ねこづらどき版「新選組!!土方歳三最期の一日」1
「新選組!!土方歳三最期の一日」の放送まで、あと2週間に迫ってきました。「新選組!」の放送が終了してからはや1年、待ちに待った続編ですね。この続編の放送予定は次のとおりです。
デジタルハイビジョン 1月1日(日) 19時20分から20時50分
総合テレビ 1月3日(火) 21時から22時30分
BS2 1月7日(土) 19時30分から21時
中でも1月3日は、15時20分から18時にかけて総集編の第1部と第2部、19時から20時44分まで総集編の第3部を流し、初めて見る人にもドラマの流れが判るようにするという力の入れ様です。たった1時間半のドラマの為にここまでして良いのかと思う位ですが、これも熱いファンの声に応えてくれた結果なのでしょうね。
昨年「新選組!」を応援し続けた当ねこづらどきでも、続編の放映に合わせて新選組のその後を追っていこうと考えています。続編は土方の最期の一日を描くという事ですので、まずは近藤の処刑からその日まで新選組を辿った足跡を紹介していこうと思います。ただし、ドラマの内容が詳しくは判らないので、一部ネタバレになる可能性がありますのが、そのときはご容赦下さい。
昨年のドラマでは、近藤が板橋で処刑された頃、土方が宇都宮周辺で戦っている姿を描いて終わっていました。まずはそのあたりから始めたいと思います。
流山 近藤の投降と土方の江戸潜行
新選組が流山で新政府軍に包囲され、為す術もなく武装解除を受け入れて、近藤が投降したのが1868年(慶応4年)4月3日の事でした。この時、土方は斉藤一に本隊を率いてを会津に向かう様に命じる一方、自身は相馬主計ら2人の隊士を連れて江戸に向かっています。それは、新政府軍に対しても顔の効く勝海舟と大久保一翁を頼り、近藤の助命に尽力してくれる様に依頼するためでした。2人はこの願いを聞き入れて新政府軍宛ての手紙を書いてやった様なのですが、その手紙は現存しておらず、どんな内容だったのかは判っていません。これは今でも新選組に関する謎の一つになっていますね。
相馬主計の捕縛
この海舟の手紙を持って新政府軍の総督府を訪れたのが相馬主計でした。後に最後の新選組隊長になる人物で、今度のドラマにも登場する様ですね。詳しくは後日紹介するとして、この時相馬は近藤に会う事が叶わなかったばかりか、新政府軍に捕らえられてしまいます。丁度、大久保大和と称していた近藤の正体が、元御陵衛士だった加納道之助と清原清によって見破られた直後だった事が禍したようですね。先に近藤の付き添いとして同行した野村利三郎もまた牢に繋がれており、2人とも近藤と一緒に処刑される事に決まりました。しかし、実際に処刑されたのは近藤一人で、二人は間もなく釈放される事となります。一説に依ると、近藤が野村達は最近入隊したばかりで自分とは何の関わりもない、だから命だけは助けてやって欲しいと嘆願し、それが叶えられた結果だと言われます。またこれとは別に、二人は板橋の牢を破って脱出したのだとする説もある様ですね。
土方、江戸から鴻之台へ
話は前後しますが、土方のすぐ後を追って、島田魁・中島登・漢一郎ら6人の隊士が江戸へとやってきます。土方に軍資金を届けるためで、彼等は土方と共に江戸に潜伏しながら近藤の釈放を待っていました。しかし、4月11日に江戸城が開城されるとそれ以上の潜伏は困難と見たのか、土方達は江戸を脱して下総鴻ノ台に赴き、そこに集結していた旧幕府軍2000人と合流しています。この時、土方が会津に向かった新選組を追わずに旧幕府軍と合流した事については、近藤救出のための手紙を書いてくれた勝海舟との間に、何らかの密約があったのではないかとする説があります。その内容として考えられるのは、新政府軍が不穏な動きをしたときはこれを牽制すべく旧幕府軍を扇動し、約束通り平穏に江戸に入ったのならば旧幕府軍の暴発を抑えるための働きをする、といった様な事ですね。
宇都宮城を巡る戦い
その説の当否はともかく、翌12日の軍議において旧幕府軍は総督として大鳥圭介を選出し、土方は前、中、後軍と別れた内の前軍の参謀格となり、宇都宮を目指して進軍を開始しています。東照大権現の旗を掲げた旧幕府軍の意気は盛んで、途中下妻、下館両藩を屈服させつつ宇都宮に迫り、19日にはわずか1日で宇都宮城を落としています。このとき、怯えて逃げようとした従卒を土方が切り捨てて、全軍の志気を奮い立たせた事は良く知られているエピソードです。
ここまでは快進撃だった旧幕府軍でしたが、22日に壬生城攻略に向かったところで新政府軍の反撃に合い、俄に崩れたってしまいます。宇都宮城に依って体勢を立て直そうとした旧幕府軍でしたが、翌23日の戦いで数と勢いに勝る新政府軍に押され、城を捨てて今市にまで後退しました。このときの戦いで土方は足に怪我を負い、以後の戦いにおいて暫く前線に立つ事が出来なくなってしまいます。怪我をした箇所は足の指とも足の甲とも言われますが、かなりの重傷だった事は確かな様ですね。土方は24日に島田魁らと共に今市で旧幕府軍から離れ、新選組本隊と合流すべく会津に向かう事になります。近藤が処刑されたのはこの翌日の25日の事で、土方達は会津に向かう途上にあった事になりますね。
やっとドラマの終焉の場面に追いつきました。明日は会津における新選組の軌跡を追ってみたいと思います。
この項は、新人物往来社「新選組を歩く」、「新選組銘々伝」、木村幸比古「新選組全史」、「新選組日記」を参照しています。
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コメント
ねこづらどきさん、お久しぶりです。
ねこづらどきさんの記事を読んでいたら、昨年の感動がよみがえり、年始の放送がますます楽しみになりました。
ねこづらどきさんの記事も楽しみに待っています。
投稿: Yuseum | 2005.12.21 10:57
Yuseumさん、コメントありがとうございます。
1年ぶりの新選組の続編が待ち遠しいですね。
時間が短いのがちょっと残念ですが、
三谷ドラマゆえ、きっと楽しませてくれる事でしょう。
それに1年ぶりに新選組の記事を書いていると、
私自身が楽しくなってきました。
なんだかホームグラウンドに帰ってきたような気分です。
暫く続けますので、よろしければまたおつきあい下さい。
投稿: なおくん | 2005.12.21 20:39
あ~、ワクワクしてきました~~
あっ!?3日は古畑任三郎とぶつかるのですね。
今気づきました、ショックTOT
投稿: ヒロ子 | 2005.12.21 21:28
ヒロ子さん、コメントありがとうございます。
あと2週間を切ってしまいましたからね。本当に楽しみです。
そう、古畑と重なると共に、私的には寅さんとも重なっているのです。
何も一度にとは思いますが、ビデオとパソコンを駆使して、
時間差で楽しもうと考えています。
良く考えたら、贅沢な悩みでもありますね。
投稿: なおくん | 2005.12.21 23:48
今日はこのページを読ませていただきました。
この宇都宮あたりから、がぜん土方歳三が光ってきますよね。
新選組を訪ねて宇都宮に行きましたよ。
また明日続きを読みます。(笑)
投稿: merry | 2006.01.22 22:03
merryさん、怒濤の様なコメントありがとうございます。
ここまでしっかり読んでコメントを頂けるとはありがたい限りです。
新選組としては京都時代が白眉ですが、
土方歳三としてはここからが真骨頂ですよね。
やっぱり最後の一日だけではなく、
土方のたどった軌跡をしっかりと追って欲しかったです。
投稿: なおくん | 2006.01.23 21:38