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2005.11.29

義経 47

義経 第47回 「安宅の関」

越前国を通り加賀国との国境近くにまでたどり着いた義経の一行。

鎌倉、大倉御所。ぷっつりと消えた義経の行方を巡って、評定が開かれています。様々な観測が出ますが、結局は義経は奥州の藤原秀衡を頼るに違いないと意見は一致し、北陸道を伝って加賀、越後を経て奥州に向かうはずだと予測が立てられます。

加賀国。既に雪の季節となり、吹雪の中街道を行く義経達。

囲いの無い、野小屋のような場所で雪を凌いでいる義経達。そこに駿河次郎が帰ってきます。彼は船を探しに行ったのですが、泊に対する警護は厳しく、海にすら近づく事が出来ないと報告します。次いで、伊勢三郎が戻ってきました。彼は一行より先行して様子を探りに行っていたのですが、一軒の農家を見つけ、一晩野小屋に泊めてもらうと話を付けてきたのでした。雪の中、宿が見つかり安堵する義経。

野小屋の中で火を熾し、濡れた着物を乾かす郎党達。静から貰った笛の袋を乾かす義経。その傍らで、巻物を取り出し、濡れずに済んだと嬉しそうな弁慶。そこには、弁慶が五条大橋で義経と出会ったすぐ後に、義経と再会出来るようにと願いを込めて自ら筆を執ったという不動明王が描かれており、以来肌身離さず持ち歩いているのでした。そこに、三郎がこの家の主の藤太を連れてきます。弁慶は山伏の一行の先達として礼を言い、出羽羽黒山へ行くにはどの道を通るのが良いかと尋ねます。藤太は安宅の関に出るのが良いと答え、他の道はと聞く弁慶に、東の山越えの道はあるにはあるが、雪の季節では越えるのは難しいと告げます。

義経達が安宅の関を通るか山越えの道を選ぶかと思案していると、小屋の外から声を掛けるものがあります。この家の妻女が夕飯を持ってきてくれたと悟った義経は、弁慶と首座を入れ替わってから中へと招じ入れます。入ってきた妻女の姿を見て驚く義経。それは木曽義仲の妾であった巴でした。巴もまた義経に気付き、驚きながらも知らぬ振りを通します。そうとも知らずに、山伏の一行であるかのごとく振る舞う郎党達。弁慶は巴に安宅の関の関守の事を尋ねます。関守の名は加賀介富樫。仏心に篤く、方々の寺に寄進をしているとの事でした。しかし、その人物の評価は、頼りないと言う者もあれば切れ者と言う者もあり、はっきりとした事は判らない様子でした。巴の背中の赤子が泣いたのを汐に、小屋を出る巴。その後を追う義経。

小屋の外で巴に声を掛ける義経。巴は、今の名はもよと言い、義仲亡き後、あちこちを彷徨った挙げ句にこの地で倒れ、そこを今の夫に救われたのだと義経に告げました。子の母となったもよは、今生きているのは義経のお陰だと言い、義仲の首の前で自分を恨んで生きよと言ってくれた事に礼を言います。そして、この後は、この赤子が自分の支えになってくれるだろうと言い、諦めなければ道は開けると言い残して去っていきました。

小屋に戻った義経は、郎党達に夜明けと共に発つと言いかけますが、皆の様子がなにやら和らいでいる様子を見て何があったのかと問いかけます。彼等は赤子を背負ったもよを見て、里心が付いたのでした。平泉に着いて新しい国が出来たら、異国との交易のためにも仲違いしている兄を呼びたいと言う次郎。平泉で妻を娶り、息子を何人も作って、父親の墓の前で父から習った弓を教えたいと語る三郎。義久は丹波から妹の馬込を呼びたいと言い、その馬込を妻に迎えたいという三郎。弁慶は鎌倉から杢助と千鳥を呼ぶと言い、喜三太は都からうつぼを呼び、親子で穏やかに過ごす暮らしがしたいと希望を語ります。和やかな空気に包まれる一行に向かって、明日は安宅の関に向かうと告げる義経。俄に郎党達の間に緊張感が高まります。

「巴が安宅の関近くに住んでいたというのは、義経記にも無いこのドラマにおける創作です。源平盛衰記に依れば、巴は義仲と別れた後、一度は木曽にまで落ち延びたのですが、彼女の居所を知った頼朝の命により鎌倉へと呼び出されます。その鎌倉で、巴の剛強ぶりを知る和田義盛が彼女を妻にしたいと申し出た事から、彼女の運命は一変する事になりました。義盛の側室となった巴は、義盛との間に、のちに豪腕で知られる事になる朝比奈三郎義秀を産んだと伝えられていますが、一説にはこれは既に巴が宿していた義仲の子であるとも言います。そして後年、義盛が謀反の疑いを掛けられて義秀もろとも討たれてしまうと、彼女は越中国に逃れて出家を遂げ、夫と息子の供養をしながら余生を過ごし、91歳まで生きたとあります。

ドラマにおいて、ここでなぜ巴を出してきたのかは理解に苦しみますが、晩年は穏やかに暮らしたという巴の姿を、義経に絡めて描きたかったのかも知れないですね。それとも、小池栄子の女らしいところを見せたかったとか。弁慶達が里心を抱いたのも無理はないと思えるほど、小池巴の母親ぶりはどこか懐かしく、ほっとさせるものがあったと思います。」

以下、明日に続きます。

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