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2004.12.15

新選組!40の3

新選組! 第49回(最終回)「愛しき友よ」その3

とある酒場で一人酒を飲む永倉。側を通り過ぎようとした渡世人風の男が、ふと気付いたように声を掛けてきます。
祐天仙之助を敵と狙っていた大村達尾でした。

大村の敵討ちについては随分中途半端な形のままでしたが、最後の最後になって片が付きましたね。新選組始末記によれば、大村は文久3年10月15日に江戸で見つけた祐天仙之助を斬って、見事に親の仇討ちを果たしたとあります。ただ、これには祐天は本当の仇ではなかったという説もあるそうですね。そしてその大村は、仇を討った一月後に、祐天の用心棒であった内田佐太郎(彼が本当の仇だったとも言います)によって斬り殺されています。ドラマにあったように、親分の仇として撃たれてしまったのでした。恨みが恨みを呼び続けるのは、いつの時代も変わりがないのですね...。

容保候から、近藤の代わりとして虎徹を受け取る斉藤。そして、彼は近藤の首を奪還してくるよう命じられます。

斉藤と虎徹については、有名な近藤の虎鉄は元々斉藤が持っていたものだとする説があります。それによると、斉藤は夜店で刀を見つけ、それが無銘ながらただ物では無い事を見抜き、三両でそれを買って身につけていました。これを聞いた近藤が一目でその刀を気に入り、斉藤から譲ってもらったのだと言います。このシーンは、そうしたエピソードを踏まえて、斉藤に虎徹を持たせてやったのでしょうね。

また、容保が斉藤に近藤の首奪還を容保が命じたという事実はありませんが、後に土方に乞われた容保は近藤の戒名を付けてやり、会津若松市の東の山の麓にある天寧寺に近藤の墓を建てる事を許しています。そしてこの墓には、新選組隊士が奪い返した近藤の首が埋められているという伝説が残されています。このシーンのやりとりは、そうした伝承に基づいて描かれたものなのでしょうね。

京都。板の間の一部に絨毯と畳を敷き、障子戸にカーテンを引いた、和洋折衷とも言えないなんともアンバランスな部屋。部屋の隅には、椅子が置かれています。その畳の上に正座して、洋皿に載った、ポークステーキとオムレツを、フォークとナイフで食べようとしている木戸孝允。その傍らにいる幾松。近藤の処刑を思い、「あの男は嫌いでなかった。」とつぶやく木戸。

木戸が近藤の死をどう評価していたかは分りませんが、幾松については、三条河原に晒されていた近藤の首を盗ませて、土佐の寺に葬ったという説があります。これについては何の証拠も無いようですが、義侠心に富んだ幾松なら、たとえかつての敵であったとしても、京洛の地を震え上がらせた近藤の首が無惨に晒されているのを見過ごす事は出来なかっただろうと、当時の人は考えたのかも知れません。あるいは、その背後に木戸の意向を読んだ人も居たかも知れませんね。

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コメント

こんにちは、楽しみに読んでいます。TBもしました。
しかし、ドラマの大村は軽くなってましたね(^_^;

投稿: Yuseum | 2004.12.16 16:45

Yuseumさん、コメント&TBありがとうこざいます。大村は、確かに変われば変わるものと言う感じでしたね。恐らくは敵討ちの愚かしさを強調したいが為の演出ではないかと思いますが、どんなものでしょうね。
最終回のレビュー、とうとう5部作になってしまいました。長くなって申し訳ありませんが、どうか最後までおつきあい願います。

投稿: なおくん | 2004.12.17 00:16

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