新選組血風録の風景 ~鴨川銭取橋その2~
(新選組血風録概要)
(山崎は狛野の所属隊長である武田観柳斎の部屋に駆け込んだ。部屋ではすでに知らせを受けていたらしい観柳斎が、外出の支度をしていた。)
(山崎は観柳斎に、狛野は外出届を出していたかと確かめた。しかし、観柳斎は知らぬと言う。山崎はそれではあなたの隊士取り扱いの不行き届きになると追求したが、観柳斎は隊士が勝手に抜け出していく先をいちいち見張る事などできないと切り返す。)
(実はこの二人は仲が良くなかった。二人は8・18の政変後、新選組が公式に発足した直後に行われた募集に応じて採用された同期である。この時採用された者は71名いたが、この二人は群を抜いて出色の方であった。山崎が諸士取締役兼監察に抜擢されたのに対し、観柳斎は五番隊長に登用されている。特に観柳斎については長沼流の軍学の素養があり、その事で近藤の信任を得て隊士一同に調練を施す立場に立った。)
(観柳斎は近藤のために軍配を誂えて、これを献上した。そしてその軍配を調練の為に必要であると言って借り受け、同士に向かっては近藤の権威の象徴として最大限に利用した。観柳斎は隊士一同を壬生寺の境内に集めて調練を行い、その軍配を振るっては近藤の下知であると言って、同格の隊士達をびしびしと叱りつけたのである。)
(ほどなく観柳斎は兵学師範に登用され、隊内での地位は揺るぎのないものとなった。しかし、やがて彼の権威が墜ちる時が来た。幕府がフランス流軍学を取り入れた事に倣い、新選組でも長沼流軍学を廃止したのである。隊士一同はざまを見ろと溜飲を下げたが、しかし観柳斎は依然として五番隊長として隊の大幹部であり、巧みに近藤に取り入っては隊士の告げ口を行うため密かに恐れられていた。)
「武田観柳斎の経歴については、以前にまとめた記事があるのでそちらを参照して頂く事として、今回は詳細を省きます。ここではその後知り得た情報として、「新選組金談一件」において記述されている観柳斎について紹介したいと思います。この資料は「新選組血風録の風景 ~長州の間者その5~」においても引用していますが、この中に観柳斎の人物像を知る上で興味深い記述があるのです。」
「新選組金談一件は、新選組からの借金を申し入れられた三井家が、苦心惨憺の末にこれを回避するまでの経緯を綴った記録です。その過程において、三井の組頭が本願寺の寺侍である西村兼文(新撰組始末記の作者)に、新選組の隊内に協力を依頼出来る人物が居ないかと打診を行っているのですが、それに対する西村からの回答の中に観柳斎の名前が登場してきます。」
「西村は、まず観柳斎が伊東甲子太郎と並ぶ武芸の達人である事、そして弟子まで持っていると紹介しています。伊東は北辰一刀流の免許皆伝者であり、道場まで開いていた一流の剣客であった事は周知の事実ですが、観柳斎がその伊東と並び称される程の武芸者であったことは、これまでほとんど知られていませんでした。観柳斎が実戦で剣を振るった事は、池田屋事件で一人の浪士を斬った事などいくつかの事例が確認出来ますが、それが彼の剣の評価とは結びついていなかったのです。これはちょっと意外な事実ですね。」
「そして、西村が観柳斎を近藤への仲介者としての候補に挙げているという事は、とりもなおさず隊内での発言力を有していた、とりわけ近藤への影響力が大きかったという事を裏付けています。彼が近藤の広島行きへの随行者として選ばれたのは、伊達ではなかったのですね。」
「その一方で西村は、もし観柳斎に頼んだとしたら、彼は欲深な性格なので多額の礼金が必要となるであろうとも警告しています。後年になって著した「新撰組始末記」の中で、観柳斎を「すこぶる世智に賢い」と評した西村は、当時(慶応2年9月頃)からあまり快くは思っていなかった様ですね。」
「これらを総合すると、剣の達人にして軍学者という優れた一面を持つ一方で、世智に長けていて欲深い性格を持つという、なかなか複雑な人物像が出来上がります。「武田観柳斎」という通称名(本名は福田広)からしてはったりの臭いがしており、実際に会えばその素養に惚れ込むか、うさん臭さを感じて敬遠するか、評価が二分してしまう様な人物だったのかも知れません。」
以下、明日に続きます。
(参考文献)
新人物往来社「新選組銘々伝」、「新選組資料集」(「新撰組始末記」)、子母澤寛「新選組始末記」、伊東成郎「閃光の新選組」
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