« 夏の旅  | トップページ | 夏の旅・尾道紀行 ~志賀直哉・暗夜行路~ »

2007.08.11

夏の旅・尾道紀行 ~林芙美子・放浪記~

Onomiti0708111

「私は宿命的に放浪者である」

「放浪記」の冒頭で自らをそう規定した林芙美子は、文字通りその半生を流浪の旅に費やしました。北九州に生まれた芙美子は、幼少の頃から行商人の義父に連れられて九州各地を転々とし、12歳の時に尾道にたどり着きます。それまでろくに学校にも通えなかった芙美子は、ようやくこの地で安寧の日々を迎える事が出来ました。

2年遅れで小学校(尾道第二尋常小学校(現・土堂小学校))に5年生として入学し、尾道高等女学校を卒業して上京するまでの6年間は、作家として必要な素養を積むと共に、初恋の相手と巡り会うなど多感な少女時代の舞台となり、林文学の原点となったと言われます。

「海が見える。海が見える。五年振りに見る、旅の古里の海!汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が、提灯のように拡がって来る。赤い千光寺の塔が見える、山は若葉だ、海のむせた緑色の向うに、ドックの赤い船が、キリキリした帆柱を空に突きさしている。私は涙があふれた。」

前半生において最も長い時間を過ごしたこの町を芙美子は旅の古里と呼び、その生涯の内で何度となく訪れたと言います。彼女にとって何より懐かしい風景は、川の様な海と山に挟まれた尾道の光景だったのでしょうね。

この芙美子の銅像は、尾道駅から東に数分、商店街のアーケードの入り口にあります。ただし、この像のイメージは芙美子本人ではなく、映画「放浪記」で主演した高峰秀子のものなのでしょうね。

Onomiti0708112

その商店街の入り口近くには、彼女にちなんだ「喫茶 芙美子」という店があります。この店の裏に芙美子が実際に暮らした家が保存されており、店そのものが一種の記念館になっているのですね。メニューもまた芙美子の作品にちなんだ名が付けられており、レギュラーコーヒーが「放浪記」、高級ブレンドコーヒーが「風琴と魚の町」といった具合です。

Onomiti0708113

この家が芙美子とその一家が暮らした家です。元は近くの渦潮小路という場所にあったものを、ここに移設した様ですね。

尾道を有名にした「放浪記」ですが、実はほとんど町の様子は描かれていません。主人公が尾道に帰ってきたのは、自分を捨てて故郷に去った初恋の相手と会う為であり、その主な舞台は因島となっています。尾道の町やこの家の様子は、幼少時代の自分をモデルとした「風琴と魚の町」という作品の中に描かれています。

「この家の庭には、石榴の木が四五本あった。その石榴の木の下に、大きい囲いの浅い井戸があった。二階の縁の障子をあけると、その石榴の木と井戸が真下に見えた。」

残念ながら石榴や井戸までは復元されていませんが、今にも二階の窓が開けられて、芙美子が顔を出しそうな錯覚を覚えます。

Onomiti0708115

「縁側には、七輪や、馬穴や、ゆきひらや、鮑の植木鉢や、座敷は六畳で、押入れもなければ床の間もない。これが私達三人の落ちついた二階借りの部屋の風景である。」

ここに描かれたとおり、2階はがらんとした部屋に机が置かれているばかりであり、予備知識が無いと屹度がっかりする事でしょうね。でも、この一節を知っておくと、なるほど彼女の描写は確かなものだったと納得が行く部屋なのです。


かつては人気作家として一世を風靡した林芙美子ですが、最近ではその作品を読んだ事が無い人が増えている様ですね。それに「放浪記」と言えば、むしろ森光子を連想する人がほとんどではないでしょうか。この店も芙美子縁というだけでは経営的に楽にはならないらしく、一度は閉店を余儀なくされた様です。その後経営者が代わって再開した様ですが、芙美子を知らない世代が増え、来店者も高齢化し、営業的には苦戦している様ですね。

しかし、この店の女主人はとても親切な人で、感じの良い方でした。今回の旅行で最初に会った尾道人であり、この町の印象が良くなったのはこの人のおかげと言って良いでしょう。ホームページに依るとネット販売にも力を入れて行くらしく、末永く芙美子縁の店を守るべく頑張って欲しいものだと思います。


|

« 夏の旅  | トップページ | 夏の旅・尾道紀行 ~志賀直哉・暗夜行路~ »

尾道」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、なおくん様

なおくん様、お帰りなさいませ!!
尾道へいらっしゃったのですね。
尾道ラーメンは召し上がられました?
5年前に尾道へ旅行した時は、林芙美子の家までは行けなかったのです。
せっかく「放浪記」片手に列車に乗ったのに!!
友人たちのグルメ熱に負けてしまったのですぅ。
こんな感じなんですね。
本当に二階の障子がするりと開きそうです。

投稿: いけこ | 2007.08.12 17:25

いけこさん、コメントありがとうございます。

せっかく尾道に行かれたのに、芙美子の家には行けず残念でしたね。
文学ファンなら一度は行きたい場所でしょうに。
なんという事のない二階家ですけど、
ここに芙美子が住んでいたという事実を思えば、
ぞくぞくする様な感覚を覚えましたよ。
次に行かれた時は是非立ち寄ってみて下さい。

尾道ラーメンはですね、店選びを間違えました。
とりあえず下調べはして行ったのですが、
期待はずれの味でした。
後でタクシーの運転手さんに別の店を教えて貰ったのですが、
結局行けず仕舞いです。
おかげでネタが一つ無くなってしまった。
尾道ラーメンの旨い店は、次の機会に取っておく事にします。

投稿: なおくん | 2007.08.12 22:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14874/16076052

この記事へのトラックバック一覧です: 夏の旅・尾道紀行 ~林芙美子・放浪記~:

« 夏の旅  | トップページ | 夏の旅・尾道紀行 ~志賀直哉・暗夜行路~ »