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2006年1月

2006.01.18

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」市村鉄之助の生涯

「新選組!!土方歳三最期の一日」のラストシーンを飾った市村鉄之助。既に何度か触れていますが、土方歳三の写真を日野に届けた人物として知られています。

土方の肖像を初めて見た時の驚きは今も忘れていません。新選組の鬼の副長と呼ばれた男が、実は素晴らしく現代的な美男子で、知的な印象すら漂わせている事がとても意外だったのです。この写真から土方ファンになった人も多いでしょうし、新選組に対するイメージを改めた人も多かった事でしょうね。それだけでも、市村鉄之助の果たした役割は大きかったと言わなければならないでしょう。

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2006.01.15

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」16

駆け込んでくる伝令。薩長軍が赤川台場に攻め込んだとの知らせに、立体地図の駒を動かす大鳥。目を合わせてうなずき合う榎本と土方。

新選組本陣。赤川台場が奪われたと島田に知らせる相馬。このま見ているだけで良いのかと問いかける相馬に、ここを守れというのが命令だ、敵が町に攻め込んでくるまで一歩も動くなと答える島田。

負傷を押して、足を引きずりながら入ってくる伝令。すでに四稜郭も権現台場も落ち、新政府軍は真っ直ぐ五稜郭に向かっていました。しかし、大鳥にとってはあらかじめ想定した作戦どおりであり、戻ってくる兵を集めて決戦に備えると言って部屋を出て行きます。これで心おきなく突っ込めるとほくそ笑む土方。

戻ってきた兵を出迎える大鳥。彼はこれからが本当の戦であると兵達を激励して回ります。

ついに崖の上にまで達した新政府軍。大砲の砲身もここまで引き上げられて来ました。

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2006.01.14

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」15

会議室に集まった指揮官の面々。共通しているのは、硝煙によって黒く汚れた顔。疲れ切ってうたた寝をしている者、うつろな表情で呆然と座っている者、闘志を剥き出しにして今にも噛み付きそうな顔をしている者など様々です。そこに入ってくる大鳥、榎本、土方の3人。注目!と号令を掛ける大鳥。その声に反応して、一斉に立ち上がる指揮官達。彼等を前にあいさつを始める榎本。彼はここまで戦ってきてくれた事に礼を言い、戦は今日で終わりだと降伏を宣言します。水を打った様に静まりかえる会議室。その中から、本当に降伏するのかと飛び出してきた者が居ました。勝っているのに降伏しなければいけないのかと土方に訴えたのは、二股口で共に戦った指揮官なのでしょうか。それをきっかけに、関を切った様にまだ戦える、共に戦おうと言って榎本の足下に殺到する指揮官達。事の意外な成り行きにとまどう榎本。その横で、悔しさを噛みしめながら、黙ったまま座り込む大鳥。その横顔に気付く土方。

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ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」14

暗闇の海岸。小舟に分乗して上陸して来る新政府軍。続々と揚陸される武器弾薬。海岸のすぐ側は断崖になっている様子です。

絨毯の上にあぐらをかいて、ワインを飲み始める榎本と土方。日本酒とワインの違いの講釈を始める榎本。米は手を掛けないと酒にはならないが、葡萄は放っておいても酒になる、葡萄自体に発酵させる成分が含まれているからで、実に理に適った産物だ、いかにもヨーロッパの人間が考えそうな酒ではないかと土方に同意を求めます。眉間に皺を寄せた険しい表情のまま、ワインを一口飲む土方。その様子を見て、悪くないだろうと感想を聞く榎本。悪くはないが、良くもないと憮然とたまま答える土方。

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2006.01.12

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」13

総裁に話があると切り出す土方。あんたとは一度話がしたかったと軽く受け流し、ワインの入ったグラスを勧める榎本。西洋の酒はやらないとにべもない土方。ではこれをとサンドウィッチの皿を差し出す榎本ですが、土方は嫌悪感も露わに顔を背けてしまいます。やむなく皿を引っ込めた榎本は、西洋カルタをしながら片手で食べる事が出来る様にと発明されたのがサンドウィッチだと講釈を始めますが、土方は日本には握り飯があると取り合いません。
あくまで西洋の食物を拒否する土方に、榎本は、西洋を嫌いながら髷を落とし、洋服を着ているのはどういう訳かと問いかけます。これに、西洋が嫌いな訳ではなく、西洋かぶれが嫌いなのだと答える土方。洋装にしたのは戦の時に動きやすく、髷は手入れに手間が掛かる、無駄を省いただけだと続ける土方に、それが西洋流の考え方だ、私たちは似たもの同士なのだと語りかける榎本。しかし、土方は榎本の口ひげをとらえ、そんな手入れに手間の掛かる事をしていて無駄の無い西洋流と言うのは聞いて呆れる、西洋の形ばかり真似ている榎本と理に適ったものを受け入れている自分とではまるで違うと同意しません。

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2006.01.11

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」12

榎本の部屋。君と大鳥は会えばいつもいがみ合っている、実に愉快だと言いながら棚からワインを取り出す榎本。険しい表情で座っている土方。その前に置かれているのはサンドウィッチの皿。総裁にはすまないが、あの男はと言いかける土方を制して、大鳥はいつも勝っている君をやっかんでいるんだととりなす榎本。そして、我が軍は君と大鳥のおかげで今までやってこられた、間違いなく日本で最強の軍隊だと二人の功労者を立てながら、グラスにワインを注いでいきます。そう言いながらも、後は天気さえ味方していてくれたらこんな事にはならなかったと後悔の言葉が口を衝いて出るのは、やはり新政府軍には負けたくはないという本音の表れなのでしょうね。

「天気が味方をしてくれていたらというのは、榎本艦隊の主力であった開陽が、江差沖にて暴風雪に巻き込まれ、座礁した挙げ句に沈没してしまった事を指しているのでしょうね。開陽は当時最新鋭の軍艦で、この一艦があれば日本の制海権を押さえられるとまで言われた船でした。榎本が蝦夷地における新政権樹立の構想を建てたのは、一つにはこの開陽があったからであり、彼の自信の根拠となっていました。明治元年11月15日に開陽が沈んだ時、榎本は「闇夜に灯りを失うがごとし」と嘆いたと言いますが、この沈没は元はと言えば彼の判断ミスから起こった事故でした。
開陽は江差に籠もる新政府軍を砲撃すべく函館から出撃したのですが、この敵は松前からの敗残兵であり、陸軍だけで十分に打ち破る事が可能な相手でした。海からの援軍などは必要なかったのですが、榎本は大雪が降る悪天候を衝いてあえて出航させています。これはなぜかと言うと、蝦夷地上陸以来、戦っているのは陸軍ばかりで、海軍の出番はありませんでした。このため、海軍の将兵の間で不満が高まっており、その気分を鎮めるために江差へと向かったのです。榎本は、将兵の不満を解消するには大砲の2、3発も撃たせれば十分だろうと軽く考えていたのですが、冬の北の海の猛威は彼の想像を遙かに上回っていました。
江差の沖合にて暴風雪と荒波に晒された開陽は、蒸気機関を目一杯焚いて流されない様に耐えていjました。しかし、午後10時頃、開陽を海底につなぎ止めていた碇が切れてしまいます。こうなると蒸気機関の力をもってしても抵抗は不可能で、開陽は陸地に向かって押し流され、岩礁に乗り上げてしまいます。榎本は、座礁した側の砲を一斉に放って、その反動で抜け出そうと試みますが上手く行きません。それどころか、開陽を助けようとして近づいた神速までが転覆してしまうという始末で、榎本は遂に開陽を放棄する事を決意し、総員退去を命じます。その後、荒波に揉まれ続けた開陽は、数日の内に跡形もなく砕け散ったと言います。
この事故の第一の責任は榎本にある事は明らかです。将兵の不満を鎮めるという理由で無用の出撃を強行し、その挙げ句に北の海の天候と江差の地形を読み誤って、2隻の船を沈めてしまったのですから。ドラマでは天気が味方してくれたらと嘆いていましたが、実際には自らの判断ミスが招いた災いであり、自業自得の結果と言えそうです。
(追記)
天候に恵まれなかったと言えば、甲鉄艦を奪い取りに行った宮古湾海戦も含まれますね。この時は、回天、蟠龍、高雄の3隻で出撃し、甲鉄艦への接舷攻撃は蟠龍と高雄の2隻が担当する予定でした。ところが、航海の途中で荒天に遭い、3隻の船はばらばらになり、高雄はそのまま行方不明、蟠龍はかろうじて宮古湾に到着したものの機関の故障を起こして攻撃への参加を見送らざるを得なくなりました。結局、最初の予定になかった回天が接舷攻撃を行う事になったのですが、外輪船の回天は接舷攻撃には不向きで上手く行かず、作戦は多数の死傷者を出しただけで失敗に終わっています。その後、回天と蟠龍は函館に帰る事が出来ましたが、高雄は捕捉され、最後は船を自焼した上で乗員は投降しています。この作戦については、もしも好天に恵まれていたらどうなったか判らないという意味では、榎本の嘆きももっともかも知れませんね。」

以下、続きます。

この項は、木村幸比古「新選組日記」、別冊歴史読本「新選組を歩く」、「新選組日誌 コンパクト版 下」を参照しています。

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2006.01.10

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」11

土方の回想。
(とある山中で、墓穴を掘る人足達とそれを見守る僧侶。そこにやって来た洋装の男と、背負子を背負った着物姿の男。どちらも人目を憚る様に編み笠を深く被っているので、人相までは判りません。人足達に、ここではない、もっと上だと声を掛ける洋装の男。彼等は人足達に先立って山を登り、城が見渡せるところまで来ると、ここで良いと指示を出します。穴を掘り始めた人足達の横で笠を取ったのは洋装の土方と着物姿の斉藤一。土方は何やら風呂敷包みを持っています。
やがて出来上がった墓標と祠。墓標に書かれているのは貫天院殿純忠誠義大居士という戒名。その墓標に会津候から拝領した虎徹を供え、祈りを捧げる斉藤。その背後で風呂敷包みの中から新選組の羽織を取り出す土方。彼はその羽織を脇差で半分に切り裂くと、その片割れを虎徹と一緒に墓標の前に供えます。斉藤と並んで祈りを捧げる土方の背後に、陣羽織を着た会津候が現れました。
墓標の文字を読みながら、あの男の事を考えると、これ以外には思いつかなかったと述懐する会津候。俗名は入れないのかという問いかけに、ここに眠る者の素性が判ると、薩長の人間に何をされるか判らないと答える土方。会津候は、長岡の次は会津であり、もはや自分たちには勝機は無いと言い、自分を守る為に戦うと言う土方に、榎本と共に北へ行け、そして残った幕府の兵を集めて薩長相手に大戦を仕掛けよと命じます。ここには殿が居て近藤が眠っていると逡巡する土方ですが、二人のやり取りを聞いていた斉藤が、自分が残って会津候と局長を守ると言い出します。その斉藤をじっと見つめていた土方ですが、やがて託したと斉藤に全てを任せます。最後の恩返しだなと斉藤に言って、墓標を見つめる土方。)

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2006.01.09

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」10

函館、武蔵野楼での宴。グラスに注がれているのは日本酒ではなくワイン。皆は揃ったかと尋ねる榎本。土方だけが未だ来ていないと聞き、あきれる大鳥。土方なら、昼間ここに来たと口を挟む武蔵野楼の女将。彼女は洒落た赤いドレス姿です。土方は昼間から酒を飲んでいたのかと憤る大鳥ですが、彼は溜まっていたツケを精算する為に来ただけだと答える女将。
(以下、女将の回想。武蔵野楼の座敷で女将と対座する土方。彼は世話になったなと金の入った袋を女将に手渡すと、そのまま立ち去っていきます。何かに気付いた様にその後ろ姿を見送る女将)
その話を聞き、土方は総攻撃が近い事を知っていると言って、宴の席に向かう榎本。

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2006.01.08

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」9

今回から、ドラマに沿ったレビューを掲載していきます。かなりの長文となりそうですが、おつきあい願えれば幸いです。

冒頭、五稜郭の空撮。旧幕府軍がこれまでにたどった足跡が簡潔に説明されます。函館に新政権の樹立を目指した旧幕府軍の組織、すなわち総裁に榎本武揚、陸軍奉行に大鳥圭介、そしてそれを補佐する陸軍奉行並に土方歳三。一旦は蝦夷地の平定に成功した彼等でしたが、新政府軍の反撃の前に追いつめられ、明治2年5月には、かろうじて函館の街と五稜郭の周辺を維持しているだけの状態でした。

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2006.01.03

「新選組!!土方歳三最期の一日」とりあえずの感想

怒濤のような「新選組!」デーが終わりました。「新選組!」ファンとしては、十分に堪能したという満足感と、これでもう本当に終わりだという虚脱感に囚われているところです。

半日をトータルした感想は、「新選組!」は、史実を下敷きにして組み立てられた、とても面白いドラマだったという事です。ファンの声に押されて、大河ドラマ史上初めての続編が作られたというのも無理なからぬ事だったと改めて思いました。

続編の感想については、とてもまだ整理出来ていませんので後日アップしますが、こういう土方の最期の描き方もありなのかな、というところですね。途中まで死に場所を求めて戦っていたという設定には同意しかねるのですが、生きるために戦ったというのも少し違和感を感じなくもありません。ただ、一遍のドラマとして見た場合、実に良く人物像が描かれており、さすがに三谷作品だと思いました。

ラストシーンで、北海道の大地を駆け抜ける市村鉄之助の姿が印象的でしたね。ドラマの中で彼が落として見せた様に、今に伝わる土方の写真は彼が土方から預かり、佐藤家に届けたものです。彼は官軍に包囲された函館をくぐり抜け、全て敵地である道中を踏破して、無事に日野にまでたどり着いたのでした。彼の頑張りが無ければ私たちが土方の姿を見る事は出来なかった訳で、日野まで走り抜けと島田が送り出した意味はそこにあったのですね。市村鉄之助の詳細については、また後日アップします。

最後に、ここまでしてくれたNHKには感謝の一言です。ありがとうございました。

そして、出来る事なら、新選組の新シリーズを立ち上げてほしいなあ...。

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