京都・寺町二条 八百卯~檸檬の店~
四条通から三条通にかけてはアーケードに覆われ、寺町京極と呼ばれる賑やかな寺町通も、御池通を越えると急激に細くなり、北行き一方通行の道になっています。その寺町通が東から来た二条通と出会う角に4階建ての小さなビルが建っています。そのビルの一階にある店が八百卯。梶井基次郎の檸檬で有名になった果物屋さんです。
檸檬の中で八百卯は、「決して立派な店ではなかったが、果物屋固有の美しさが最も固有に感じられた」と紹介されています。しかし、現在はガラスの向こうに果物が並べられているものの、外見からはあまり果物屋らしさは感じられず、うっかりするとそれと気付かずに通り過ぎてしまうかも知れません。2階はフルーツパーラーYAOUになっていて、ここの果物を楽しむ事が出来る様になっています。
二条通に面したショウウインドウには、檸檬に関連した記事と共に沢山のレモンが飾られており、ここが檸檬の店である事を誇示しています。
梶井基次郎は、1901年(明治31年)に大阪で生まれています。長じて後、京都の三高で5年間を過ごした事があり、その時の経験からでしょう、「檸檬」や「ある心の風景」といった京都が舞台となった作品を残しています。彼は1932年(昭和7年)に31歳の若さで亡くなるまで20編あまりの小編を著しましたが、生前は文壇から大きく認められるには至りませんでした。彼の作品が評価される様になったのはその死後の事で、現在では昭和の古典とまで評され、根強い愛読者を持っています。
「檸檬」が発表されたのは1924年(大正13年)の事でした。当時梶井は東京大学に学ぶ学生で、掲載されたのは「青空」という同人雑誌です。現在では彼の代表作となっているこの作品ですが、残念ながら当時はまるで注目される事はなかった様です。透徹した判りやすい文章でありながら、どこか重苦しい雰囲気が押し包む彼の作品群の中にあって、「檸檬」は比較的軽快に読め、ラストはレモンを爆弾に見立てるというユーモアで締めくくられています。そのあたりの親しみ易さが、今も多くの人から愛されている所以なのかも知れませんね。
「果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だった様に思える。何か華やかな美しい音楽の快速調の流れが、見る人を石に変えたというゴルゴンの鬼面-的なものを押しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったという風に果物は並んでいる。」
作品の中でこう描写された果物の陳列は今は見ることが出来ません。その代わりと言う訳でも無いのでしょうけど、こんな華やかなディスプレイがありました。これは本物の果物ではなく、全部作り物のミニチュアなのですけどね。もしかしたら、この一文を意識したコーナーなのかも知れないという気もします。
作品の中で、主人公はレモンを一個だけ買って店を出ます。それを真似する人が多いのでしょうね、店の中には一個づつ丁寧にラップで刳るんだレモンが沢山置いてありました。私もやっぱり買って帰ったレモンが一番上の写真で、1個280円と少し高かったのですが、とても良い香りがする上質なレモンでした。
この後丸善に行けば完璧だったのでしょうけど、残念ながら丸善は昨年で店を閉じてしまっています。書棚にレモンを置く悪戯をしてみたかったのですが、それも永遠に叶わない事となってしまいました。名作の舞台が無くなってしまったのは、やはり寂しい事だと思わずには居られません。
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コメント
梶井基次郎、若かりし頃読みましたよ。
このようなお店があったとは、全くのチェック外でした。
秋に大阪に行くのですが、足を伸ばして、また京都観光しちゃおうかしら。
そのうち、道頓堀で一押しのお好み焼きかたこ焼き屋さんを教えてくださいませ(笑)
投稿: ヒロ子 | 2006.06.14 18:57
ヒロ子さん、コメントありがとうございます。
昔読んだ小説の舞台が、そこに書かれたとおりの場所に残っているとなると、
一度は行きたくなるものでしょう?
ここはごく普通のありふれた町中で、
檸檬のファンでなければ、わざわざ訪れる人はまず居ないでしょうね。
たまにはこんな文学散歩のために京都を訪れてみるのも面白いと思いますよ。
道頓堀のたこ焼き屋さんはいくつもありますが、
私が食べたのは太左衛門橋の袂にある大たこです。
ここには2軒のたこ焼き屋が並んでいるのですが、
どういう訳か大たこの方ばかりに客は集中していました。
食べ比べた訳では無いので、どっちが上か実際の評価は出来ないのですけどね。
橋の欄干にもたれながら食べるのがお勧めで、きっと大阪らしさが満喫できると思いますよ。
投稿: なおくん | 2006.06.15 00:14