新選組血風録の風景 ~長州の間者その9~
(新選組血風録概要)
(梅松院で一人を斬って以来、新作は人を斬る事が容易になった。道場での立ち会いと違い、真剣で同じ相手に巡り会う事は二度と無く、得意技を一つ持てば良いと悟ったのである。そして、間合いの中に飛び込む為の図太さも会得した。)
(道場での稽古では、面打ちを重視した。長身という利点を生かした得意技とする為である。ある日、新作は松永と稽古で立ち会った。新作は勝負を度外視し、面技にばかりこだわった。そのため、松永に翻弄されてしまったが、松永もまた新作に脳天を打ち抜かれて、二、三度目を回しかけた。剣としては融通の利かない下品だと言う松永に、自分程度の腕ならこの方法しか無いと返す新作。)
(ある日、巡察から帰ると、前川邸で異変が起きていた。三人の長州の間者が殺されたと言うのである。楠小十郎が原田に、御倉伊勢武が斉藤に、そして荒木田左馬亮が永倉によって斬られていた。隊内の間者は一人と聞かされていた新作は不審に思う。)
(五日後、小膳に会った新作は、もう一人の間者が殺されたと告げた。最初は驚いた小膳だが、それが五日前の事だと知ると顔を明るくした。どうやら、つい最近に会ったばかりの様子である。新作は本当の間者は誰なのかと問いつめるが、小膳は巧みにはぐらかしてしまう。)
・長州の間者の粛正
「荒木田左馬亮ら長州の間者とされた隊士が粛正されたのは、文久3年9月26日の事でした。その様子は、新撰組顛末記に詳しく記されています。」
「この前日の夜、御倉、荒木田、越後、松井竜次郎の四人は、永倉と中村金吾を祇園一力に誘い、暗殺を企てようとしました。しかし、彼等の企みに気付いた永倉は、全く隙を見せなかったので暗殺は失敗に終わります。」
「新選組では彼等を間者とは気付いていたのですが、泳がせる事で長州側の情報を探ろうとしていました。しかし、ついに害意を明らかにしたので、粛正する事に決めてしまいます。」
「この日、荒木田と御倉は屯所に髪結いを呼び、縁側で月代を剃って貰っていました。永倉は斉藤と林信太郎の二人の隊士と語らい、その背後からそっと近づきます。そして、永倉の合図で一斉に脇差しで突き刺しました。不意を突かれた二人は刀に手を掛けただけで即死してしまいます。」
「一方、越後と松井に対しては、沖田と藤堂が彼等の部屋に切り込みました。しかし、いち早くその気配を察した越後達は、部屋の窓を破って逃げてしまいます。」
「越後達に逃げられた沖田は、隊内に彼等と同心の者が居る、油断めさるなと叫びました。その声を聞いて飛び上がったのが、松永と楠でした。松永は井上の追撃を振り切って、背中に軽傷を負っただけで逃げ切ったのですが、楠は原田に捕まります。」
「原田は近藤の前に楠を連れて行こうとしたのですが、楠はああだこうだと抗弁して言う事を聞きません。かっとなった原田は、遂に抜き打ちで楠の首を刎ねてしまったのでした。」
「この楠小十郎の最後については異説があります。「新選組物語」に依れば、楠が殺される場面を八木為三郎が見ていたと言うのです。楠は17歳くらいという若い隊士で、美男五人衆に数えられるほどの美形だったと伝えられます。」
「彼はとても優しい性格の隊士で、子供だった為三郎とも良く遊んでくれました。この日の朝は深い霧に覆われており、楠は前川邸の門のところに立って、うっとりと霧を眺めていました。為三郎少年は楠の姿を見て声を掛けようとしたのですが、その瞬間、楠が「わっ」と声を上げて駆け出しました。」
「その時分の前川邸の前には水菜の畑が広がっており、楠はその畑の中に駆け込みました。その背後から抜き身の刀を持って「野郎!」と言って飛び出してきたのが原田です。為三郎少年は怖くなって、そのまま家に逃げ帰りました。」
「それから暫くして、為三郎は家の者と一緒に現場に来てみたのですが、前川邸の門は固く閉められていました。そして、畑の方に行ってみると、あちこちが踏み荒らされ、血の固まりが点々と落ちています。三、四十間も行くと、水菜が一坪程も踏み荒らされていて、血溜まりが出来ていました。八木家の人々はこの凄惨な現場を見ると、ここでやられたんだと異口同音に言って顔を背けたそうです。」
「楠が掃いていた下駄は、一つは門前に、もう一つは斬られた現場に土まみれになってなって落ちていました。仲の良かった為三郎少年は、痛ましい楠の最期を思って心を痛めた様ですね。なお、越後、松永、松井の三人は、この深い霧に紛れたおかげで逃げ切る事が出来た様です。」
「いずれにしても、こういう内部粛正の場面の描写は凄惨極まりなく、新選組の暗部を見る思いがします。特にこの文久3年9月という月は、新見、芹沢、平山に続く粛正ですから、草創期の新選組は、まさに血塗られた歴史の幕開けとなったのでした。」
以下、明日に続きます。
考文献
子母澤寛「新選組始末記」、「新選組物語」、永倉新八「新撰組顛末記」
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