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2004.11.18

新選組!37の4

新選組! 第45回「源さん、死す」その4

淀「千両松」。街道脇の祠に屯する隊士達に、山崎が炊き出しの握り飯を配っています。一方、街道上に大きな切り株を置いて胸壁とし、前方を警戒している土方、斉藤、原田達。そこにも井上が差し入れを持ってきます。さらに、会津兵にも分けてやる井上と原田。

千両松とは今の京都競馬場付近にあった淀川堤の事で、かつてそのあたりに豊臣秀吉が植えた松が見事に育ち、素晴らしい景観を形作っていたことから付けられた名称でした。当時は千両松のある淀川の堤の上を京街道が走っている他は川と沼地に挟まれた場所で、京から下ってくる軍勢は狭い街道を縦隊となって進むより無く、迎え撃つ側には都合の良い場所でした。現在は、その後の河川改修によって当時の面影は全く失われており、競馬場の駐車場が広がる殺風景な景色となっています。

井上が行っていた炊き出しについては、当時幕府の勘定方で、鳥羽伏見の戦いにおいては兵糧方を努めた坂本柳佐という人が残した証言があります。坂本は、前年の暮れに大阪城にて、老中の板倉候や会津候から京都へ嘆願の次第があるので、兵糧方の指揮を執るようにという命を受けます。彼は、正月早々に大阪を出発し、淀城にあった糒を受け取って伏見に向かいます。本来の命令は、京都の黒谷まで兵糧を届ける事だったのですが、とうていそこまで進めるような状況ではなかったので、いったん淀へ引き返し、3日に改めて伏見を訪れ、伏見奉行所の役宅に兵糧を届け、また新選組に対して炊き出しを行うべく打ち合わせをしていたところに、戦争が勃発します。坂本は、兵糧を差配するほか、幕府軍の負傷者を収容し、これを淀にまで運ぶという役割も果たしています。翌4日は再び淀から伏見に向かいますが、このとき幕府軍は伏見を捨てて淀に向かっており、彼もまた淀に引き返しますが、淀城が幕府軍の入城を拒否したため、その日と翌日は淀の町中で炊き出しを行ったと言います。そして、5日の夕刻、幕府軍が続々と八幡を目指して落ちていく中で、彼は最後まで淀に残っていました。そして、そこへ新選組の土方が現れます。土方は、既に味方は全て引き上げた、自分の後ろには味方は誰も残っていないと坂本に教えてくれます。それを聞いた坂本は残っている兵糧をまとめて、枚方の楠葉にまで後退しました。そして今度は、楠葉の名主の家に行って炊き出しのための場所を借り、近在の村から米の供出を受けて炊き出しを開始します。その一方で、この日の戦いで出た負傷者や戦死者の世話をするといった仕事もこなしています。このように、混乱を極めたような鳥羽伏見の戦いにおいても、ちゃんと兵糧を確保するための部隊が居て、与えられた任務を懸命にこなしていたのですね。

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