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2007.10.11

京都・大原 三千院

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京都・大原の地にある三千院。京都に五箇所ある、代々の住職を皇室が務めて来た門跡寺院の内の一つです。

創建は伝教大師最澄上人が、比叡山延暦寺建立の際に結ばれた庵に始まります。始めは東塔にあり、時を経て円融坊と呼ばれる様になりました。円融坊はさらに坂本梶井の地に移り、当主を梶井宮と呼ぶ様になります。

円融坊はその後京都に移り、時代と共に居所を転々としました。江戸時代には御所の東(現在の京都府立病院の地)にあり、梶井宮御殿と呼ばれていました。

一方、大原の地には梶井宮の政所があり、従来からこの地にある勝林院や来迎院、あるいは修行僧の管理にあたっていました。明治に至り、梶井門跡は還俗して梨本宮家を興し、梶井宮御殿にあった仏具を大原政所へと移します。以後、大原政所が梶井門跡の本坊と定められ、三千院と名称が改められました。この「三千院」とは、梶井門跡の仏堂の名称「一念三千院」から取ったものとされています。

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三千院には二つの庭園があり、参拝者が最初に出会う庭園を聚碧園と言います。江戸時代の茶人・金森宗和が修築したと言われ、池を中心に皐月の刈り込みを配した池泉鑑賞式庭園となっています。皐月の花時には、きっと華やかな事なのでしょうね。

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もう一つの庭園が有清園です。三千院と言えば、まずはこの景色でしょうか。なんと言っても、苔の美しさが素晴らしい。リズミカルな杉木立の中に雪でも降ったら、まさしく幽玄の世界となる事でしょうね。

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その有清園の中にある極楽往生院は、986年(寛和2年)に恵心僧都源信がその姉安養院と共に父母の供養の為に建てたとされます。つまり、今では三千院の顔とも言うべきこの御堂は、本来は別の起源を持つ寺院だったのですね。堂内には阿弥陀三尊像が祀られており、御堂に比べて大きな像を納めるために天井を船底形に折り上げるという、独得の作りになっています。

御堂に人が溢れているのは、ここでお坊様に依る説明が行われている為であり、なかなか面白いお話が聞けましたよ。

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この時期に三千院を訪れた目的の一つに、秋海棠を見る事がありました。しかし、少し遅かった様で、残念ながら盛りは過ぎてしまっていました。それでもこの薄桃色の花はやはり美しいものでしたよ。

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炭売り翁の旧跡にある「大原の石仏」です。この石仏の起源も三千院とは関係が無く、恐らくはこの地の念仏行者達が欣求浄土を願って作ったものではないかとされています。

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三千院は楓樹が多く、紅葉の名所としても知られています。この御堂の周囲が赤く染まったらと想像するだけで、心が躍る気がします。是非盛りの時分に訪れてみたいのですが、きっと凄まじい人混みも覚悟しなければならないのでしょうね。

(平成19年10月7日撮影)

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