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2005.12.28

ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」8

ichiriki0512281

新政府軍、蝦夷地来襲

宮古湾から敗走した回天が函館に帰ってきたのは、1868年(明治2年)3月26日の事でした。やや遅れて、行方不明になっていた蟠龍も戻ってきます。翌27日、この2艦を追う様に北上してきた新政府軍の艦隊が青森に入り、1万5千の兵力が津軽海峡を隔てた地に集結しました。函館政権はわずか3千の兵力でこれを迎え撃つ事になります。

4月9日、遂に新政府軍の反攻が始まります。甲鉄艦を含む新政府軍の艦隊が江差を急襲し、陸軍部隊が江差の北の乙部へと上陸して来ました。新政府軍は、江差を守っていた旧幕府軍の小部隊を蹴散らすと、函館を目指して、松前、木古内、大野の三道に別れて進軍を開始します。この報に接した函館政府はこれを迎撃すべく、土方が衝鋒隊二小隊、伝習隊二小隊を率いて大野口へ、大鳥が伝習隊一小隊と額兵隊三小隊を率いて木古内口へと向かいました。また、松前には伊庭八郎らが援軍を率いて向かっています。

二股口の戦い

この時土方は、「我が兵に限りあり、官軍に限りなし。いったんの勝ちあるといえども、それついに敗れん、鄙夫すらこれを知る。しかるに吾、任ぜられて敗るるは、すなわち武夫の恥なり。身をもってこれに殉ずるのみ。」と語ったと伝えられます。彼は孤立無援となった函館政権は、敗れ去る運命にあると悟っていたのですね。しかし、武人として戦いを任された以上負ける事を恥とし、死ぬまで戦い抜くのみだと決死の覚悟を示したのでした。

大野口に向かった旧幕府軍は、10日から11日にかけてフランス人士官フォルタンの指導によって二股口に陣を構築しました。二股口は山あいの急峻な地形で、山に挟まれた街道は狭まくなり、道の上は急斜面、下は水深の深い川になっていて、防御に適した場所でした。前線の天狗岳に3カ所、本陣の台場に16カ所の陣を築き、土方自身は市渡に後退して新政府軍を待ち受けます。

戦いは13日の午後2時頃に始まりました。開戦の知らせを受けた土方は二股口に急行し、戦闘の指揮を執ります。戦力では新政府軍が圧倒しており、天狗岳の陣は敵の手に落ちてしまいます。この時の新政府軍の様子を島田魁は、「風雨の様に速く走っているのは長州藩、剽悍にして死を恐れないのは薩摩藩」と記録しています。

旧幕府軍は戦力で劣りながらも、胸壁に依って頑強に抵抗を続けます。やがて夜になり、雨が降ってきました。新政府軍は胸壁に肉薄し、じりじりと攻め寄せてきますが、旧幕府軍も一歩も退きません。土方は戦力で劣る以上力で争うのは難しいと言って、一計を案じます。彼は25人の選抜隊を集めて新政府軍の背後に迂回させ、奇襲させるという戦法を執りました。この策は見事に当たり、動揺した新政府軍は潰走を始めます。ここに居た旧幕府軍は、わずかに130名に過ぎなかったのですが、土方が全軍を良く掌握し、16時間にも及ぶこの戦闘を勝利に導きました。翌日以降も戦闘は続き、特に23日から25日の朝にかけての戦闘は、蝦夷地における最激戦となりました。昼夜を分かたず銃声が鳴り響き、兵達は桶に汲んだ川の水に銃身を漬けて冷やしつつ戦ったと伝えられます。これらの戦いに土方軍は勝ち続け、圧倒的兵力を誇る官軍を相手に陣地を守り抜きます。

この時の土方には、いくつかのエピソードが残っています。

4月23日、二股口の陣地に攻め寄せた新政府軍は、喇叭を鳴らしつつ鬨の声を上げ、辺りに火を放って煙を上げながら迫ってきます。その気配は背後の山にまで及び、挟み撃ちにされたかと兵達に動揺が走りました。この時、土方は冷静にあたりを観察し、喇叭を鳴らしているのは自分たちを動揺させようとしている陽動作戦であって、実態は無い。なぜなら、背後から襲うつもりなら、わざわざ音を出して相手に知らせるはずもないからだと敵の策を見破り、兵達の動揺を鎮めました。

また、その翌日の夜、新政府軍の攻撃を斥けて休息する兵達の間を、土方自ら樽酒を振る舞って歩き、彼等を慰労して回りました。そして、兵達の戦いぶりを激賞し、私は恩賞を与えよう、しかし、酔って軍律を乱すといけないから一杯ずつにすると言って彼等を笑わせたと言います。

二股口の土方は不敗を誇りましたが、他の戦線の旧幕府軍は次第に劣勢に陥って行きます。そして、5月1日に矢不来の陣が破られ、二股口の陣が挟撃を受ける恐れが生じたため、土方は五稜郭へと撤退して行きます。


さて、これ以上先に進めるとドラマの内容に被って来そうになってきましたね。史実の土方と新選組を追うのはひとまずここまでとして、次回はドラマに登場する隊士の紹介をしたいと思います。

この項は、新人物往来社「新選組を歩く」、「新選組銘々伝」、「新選組資料集」(「中島登覚書」)、木村幸比古「新選組全史」、「新選組日記」、「史伝 土方歳三」を参照しています。

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コメント

函館に行った時、どうしてもこの二股口に行きたかったので、案内板があるという情報だけをたよりに、地図をもって出発しました。
しっかり見ていないと見過ごすような所に案内板があったのですが、何とか無事到着しました。

この二股口の草木には土方の意地が染み付いているような・・そんな気がしました。

投稿: merry | 2006.01.23 21:56

二股口も是非行ってみたい場所ですね。
「その時歴史が動いた」で見ただけで、
興味のない人には何の変哲もない場所なのでしょうけどね。
土方がどんなふうに戦ったのかじっくり見て歩きたいです。

投稿: なおくん | 2006.01.23 22:32

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