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2006.06.12

京都・寺町御池 本能寺 ~功名が辻~

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1582年(天正10年)6月2日に起きた本能寺の変で灰燼に帰した本能寺は、その10年後にようやく再建の緒に就きました。しかし、その直後に秀吉から現在の場所への移転を命じられます。これはなにも本能寺だけをねらい打ちにした訳ではなく、秀吉による京都改造の一環として寺町を形成する為だったのですが、棟上式の直前まで漕ぎ着けていた本能寺にとっては大迷惑な話だった様です。

1592年に再建された本能寺でしたが、その後京都を襲った天明の大火、蛤御門の変による大火に遭遇し、二度に渡って炎上してしまいます。現在の本堂が再建されたのは1928年の事で、その最後の再建の際に、能の字の右側に火に通じるヒの字が二つ重なっている事は縁起が悪いとして、「去」に変えて使う事が倣わしとされました。以来、本能寺は火災とは無縁のまま現在に至っているとの事です。

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その本能寺の境内にある信長公廟は、信長の三男である信孝の依頼によって建てられた信長の墓です。信長の遺体は見つからなかった訳ですが、この墓には本能寺の焼け跡から集めた骨が収められていると言われます。

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信長の墓とされているものは、この他にも大徳寺総見院、蓮台阿弥陀寺、大雲院など、数多くの場所に存在しています。それぞれの場所に言われがあり、遺体が見つからなかった以上どれが本物という事は言えないのでしょうけど、一人の人間にこれほど多くの墓があるという事は、やはり織田信長という人物の大きさを物語っているのでしょうね。

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信長は京都に自分の館を持たずに、上洛の都度に市内の大寺を宿としていました。本能寺が宿とされたのは少なくとも4回あったとされ、その為に寺域が広げられたとも言います。信長の一行が来ると本能寺の僧は追い出されたそうで、家財道具一式を持って近在の寺へと身を寄せていました。寺の幹部はともかくとして、一般の僧にとってはかなり迷惑な事態だった様ですね。

本能寺の変が何故起きたのかについては、ドラマの様に光秀の単独犯とする説、信長に危機感を抱いた朝廷が黒幕だったとする説、秀吉との共謀があったとする説、足利義昭の謀略とする説など、古来唱えられてきた説は枚挙に暇がありません。徳川家康との共謀とする説もあり、天王山の戦いの後も生き延びた光秀は家康の元に身を寄せ、南光坊天海と名を改めて謀臣としての辣腕を振るい、「黒衣の宰相」と呼ばれたとも言われます。光秀贔屓の私としては魅力のある説ではありますね。

本能寺の変は日本史上に残る最大の謎の一つとして、真相は解明される事なく、永遠に語り継がれて行くのかも知れません。

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コメント

なおくん、こんにちは。
能の字の由来がやっとわかりました。
これで、スッキリ(^◇^)
ありがとう!

投稿: Milk | 2006.06.13 17:40

昨年の夏、暑い中、本能寺を観てきました。

あまりに普通のお寺で、ちょっと拍子抜けしました^^;
京都って、豪勢なお寺が多いので。。。

投稿: ヒロ子 | 2006.06.13 19:23

Milkさん、ヒロ子さん、コメントありがとうございました。

Milkさん、私もずっとなんだか変な字だなと思っていたのですが、
旧本能寺の石碑を読んで初めて知りました。
それで火災の難を逃れているのなら、改名した甲斐もあったというものですね。
ただ、パソコンで変換出来ないのが難点なのですが。

ヒロ子さん、名高い割には確かに平凡な感じのする寺ですね。
そのあたりは、やはり度重なる火災に依るところが大きいと思われます。
それに境内の中に本能寺会館などのビルを建てて周囲を囲ってしまっているのも、
風情を無くしている原因でしょう。
一番下の小院群が、わずかに京都らしさを感じさせてくれる位でしょうか。
ここはやはり信長公廟が一番の見所なのでしょうね。

投稿: なおくん | 2006.06.14 00:02

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舘ひろし殿、いい男ですなぁ。あぁいうおじさま、好きですよ~。 最初は不満ぶーぶー [続きを読む]

受信: 2006.06.13 19:17

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