« 夏の旅・尾道紀行 ~尾道三山・西国寺~ | トップページ | 夏の旅・尾道紀行 ~天寧寺~ »

2007.08.17

夏の旅・尾道紀行 ~尾道三山・浄土寺~

Onomiti0708161

尾道三山のうち、最も東にあるのが浄土寺です。浄土寺は聖徳太子によって開創されたと伝わる古刹で、平安時代の末には後白河法皇の勅願所となった事もあるという由緒を持ちます。その後一時衰えたのですが、地元の豪商の助けを受けて2度に渡って堂塔伽藍が再建され、現在に至りました。今の宗派は真言宗泉涌寺派、という事は御寺・泉涌寺の末寺にあたるのですね。

この寺がある山は瑠璃山と言い、主な境内は山裾にあるのですが、山頂には奥の院が設けられており、山麓から登る事が出来る様になっています。ただ、すさまじく急な坂道であるため最初からパス。もしも登っていたら、巨岩が織りなす不思議な光景を目にしていたはずです。

Onomiti0708167

この寺は足利氏との縁が深く、その始まりは尊氏にまで遡ります。尊氏は一時京都を追われた際に、二度に渡って当寺を訪れて戦勝祈願を行っており、その甲斐あって勝利を収め、室町幕府を開く事が出来ました。尊氏はこれに報いるために寺領を寄進し、寺紋として足利氏と同じ二両引紋を使う事を許しています。

左側の石塔が足利尊氏の墓と伝わる宝篋印塔で、その見事な出来映えから重要文化財に指定されています。また、右側の五輪の塔は弟・直義の供養塔と伝わります。

Onomiti0708168

この寺は国宝、重要文化財が数多くあり、本堂も国宝の一つです。1327年(嘉暦二年)の建築で、御本尊として聖徳太子作と伝わる十一面観音像を祀ります。

Onomiti0708162

こちらは重要文化財の阿弥陀堂。本堂よりやや遅れた1345年(貞和元年)の再建で、阿弥陀如来座像を御本尊とします。内部の細工が面白く、壁面に卍崩しという立体的な模様が施されているのですが、見る位置によって白から緑、さらには赤に変わるという変わった趣向になっています。

Onomiti0708163

この寺ではご住職自ら案内して頂いたのですが、とても判りやすく丁寧な説明で、楽しいひとときを過ごさせて頂きました。さらには、最も美しく見えるポイントまで指南していただいて、この写真もその指示どおりに撮ったものです。

庭は1806年(文化三年)の作とされる築山泉水庭であると解説にはあるのですが、池と水路はどこにあるのでしょうね。ぱっと見た目には判らないのですが...。その奥に見えているのが茶室「露滴庵」で、元はと言えば豊臣秀吉が伏見城内に作らせた「燕庵」であると伝えられます。

Onomiti0708165

こちらは1690年(元禄三年)の再建である方丈です。これも重要文化財に指定されているのですが、二重になった様な屋根の形式がちょっと珍しいですね。

Onomiti0708166

そして、門前にある「柔能制剛弱能制強」の石碑です。新影流の剣豪「佐野勘十郎義忠」の記念碑で、碑文は頼山陽の筆と伝えられます。 この石碑と二頭の唐獅子は一つの石材から掘り出されたもので、尾道の石工の技量の高さを示すものとして知られています。

冒頭の多宝塔もまた国宝で、高野山金剛三昧院、石山寺の多宝塔と共に、日本三大多宝塔の一つに数えられています。

ざっと浄土寺を紹介してきましたが、まだまだ書き切れなていない寺宝が数多く残っています。あまりの多彩さに紹介文を書くには未消化に過ぎて拙いものになってしまったのですが、それほど見所の多い寺だと理解して下さい。

とりあえずの紹介はホームページを参照して頂くとして、ここは是非とも実地に訪れてみられる事をお勧めします。住職に案内して頂くだけでも十分に楽しめますよ。

|

« 夏の旅・尾道紀行 ~尾道三山・西国寺~ | トップページ | 夏の旅・尾道紀行 ~天寧寺~ »

尾道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14874/16126031

この記事へのトラックバック一覧です: 夏の旅・尾道紀行 ~尾道三山・浄土寺~:

« 夏の旅・尾道紀行 ~尾道三山・西国寺~ | トップページ | 夏の旅・尾道紀行 ~天寧寺~ »