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2004.12.18

新選組!@京都 三条河原

sanjoukawara

京都、三条河原。新選組!の最後を飾るにふさわしい場所は、やはりここしかないでしょう。慶応4年閏4月8日、近藤の首は、この場所に晒されました。
その罪状にいわく、
「此者儀、凶悪之罪有之処、甲州勝沼、武州流山において官軍へ敵対候条、大逆に付、可令梟首者也」。

この梟首された時の写し絵が当時の瓦版として発行され、それが今に残されています。その表情は肖像写真にあるような口を一文字に結んだいかにも剛強さを感じさせるものではなく、半ば口を開け、泣いているとも笑っているとも取れるような、人間味を感じさせるものです。そう、香取勇が最後にしてみせたあの表情ですね。恐らく香取慎吾は、この梟首の絵を意識して最後の演技をしたのではないでしょうか。

このとき、最後につぶやいた言葉が「歳。」その直前にはためいた隊旗と共に、主題歌に込められたこのドラマの主題がここに凝縮されていたように思います。

近藤が幽閉されていた部屋に残されたコルクの栓。あれは第一話からずっと土方と分かち合って来た夢の象徴でした。近藤の夢は官軍の手により無惨にも奪われ捨てられてしまったのですが、盟友の土方はなお持ち続けています。最後に近藤が土方に託したのは二人の夢。土方が誠の隊旗と共に戦い続けてくれる事こそ、近藤の望みでした。

このドラマを通して不満に感じていたのは、近藤があまりにも善人過ぎる事でした。近藤の性格を史実とは違った設定にしながら史実を追うという展開にしたために、あちこちで無理を生じているというのが気になって仕方がなかったのですが、最後にこの近藤の顔を見て私なりに納得が行きました。死を直前にした近藤にこの顔をさせたいがために、全編を描いてきたのではないかと思えたのです。夢半ばにして敗れる無念、妻や娘を置いて死ななければならない悲しみ、信念を貫いて生きてきた事に対する満足と誇り、そしてなお自分の夢を託せる友を持った事に対する喜び、あの最後の複雑な表情はその全ての想いを表したもののように思えます。そしてそれを表現仕切るには、近藤はピュアな人物でなければならなかったのではないでしょうか。

以上は、最終回を見終わった後の、私のつたない感想です。

この最終回のレビューを掲載している間、連日多くの方が訪問して下さいました。この一週間の訪問者数が約3300、そのうちリピーターの方がおよそ1600。これだけ大勢の方に私の書いたレビュー読んで頂けたというのは嬉しい限りです。本当にありがとうございました。

このドラマのすばらしさに魅せられて、ありのままに再現してみたいと思って始めたこの連載のスタイルでしたが、私の表現力の乏しさから十分にその魅力を伝えられていない事が心残りです。脚本家が意図した事、役者が演技に込めた思い、その全てを表現しきるだけのスキルを身につけていたらと残念でなりません。それほど細部に至るまで注意が配られた、質の高いドラマだったと思います。

それと、マイナー隊士の紹介をもっとしたかったですね。ドラマに新たに登場する人物が居なくなり中断せざるを得なかったのですが、新選組には他にも魅力的な隊士が沢山居ます。特に惜しかったのは、伊東一派の人物ですね。せっかく大量に候補者が現れたと思ったのに、名前が出て来たのはほんの数人でした。中には面白い人物が居たのですけどね。

最後に、この連載の中で記してきた史実の部分については、ドラマを楽しむためのスパイスとして、資料に基づきなるべく正確に伝えてきたつもりです。しかし、所詮は素人の悲しさ、誤った解釈の仕方や誤解を与える表現が混じっていたかもしれません。私自身、書いているうちに自分の勉強不足を痛感されられた事が何度もありました。ですから史実をちゃんと知りたいと思われる方は、私の書いたものを鵜呑みにするのではなく、各回の末尾に掲載してきた参考資料や、研究者が書かれた本を読まれる事をお勧めします。多分、ドラマ以上に新しい発見が幾つも見つかると思いますよ。

最後に、1年間に渡ってこんなに面白いドラマを見せてくれた三谷幸喜さんに感謝の意を表わして、締め括りとさせて頂きます。ありがとうございました。


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コメント

ここが三条河原ですか。。勇の首が曝されたところ。スマステ4でも香取さん行っていたけど、別角度で見るとまた違った感慨があります。
改めまして、なおくんさんお疲れ様でした。つたないなんてとんでもない、大いに楽しませて頂きました。ありがとうございます。

投稿: Yuseum | 2004.12.19 01:53

Yuseumさん、コメントありがとうございます。
今はアベックや家族連れの憩いの場となっている鴨川ですが、かつては血なまぐさい刑場でもあったのですね。ここに晒されると聞いた時の近藤の心境は、如何ばかりのものだったでしょう。
近藤の首を見た人の中には、官軍の横暴を憤る人も少なくなかったと言います。近藤の首の行方について様々な伝説が存在するのは、せめてそういう形で近藤の無念を晴らしてやりたいという人々の気持ちの表れの様な気がします。

Yuseumさん、拙文に最後までおつきあい頂いて、ありがとうございました。新選組!は終わりますが、ねこづらどきはまだまだ続けますので、よろしければ今後ともおつきあい願います。

投稿: なおくん | 2004.12.19 17:03

残念ながら最終回を見逃してしまった私にはこのブログだけがたよりです。いつも細かな描写で丁寧に書かれているのでTVを見たような気になります。本当にありがとうございました。

投稿: Milk | 2004.12.19 17:43

Milkさん、コメントありがとうございます。最終回を見逃されたとは、何とも残念でしたね。拙文によって何分の一かでもドラマの雰囲気を味わって頂けたとすれば幸いです。
でも、まだ総集編が残っていますよ。公式ホームページによれば、総集編にも力を入れて面白く仕上げてあるのだとか。最終回のカーテンコールだけでもぐっと来るものがあった位ですから、総集編はかなり期待出来そうですよ。楽しみに待つ事にしましょう。

投稿: なおくん | 2004.12.19 18:20

初めまして。ドラマで浪士組結成のころに登場した、凄腕の剣士・粕谷新五郎や気弱な殿内義雄など、いままで知らなかった人物が気になり調べているうちに、こちらにたどり着きました。
それ以来最終回まで、本放送を見た後にこちらの記事を拝見し、あらためて再放送を見る、という繰り返しで過ごしてきました。

史実から外れている、などと叩かれることもあった三谷脚本ですが、こちらで解説を拝読し、逆にドラマでは何を表現しようとしていたのか、読み解くことができ、私はかえって面白く放送を見ることができました。
(物言いをつけたい部分もなくはないのですが。ただのチンピラで終わった感じの大石鍬次郎とか…)

特に印象深かったのはやはり山南さん切腹の一幕で、井上源三郎が御膳を持ってくるシーンでした。
切腹の前に飲食はしきたりに背くはずであり、なぜ礼法に通じる源さんがそんなことをするのか…というところがわからなかったのですが、こちらの記事を拝見して、はじめてあれは「これを食して逃亡せよ」との源さんの無言のメッセージだったのだ、と思い至りました(お恥ずかしい)。
あの『友の死』は、総集編とは別に「あなたのアンコール」枠で30日に再放送するようですね。ラストの、土方の泣き顔にもらい泣きした私は、こちらも楽しみです。

乱文失礼いたしました。古都の冬はこれから、ご家族様ともども、どうぞお体に気をつけてお過ごしください。

投稿: 酒匂正芳 | 2004.12.19 22:04

酒匂さん、コメントありがとうございます。
このドラマで良かった点の一つは、あまり名の知られていない隊士についてもちゃんと配慮がしてあって、それなりに見せ場が作ってあった所ですね。ただ、三谷脚本の特徴として、役者に当てて書くというところがあって、粕谷新五郎は俳優が伊吹吾郎であったがために実像以上に格好良く描かれたという面があった様に思われます。その点は注意しなければならない所なのですが、それを差し引いてもマイナーな隊士に焦点が当てられたというのは評価されるべきでしょうね。
大石については私も不満なところで、実際にはもっと大人の人物だったと思いますし、人斬り鍬次郎のイメージを引きずりすぎていましたね。ただ、終盤は周平と良いコンビに描かれていて、ドラマとしてはそれなりに良かったのかなとも思います。
「友の死」の再放送は私も楽しみにしています。また山南と明里との心の交流や、隊士達の心遣いが見られるというのは嬉しいですね。出来れば、池田屋の前後も再放送して欲しいです。

投稿: なおくん | 2004.12.19 22:37

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