新選組血風録の風景 ~長州の間者その12~
(新選組血風録概要)
(新作の横顔を見ながら沖田は言う。「桝屋の正体が古高である事を知ったのは昨夜遅くの事であったが、今朝早く局内に噂として流してみた。すると、果然、屯所を抜けていく男が居た。我々はその男の後を尾行した事になる。」)
(その男とは誰かと聞く新作に、君の仲間だと答える沖田。新作がえっと驚いた時、往来に松永が現れた。夢中で立ち上がり、松永に向かって突進する新作。不意に現れた新作に気付き、全てを悟る松永。)
(往来で対峙する二人。松永の背中には、祇園会の鉾が夏雲に向かって伸びていた。その時、新作の目には、辻々に走り込んでいく新選組隊士達の姿が見えた。原田、斉藤、永倉、それに近藤。)
(周囲を固められたと知り、我々は逃れられぬと新作に声を掛ける松永。彼は最後の人斬りとばかりに、新作に斬りかかる。彼は新作が面打ちに来ると知っており、そこを狙って小手打ちに行った。新作はその裏をかき、松永の胴をはらった。数歩走って、井筒屋の前で倒れる松永。)
(しかし、新作も松永の最期を見届ける事は出来なかった。なぜか身体が仰け反り、鉾の先端が目に入った。そして、それが大きくなり、やがて意識を失なう。新作の遺体の傍らでは、沖田が刀をぬぐいながら、無邪気な様子で鉾を眺めていた。)
(後で二人の身体を改めると、松永の懐からは長州の久坂に充てた古高の紹介状が出てきた。しかし、新作からはお守りに入れた弁財天の御札が出てきたばかりだった。)
・古高の捕縛について
「小説では、局長自らが出動した大捕物になっている古高の捕縛ですが、実際に出動したのは武田観柳斎と数人の隊士だった様です。出動した隊士が意外に少ないのは、この時にはまだ古高がそれほどの大物とは判っていなかったからなのでしょう。時刻も小説の様に日中ではなく、夜が明ける直前だった様ですね。」
「古高の正体が露見したきっかけには種々の説があります。」
「まず一つめは、宮部鼎蔵の下僕である忠蔵が捕らえられた事に依るとするものです。これについては以前に紹介しているので詳しい事は省略しますが、少し付け加えると、忠蔵が捕らえられたのは南禅寺へ行った帰りの事だった様です。」
「この頃、南禅寺の天寿庵が肥後藩の陣屋になっており、忠蔵はそこに宮部の使いとして行ったのですね。この天寿庵は応仁の乱で荒廃した後、細川幽斎によって再建されており、肥後藩とは何かと深い縁があったのです。」
「次いで、桝屋の裏手に住んでいた、小鉄という人物が情報をもたらしたという説があります。小鉄は侠客として知られますが、同時に会津藩の中間を勤めており、新選組の密偵でもあったというのですね。」
「小鉄は義侠心に溢れた人物だった様で、後の鳥羽伏見の戦いにおいて、旧幕府軍の兵士の死体は賊軍であるとして路上に放置されていたのですが、彼は危険を顧みずに子分を動員してこれを寺々に集め、埋葬して回向を施したと伝えられています。」
「さらに、桝屋の主人となった古高でしたが、商売には不熱心でした。この事を詰った手代が解雇されてしまい、その恨みを晴らすべく新選組に密告したとする説もあります。」
「いずれにしても、この時期には200人以上の長州系の過激派志士が洛中に潜伏しているという情報が入っており、幕府方はその摘発にやっきになっていた時期ですから、その中心に居た古高の正体があぶり出されるのは時間の問題だったと思われます。」
・小説の舞台の紹介
「この場面の舞台となっているのは、四条河原町から少し北に上がったあたりになり、人通りも車の通行量も非常に多い、京都でも最も賑やかな場所です。もしも今こんな決闘があったとしたら、とんでもない大騒ぎとなる事でしょうね。この周辺には幕末の史跡も多く、わずか100m程の範囲内に、中岡慎太郎寓居跡、近江屋跡、土佐藩邸跡などがあります。」
「小説ではかなり広い通りの様に描かれており、おそらくは現在の河原町通を念頭に置いて書かれたものと思われます。しかし、当時の河原町通は非常に狭く、現在の東側の歩道分ぐらいの幅しかありませんでした。だとすると、松永と新作が対峙しているだけで道幅が一杯になり、古高捕縛に向かう隊士達は、二人の脇をすり抜けていった事になりますね。」
「そして、河原町通に鉾町は存在せず、沖田が新作を斬った後に鉾を眺めていたというのは、あり得ない描写です。これも絵としては判るのですが、何かと誤解を招く元ですね。ちなみに、幕末の頃の山鉾巡行の経路は寺町通で、河原町通を通るようになったのは昭和41年からの事です。」
参考文献
新人物往来社「新選組を歩く」、新創社編「京都時代MAP 幕末・維新編」、木村幸比古「史伝 土方歳三」
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