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2005.08.18

義経 32の3

義経 第32回 「屋島の合戦」その3

夜の義経の陣。沖合に浮かぶ平家の軍に対して打つ手が無く、さらに阿波から田口教能の軍3千が近づいており、義経達に危機が迫っていました。教能を味方に引き入れたいと願う義経の言葉に、伊勢三郎が自分にまかせよと名乗り出ます。大軍相手に命がけになる仕事ですが、なにやら自信ありげな三郎の様子に、義経はその申し出を受け入れます。

屋島の近く、田口教能の陣。そこに単身で現れた伊勢三郎。田口の郎党に誰何された三郎は、堂々と義経の配下であると名乗り、にこやかな笑顔で教能と話がしたいと申し出ます。そこに現れた教能に、三郎は担当直入に源氏に味方されたいと用件を告げます。そのあまりにあっけらかんとした様子にたじろぐ教能に、三郎は2人だけで話がしたいと太刀を地面に置いて頼み込みます。

森の中へ2人で入った教能と三郎。三郎は教能に、屋島の平家は敗れ去ったと嘘を言い、自分たちは法皇の院宣を受けている官軍であり、それに逆らうと逆賊になると脅します。そして摂津の源氏と伊予の河野水軍の合わせて20万の軍勢が押し寄せて来ると過大な情報を与え、動揺を誘います。三郎の巧みな誘導に、明らかに迷いが生じている教能。

「伊勢三郎が田口教能を下らせた事は、平家物語にもあります。それに依れば、教能(平家物語では田内左衞門教能)は河野四郎通信を討ちに伊予に出陣していたのですが、屋島の急を聞いて引き返す途上にありました。この軍勢が到着すれば、兵力で劣る義経達はひとたまりも有りません。そこで義経は伊勢三郎に、教能をなんとか騙してここに連れてこいと命じます。これを受けて三郎は、16騎を連れて伊予に向かいました。途中で教能の軍と出会った三郎は、何の武装も持っていないと言って教能と会う事に成功します。そして、昨日勝浦に上陸した我らは、教能の叔父にあたる桜間介を討ち、屋島では御所を焼き払って宗盛親子を捕らえ、教能の父である阿波民部は降人となって自分が預かっている。父に会いたいと思うのなら、ここで下ってはどうかと教能に告げました。これを聞いた教能はその場で降伏を承諾し、三郎と共に義経の下に出向いたのでした。この三郎による調略が、屋島の戦いの帰趨を決める事になります。」

屋島、義経の陣。沖合の平家の軍船の様子を見ていた義経の下に、平家の船が減っており、どうやら志度の寺に集結し、背後を襲う計略であるらしいとの知らせが入ります。それを聞き、直ちに志度に向かう事を決断する義経。

志度の寺。抵抗を受けることなく門を開けて乱入した義経の軍勢ですが、境内には誰も居ません。怪しむ様に周囲を見渡す義経。しかし、それは平家が仕掛けた罠でした。義経達は不意に現れた平家の軍勢に包囲され、矢を射掛けられます。平家方の大将は資盛。彼の源氏の大将を狙えという下知に、一斉に矢を放つ平家方の兵士達。義経もまた、怯むな!と反撃を命じ、たちまちの内に境内は乱戦の渦に包まれます。その中で、冷静に義経に狙いを付けている資盛達に気付いた佐藤継信は、資盛に背を向けている義経の背後に回りその盾となります。構わずに放たれた最初の矢は弾いた継信でしたが、資盛が放った必殺の矢は継信の胸に命中しました。背後の異変に気付いた義経は継信を助け起こしますが、苦しい息の中で戦え!と叫ぶ継信の声もむなしく、義経達の兵の多くは討たれ、包囲網の中で窮地に陥ってしまいます。勝ち誇った資盛がさらに矢を放とうとした瞬間、どこからか飛んできた矢が隣の武者に命中します。驚く資盛の目に、寺の塀越しに矢を射掛けて来る兵士達の姿が映りました。それと同時に、門から乱入してくる兵士の群れ。伊勢三郎が教能を連れて救援に現れたのでした。教能が裏切ったと知り、驚愕する資盛。彼は形勢が逆転した事を悟り、引き上げの下知を下します。窮地を脱した義経に、味方になる事を約束する教能とそれに感謝する義経。倒れている姿を見て驚く三郎に、よくやったと声を掛ける継信。

境内の一堂の中で横たわる継信の周りに集まった義経以下郎党の面々。苦しい息の中、忠信に義経を守れと伝える継信。彼は弁慶以下の仲間達に別れのあいさつを告げ、死んではならぬとの義経の声もむなしく、息を引き取りました。涙を流して、嘆き悲しむ義経以下の面々。

「継信が討たれたのは、志度ではなく義経達が最初に屋島に攻め込んだ時の事でした。ドラマでは反撃をためらった宗盛でしたが、平家物語では違った反応を見せています。相手が小勢である事に気付いた宗盛は、一門の中でも剛の者として知られた能登守教経に反撃を命じます。教経は船に乗って浜に押し寄せ、自慢の矢を放ちつつ源氏に迫ります。彼の狙いは義経ただ一人でした。それに気付いた弁慶、継信以下の郎党達は、義経の前に並んで盾となります。それを見た教経は、雑人どもはどけと言いながら次々に矢を放ち、十余騎を倒してしまいます。そしてその中の一本が継信の左肩から右肩に掛けて射抜き、継信はその痛手に堪らず馬から落ちてします。それを見ていた教経の寵童である菊王が、船から飛び降りるやその首を取ろうとして継信めがけて駆け出しました。これに気付いた忠信が、首を取られてはならんと矢を射掛けて菊王を倒してしまいます。教経は、船から飛び降りて菊王の下に駆けつけ、菊王を抱き上げるや船の中に放り込んでしまったのですが、菊王の受けた傷は重く、間もなく息を引き取ってしまいます。菊王の死に戦意を失った教経は、戦を止めて引き上げてしまったのでした。

一方、義経の方も継信を後方へと担ぎ込み、馬から下りて介抱をしてやります。そして、何か言い置く事は無いかと聞いてやったところ、「思い残す事は何もない。主君が世に出るのを見ないで死ぬ事こそ悔しく思う。弓を取る者が、敵の矢にあたって死ぬ事は、本より期する所である。とりわけ源平の合戦において、奧州の佐藤三郎兵衛継信という者が、讃岐国八島の磯にて、主の御命に替って討れたと、末代の物語に語り継がれる事こそ弓矢取る身にとっては今生の面目であり、冥途の思出です。」と言って、息を引き取ったのでした。義経の嘆き悲しみ様は尋常ではなく、近くの高僧を探し出して継信の供養を頼み、その代価として大夫黒という名馬を僧に与えたのでした。」

御座船で資盛から教能が裏切った事を聞いた宗盛は、屋島を去る事を決意しました。絶望に打ちひしがれる時子は、波間に漂う扇に気付きます。与市によって射落とされ、船から遠ざかって行くその扇を見つめる時子の目には、滅び行く平家の運命が見えていたのかも知れません。

屋島の浜辺で、平家の去った海を見つめる義経。平家を追い払ったとはいえ、三種の神器わ取り戻す事は出来ず、継信を失うという痛手を蒙った義経に、喜びの言葉はありません。何時の日か平泉に帰る時まで、自分と共にあれと継信の遺髪を握りしめる義経。

「屋島の戦いにおいては、ドラマに描かれた以外にも有名なエピソードが残されています。その一つがしころ引きと呼ばれる逸話です。

与市が扇を見事に射落とした後に、その神業を見て感極まり舞を舞った老武者を射殺した事は昨日に書いた通りですが、この行為に平家方はさすがに怒って、3人の武者が浜に攻め寄せてきます。これを迎え撃ったのが5騎の武者でした。真っ先に駆けたのは三穂屋四郎という武者でしたが、平家方に馬を射たれ馬から落ちてしまいます。他の4騎はこれを見て近づくのを止めたのですが、三穂屋四郎そのまま太刀を抜いて3人のうちの一人と渡り合います。しかし、相手の方が段違いに強く、とても敵わないと見てその場から逃がれようとします。ところがその相手は、三穂屋四郎を逃がさずと鎧のしころ(鎧の後ろに付いている覆の一つ)を掴んでしまいます。三穂屋四郎はこれを振り払ったのですが、相手はまたすぐに掴んで来ます。3度までは振り払ったのですが、4度目には切れるはずのない頑丈なしころが、鎧からふつりと離れてしまいました。おかげで三穂屋四郎は逃れる事が出たのですが、しころは相手の手に渡ってしまいます。そしてその相手はしころを頭上にかざして、「是こそ京童にも聞こえた上総悪七兵衞景清よ。」と大音声にその武勇を誇示した上で、船へと戻って行ったのでした。

もう一つスルーされたエピソードが、「弓流し」です。「しろこ引き」の後、さらに攻め掛かって来た平家の軍勢を迎え撃つ内に敵の中に深入りしすぎた義経は、船の上から伸びてきた熊手に絡め取られそうになります。義経はこれを太刀で払いのけている内に、誤って弓を海に落としてしまいました。義経は危険を顧みることなく、うつぶせになり鞭を使って弓を拾い上げ様とします。これを見ていた味方が、危ないから弓など捨ててしまえと言うにも係わらず、義経はとうとう弓を拾い上げて笑顔で帰ってきました。出迎えた家臣達が、どんなに立派な弓でも命には代えられないものをと苦言を呈したところ、義経は叔父の為朝の様な立派な弓なら落としても構わない、しかし自分の様な貧弱な弓が相手の手に渡ったとしたら、これが源氏の大将の弓かと笑いものにされるのが悔しかったので、命がけで拾ったのだと答えました。これを聞いた人達は、その何よりも名誉を重んじる心構えに感心したと言います。ドラマでは弓の名手の様に描かれている義経ですが、実際には小兵であったため、強弓を使いこなす事は出来なかったのですね。名こそ惜しけれの世界を描くには丁度良いエピソードなのですが、滝沢義経には使う訳にはいかなかった様ですね。」

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