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2007年7月

2007.07.27

京都・洛東 尺八根本道場~明暗寺~

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東福寺の参道を歩いていると、明暗寺という表札を掲げた寺があります。そして同じ表札には尺八根本道場と書かれており、ここが尺八の総本山である事が判ります。

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いま尺八と言えば楽器の一種なのですが、元来は宗教上の法器でした。お経を詠む代わりに尺八を吹くという宗派・普化宗が存在したのですね。門内に入ると吹禅と書かれた大きな石碑があります。普化宗は禅宗の一派とされ、座禅の姿勢で尺八を吹き、悟りの境地に入る事を吹禅と呼ぶのだそうです。

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ところがよく調べてみると、この寺は善慧院という東福寺の塔頭であり、明暗寺という寺はおろか、普化宗という宗派そのものの存在があやふやなのです。

普化宗は江戸時代に全盛期を迎え、虚無僧という集団を抱えて江戸幕府に接近し、隠密として全国に散って幕府を陰から支えたと言われます。このため、明治政府になってからはその存在を疎まれ、やがて解散へと追い込まれたのでした。

その後、音楽としての尺八は綿々と伝えられ、やがて明暗寺教会が設立されます。戦後に至り、明暗寺教会は晴れて宗教法人として認められたのですが、宗派と呼べるほどの規模はなく、善慧院を間借りして本部としているという図式の様ですね。

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かつて京都に存在した明暗寺は普化宗の総本山の一つであり、善慧院から出た覚心上人の弟子・明普が開いたと言われます。その縁から、善慧院は明暗寺教会の本部をここに置く事を許している様です。表の表札だけを見れば、母屋の善慧院よりも間借り人である明暗寺の方がずっと目立っているのですけどね。

今はあまり虚無僧の姿を見かける事はありませんが、時代劇の中で見るスタイルは、たいてい明暗と書いた箱を抱えています。いかがわしい虚無僧が横行した中で、自分は由緒ある明暗寺の系譜の中に居る者だという事を示すためなのでしょうね。

時代劇の中でしか知らない虚無僧が、ここにはまだちゃんと生きています。それ確かめるだけでも、ここを訪れる値打ちがある様に思えます。

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2007.07.16

京都・洛中 祇園祭宵々山2007

台風が通り過ぎたと思ったら今度は今度は大きな地震がありましたね。散々な連休となってしまいましたが、被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

今京都で行われている祇園祭は、災厄を取り除く為のお祭りです。願わくば八坂の神にあやかって、これ以上被害が広がりません様に。

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平成19年7月15日の京都は前日までの台風の影響も無くなり、青空こそ見えないものの、まずまずの日よりとなりました。宵宮が3連休と重なった事から、あらかじめ予想されていたとおり凄まじい人出となりました。宵々山に訪れた人は、雨に祟られた昨年の2倍近い37万人に上ったとの事です。

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今年は四条通から行ったのですが、御旅所の前あたりではまだ余裕で歩けました。この御旅所とは四条寺町にあって、祇園祭の間八坂神社の神をお迎えする場所の事を指します。

川端康成の「古都」では、宵山の夜に、ここで七度まいりをしていた苗子と千恵子の姉妹が出会うという設定になっています。祭りの風情が溢れる、「古都」の中でもとりわけ印象的な場面ですね。

この七度まいりとは、この御旅所の神前を起点にして少し離れては戻ってきて拝み、それを七度繰り返すと願い事がかなうという風習で、その間は誰に会っても口をきいてはいけないと作品中にはあります。

一方、本来の無言参りは祇園や宮川町の舞妓・芸妓の間に伝わるもので、御輿が奉納されている17日から24日にかけて毎日願掛けに訪れるものとされており、「古都」に出てきた七度参りとは少し違う様ですね。

作品に描かれた七度まいりは、これとは別に町衆の間に伝わっていたものか、もしかすると作者に依る創作だったのかも知れません。八坂の神様は御輿に乗って来られるのであって、宵山にはまだここには来てない訳だから...、などと考えるのは無粋に過ぎるというものかな。

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四条通を歩いていて最初に出会う鉾は、烏丸通の手前にある長刀鉾になります。この日、一番混んでいたのはこのあたりで、ほとんど停滞と言って良い状態になってました。やはり初めて見る鉾という事なのでしょう、立ち止まって写真に納めようという人が多かったせいの様ですね。

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あまりの混雑ぶのりのため、我が家では全部を廻る事はあきらめて、祭りの風情だけを味わう事にしました。そのため、出来るだけコンパクトにルートをまとめるべく、新町通りと室町通りは避けて、その間にある路地のような道をたどります。その抜けた先にあるのがこの霰天神山。

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ここは昨年も訪れたところで、火除けの神様としての天神が祀られています。そして、町会所の中では子供達が「雷除け火除けのお守りはこれより出ます。」と元気な声で歌いながら、粽を売っていました。宵山の鉾町の各所で聞く売り子歌ですが、この霰天神山がその発祥の地とされている様ですね。

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町会所の入り口にはたいてい行列が出来るのですが、何のための行列か判らず、奥に入ってから粽を売っているという事に初めて気付く人も多かったですね。

これが御本尊の天神様をお祭りする社で、道真公の梅の御紋が入っています。そして神前では「ろうそく一本献じられましょう」と男の子達が歌いながらろうそくを勧めていました。

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山伏山のご神体は、昔八坂の塔が傾いた時に、法力によって立てなおしたという浄蔵貴所が、修験者として大峰山に入る時の姿とされます。その山伏山では今年初めて町会所が公開されていました。

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町会所では山を飾る水引や胴掛けなどが展示されています。、普段はあまり目にする事がない細部の模様などが判って、なかなか興味深かったですよ。また、町会所の奥では、ここでも粽などの祇園祭グッズが売られています。

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最後に訪れたのが橋弁慶山。コンパクトにまとめたつもりでも、ここに来るまでに2時間近く掛かっています。やはり四条通で費やした時間が大きかった様ですね。

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ここも昨年訪れているところですが、通りから見上げるご神体はドラマ性に溢れていて、何度来ても見応えがあります。

今年はかなり地味な宵々山巡りとなりましたが、それでも祭りの熱気と風情を味わうには十分で、京都の夏の夜を存分に楽しむ事が出来ました。今日の宵山もまた、より一層多くの人で賑わう事でしょうね。

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