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2005.08.30

義経 34の2

義経 第34回 「妹への密書」 その2

お徳が去った後、一人船上で月を見上げる義経。そこに物見に行っていた駿河次郎と伊勢三郎が帰ってきます。彼らの報告に依れば、平家の陣の様子はしかとは判らないもののすこぶる気負い立っているとの事でした。そして三郎は、範頼の軍勢が豊後から豊前へ攻め入ったと思われる狼煙を見ていました。いよいよ戦機が熟し始めた気配を感じ、この一戦で源平の戦に決着を付けると意気込む義経。

「範頼が豊前に攻め入ったとドラマではありましたが、源平盛衰記に九州に現れた範頼の軍勢が陸地に轡を並べて平家の退路を断ったと記されており、これを踏まえての描写なのでしょうね。一方、平家物語では周防に着いた義経が範頼の軍勢と合流したとあるのですが、このとき豊後に居るはずの範頼と一緒になれるはずもなく、このあたりの記述には矛盾がある様に思われます。また、鎌倉幕府の正史である吾妻鏡においては、数日前まで豊後で立ち往生していた範頼の軍勢が攻勢に転じたという記述は無く、はたして範頼が豊前に現れたという事が史実であったかどうかについては疑問が残るところですね。」

闘志を見せる一方で、義経にはどこか気になる事がある様子です。それを見た弁慶以下の郎党は、義経は妹の事を案じているのだろうと気遣い、いっそ妹をこちらに引き取るか、さもなくば戦の外に置いておく手だてを考える様、義経に進言します。

郎党達の勧めに従い、妹能子に手紙を書く義経。彼はその手紙を喜三太に手渡し、能子の下に届ける様に頼みます。

彦島。建礼門院の御前にて、時子以下の女人達に戦が近い事を告げる知盛。戦が始まった時、天皇と親王をどこに置くのかは、まだ知盛の胸の内にしまわれたままです。そして、何があっても天皇と三種の神器の側を離れてはならぬと、女人達に念を押します。

知盛に代わって、万一の時には敵の辱めを受けぬ様と女人達を諭す時子。彼女はさらに、考えに考え抜いた秘策を明らかにします。それは、安徳天皇の命を永らえる為に、守貞親王を身代わりにするというものでした。これを聞き、そのために自分と知盛は親王を育てたのか、それでは親王があまりにも哀れに過ぎると惑乱する明子。彼女の気持ちが判るだけに何も答えられない時子に代わり、まだ親王に不幸が降りかかると決まった訳ではないと明子を諫める知盛。平家の流れを汲む帝の血筋を絶やすまいと執念を燃やす時子と、それを支持する夫、知盛の前に言葉を失う明子。ついには建礼門院からの声掛りにより、明子も承伏します。天皇と親王の入れ替わりは、翌日からと定められたのでした。

「安徳天皇と守貞親王を入れ替えるという設定は、原作の「宮尾本平家物語」における創作です。原作者は、西海で滅んでしまった平家一門があまりに哀れになったのでしょうね、この後もずっと生きながらえて太上天皇として栄光の時を迎える守貞親王に平家の人々の思いを託したものと思われます。

もっとも、安徳天皇が生存していたという説は昔から幾つもあり、西海に沈んだ人物は替え玉だったとする根拠も語られています。ネタバレになりそうなので詳しくは次回に譲りますが、その替え玉が守貞親王だったとするところが宮尾本の新しい部分ですね。」

能子の部屋。文を書きながら眠ってしまったらしく、机に突っ伏している能子。そこに現れた喜三太は、身分違いの女人に触れる事を憚ったのでしょう、着物の裾を引いて能子を起こします。喜三太は、驚く能子に声を出すなと釘を刺し、自分は義経の郎党であると名乗って、義経から預かった文を差し出します。御身を大切にと言い残し、去っていく喜三太。

記帳の陰に隠れて、月明かりで義経からの文を読む能子。そこには、幼い日に別れたきりの妹を思う義経の気持ちは敵味方に分かれた今も変わらず、今一度妹と会いたいと願う兄の心情が綴られていました。そして、戦場において能子を見分ける印として、白い布を身につける様にと指示が書かれています。戦が終わった後は、伴に母の墓前に参ろうという兄の言葉に触れ、涙を流す能子。

「能子こと廊の御方が彦島に居た事は、昨日も書いた様に事実です。ただし、義経が廊の御方に文を出したというのは、これも「宮尾本平家物語」による創作です。当然白い布の目印もまた創作なのですが、これがドラマに劇的な効果を生む伏線となって行きます。壇ノ浦の合戦時における能子の行動に注目ですね。」

彦島、平家の陣。松浦、阿波など麾下の水軍に出陣を命ずる知盛。彼は帝と三種の神器もまた船に移す、ただし、御座船ではなく兵船に乗って貰うと秘策を明らかにします。兵を乗せた御座船をおとりに源氏をおびき寄せ、これを一網打尽にしようという必殺の作戦でした。

「安徳天皇を兵船に乗せ、兵士を乗せた御座船をおとりに仕立てたというのは、平家物語にあるとおりです。このあたり、知将と呼ぶにふさわしい知盛の面目躍如という感じがしますね。船戦に賭ける平家方の絶対の自信も窺える場面です。」

行宮の廊下を、書き物を捧げながら歩く能子。親王の部屋の前まで来たとき、風に揺らめく白い布を目にし、義経の言葉を思い出して心が揺れる能子。その時、部屋の中から主上が使うものだから、すぐに親王の下に届けよという領子の声が聞こえました。聞いてはならぬ事を耳にしたと悟った能子はその場を立ち去ろうとしますが、領子に見とがめられてしまいます。秘密を知られたと思った領子は、能子を小屋の中に閉じこめてしまいました。

干珠島、満珠島に至った義経の軍勢。知盛率いる平家の水軍との距離はわずか二里。渦巻く海峡を挟んで対峙する源平の両雄。

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