、それが沈下橋である事は間違い有りません。


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2008.08.26

夏の旅2008~土佐紀行・四万十川~

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高知旅行の二日目は、四万十川と足摺岬へと向かいます。四万十川は日本最後の清流であると称えられ、また豊富な川の幸に恵まれている事でも知られます。

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2日目と3日目にお世話になったのが高知よさこいタクシーさんで、2日間に渡ってさんざんに走って貰いました。タクシーなんて贅沢だとお思いになるかも知れませんが、一家4人で移動するとなると、鉄道+バスと料金的にほとんど変わらないか、場所によっては安くすらなるのです。しかも、はるかに自由が効くとあっては使わない手はありません。

よさこいタクシーさんにはプランの立案から助けて頂き、料金もかなりサービスしてもらって、とても良くして貰いました。選択肢がいくつかあった中で、ここにお願いして正解だったと思っています。

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まずは高知からひたすら西に向かって走り、窪川から四万十川沿いに河口まで下るというコースを辿ります。

実は20年以上前に高知から中村まで自分の車で走った事があるのですが、とにかく遠かった事だけが印象に残っています。走っても走ってもまだ着かないという感じで、最後はほとほと弱ってしまったのですが、今回は意外な程早く窪川までたどり着きました。やはり高知から須崎まで高速道路が出来ている事が大きい様で、また一般道も昔に比べてずっと整備されており、20年前とは隔世の観がありましたね。

タクシーの運転手さんは、早く中村まで高速道路が延びて欲しいと言ってましたが、確かにそうなれば四万十川も、そして足摺岬もずっと身近な存在になるのかも知れません。

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四万十川と言えばダムの無い川というイメージがありますが、実はそうでは無いのですね。これは上宮にあった警告看板ですが、上流に発電用のダムがあるという事を示しています。調べてみると梼原川という支川に津賀ダム、本川には家地川堰堤があって、決して自然のままの川という訳では無いようです。

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その上宮で咲いていた白百合です。どういう訳か高知の道沿いにはずっと白百合が咲いており、道中の目を楽しませてくれていました。別に高知の花という事でも無いようですが、地域を上げての取り組みなのでしょうか。百合街道と言う程でも無いにせよ、なかなか粋な計らいではあります。

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こちらは鹿の子百合。南国の青空に良く映えていますね。

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今回の四万十川ツアーの起点となった窪川はおおよそ中流域の始まりにあたるのですが、川床にはまだまだごつごつした大岩が転がり、川幅もさほどではありません。それが十和の辺りまで来ると、まだまだ岩場ではあるのですが、川幅がぐっと広まって大河らしい趣を見せ始めます。

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さらに下って岩間まで来ると、大きな岩は姿を消し、荒い砂利が川岸を埋める、ゆったりとした流れに変わります。

こういうところに来るとやりたくなるのが、水面ぎりぎりに石を投げて遊ぶ「水切り」ですね。こういう静かな水面なんて家の近くには有りませんから、息子と一緒になって競争してきました。結果は10回まで跳ねた私の勝ちでしたが、単純に投げる遠投では私の負けで、そろそろ体力だけの勝負では分が悪くなって来ている様です。

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さらに下った三里まで来ると、屋形船が盛んに行き来していました。屋形船に乗ると川を上下するだけでなく、川漁師さんの漁の実演が見られたり、船の中でお弁当を食べたり出来るようですね。これだけゆったりした流れなら船が揺れることもなく、さぞかし気持ちがよい事でしょう。

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さらに下って佐田までやって来ました。かなり河口部にまで近づいているのですが、ここまで来ても水が透き通っているのはさすがと言えましょうか。中流部からずっと続いているのですが、川で泳ぐ人、あるいは魚や海老をとっている人が沢山居て、この川が如何に流域の人に愛され、そして親しまれているかが良く判ります。

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ただ、ずっと走ってきて気付いたのは、決して自然が豊かなだけの川ではないという事です。ダムの存在もそうなのですが、沿川のほとんどの土地は開発されており、全くの山間部以外は町並や田畑が広がっていました。つまりは、農業排水や家庭雑排水が川に流れ込んでいるという事であり、そういう点では都会を流れる川と図式は変わりません。それでもこれだけの清流を保っているのは、川に流れ込む負荷の量が川の持つ自浄能力よりも少ないという一点に依るものと思われます。

上流から下流にかけて、この川は瀬と淵が良い具合に繋がっていて、瀬では川水に酸素が溶け込み、淵では負荷物質が沈殿するという浄化作用が十分に機能している様に見受けられました。現状ではこの浄化作用によって清流が保たれている訳ですが、将来に渡って更なる開発が進めばどうなるかは判りません。開発に見合った下水道や浄化槽の整備が行われないと、あっと言う間に都会の川と同様の事が起こってしまいかねない様に思われます。この川の清流は、結構危ういバランスの上に成り立っているのではないでしょうか。

でも、さすがに地元ではそんな事にはとっくに気が付いているらしく、高知県として四万十川の清流を守る取り組みをされていますね。どうかこの取り組みが功を奏し、いつまでも美しい澄んだ水が流れる川であって欲しいと願うばかりです。

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さて、この日の昼食は四万十屋さんで頂きました。地元の川漁師さんが営む料理屋さんなのですね。

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これは四万十うどん。この川特産の手長海老が乗っているのが嬉しいですね。味は濃いめで、いかにも高知らしい味わいです。

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こちらもまた四万十特産のうなぎ、と言いたいところですが、これは養殖ものでした。天然物は高いのですよねえ。それでも、味の方はまずまずでした。

明日は四万十川ならではの沈下橋を紹介します。


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2008.08.25

夏の旅2008~土佐紀行・ホエールウォッチング~

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今回の高知旅行のメインの一つがホエールウォッチングでした。ホエールウォッチングは6年前に一度体験しているのですが、その時はイルカの大群には逢えたもののクジラとは出会えず、残念な思いをしたものです。以来、いつかはリベンジをと思いつつ、今回やっとその機会を得たのでした。

高知にホエールウォッチングの基地はいくつかあるのですが、選んだのは前回と同じ桂浜です。ここは高知市内から近くで便利な事が第一なですが、船長と案内人である坂本御夫妻が素敵なのですよ。特に奥さんの元気な事!一日中船に揺られながら疲れた様子も見せず、大きな声で乗客に向かって「次、右からクジラが出ますよ!」などと指示を出してくれるのです。帰りのタクシーの運転手さんが、あれが土佐の海の女ですと言ってましたが、私の中では土佐のハチキンとはこういう人の事を言うのだなと勝手に思っています。

この船の名は第28鯨人(くじらんちゅう)丸。時速50kmで海の上を突っ走る高速船です。

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浦戸湾を出た船は一度桂浜の沖合で泊まり、坂本龍馬の銅像を海側から眺めるのが決まりとなっています。確かに海から見る事は希なので写真を撮りたくなるのですが、揺れる船の上からの撮影は容易な事ではなく、前回は完全に失敗、今回もブレブレでとりあえず写っているという状態でした。まあ、こういう景色は記憶に残しておくのが一番だと自分に言い訳をしているのですが、もっと格好良く撮ってみたいものではありますね。

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桂浜からクジラの居るポイントまではノンストップで突っ走ります。この日は午後便でしたので、午前中に見つけて置いたポイントまで迷うことなく一直線でした。これが午前便だと、漁船の情報を頼りにあちらこちらと探し回る事になります。ただし、波は午前中の方が穏やかな事が多く、善し悪しなのですけどね。

事前の情報では5頭のクジラが居るとの事で期待は大いに高まりました。船で走る事1時間、ようやくポイントへ到着です。既に各基地からの船が沢山集まっており、それぞれの船の舳先が向いている先にクジラは居ました。

ここで見られるクジラはニタリクジラ。全長14mという大型の髭鯨で、熱帯から亜熱帯にかけて世界中に広く分布しており、中には土佐湾に定住している個体も居るそうです。

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ここから案内人の坂本さんの活躍が始まります。私たちが見えない先から「クジラの潮吹き!」との絶叫があり、その声を頼りに前方に目をやると、確かに水煙の様な潮吹きがありました。初めて見る潮吹きは感動ものでしたよ。

この写真はその潮を吹く鼻の部分です。クジラは全身を現す事はなく、こうして部分、部分を水上に見せてくれるのです。

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坂本さんの絶叫は続きます。次は左に出ますよ!、今は船の下です!とポイントを逃さないところはさすがですね。この写真ではうっすらと水面下の姿が写っているのですが、判るかな。

ただ、失敗だったのは望遠レンズを付けていた事で、船は思った以上にクジラの近くまで寄っていきます。なので、広角寄りのレンズを付けていた方がずっと撮りやすかったでしょうね。惜しい事をしたな。

あと、PLフィルターを付けていなかったのも失敗でした。すぐ水面下をクジラが通る事があるのですが、その時フィルターを付けていればその姿を鮮明に写せていたかも知れません。これも残念だったのですが、揺れる船の上ではレンズ交換もフィルターの装着も容易な事ではないので、断念せざるを得ませんでした。

ところで、ホエールウォッチングの大敵は天候と船酔い。天候が悪い時、特に波が高いと船は出ませんし、何とか出れたとしても今度は船酔いとの戦いとなります。この日がまさにそうで、欠航ぎりぎりの髙波でした。

高速で走っている時はそうでも無いのですが、ポイントで泊まった後は波にさんざん揺さぶられる事になります。近くの船を見ていると判るのですが、ほとんど転覆するのではないかと思える程船は傾いていました。まあ、これは船の初心者が思った事で、実際には大した事はないのでしょうけど。

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結果として私は船酔いにやられてしまい、ポイントでの大半の時間はへたばったままでした。これらの写真はヘロヘロになる前に撮ったものなのですが、船尾で呆然と座っている間にもクジラは何度となく姿を現し、親子揃って船の横を泳ぐなど迫力のある光景をみせてくれていたのに、シャッターを押せなかったとは何とも残念な事です。

ただ、家族は口を揃えて面白かったと言ってくれたのが何よりの救いですね。私としても悔しくはあるのですが、念願のクジラと出会えた事は確かであり、それなりに満足しています。でも、出来ればもう一度リベンジしたいなあ。今度は体調を整えて、食事を早めに済ませ、酔い止めも早めに飲んで、万全の態勢で臨みたいですね。そうして、心ゆくまでクジラを見ていたいものだと思ってます。

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2008.08.24

夏の旅2008~土佐紀行・竹林寺~

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竹林寺は牧野植物園のすぐ隣にあり、南門から出ると目の前に仁王門が聳えています。四国霊場第三十一番札所として知られ、この日も大勢のお遍路さんがこの階段を登って行きました。

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竹林寺の起源は724年(神亀元年)と古く、聖武天皇の勅願により行基によって開かれたとされています。聖武天皇が中国の五台山に登って文殊菩薩から教えを受けるという夢をご覧になった事から、日本においても五台山に似た地を探し出して文殊菩薩を祀る様に命じられ、土佐にあったこの地が選ばれたのでした。

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竹林寺は江戸時代に土佐藩主の帰依を受けた事から寺運が隆盛し、土佐における宗教の中心地として栄える事となりました。そういう歴史を背景としているせいでしょうね、境内はとても整備されており、古寺にふさわしい風情にあふれています。

階段を登り切ったところで最初に目に入るのがこの五重塔です。この寺にはかつて古塔があったのですが、明治32年に倒れたままになっていました。その後、塔の再建がこの寺の悲願となっていたのですが、昭和55年に至ってようやく再建に漕ぎ着けたのがこの五重塔なのですね。最近の再建ながら総檜造の本格的な塔であり、かっちりとした造りで端正な印象を受ける姿です。

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本尊の文殊菩薩を祀る本堂です。第2代の土佐藩主である山内忠義の寄進に依るもので、柿葺の屋根故かどこか軽快な感じを受けます。

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竹林寺には弘法大師が修行したという由緒があり、その事から四国霊場の一つとして数えられています。これはその弘法大師をお祀りする大師堂で、やはり山内忠義の寄進によって建てられました。お遍路さんがまずお参りするのはこちらなのですね。

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もう一つ、竹林寺には優れた庭園があると聞いていたのですが、残念ながら時間が無くて拝観する事が出来ませんでした。夢窓国師の作と言われ、高知三名園の一つとされているそうなので楽しみにしていたのですが、またこの次に来る時の楽しみとして取っておく事にします。

本当にここは良いお寺で、とても落ち着いた気持ちの良い境内でした。牧野植物園と共に、何度でも来たくなる場所の一つですね。

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2008.08.23

夏の旅2008~土佐紀行・牧野植物園~

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今回高知へは空路で入りました。時間の効率と体力面を考えての事ですが、飛んでいる時間はわずか45分と、当然の事ながら鉄道に比べて圧倒的に速いですね。

乗ったのは何かと話題の多いボンバルディアDHC8‐Q400。短い滑走路で離着陸が出来る、ジェット機並のスピードと乗り心地を持つ、低騒音であるなど非常に優れた機体とされますが、反面トラブルが多い事でも知られます。

前輪が出ずに胴体着陸を行った事は記憶に新しいのですが、その舞台となったのがこの高知空港でした。後でタクシーの運転手さんに「度胸があるね。」とひやかされてしまいましたが、高知ではこの機種に対する不安の声が大きい様ですね。

乗機前には前輪が無事に出ます様にとお祈りしていたのですが、飛行は快調そのもので何のトラブルもなくフライトを終えてくれました。ただ、大阪に帰ってから新聞で知ったのですが、この数日前に同一機種でエンジントラブルが発生していたらしく、点検の結果2機で不具合が見つかったそうです。その内の一機がANAで、それを知っていたら不安はさらに増していたでしょうね。

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高知空港では、龍馬の銅像が出迎えてくれました。高知はどこへ行っても龍馬一色で、銅像もあちこちにありますね。一昨年の大河ドラマで話題となったはずの一豊と千代でさえも、龍馬の前では影が薄かったです。

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その高知空港の愛称が「高知龍馬空港」。人名を付けた空港としては日本初なのだそうですね。確かに一県を1人の人物が代表する例など、他にはちょっと無いかも知れません。

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高知で最初に向かったのは牧野植物園でした。高知に来るのはこれで4回目になるのですが、ここに来るのは初めてです。

日本の植物分類学の父と呼ばれる牧野富太郎氏の業績を顕彰した植物園で、6haの園内に3000種類の植物が植えられています。何と言っても牧野博士に関する展示が見所で、記念館を見るだけでも相当な時間を要します。

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牧野植物園は、五台山という山の上に存在します。このため園内は起伏に富んでおり、平地の植物園にはない変化のある展示が楽しめる様になっています。

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ただ、今の時期はやはり花の数は少なく、ちょっと寂しい園内でした。一番鮮やかだったのは、ここでもやはり百日紅でしたね。

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芙蓉もまた花盛りでした。これはたぶん酔芙蓉かな。

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これだけ美しく咲いたミソハギを見るのは初めてかも知れません。後日訪れた播磨屋橋でも綺麗に咲いていましたよ。

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そして、五台山に自生し、牧野博士が新種として発表したというビロードムラサキです。コムラサキを少し大きくした様な花で、上品な色合いが良い感じですね。

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この日は食虫植物展が開かれていたのですが、時間の関係で見る事が出来ませんでした。ここはとても素敵な場所で、出来ればもう一度訪れてじっくりと見てみたいですね。もしも高知に住んでいたら、何度も通うお気に入りの場所になっていたに違いないでしょう。

明日は五台山の名の元となった竹林寺へと向かいます。

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2008.08.22

夏の旅2008~阪神・横浜戦@京セラドーム大阪~

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2008年夏の旅は高知旅行と前振りをしておきながら何なのですが、その前に京セラドーム大阪における阪神・横浜戦の観戦から始まります。まあ、ずっと以前に予約を取ってあった野球観戦に高知旅行をくっつけたというのが正しいのですが、我が家の夏休みとしては目一杯豪華に仕立ててみたという次第です。

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オリンピック組が抜けてからというもの、阪神タイガースのこの日(平成20年8月17日)までの成績は2勝7敗という惨憺たるもので、これほど3人が抜けた穴が大きいとは思ってもみませんでした。確かにこの打線を見ると、新井の不在は如何にも痛いですね。

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この日の先発は3ヶ月ぶりの登板となった杉山。背番号18が示す様に本来はエース格としての活躍が期待される選手なのですが、なかなか思う様には働いてくれません。この日も4回途中で4失点と良いところ無く降板、相手ピッチャーにまで痛打される様ではどうしようもありませんね。何とか一本立ちして欲しいところなのですが...。

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初回、いきなり赤星が出塁して期待を持たせたのですが、後続がなく無得点。後から振り返ると、この免機が痛かった。

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杉山の後を受けたのは同期入団の江草。打者1人を三振に取って、後続を断ってくれました。次の回は渡辺(冒頭の写真)が投げ、ランナーを出しながらも0点に抑えて反撃を待つ態勢を維持してくれます。

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そして、4点のビハインドの中登板したのが久保田でした。言わずと知れたJFKの1人で、前半戦の阪神の快進撃を支えた立役者です。しかし、オールスターの前あたりから陰りが見え始め、このところどうにもぴりっとしない。この日もだめ押しとなる1点を取られてしまい、勝負の行方を事実上決定付けてしまいました。藤川が居ない中、この人に頑張って貰わないと困るのですが、どうにかならないかしらん?

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このところ、先発から中継ぎに回っているアッチソン。長いイニングだと途中で崩れる不安が有りますが、短いイニングだと安心して見ていられます。

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そして、最後には4点のビハインドなのにウイリアムスを投入してきました。絶対に負けたくないという意思表示なのか、それとも調整登板だったのか。フォアボールのランナーを出しながらも2三振を奪って0点に抑えたのは、さすがの貫禄と言えましょうか。

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京セラドーム大阪は、3塁側まで阪神ファンでびっしりと埋め尽くされていました。横浜ファンはレフトスタンドの一角に居たのですが、この日ばかりは横浜の応援だけが威勢良く響きます。

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阪神ファンが盛り上がったのはわずかに8回のみ。パルディリスと狩野の連続2塁打で1点を返したのがやっとでした。

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我が家が贔屓している林は、この日1安打。怪我が多いのが気になりますが、5番に定着してくれればこれほど心強い助っ人はありません。

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この日は、吉見1人にやられたと言っても過言ではありません。投げては8回1失点の好投、打っては3安打1打点の大活躍です。何でこの日が初勝利なのか、不思議でなりませんね。

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そして、阪神の大黒柱である金本。残念ながらこの日は良いところが無く、最後も金本の三振でゲームセットでした。

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終わってみれば5対1。ヒット数も14対4では勝てるはずもないですよね。

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色々と不満の残る試合でしたが、それでも家族揃っての観戦は楽しいもので、旅行初日としてはまずまずでした。

阪神はその後3連勝で盛り返したし、オリンピック組が帰ってくればさらに調子が上がる事でしょう。今年はもう球場に行く予定はありませんが、日本一になるまでテレビの前で応援したいと思っています。

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2008.08.21

夏の旅2008

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果てしなく続く水平線。


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日本最後と謳われる清流。

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祈りを込めて歩き続ける巡礼。

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千代と一豊が築き上げた名城。

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2008年夏の旅は土佐の国、高知です。ここは海、山、川、歴史と見所が沢山。とても3日間では回りきれるところでは無いのですが、それでも目一杯欲張った旅をして来ました。

今日はまずはイントロダクションまで。明日から旅行記を掲載する事といたします。

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