義経 5の2
義経 第5回 「五条の大橋」その2
六波羅の清盛邸を訪れた源頼政。
源頼政は、頼朝や義経と同じく清和源氏の流れを汲む一人ですが、彼らとは系統がやや異なります。義経達が八幡太郎義家から続く源氏の正統に属していたのに対し、頼政は義家の弟である頼光から始まる摂津源氏と呼ばれる系統に属します。頼光は、大江山の酒呑童子の退治で勇名を馳せた人ですね。頼政はその4代目の子孫にあたり、彼もまた、御所に現れた鵺(ぬえ)を退治したという伝説の持ち主でもあります。彼の一族は、摂津渡辺(大阪市)に本拠を持っていた事から、渡辺党とも呼ばれていました。平治の乱では、当初は源氏の一門として義朝の側に付いていたのですが、途中で離反して清盛方に付き、平家全盛の世において唯一の源氏として生き残りました。清盛からの信任も厚く、75歳の時に従三位に叙せられ、以後「源三位頼政」と呼ばれる様になります。
清盛が吠える声を聞き、「ヌエ」とは違うと訝る烏丸。
鵺とは、「頭は猿、体は狸、尾は蛇、手足は虎」とされる怪物の事で、頼政が退治した事は上に書いたとおりですが、ここで烏丸が言っているのは「トラツグミ」の事でしょうね。「トラツグミ」は夜中に「ひぃー、ひぃー」と鳴く鳥で、鵺の正体とされています。私は聞いた事が無いですが、暗闇の中でこの声を聞くと、それは恐ろしいものらしいですね。参考までに、「ことりのさえずり」というサイトの「ことりのさえずり」のページで、「トラツグミ」の声を聞く事ができます。
清盛が頼朝に騙されたと荒れ狂う元となった髭切りの太刀。
髭切りの太刀とは、平治物語に、「さて鬚切と申は、八幡殿、貞任・宗任をせめられし時、度々にいけどる者千人の首をうつに、みな髭ともにきれければ、髭切とは名付たり。奥州の住人に文寿といふ鍛冶の作也。」とある太刀で、源氏の嫡流の証として相伝される品でした。平治物語にはまだ続きがあり、頼朝が平家を滅ぼした後、後白河院が清盛からお守りとして献上されて持っていた髭切りの太刀を返して貰ったとあります。
そして、後白河院の手に渡った経過として、
1.頼朝が関ヶ原で捕まった時に平家の手に渡り、お守りとして院に献上したとする説。
2.頼朝から太刀を預った青墓の大炊が、泉水というよく似た太刀にすり替えて、清盛の使いに渡した。平家から確認を求められた頼朝は、中身が違うと気が付いていながら大炊の意向を推量して、そうだと答えた。清盛は偽の太刀を本物と信じて院に献上し、本物は後に大炊から頼朝の下に届けられた。
と二つの説が紹介がされています。ドラマでは後者の説を採っているのですね。
この項は、別冊歴史読本「源氏対平氏」、「源義経の生涯」、宮尾登美子「義経」、楠木誠一郎「源義経111の謎」、義経デジタル文庫を参照しています。
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