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2005.05.24

義経 20の2

義経 第20回 「鎌倉の人質」その2

信州で頼朝と対陣した義仲。頼朝軍が10万の大軍であると聞き、さすがに顔色を無くします。和議に反対する行家を押し切って、義仲は頼朝と和議を結ぶ事を決めます。

頼朝の陣を訪れた今井兼平。義仲に敵意は無い事を伝えますが、頼朝は自分に敵対した行家、志田義広の両人を差し出す様に要求してきます。

義仲の陣。特に義理も無い叔父達の処遇に迷う義仲。しかし彼は、兼光、兼平の、叔父達を無碍に見放す事は義仲に対する味方の信頼を失う事に通じるという助言を受け、頼朝の要求をはねつける事を決めます。

頼朝の陣。義仲の返答を聞き、その心意気を褒める頼朝。彼は代わりの条件として、義仲の嫡男である義高を、自分の娘である大姫の婿に迎えたいと、兼平に伝えます。

義仲の陣。義高を婿にという話を聞き、婿とは名ばかりで人質に取られるも同然だと断固反対する巴。義仲もそれは承知の上で、婚儀とあらば断りようもないと苦しい胸の内を明かします。平家と鎌倉軍に挟まれては、戦い様が無いという事情もありました。激情に駆られて、行家に向かって鎌倉へ行けと迫る巴。しかし彼女は、朝廷に繋がりを持つ自分が居なければ、義仲はせっかく京に上ったとしても身動きが取れなくなると行家に言いくるめられ、絶句してしまいます。その様子を見ていた義高は、自ら鎌倉へ行くと言い出します。義高の鎌倉行きによって、頼朝、義仲は、共に兵を引き上げたのでした。


源平盛衰記に依れば、頼朝が義仲に兵を向けたのには、甲斐の武田信光による讒言があったためとされます。甲斐武田氏は源氏の一族で、当主の信光は源頼義から数えて5代目にあたりました。対する義仲もまた、頼義から5代目にあたり、信光にすれば義仲は同格の相手という意識がありました。信義は義仲の嫡男義高を、自分の娘の婿にと申し入れたのですが、義仲は娘を差し出せば義高に仕えさせよう、妻にするなど思いも依らぬ事と申し入れを突っぱねます。これを恨みに思った信光は、頼朝に対して、義仲は平重盛の娘を宗盛の養子とした上でこれの婿となり、平家と力を合わせて頼朝を討とうとしていると偽りの報告をします。頼朝は驚き、これと前後する様に行家が義仲の下へと出奔した事と併せて、義仲、行家、平家が連合しては一大事と、大軍を発したとあります。

義高を人質として迎えたことで、頼朝は源氏の嫡流、義仲は傍流という位置づけが明確になります。頼朝はこれに満足した訳ですが、義仲にしても背後を脅かす驚異が消えたことになり、対平家戦に全力を注げる様になりました。11歳の義高の犠牲により、源氏の勢力が消耗し合うという事態を回避する事が出来、歴史の歯車が大きく回る事になったのでした。


佐藤継信を相手に、武術の稽古に励む義経。主従とはいえ、両者共に遠慮はなく、真剣な立ち会いです。義経の鬼一法眼仕込みの技が上回り、継信の木刀をたたき落としたときに弁慶が駆け込んできます。弁慶は、義高が人質として鎌倉にやってきたという噂を聞き込んできたのでした。義高がわずかに11歳と聞き、自分の子供の頃を思い出したのか、痛ましげに顔を歪める義経。

以下、明日に続きます。

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