ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」10
函館、武蔵野楼での宴。グラスに注がれているのは日本酒ではなくワイン。皆は揃ったかと尋ねる榎本。土方だけが未だ来ていないと聞き、あきれる大鳥。土方なら、昼間ここに来たと口を挟む武蔵野楼の女将。彼女は洒落た赤いドレス姿です。土方は昼間から酒を飲んでいたのかと憤る大鳥ですが、彼は溜まっていたツケを精算する為に来ただけだと答える女将。
(以下、女将の回想。武蔵野楼の座敷で女将と対座する土方。彼は世話になったなと金の入った袋を女将に手渡すと、そのまま立ち去っていきます。何かに気付いた様にその後ろ姿を見送る女将)
その話を聞き、土方は総攻撃が近い事を知っていると言って、宴の席に向かう榎本。
廊下に置かれたテーブル席に座った榎本を首座にして、畳の座敷に居並らぶ函館政権の幹部達。榎本の前にあるのはワインとオードブル、それにサンドウィッチ。幹部連の前にあるのは日本酒と会席料理。いかかにも明治初年らしいちぐはぐな設定です。
その幹部達を前に、軍資金を函館の商家から調達しようとしたとき、唯一人反対したのが土方だったと話を始める榎本。土方はいつも市民に迷惑が掛かる事を恐れていると続ける榎本に、京都で乱暴狼藉の限りを尽くしていた無頼の集まりが新選組ではなかったのかと聞き返す大鳥。それに答えたのは永井尚志。彼は、ほとんどが洋服を着ている幹部連の中にあって、ただ一人、戦国武者のような鎧に陣羽織という出で立ちです。永井は大鳥に向かって、新選組は不逞浪士にこそ恐れられていたものの、市民に迷惑を掛ける事は決してなかったと話して聞かせます。なおも、彼等は商家に対して強請りを掛けていたのではないのかと食い下がる大鳥に、それは芹沢鴨の時代であり、新選組になってからは自らに厳しい法度を課し、武士としてあるまじき振る舞いを戒めていたのだと答える永井。永井の決然した調子に、気圧されたように黙る大鳥。
会議を始めようと言う榎本に、本当に良いのかと問いかける大鳥。決めた事だという榎本の答えに、仕方が無いという表情でワインを一口含み、立ち上がって会議の開始を告げる大鳥。その声に居住まいを正した幹部達に向かって、ひと月に及ぶ戦いに感謝する榎本。そして彼は、我々は明日降伏するとその決断を告げます。
「榎本の政権は軍資金の調達の為に、商家に対して献金を要請するほかにも、函館市民に対して様々な税を課していました。例えば郊外に出る道に関所を設け、野草を摘みに出る市民から通行税を徴していたと言います。これは子供さえも例外ではく、函館市民の蒙った迷惑は一通りではなかった様です。そんな中で、土方が後世に悪名を残す元だと言って軍資金取り立てに反対したという話は、函館市に口伝として伝わっている様ですね。それを裏付けるかの様に、元新選組隊士である立川主税が残した戦争日記には、「土方氏は常に下万民を憐れんでいた」と記されています。過酷な榎本政権にあえぐ函館市民にとって、市民の感情を考慮する土方の存在は一筋の光明の様に見えたのかも知れませんね。
ドラマでは、武蔵野楼で降伏を宣言したと描かれていますが、実際には全滅を覚悟した別れの宴が開かれていたのでした。榎本は函館総攻撃があってから後も徹底抗戦を主張して戦い続けており、降伏を決断したのは五稜郭開城の直前だったものと思われます。」
新選組本陣。土方が一杯だけと言ったにも係わらず、隊士達はしたたかに飲んで宴会騒ぎになっています。隊士から酒をつがれ、しっかり飲んで強くなれと励まされているのは、まだ少年の面影の抜けない市村鉄之助。慣れない酒の入った椀を持ち、目を瞑って無理に飲もうとする市川の手を押さえたのは土方です。無理して飲む事は無い、飲めない事は恥では無く、酒に頼るのは弱い男のする事だと市村を諭してやる土方。彼は市村を誘って本陣から抜け出し、函館山の頂へと登って行きます。
夜の函館山山頂。フクロウの鳴き声のほか、ヒーンという得体の知れない音が聞こえています。入隊して2年目、今年で16になるという市村に向かって、ここまで良く付いてきてくれた、ずっと自分の世話役ばかりで済まなかったと礼を言う土方。新選組が好きかと問いかける土方と、他に行くところが無いからと答える市村。そんなやつばかりだとつぶやく土方。ここで突然、市村は生き物の中で一番強いのは何でしょうかと言い出します。隊士達の間で、一番強い生き物は何だろうと言う話になり、熊だという者もいるが市村は虎だと考えているのでした。他愛のない質問ですが土方はちゃんと受け止めてやり、一番強い生き物は鵺だと教えてやります。その時、一段と強くなるヒーンという音。初めて聞く名にとまどう市村に、知らなければ自分で調べろと突き放す土方。
彼は市村に仕事を命じます。辛い仕事だと言う土方に、覚悟は出来ていると答える市村。どんな命令かと待ち構えている市村に、土方が命じたのは今すぐここを落ちて多摩へ行けという事でした。あまりに意外な命令にとまどう市村に、土方は懐から出した小さな紙包みを差し出し、日野に居る佐藤彦五郎に渡して欲しいと頼みます。それだけは聞けない、皆と戦わせて欲しいと抗う市村ですが、土方は刀を抜き、命令に逆らう者は斬ると威しに掛かります。そして、新選組が会津から蝦夷にかけて、どう戦って来たかを多摩の人に伝えてくれと改めて頼みます。こんな大事な役目は、他の者には頼めないとまで言われ、遂に承知する市村。土方は刀を収めて、紙包みを開いて中身を見せ、ここに市村の事も書いてある、彦五郎ならきっと面倒を見てくれるはずだと言い、さらに首に掛けていた小さな袋を外し、これを沖田みつに届けて欲しいと頼みます。彼が袋から出したものは、黒船を見た日に近藤と一緒に拾ったコルクの栓でした。それは何かと聞く市村に、照れくさそうに教えられないと答える土方。途中で無くしたら切腹では済まないぞときつく言い渡す土方の言葉と共に、紙包みとコルクの入った袋を大事そうに受け取る市村。死ぬつもりですかと聞く市村には何も答えず、島田と尾関には気付かれるなと言って自分のピストルを腰に差してやり、市村を行かせる土方。走り去る市村。一人残って函館の町の灯りを見下ろした後、傍らに置いたランプの火を見つめながら物思いに耽る土方。
(以下、回想。試衛館の庭で朝の稽古に励む原田と永倉。その様子を眺めている土方。土方が部屋に入ると、山南、井上、沖田、藤堂の4人が朝ご飯を食べていました。その中で、生き物の中で何が一番強いかと聞いているのは沖田。百獣の王と呼ばれる獅子ではないかと答えたのは藤堂。稽古を終えて、その話を土間で聞いている永倉と原田。熊ではないかという井上。素手で戦って井上が勝ったと聞き、それほど強くはないなとつぶやく沖田。土間から虎だと答えたのは永倉。その横から加藤清正と口を挟んだのは原田。まだまだ自分たちの知らない生き物がこの世にいる事は確かだと言うのは山南。沖田が土方に水を向けると、帰ってきた答えは鵺でした。驚く沖田に、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎という怪物だと教えてやる土方。それを聞き、鵺は人の心が作り出したもので、一番恐ろしいものは人だと言い出す山南。人は人を欺くが、獣は嘘は付かないというのがその理由でした。感心する一同に、こんな締め方で良いのかと異議を挟む土方。もうこの話はいいやと切り上げる沖田に、お前が言い出したんだろうと突っ込む土方。沖田はそれを無視して、母屋の方を見ながら近藤さんも呼んであげようと言い出します。同意する土方ですが、山南がそれを止めます。道場主となった以上、食客と一緒に食事を取るべきでは無いという山南に、一人で食べるよりこっちの方が楽しいですよと言う沖田。そんな沖田に、道場主とはそうしたものだと諭す山南。その言葉を聞き、近藤の居室を見やる一同。)
元の函館山山頂。風に吹き消されるランプ。消えたランプを見つめながら、みんな居なくなってしまったと一人つぶやく土方。彼はランプを足下に置くと、灯りもないまま山道を下りていきます。
新選組本陣。山から下りてきた市村が辺りの様子を窺っています。依然として続いている宴会。暗闇に紛れて本陣を抜け出そうとする市村。その背後に突き出される大きな手。いきなり襟首を捕まれて、屋内に引きずり込まれる市村。
本陣の一室。市村から話を聞いた島田が、土方さんは死ぬ気だ、自分は五稜郭へ行くと言って出ていこうとします。それを背後から呼び止める尾関。尾関は我々は土方から新選組を託された、生き延びて新選組を守れと言われた以上、生き延びるのが自分たちの勤めだと言って島田を説得します。力無く膝から崩れる島田。その様子を怯えながら見ている市村。尾関からさらに、土方は死なない、あの人の目は勝負を捨てていない鬼の副長のままだと言われた島田は、俄に立ち上がって市村の前へと突き進みます。もの凄い形相で迫ってくる島田を見て、怯えきっている市村。島田は、その市村の懐に土方の紙包みを押し込めながら肩を抱き、行けと命じます。そして、くれぐれも敵に捕まるな、走れ、多摩まで走り抜け!と祈りを込める様に言って市村の背中をどやしつけます。これに懸命にはいと答えて、走り出す市村。その後ろ姿を見送る島田と尾関。
「飲めない酒を無理に飲む事はないと言っていた土方ですが、自身も近藤も下戸でしたよね。さらには、なぜかここでは酒を飲んでいる島田もまた下戸で、大の甘党でした。確かに酒が飲める者は勇敢だという事は無い様です。
土方がこの世で一番強いという鵺ですが、背後で聞こえていたヒーンという音は、実はこの鵺の鳴き声です。正確には虎ツグミという鳥の鳴き声ですが、実際に聞くとかなり不気味なものらしく、昔から鵺の声と言われてきました。鵺は山南の言う様に想像上の動物ですが、かつて源頼政が弓で退治したという話が伝わっており、以前は実在すると信じられていた様です。
市村鉄之助は、1867年(慶応3年)の秋に新選組に加入しました。この時、鉄之助はわずかに14歳、7歳年上の兄辰之助と一緒の入隊でした。鉄之助は他の年少の新入隊士と共に両長召抱人となり、近藤と土方の小姓として身辺の世話に当たる事になります。しかし、市村兄弟の加入後すぐに、幕府の瓦解がやってきます。伏見から甲府まで揃って戦った市村兄弟でしたが、江戸に帰った後、兄の辰之助が隊から抜けてしまいます。一人後に残った鉄之助は、兄の脱走を恥じていた事でしょうね。近藤が流山で投降した後は、鉄之助はずっと土方の側に有り、土方もまた彼を可愛がっていました。兄が脱走したにも係わらず後に残った鉄之助がいじらしかったのかも知れません。ドラマで「良くここまで付いてきたな」と言っていたのは、この事を踏まえてでしょうね。他に行くところが無いという鉄之助の言葉も同じでしょう。そう言えば、二条城で近藤と島田が同じ会話を交わしていましたよね。
土方が鉄之助に函館脱出を命じたのは、ドラマよりもひと月近く早い4月15日の事でした。土方が彼に託したのは、彦五郎に宛てて「使いの者の身を頼み上げ候 義豊」と書いた小切紙と写真、それに形見の髪数本と辞世の和歌、路銀に変えるための刀二振と品物、さらにはそれを持ち込む店への紹介状でした。嫌がる鉄之助に、命令に従わなければ今討ち果たすぞと、恐ろしい剣幕で脅した事はドラマにあった通りです。土方は新選組の語り部として、鉄之助を生かしたかったのでしょうね。それ以上に、ずっと自分に仕えてきた年少の鉄之助を、死なせたくはなかったのでしょう。鉄之助の詳細については、後日アップする予定です。」
夜道を一人馬で行く土方。その前方から、提灯の明かりが見えてきました。用心して馬を止め、闇の中を透かして見る土方。その相手は馬上で提灯をかざし、土方と呼びかけてきます。その人物は、武蔵野楼から引き上げてきた永井尚志でした。
武蔵野楼での様子を聞く土方。とても酒を飲む雰囲気ではなく、早々にお開きになったと答える永井。自分はどうしても榎本が好きになれないと言う土方を、あれは最後の徳川軍をまとめている男だぞとたしなめる永井。榎本は一廉の人物であると認め、自分に戦いの場所を与えてくれた事には感謝していると答える土方。彼はおもむろに永井の前に跪き、明日は間違いなく総攻撃がある、自分は戦い抜いて徳川家臣の本当の力を見せつけてやると決意のほどを示します。しかし永井は、今夜の会議で降伏すると決まったと土方に告げます。それを聞き、まだ負けていない、戦は瀬戸際からが勝負なんだと憤る土方を、もうこの辺で良しとしても良いんじゃないかと諭す永井。もう十分に戦ったという永井に、自分がこれまで生きてきたのは、近藤勇を罪人のままにして置く訳には行かなかったからだと詰め寄る土方。今、薩長に白旗を上げたら、近藤に対してどう謝ったら良いのかと嘆く土方に、ごめんなさいで良いじゃないかと答える永井。この上は生き延びて、桂や西郷が、どんな世の中を作るのか見届けてやろうと言う永井ですが、土方はそれには答えず、失礼しますとだけ言って、馬に乗ります。そして、榎本に会い、降伏の意思を変えない時には榎本を斬ると言い捨てて、五稜郭へと向かいました。
以下、続きます。
この項は、木村幸古「新選組日記」、新人物往来社「新選組銘々伝」、「新選組資料集」(「隊士名簿に見る新選組の変遷」、「中島登覚書」、「函館戦記」、「立川主税戦争日記」)、別冊歴史読本「新選組の謎」、「新選組を歩く」、河出書房新社「新選組人物誌」、講談社「日本の合戦 榎本武揚と函館戦争」を参照しています。
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コメント
今日は「土方歳三最期の一日」の録画を見ながらこの記事を読んでます。
感心することしきりです。
よくこれだけ詳しく観察し、また文章に出来るものですね~すごいです。すご過ぎます。
確かに榎本の前のテーブルにはワインとオードブル、サンドイッチでしたが、幹部の前は昔ながらのお膳に日本食でした。
投稿: merry | 2006.01.25 15:51
三谷作品には、こうした細かい演出が多いですからね。
そこに込められた意味を考えるのを楽しみの一つにしています。
そうしていくと、とても深いところまで考えられているのが判ってくるのですよね。
本当に凄いのは、三谷幸喜その人です。
投稿: なおくん | 2006.01.25 19:57