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2007.08.13

夏の旅・尾道紀行 ~踏切のある風景~

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尾道を訪れるのはこれが3度目。最初に訪れたのは今から三十年近く前、まだ私が高校生だった頃の事です。あの時は7月の末頃で、今回と同じ様にとても暑い夏の日でした。

その旅は高校の友人との二人旅で、家族と離れてする初めての旅行でした。

当時の若年層の旅行と言えばユースホステルの利用が常道であり、この時も尾道のユースに泊まるべくやってきたのです。この旅行は岡山が主な舞台で、津山を皮切りに蒜山高原から新見へと周り、高梁から倉敷を経てこの尾道へとやってきたのでした。

なぜ岡山一周だったのかと言えば、まだ親の脛齧りだった高校生の経済力としては、京都から岡山まで行くのが精一杯の距離だったのですね。そして、瀬戸内側のユースは尾道にしかなかった(あるいは予約が取れなかった?)ため、この地へと足を伸ばしたのです。

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いくら若かったとはいえ真夏の旅は体力的に厳しく、しかも旅の経験が無いものだからペースも判らず、水分の補給もままならずといった具合で、高梁から倉敷に出た頃にはへとへとに疲れ果てていました。とにかく尾道に向かう列車に乗ったものの、景色を楽しむ余裕もなく、崩れる様にして座席に座り込んだのを覚えています。

帰宅ラッシュの時間帯だったのでしょう、思った以上に車内が混んでいて、通路にもぎっしりと人が立っていました。疲れ切っているのだから眠りそうなものなのですが、周囲に人が多いせいか気が立っていたらしく、眠る事も出来ませんでした。私は目を上げるのもおっくうで、ただ窓の下のレールだけを見ていました。

折からの西日を受けて、レールが赤く鈍く輝いています。ガタタン、ガタタンという単調な音と共に、レールはどこまでも平行に走り続けました。そのレールが急に幾本にも別れると、駅に近づいたという印です。そして、駅を過ぎて暫くすると、いつの間にか元の平行線に戻って行くのでした。

金光、鴨方、笠岡と、駅のアナウンスが聞き慣れない地名を告げていきます。前の席に座った友人は眠りに落ち、話をする相手も居ない私は、背中で座席の振動を感じながら、黙ってレールを見つめ続けていました。

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尾道に着くと、大勢の人が一斉に下車しました。その人波にもまれながら改札を出て、ユースホステルへの道を探します。今はもう無くなってしまいましたが、当時は千光寺公園の中に尾道ユースはありました。とにかく線路を渡って坂を登るのだと言う友人に従って、駅を出て左へと道を取ります。一緒に列車を降りた人たちもまた、半分くらいは同じ方向へと歩いていました。

暫くしてたどり着いたのが冒頭の踏切です。ここで帰宅する人たちと一緒に、上りの列車が通過するのをぼんやりと待っていました。やがて遮断機が上がり、道を右手に取って坂を上がって行きます。すると、あれだけ大勢居た人がいつの間にか半分になり、4分の1になり、そしてやがてみんな消えてしまいました。有り様は辻々にあるそれぞれの家に帰って行ったに過ぎないのですけれども、その時はなんだか不思議な、そして心細い様な気分になったものです。なにしろ、私たちの目指す公園は、まだずっと上にあるのですから。

私たちはあえぎながらも坂道を登り切って、千光寺公園へとたどり着きました。黄昏れ時の公園は、なぜかツクツクボウシの声で満ちあふれています。この蝉は京都では秋口に鳴くと決まっており、なぜこんな夏の盛りに鳴いているのかと、私はぼんやりした頭で不思議に思っていました。

ユースでは、食事の時間に遅れたため危うく食いはぐれる所を、なんとか謝って食事にありつく事が出来ました。当時のユースは、規則に煩かったのですね。また、ユースと言えばミーティングが付きものだったのですが、疲れ切っていた私たちは出席もせず、ただ泥の様に眠ってしまいました。この点でも、ユース利用者としては失格でしたね。

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次の日は時間の関係もあって尾道の観光はせず、駅からすぐに倉敷に向かったので、この地の思い出と言えば夕暮れ時の踏切と薄暗い坂道の記憶だけです。その中でも、この踏切の景色は不思議と印象に残っているのですね。ですから、私にとっての尾道のデフォルトの景色と言えば、まずこの踏切にあるのです。

尾道に対するイメージが、海でもなく千光寺でもなく、ただの踏切という人も珍しいでしょうね。なぜと考えるに、同じ列車に乗って同じ駅で降り、同じ踏切で待っていた人たちに対して、淡い親近感を抱いて居た様に思います。初めての旅行の初めての地で、人恋しくもなっていたのでしょう。ここで遮断機が上がるまでの数分間は、ほのかに暖かい、居心地の良い時間だった様に覚えています。

ですから私は、この景色と共に尾道に対して好感を抱いたのだと思います。今から思えばほんの些細な事なのですれどもね、若かった私にとっては印象的な出来事だったのでしょう。この景色が今でも変わらずに残っていた事は、とても幸運だったという気がします。

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コメント

夏の旅行は尾道だったんですね。

尾道は一度行ってみたいところのひとつですが
歩くのが苦手な家族ばかりでなかなか現実となりません(-_-;)
おまけにこの足じゃ坂道は無理ですね。

元気なうちに早く行っとかなきゃヾ(^^;)

投稿: Milk | 2007.08.14 17:41

私も、初めての一人旅は函館だった気がします
とにかく、坂を上ったり下りたりの連続で、へとへとになったのを覚えています。
でも、もう限界だと入った小さなお店で食べた、かき氷が忘れられません。
私にとって、函館イコールかき氷です(笑)

投稿: mononoke | 2007.08.14 18:55

こんばんは、なおくん様

黄昏時の尾道、特に坂道が多いと、
何故だか異国のような気がしませんか?
黄昏時は彼は誰時、なんとなく心細い心地がします。
ですが、家々から漂う夕餉の香りや、何か懐かしい音、
錆び錆びと懐かしい気持ちがするのではないでしょうか。
この気持ち、中々文章に出来ないのですが・・・(笑)。

投稿: いけこ | 2007.08.14 21:44

Milkさん、コメントありがとうございます。

尾道には今回3泊して来たのですが、
京都に劣らず奥の深い町だと判りました。
知れば知る程、その魅力に嵌りますよ。

尾道は確かに足にきつい町ですが、
観光タクシーを使えば、ある程度は楽に廻る事が出来ます。
ポイントを言えば、大抵のところへ行ってくれますよ。
ただし、最後はやはり自分の足が頼りになるのですけどね。

一度は行っておいて損は無い町ですよ。

投稿: なおくん | 2007.08.14 22:45

mononokeさん、コメントありがとうございます。

一人旅の函館ですか。なんだかあこがれてしまいますね。
渇ききった時に食べたかき氷は、さぞ美味しかった事でしょう。

この頃の旅は我ながらドジな事が多かったと思いますが、
その反面感動する事も多かった様な気がします。
可愛い子には旅をさせろと言いますが、
なるほど得たものは大きかったと思いますね。

でも今思えば、良く親が許してくれたという気もします。
自分の息子が旅に出たいと言ったら、
うんと言ってやれるかしらん?

投稿: なおくん | 2007.08.14 22:57

いけこさん、コメントありがとうございます。

尾道の町並って、妙に懐かしいのですよね。
昼間はそうでも無くても、
黄昏時になると不意に心の中に入ってくる、
そんな雰囲気を持っています。

今よりずっと感受性の強かった頃の私は、
そんな尾道に魅入られたのかも知れませんね。

今回旅してみて改めてその奥深さを知り、
ますますファンになってしまった私です。

また行きたいな。

投稿: なおくん | 2007.08.14 23:06

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