ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」11
土方の回想。
(とある山中で、墓穴を掘る人足達とそれを見守る僧侶。そこにやって来た洋装の男と、背負子を背負った着物姿の男。どちらも人目を憚る様に編み笠を深く被っているので、人相までは判りません。人足達に、ここではない、もっと上だと声を掛ける洋装の男。彼等は人足達に先立って山を登り、城が見渡せるところまで来ると、ここで良いと指示を出します。穴を掘り始めた人足達の横で笠を取ったのは洋装の土方と着物姿の斉藤一。土方は何やら風呂敷包みを持っています。
やがて出来上がった墓標と祠。墓標に書かれているのは貫天院殿純忠誠義大居士という戒名。その墓標に会津候から拝領した虎徹を供え、祈りを捧げる斉藤。その背後で風呂敷包みの中から新選組の羽織を取り出す土方。彼はその羽織を脇差で半分に切り裂くと、その片割れを虎徹と一緒に墓標の前に供えます。斉藤と並んで祈りを捧げる土方の背後に、陣羽織を着た会津候が現れました。
墓標の文字を読みながら、あの男の事を考えると、これ以外には思いつかなかったと述懐する会津候。俗名は入れないのかという問いかけに、ここに眠る者の素性が判ると、薩長の人間に何をされるか判らないと答える土方。会津候は、長岡の次は会津であり、もはや自分たちには勝機は無いと言い、自分を守る為に戦うと言う土方に、榎本と共に北へ行け、そして残った幕府の兵を集めて薩長相手に大戦を仕掛けよと命じます。ここには殿が居て近藤が眠っていると逡巡する土方ですが、二人のやり取りを聞いていた斉藤が、自分が残って会津候と局長を守ると言い出します。その斉藤をじっと見つめていた土方ですが、やがて託したと斉藤に全てを任せます。最後の恩返しだなと斉藤に言って、墓標を見つめる土方。)
「この墓標は、言うまでもなく、天寧寺の裏山に残る近藤の墓ですね。木の墓標は暫定的なもので、後で墓石に立て替えられたという設定なのでしょう。また、「もっと上だ」のセリフは、山本耕二が実際に天寧寺を訪れた時に感じたという言葉ですね。斉藤が背負っていた背負子の中身が気になりますが、ドラマの本編で会津候から近藤の首を取り返してこいと命じられた斉藤が、その時拝領した虎徹を墓標に捧げているのですから、使命を全うして戻って来たという設定になるのでしょうか。近藤が眠っていると言う以上、なにがしかの物を入れた事は間違い無いですね。この墓の建立と斉藤の会津残留の実際の経緯については、「ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」4」を参照して下さい。」
五稜郭に戻って来た土方。強ばった形相の土方を出迎える兵士達。
自室で軍議に使う模型を作っている大鳥。そこに当番兵が、土方が大変な剣幕で榎本総裁に会わせろと言っていると知らせて来ます。大鳥は、会わせなくて良い、後で自分が会うと返答します。
会議室で軍議の為に作られた、函館周辺の立体地図を見つめて立っている土方。その立体地図には、模型の他に将棋の駒が実際の部隊の代わりに置かれています。そこに現れた大鳥。土方は、あんたと話している暇は無い、榎本に会わせろと相手にしません。しかし、大鳥も自分は陸軍奉行であり、用件は自分が承ると譲りません。すると土方は大鳥に向かって、降伏するのがあんたの仕事か、負けてもいないのになぜ降伏すると絡み始めます。全滅を避ける為だと、どこかおどおどしながら答える大鳥に、俺が全滅させないと大見得を切る土方。さすがにむっとした大鳥は、今夜の会議になぜ来なかった、決まった事に後から異議を唱えるのは道理に合わないと理詰めで土方に切り返します。土方もまた、降伏を前にした宴に出たとあっては一生の名折れになるところだったとやり返し、言い合いは止まるところを知りません。そのやり取りを、自室で聞いている榎本。
日に日に悪くなる状況を見つめ、それに合わせて采配を振るうのが我らの役目と言う大鳥。その言葉を聞いた土方は、刀の柄で立体地図の上にある模型をはじき飛ばしながら、その状況を悪くしたのはだれだ、自分たちが勢いに乗って薩長を蹴散らしている時に退却を命じたのはどこのどいつだと激高します。大鳥は飛び散った模型を拾い集めながら、あの時は退却しなければ挟み撃ちに遭う恐れがあったのだと言い訳に努めますが、ありもしない敵の反撃に怯えて逃げ回るのがあんたの言う采配かとまで言われ、さすがに腹が立ったのか言い掛かりだと土方に詰め寄ります。しかし、土方は怯まず、戦は勢いだ、前に出なくちゃ勝ち目は無いんだと言いながら大鳥に迫り、彼を部屋の隅へと追いつめて行きます。
進退窮まった大鳥は、開き直った様に、降伏は申し出るが相手の出方次第では再び戦うつもりでいると、彼の考えていた秘策を土方に打ち明けます。すなわち、まず蝦夷地の民を味方に付けて武器弾薬、兵糧の確保を図ったのち五稜郭に籠城する、そして半年も持ちこたえれば新政府軍がかつて経験した事のない冬がやって来る、そうすれば彼等は出直すしか無くなり、その間に薩長に不満を持つ者に声を掛け、この地に集結させるというものでした。それを聞いた土方は、言下に甘いと一蹴してしまいます。一度薩長に破れた者が味方に馳せ参じる筈もなく、蝦夷地の民にしても包囲下に落ちた自分たちに、いつまでも味方してくれるという保証は無いというのが土方流の分析でした。そんな事を考えていては何も出来ないと言う大鳥に、土方は最悪の事を考えて立てるのが策というものだと言い返します。
打つ手は一つしかないと言う土方。彼の策とは、守るのではなく、こちらから打って出るというものでした。小さな戦を仕掛けては小さな勝ちを重ねる。神出鬼没に戦って、相手を翻弄し続けて行く。やがて、いくら大軍で押しかけても自分たちが決して降伏しないと知った時、相手にはいつまでもこの戦が続くかも知れないという恐怖が生まれる、そうなればこっちのものだと土方はまくし立てます。その先にあるのは全滅だと言う大鳥に、土方は全滅は俺がさせないと言い切ります。彼の根拠の無い自信に辟易したのか、大鳥はもう決定した事だと切り口上で逃げを打ちに掛かります。だから自分がここに来たとあくまで譲らない土方。ひーじーかたくんと、遂にヒステリックな声を上げる大鳥。今度は自分は陸軍奉行で君は陸軍奉行並だと、権威を持って押さえつけようとしますが、土方がそんな事に耳を貸すはずも無く、大鳥を無視して榎本の部屋へ行こうとします。土方の前に立ちはだかった大鳥を、お前では話にならんと突き飛ばし、榎本の下へと急ぐ土方。なおも追いすがり、榎本と自分の思いは同じだと引き留める大鳥。それなら榎本を斬って、その後でお前も斬り捨てると言い放つ土方。恐怖に駆られて人を呼び集める大鳥。その声に応じて集まってくる兵士達。周囲を取り巻いた彼等を見て、刀の柄に手を掛ける土方。どうだと言わんばかりに、後ろ手に組んで、成り行きを見ている大鳥。
一触即発と思われたその時、榎本が扉を開けて出てきます。彼は土方に声を掛け、室内へと誘います。大鳥も一緒に入ろうとしますが、榎本は彼に外してくれと頼みます。そして、当番兵に向かってグラス二つとサンドウィッチを用意する様に頼み、土方に会釈をして部屋の中に入ります。土方は刀を腰に収め、総裁が呼んでいるから行ってくるわと言い捨てて、部屋の中に入ろうとします。しかし、その手前で足を止めて大鳥の前に引き返し、去年の暮れにあった総裁を選ぶ為の入れ札(選挙)の話を始めます。この時、榎本が155点を獲得して総裁に選ばれたのですが、大鳥に入ったのは1点だけでした。大鳥のもみあげを触りながら、その1点は自分で自分に入れたんだろう、格好悪かったぜと皮肉る土方。図星だったのか、今ここで言う事では無いだろうと悲鳴を上げる大鳥。
「このあたりの土方と大鳥のやり取りは、最初にテレビで見たときは、土方は実戦派の武将であるのに対し大鳥はあくまで理論だけの学者であるという対比に終始していた様に感じました。でも、もう一度見直すと、ここで描かれていたのは、それだけではありませんでしたね。
まず、土方がやってきたという連絡を受けた時に模型を作っていた大鳥の描写には、二つの意味がありそうです。一つは、大鳥はあくまで学究の徒であり、この期に及んでも机上の軍議に必要な模型をちまちまと作っていたという描写、もう一つは後で明らかになる様に、彼の本心は降伏ではなく徹底抗戦にあり、諦めきれない気持ちが模型作りに向かわせていたという描写です。一つの場面に複数の意味を持たせ、さりげなく後の展開の伏線を置くという三谷脚本らしさが現れている様な気がします。
次いで、立体地図を忌々しげに眺め、そこに置かれた駒や模型を腹立たしげに払いのけるという土方の描写は、彼がいかに机上の空論を憎んでいたかを表し、落ちた模型を拾い集める大鳥の姿は、自らの論理で組み立てた世界にこだわる学者肌の人物像を表していました。そして大鳥のどこか歯切れの悪い態度の裏には、本音は土方と同じく徹底抗戦にありながら、榎本の側臣として自分の本心を押し殺し、総裁の代弁者とならざるを得ない大鳥の苦悩が隠されていたのですね。思わず漏らした彼の秘策はその現れでしょう。コミカルな展開の中にも巧みな心理描写を織り交ぜるという、三谷脚本の真骨頂を見た様な気がします。無論、このあたりは完全な創作の世界で、土方と大鳥が実際にこんな議論をした訳ではありません。
ところで、土方が大鳥をからかった総裁を選ぶための入れ札の事ですが、二度に分けて実施されました。まず明治元年12月15日に1回目の入札が行われ、幹部候補者が選ばれました。その結果は次のとおりです。
榎本武揚 156点
松平太郎 120点
永井尚志 116点
大鳥圭介 86点
松岡四郎次郎 82点
土方歳三 73点
そして、12月28日に役職を決めるための2回目の入札が行われ、榎本が総裁に選ばれています。主な結果は次のとおりです。
総裁
榎本武揚 155点
松平太郎 14点
永井尚志 4点
大鳥圭介 1点
副総裁
松平太郎 120点
榎本武揚 18点
大鳥圭介 7点
永井尚志 5点
土方歳三 2点
陸軍奉行
大鳥圭介 89点
松平太郎 11点
土方歳三 8点
これからすると大鳥は、総裁としては確かに1点に止まっていますね。小学校の学級委員の選挙で、一票だけ入るのはとても恥ずかしいという話があったのはサザエさんでしたっけ。その乗りをここに持ってきて、土方にからかわせた訳ですね。しかし、副総裁としては7点、そして陸軍奉行としては89点を集めており、かなりの人望があった事を窺わせます。榎本には及ばなかったものの、彼もまた一廉の人物だった様ですね。もちろん、大鳥が自分に一票を入れたというのは架空の設定です。」
以下、続きます。
この項は、木村幸古「新選組日記」、新人物往来社「新選組銘々伝」、「新選組資料集」(「隊士名簿に見る新選組の変遷」、「中島登覚書」、「函館戦記」、「立川主税戦争日記」)、別冊歴史読本「新選組の謎」、「新選組を歩く」、「新選組日誌 コンパクト版 下」、河出書房新社「新選組人物誌」、講談社「日本の合戦 榎本武揚と函館戦争」を参照しています。
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コメント
斉藤が墓標の前に供えた虎徹の意味、大鳥が模型作りをしている意味。
う~ん、意味が深いのですね。
私は表面しか見てませんでした。
投稿: merry | 2006.01.25 16:01
このあたりは、多分そうではないかという推測ですけどね。
深読みかも知れませんが、
こういうところの描写にも油断が出来ないのが三谷作品なのですね。
投稿: なおくん | 2006.01.25 20:01