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2007.01.24

新選組血風録の風景 ~油小路の決闘その10~

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(京都東山・霊山)

「服部武雄は播州赤穂の出身で、伊東とは新選組入隊以前からの同士でした。隊においては諸士調役兼監察を勤め、三条制札事件に出動し、大石らと共に金千疋を賜わっています。在隊時から新選組最強の剣士と目されており、隊士が10人掛かりで掛かっても勝てるかどうかと言われていました。そして、はからずも油小路事件において、それが実証される事になります。」

「服部武雄の奮戦ぶりについては、西村兼文が著した「新撰組始末記」に詳しく記されています。彼は御陵衛士の中でただ一人鎖を着込んで現場に臨みました。そして、東側の民家を後ろ盾に取り、また一方を門扉をもって盾となし、敵を二方に限って闘っています。そして腰に提灯を差して敵を照らし出し、三尺五寸の長剣を振り回して、飛鳥のごとく暴れ回ったと記されています。新選組は人数を頼みに包み込んで討ち取ろうとしたのですが、服部の鋭い刃の前に怪我人が続出するばかりでした。そこで、長槍を持ち出して離れた場所から狙いを定め、ようやく仕留める事が出来たのです。」

「服部の戦いぶりについての記述は、実は新選組血風録にある描写とほぼ同じです。と言うより、小説の方が新撰組始末記を参考にして書かれたという事なのでしょうね。このあたり、血風録は虚実を巧みに織り交ぜて組み立てられている事が判り、この作品がただの娯楽小説に終わらず、現実味を帯びた歴史小説になっている秘訣の一端を見るような思いがします。」

「次に、毛内有之助は津軽の人で、事件当時は34歳でした。毛内家は300石取りの家柄であり、代々勤王家として知られた一族でした。有之助は次男として生まれたのですが、父、継母、叔父に文武に優れた人物に恵まれ、幼時から身内の薫陶を受けて育った彼は、諸芸に秀でた藩内有数の秀才として成長して行きます。そして文久元年になると風雲を求めて脱藩し、江戸へと赴きます。」

「江戸においては、旗本の子弟の文武の教授を務める傍ら、伊東甲子太郎と出会って交流を深めました。そして、伊東の後を追って上洛し、慶応元年に新選組に加入しています。」

「津軽においては諸芸に優れると評価された毛内でしたが、諸国から猛者が集まった新選組においては、特に武芸に関しては水準以下だった様です。ただ、馬術、槍術、弓道と何でもこなすところから、「毛内の百人芸」という異名で呼ばれました。この百人芸と言う呼び名には、百人並=平凡という意味も含まれていた様ですね。一方、文に関しては一定の評価がされた様で、伊東と共に「文学師範」の一人となっています。ちなみに、御陵衛士の同士であった阿部は、毛内の事を「儒者」と呼び、「剣術は出来ない人物」という評価まで下しています。」

「毛内は諸士調役兼監察に就いていますが、新選組在籍中は特段の事績を残していません。彼が本領を発揮するのは御陵衛士となってからの事でした。彼が最も力を注いだのが建白書を綴る事で、三条実美、岩倉具視ら有力公卿に対して、実に数十回に渡って建白書を上提したとされます。その一方で、中国、四国地方に遊説に出かけ、さらには上洛してきた津軽藩主に拝謁して、勤王論を建言したと言われています。まさに、水を得た魚の様な活躍ぶりですね。」

「油小路事件における毛内は、服部と共に民家を背にして闘っていました。しかし、藤堂が倒れたの見ると反射的に飛び出してしまい、永倉に背後から斬られてしまいます。さらに襲いかかってきた西岡に反撃してその顎を斬りつけたのですが、西岡の刀で胴を斬られ、その場で即死してしまいました。倒れた毛内には新選組隊士が殺到し、その身体をずたずたになるまで斬りつけたと言われます。」

「余談となりますが、毛内は江戸に居た頃、後に「稗田利八」と名乗る池田七三郎と出会っています。池田はその数年後に毛内を慕って新選組に入ったのですが、その時には頼りとするはずの毛内は御陵衛士として隊を抜けた後でした。そして、池田が入隊してから一月足らずの内に、油小路事件が起きています。新入りであった池田は、その日の夜に何人もの隊士が出動して行く様子を目撃しているのですが、何があるのかまでは知らされていませんでした。そして、後になってからその晩に毛内が斬られた事を知り、大変驚いたと語っています。」

「服部と毛内の墓は、戒光寺の墓地に伊東・藤堂の墓と共に並んで建っています。そして彼等の霊は、死後83年を経て京都護国神社の祭神として祀られました。生前は元新選組隊士という肩書きが災いして容易に勤王の志士とは認められなかった彼等でしたが、その死をもってようやく本懐を遂げたとも言えるのかもしれません。」

以下、明日に続きます。

参考文献
新人物往来社「新選組銘々伝」「新選組資料集」「新選組の謎」、光文社文庫「新選組文庫」、子母澤寛「新選組始末記」、PHP新書「新選組証言録」、木村幸比古「新選組日記」、永倉新八「新撰組顛末記」


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