源三位頼政 終焉の地@義経
以仁王を奉じて戦い、源平合戦の魁となって散っていった源三位頼政。その終焉の地が、ここ平等院です。宇治川を挟んで南に陣を張った頼政軍は一千。対する平家方は2万8千。数で劣る頼政軍は、奮戦虚しく敗れ去ります。
その頼政が切腹した場所として伝えられるのが、この扇の芝。
流れ矢に傷ついた頼政はこの地に軍扇を敷き、
「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける」
の歌を残して、自刃したと伝えられます。
扇の芝を有名にしたのは、謡曲「頼政」。そこでは、頼政は自分のために読経してくれた旅の僧の前に幽霊となってこの地へ誘い、戦の経過を語り終えた後、自分こそが頼政、ここで自分は自害したと言って消えたとあります。
その頼政の墓が、同じく平等院の不動堂の側にあります。平等院においては、毎年頼政の命日の5月26日に「頼政忌」の法要が営まれています。この日も真新しい花が供えられており、日々大切に供養されている事が伺えました。
また、大河ドラマを見て訪れたと思われる人も見受けられ、頼政も再び脚光を浴びている様です。
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