京都・洛中 祇園祭宵山~南観音山・北観音山~
錦小路通から新町通を北に折れると、目の前に南観音山が現れます。楊柳観音像と善財童子を祀り、山鉾巡行の最後を飾る山として知られます。
このあたりは宵山で最も混雑する場所にあたり、常に人波に洗われる事になります。そのためなのでしょう、新町通は錦小路通から六角通までの間は北向き一方通行になっています。一本東の室町通も同様で、宵山散策の時にはこの事を考慮に入れておかなければなりません。今回五条から北上してきたのは、一つにはこの規制の事が頭にあったからでもあります。
提灯に百の字が書かれていますが、これはなんと百足(ムカデ)の百なのですね。この鉾のある町が百足屋町と言い、その百が紋所になっているのです。
ちっょと変わった地名ですが、かつてこの町に百足屋という大商人が居た事に因む地名なのだとか。ムカデと言えば嫌われ者の害虫の代表の様な気もするのですが、実は客足が付くという意味で縁起の良いものとされているのですね。商家としてはとても良い屋号だったという事になるのでしょう。
次に南観音山の祇園囃子をアップします。
いくつもの祇園囃子を聞いてきましたが、未だにどれがどの山鉾のものかは聞いただけでは判りません。その中でこの南観音山のお囃子は、比較的印象に残っています。割とメロディアスと言いますか、覚えやすい様な気がします。と言っても来年になると忘れているのでしょうけどね。
南観音山らしい景色がこの蝋燭の明かりですね。霰天神山では蝋燭立ては会所の中にありますが、ここでは山に隣接してちまきを売っており、その一番端に蝋燭立てが置かれているのです。この明かりがなんとも風情がるのもので、江戸時代の光景を彷彿とさせてくれるのですよ。ある意味最も宵山らしい景色があるのがこの場所かも知れません。
次にアップするのはYou Tubeから拾ってきたビデオで、暴れ観音という奇祭です。
暴れ観音は東山雑記にある様に、南観音山の観音様は女性で、北観音山の観音様に恋をなさっているのだとか。巡行中に北の観音様を慕って無暗に動かれては困るので、前夜の内に暴れさせて気を鎮めておくのだという俗説が伝えられています。何とも面白い事を考えるもので、観音様にそんな事をしても良いものかとも思いますが、余程恋に狂った女性に手を焼いた人が昔の町内には居たのでしょうか。
本当の由来は判っていないとの事ですが、宵山の深夜にこんなお祭りがあるとは、それだけでも愉快な気分になれます。なお、ビデオの大元は「京都祇園祭 南観音山」というサイトにあり、南観音山保存会の囃子方であるつぼぃまさぉさんが、内部の人ならではの視点で祇園祭を紹介されています。とても参考になるサイトですよ。
宵山において、一番混雑するのが新町通と蛸薬師通が交わる交差点です。南観音山と北観音山の境界点にあたるのですが、東西の流れが激しくて、南北に突っ切るのは容易な事ではありません。いっそ流れに乗って蛸薬師通に入ってしまおうかとも思うのですが、それではいつまで経っても北観音山には行けないので、気合いを入れて乗り切ります。連れが居る場合には、ここではぐれてしまわない様に、くれぐれもご用心下さい。小さい子供を連れている場合には、特に危ないですよ。
北観音山に来てからあれっと思ったのですが、山の正面が北を向いているのですね。後から気が付くと南観音山もそうで、出発点である四条通からすれば反対方向を向いている事になります。これって何故かと思ったのですが、どうやらかつてあった後の祭りと関係がある様です。(以下は私の推測ですので、間違っている場合はご指摘願えればありがたいです。)
山鉾巡行が今の形になったのは昭和41年の事で、それ以前は前の祭りと後の祭りの2つに別れて行われていました。前の祭りが現在と同じく四条通が始点になっていたのに対して、後の祭りは三条通が始点となっていたのです。北観音山と南観音山は後の祭りに属しており、出発点である三条通に向かうには北向きに建てた方が都合が良かったのですね。その後巡行が一本化され、順路も変更になったのですが、鉾を建てる向きは伝統を守って北向きのままになっているという訳なのでしょう。このあたりがいかにも京都らしいという気がしますが、どんなものでしょうか。
ちなみに、巡行の日には一度北に向かって町内を清めた後、その後ろ向きに曳かれて四条通に向かうのだそうです。
北観音山の提灯には六角紋が入れられています。これは多分、町名の六角町から来ているのでしょうね。このあたりを歩いていると、一瞬北だったか南だったかと判らなくなる時があるのですが、その時は提灯の模様を見れば自分がどこに居るかすぐに思い出せるという訳です。
北観音山を後にして、さらに新町通を北に向かいます。ここを過ぎるとお囃子もなくなって急に寂しくなるのですが、まだまだ人波は続いています。次に目指すのは八幡山です。
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コメント
ぼやーーーっとしてる間に鉾巡行終わってまして、こちらのUPだけが頼りです(笑)
ところで!
百の紋。
あのぉ.....どーしても「ぐるっとひげに囲まれたお口」に見えちゃいます。ごめんなさいごめんなさい(汗
投稿: ひちゃこ | 2008.07.21 21:49
ひちゃこさん、
言われてみれば口ひげの様にも見えますね。
見事に抽象化された造形の妙かな。
ちょっと気が付かなかったです。
投稿: なおくん | 2008.07.21 23:03
おはようございます、なおくん様
この日は、結構な混雑でしたので、うちの会所でも1人、迷子さんを保護致しました(笑)。
Milk様の所でも拝見しましたが、各山鉾町ごとの紋が面白いですよね。
私も宵山の間は、山オリジナルの浴衣を着させて貰います。
北観音山の向き、なおくん様のご指摘で初めて気がつきました。
そう言えば、去年、四条新町の交差点で山がぐいっと旋回しておりました。
理由が気になりますね、調べてみようと思います。
投稿: いけこ | 2008.07.22 11:19
宵山は山鉾巡行より人出が多かったでしょう。
暑い中、精力的に山鉾を巡られたんですね。
なおくんのレポートはとても参考になります。
来年は宵山を楽しみにしたいと思います(*^_^*)
投稿: Milk | 2008.07.22 17:30
いけこさん、
宵山と言えば提灯、その提灯の特徴は紋にあるという事で、
今回少し追ってみました。
調べてみると色々あって面白いですね。
山の向きですが、一つには部材毎に建てるべき方角が書かれているため、
進行方向に合わせて変えるという事が難しいのかも知れません。
そんなややこしい事をするよりも、後ろ向きに曳いた方が簡単だからとか。
自動車と違って、山鉾は前後どちらでも同じというフレキシブルな構造ですからね。
これもまた様々に推測出来て面白いです。
投稿: なおくん | 2008.07.22 20:47
Milkさん、
人出だけなら宵山の方が多かったのでしょうね。
でも今回の新町通北行き一方通行は、それほど大変ではなかったです。
これが東西を組み合わせて沢山の山鉾を見て回ろうとすると、
かなりくたびれる事になるのですけどね。
来年はぜひ宵山の人波に埋もれて下さい。
少々暑くても、お祭りの風情が全てを吹き飛ばしてくれますよ。
投稿: なおくん | 2008.07.22 20:55