新選組!31の3
新選組! 第39回「将軍、死す」その3
井上と藤堂が作ったちらし寿司の蓋を開けたとたんに上がる歓声。「いや~。」「うわー、すげえな、これ。」「もう、好きなだけ食べて良いですから。」盛り上がっている所に近藤と土方がやってきます。「局長、こちらへどうぞ。」と招じ入れる永倉に応じて近藤は、「失礼まします。」と素直に上がり込みますが、土方はわだかまりがあるらしく、入り口に突っ立ったままです。「うめえぞ、これ。」とはしゃいでいる原田の横からおまさが、「土方さんも、どうぞ。」と声を掛けますが、土方はやはり動こうとしません。それを見た永倉は、「土方さん。遠慮せずに入ってくれ。」と屈託なく声を掛けます。「良いのか。」と依然としてこだわりを見せる土方ですが、「悪いわけがどこにある。」という永倉の言葉と「良いから、早く入って食えよ。」という原田の誘いにようやく座敷に上がって近藤の横に座ります。
「それにしても、こうして集まると、試衛館の頃を思い出すな。愉快、愉快。はっはは。」と言う永倉に併せて、一緒に盛り上がる井上と藤堂。おまさと並んで幸せそうな原田。「今夜は飲み明かすぞ、源さんもどうぞ。」と永倉。和やかな雰囲気に、土方も心なしか心を開き始めている様子です。
夜の屯所で、一人木彫りの人形を削っている斉藤。一方、稲荷神社で、山崎と待ち合わせているお幸。近づいてくる足音を聞いて山崎だと思ったのでしょう、お幸が境内を覗くと、意外にも周平の声が聞こえてきました。「これで、全てです。」彼は浅野に頼まれた荷物を持ってきてやったのですね。浅野は受け取った荷物を改めると「済まなかったな、助かったよ。」と礼を言います。その様子を窺っていたお幸の耳に、「言っておきますけど、近藤先生は私のこと、重荷ではないらしいですよ。」という周平の言葉が聞こえてきます。「誰が言った。」「お幸さん。」「お前に本当の事言うはずないだろ。」と浅野に言われて再び自信をなくし掛けている様子の周平ですが、それにはもう触れずに「では、私は。」と立ち去ろうとします。それを「ちょっと待て。」と引き留めた浅野は、「お前にも、渡すもんがある。」と周平に荷物を差し出します。その荷物の中身を改めてはっとした様子の周平に、浅野は「みな、お前の物だ。俺がまとめて持ってきてやった。」とかぶせて来ます。「待って下さい。」ととまどう周平に「これでもうお前は、俺と行くしかなくなった訳だ。」と宣言するように言う浅野。「困ります。」「今更、これ持って屯所へ戻ってみろ。逃げるのが怖くなって戻ってきたと思われるのがオチだぞ。そして、切腹だ。つまり、後はもう、俺と一緒に逃げるしかねえんだ。」とここまで聞かされて、周平はようやく浅野の狡猾な罠に嵌った事に気が付きます。「どうして私を道連れにするんです。」と初めて怒りを見せた周平の言葉を聞いて、お幸は駆け出します。
原田の家で上機嫌に酒を飲んでいる永倉。「しかし、俺も佐之助もこうして相手を見つけ、局長にはお幸さんという人が居て。」という永倉の言葉を受けて、原田は「そうなんだよ。江戸にはつねさん、こっちにはお幸ちゃんという人が居てさ、ほんとに隅に置けないんだからね。」と近藤に絡みはじめます。「お幸はそういうんじゃない。」と否定する近藤ですが、原田は「またまた、照れちゃって。さあ。」とさらに絡んでいきます。近藤は「判った、大阪へ帰す。」と開き直りますが、「いいからさあ、局長。」と原田はなおも引きません。「大阪へ帰す。」と繰り返す近藤を見て「拗ねちゃった。」と茶化す永倉。「土方さんは、どないなんですが。」と聞くおまさに「俺はまあ、ほどほどに。」と流そうとする土方ですが、横合いから「良いんだ、こいつは知らないところで遊んでいるから。」と近藤につっこまれます。それを聞いて、まんざらでもなさそうにニヤッと笑う土方。
土方の女性関係と言えば、有名なもて自慢の手紙があります。彼自身が故郷に宛てた手紙の中に、「なおなお、拙儀ども報国有志と目がけ、婦人慕い候事筆紙に尽くし難し。まず島原にては、花君太夫、天神、一元。祇園にてはいわゆる芸妓三人程これあり。北野にて、君菊、小楽と申し候舞妓。大坂新町にては、若鶴太夫、外二、三人もこれあり。北の新地にては沢山にて筆に尽くし難し。」書かれた一節があり、自分がいかに女性にもてているかとぬけぬけと自慢しています。まあ、話半分だとしても、相当に遊びかつもてた事が伺える資料ですね。鬼の副長のもう一つの側面が伺えると言えそうです。
「後は、そうだな、源さんはもうしょうがないとして、残るは平助か。」という永倉の言葉を受けて「なんだよ、俺はもうしょうがないのか。」と拗ねて見せる井上に、「わははは。」と周囲は盛り上がります。原田は藤堂に「今、好きな人居ないの?」と聞きますが、藤堂は「私は、剣の道に生きます!」と叫ぶように良い、それを聞いたおまさは「格好ええなあ。」と感心したように持ち上げてやります。あたかも試衛館の時代に戻ったような、和やかな時間が過ぎていきます。
再び、屯所で木彫りの人形を削っている斉藤。そこへお幸が駆け込んできます。お幸は、胸を押さえて苦しそうな様子です。それを見た斉藤は、欄干を乗り越えて下へ飛び降ります。お幸は苦しい息の下で、「大変です。周平さんが。」とだけ言うと、そのまま倒れ込んでしまいました。そのお幸を抱きかかえ、なにやら考え深げな様子の斉藤。
斉藤は、原田の家に知らせにやってきました。家の前に居るのは、井上と藤堂、それに永倉の妻のおそのです。斉藤は彼なりに事態を考えて、いきなり局長に報告することはせず、まず井上を呼び出したのですね。「周平が。」と驚く井上に、「浅野に唆されたらしい。」と落ち着いて話す斉藤。「お幸さんは、大丈夫なんですか。」と気遣う藤堂に、「家の方に運んでおいた。」と答える斉藤。「みなさん呼んできましょか。」と気を効かすおそのを、井上は「いや、局長達の耳には入れない方が良い。」と引き留めます。なんとか穏便に済ませてやりたいという井上の親心なんでしょうね。井上は、近藤に「若い隊士がなんだか酒に酔って、店に迷惑を掛けたらしいんで、ちょっと様子見てきます。」と嘘の報告をして、周平を探すべく出て行こうとします。「ちよっと、もう行っちゃうの?」という原田に、井上は「ああ。」と済まなさそうに断り、さらに「俺も行こう。」と立ち掛ける土方を「我々だけで大丈夫ですから。」と制して外に出て行きます。その様子を、訝しげに見送る近藤。
夜の京の町。沖田が不逞浪士を斬り倒しています。そこへ駆けつけてくる大石達。沖田は、力尽きたように壁にもたれて、軽く咳き込んでいます。倒れている浪士を調べていた大石がふと目を上げると、丁度通りかかった浅野と周平に目が合いました。慌てて、周平の手を引いて駆け出す浅野。それを見て「周平。」と声を掛ける大石。
周平を追って京の町を駆ける井上、斉藤、藤堂の三人。一方、原田の家では酒宴がまだ続いています。「いや、もう駄目だ。飲めねえよ。」「いや、愉快、愉快。佐之助まだまだ行けるだろう。」「こんなに飲んじゃ駄目だって。」「いや、お前が主役だ。」「判ってるよ。いつも主役だって。」と永倉と二人で盛り上がっている様子の原田。おそのに酌をしてもらっている近藤。その近藤におそのは、「あの。」と声を掛けます。席を立って入り口近くまで来た近藤に、おそのは「お幸さんのところに帰ってあげて下さい。」と告げます。「しかし、あの人は今、山崎と外へ出かけているはずだが。」といぶかしがる近藤に、おそのはそっと耳打ちをします。その背後では、「土方さん、もっと飲んでくれ。」と永倉が土方に酒を勧めています。「飲んでくれやす。」と勧めるおまさのひざを枕にして、原田が寝転がっています。そんな中で、土方はなんとなく居心地が悪そうな様子です。そこへ近藤が戻ってきて、「すまんが、これで失礼する。」と切り出します。「えーっ、もう帰っちゃうの。」という原田に「用事を思い出した。」と刀を手にして立ち去ろうとする近藤。それを見て土方も、「俺も行く。」と一緒に帰ろうとします。しかし、近藤は「お前は残ってやれ、歳。」と土方に言い、永倉も「もう少し良いではないか。」と引き留めます。「しかし。」と帰りたそうな土方に、永倉は「今夜は鬼の副長と、ゆっくり飲みたいんだ。」と語りかけます。「さあ。」と永倉に酒を勧められた土方は杯でそれを受けて、わずかにうち解けた様子を見せます。その様子を嬉しそうに眺めている近藤。
京の町を逃げまどう浅野と周平。その後を確実に追っている沖田と大石。
お幸の家に帰ってきた近藤。寝ているお幸の側に房吉が控えています。苦しそうな息をしているお幸ですが、入ってきた近藤に気が付いて手をさしのべます。それを黙って握ってやる近藤。それだけで、お幸は楽になった様子です。
沖田達の追跡から逃げている浅野と周平。ところが、石畳に足を滑らせて、周平が転んでしまいます。そこへ追いついてくる沖田と大石。それを見て、周平を見捨てて一人逃げる浅野。大石が刀を抜いて周平に突きつけ、沖田は浅野を追いかけます。大石が刀を構えて周平に斬りかかろうとしたそのとき、井上と藤堂が駆けつけます。「あっ、待て!」と間一髪のところで大石を制止する藤堂。
一人逃げ続ける浅野。曲がり角を曲がったところで、生け垣の中に身を隠します。追ってきた沖田は、隠れている浅野に気づかずに一度通り過ぎ、再び元の道に引き返して行きます。危ういところを逃れた浅野は生け垣から抜け出して、沖田が去って行った道の様子を窺い、その反対側に逃れようと振り向いた瞬間、そこに立っていた斉藤に気づきます。呆然と立ちつくした浅野は、へなへなとその場にへたり込み、両手をついて許しを乞う姿勢になります。それを見ていた斉藤は刀も抜かずに、「行け。」と静かに告げます。それを聞いて訝しげに斉藤を見つめる浅野に、「消えろ。」と重ねて言う斉藤。浅野は、事の意外さにしばらく斉藤を見つめていましたが、すぐに気を取り直して京の町中へと消えていきます。
一方、捕まった周平。周平の周りには井上と藤堂、大石の外に、沖田も戻ってきています。「周平は、浅野に無理矢理引きづり込まれたんだ。」と訴えるように言う井上。「逃げる気なんて、なかったんだろう。」と聞いてやる藤堂。それに「私は、ただ浅野さんに荷物を届けに。」と答える周平。「全ては浅野だ。捕まったときに周平が居れば、見逃してもらえると思ったんだ。」と沖田に向かって言う井上ですが、沖田は憮然とした様子で聞いています。そこにやってきた斉藤が「浅野は死んだ。」と告げます。「斬ったんですか。」という沖田の問いに「ああ。」と答え、「死体は!」と意気込んで聞く大石に「鴨川に落ちた。」と嘘を言います。それを疑わしげに聞いている沖田。「そういう訳で、周平は許してやってもらえないか。この一件は、我々の心の中だけで止めておこう。」と言う井上の言葉を聞いて、沖田はいきなり周平を殴りとばします。「隙があるから付け入れられるんだ。」「済みません。」という周平の胸ぐらを掴んだ沖田は、「お前がいつまでも駄目だから、みんなに迷惑を掛けているんだ。なぜ、もっと頑張ろうとしない。なぜ、全力を尽くさない。」「やってます。」「やってたら、とっくに腕が上がっているだろう!」「私には...、私には無理なんです!」「甘えるな!」と周平を突き飛ばす沖田。沖田はさらに周平に掴みかかり、「お前は、近藤家の跡取りだろう。なぜ、もっとぶつかって行かない。なぜ、精一杯生きようとしない。」と言って周平を二度、、三度と殴りつけます。ついに見かねた藤堂が、「沖田さん!沖田さん!」と止めに入り、「皆が皆、あなたみたいな人じゃないんです。いくら頑張っても、上達しない人だって居るんだ!」と泣き叫ぶ様に言って、沖田を周平から引き離します。沖田にすれば、後がない自分の代わりに周平を一人前にしようと焦り、藤堂にすればかつて沖田に対して抱いたコンプレックスを周平の中にも見たのでしょうね。ひたすら哀れなのは、近藤家の跡取りになったばかりに、自分には全く欠けている物を求められてしまう周平でした。井上は、座り込んで涙ぐんでいる周平に近づいて肩を抱き、「ほれ、しっかりしろ。」と子供を元気づけるように言葉を掛けてやります。「私は、駄目な男です。何をやっても。」という周平を井上は抱きしめてやり、「そう決めつけるな。まだ始まったばかりじゃないか。まだ。」と優しく言ってやります。そこに、近藤がやってきます。冷然と周平を見下ろして「話は、お幸から聞いた。」と周平に告げます。それを聞いた沖田は、「先に帰ってますね。」とその場を去り掛けますが、斉藤の横まで来たとき、「なぜ、浅野を逃がしたんですか。」と低い声で斉藤に尋ねます。「浅野は死んだ。」とあくまで言い張る斉藤に、「いいえ、今夜のあなたには殺気がない。」と言い残して去っていきます。その後を追って帰る大石。沖田に全てを見透かされている事を知った斉藤も、屯所へと帰って行きます。
後に残った、近藤、井上、周平、藤堂の四人。「この隊を脱した者は、いかなる場合でも切腹というのが我らの取り決めだ。」と静かに周平に告げる近藤。「はい。」と答える周平に「それが我が子であろうとも、例外は認めない。」と厳然と宣言する近藤ですが、その横から井上が「周平に、新選組を抜ける気など、さらさらありませんでした。」と弁護してやります。藤堂も「全ては、浅野薫の仕業です。」と続けますが、「言い訳は無用だ。」と厳しくはねつける近藤です。それを聞いた井上は、周平に向かって静かに「そういう事だ。周平、諦めろ。」と告げます。井上は、何も言えずただ呆然としている周平の横に立って、刀を抜き放ちます。介錯をするつもりかと思いきや、刀を裏返し、峰打ちで周平の肩を叩きつけます。思わず前のめりに倒れ込む周平。「何の真似だ。」と言う近藤に対して、井上は「近藤周平は死にました。」と答えます。「ふざけるな!」と怒鳴る近藤に、井上は負けずに「近藤周平は死にました!」と叫び返します。あっけにとられている近藤に向かって井上は手を突き、「近藤家との養子縁組、本日をもって取り消してはもらえないでしょうか。明日より周平は、谷昌武に戻ります。そして、私が責任を持って鍛え上げ、必ずや、必ず立派な武士にしてみせます。近藤先生には、そのとき改めて、近藤家に養子として迎えてやって欲しいのです。」と懸命になって訴えます。黙っている周平に向かって井上は「お前からも。」と命じ、それに答えて周平も「お願いします。」と近藤に頭を下げます。「局長!」と頭をさける井上と、「どうか、もう一度だけ、周平に機会を与えてやって下さい。」とやはり頭を下げてお願いしてやる藤堂。その三人の姿を見て近藤はついに「判った、縁組みを取り消そう。」と同意してやります。「ありがとうございます。」と代表して礼を言う井上。近藤は、平伏している周平を起こして「しかし、一つだけ言っておく。周平の名は、我が近藤家にとって由緒あるもの。そうたやすく、付けたりはずしたり出来るものではない。周平の名は残す。明日からお前は、谷周平と名乗れ。」と命じます。「そして、早く一人前になれ。周平、俺はお前を信じている。」と言ってやります。その言葉に、思わず泣き出す周平と、感激してもらい泣きする井上と藤堂。
浅野の脱走については、以前にも書いたように事実ですが、実際に脱走したのはもう少し後の事で、伊東が御陵衛士として分離独立した後の事です。無論、周平を誘い出したという事実はなく、新選組を抜け出したいと伊東を頼って行ったのでした。なぜ彼が新選組を抜けようとしたのかは定かではありませんが、伊東は彼を土佐に落とすべく匿っていたところ、何を思ったのか浅野が近藤を説き伏せてくると行って屯所へ出かけます。そこで沖田に捕まって、桂川に連れ出されたあげく斬り捨てられたのでした。また、西村兼文の新撰組始末記では、浅野が新撰組を脱退した後に、市中で新選組の名を騙って金策をした事が知れたため、やはり沖田によって斬り捨てられたとあります。いずれにしても、浅野は沖田に斬られたというのが定説になっているようですね。これからすると、このドラマでもこの後浅野は、沖田に見つかって斬られる展開になるのかもわかりませんね。
また、周平が養子縁組を解かれたのも事実です。その時期ははっきりしませんが、1867年(慶応3年)6月10日に幕臣に取り上げられた際にはまだ調役「近藤周平」となっており、このドラマの時期より後の事であったことは間違い無いようです。そして、鳥羽伏見の戦いが勃発する直前の12月頃には谷周平になっており、この半年の間に養子縁組が解消されたようです。その理由ははっきりとは判らないのですが、一説には周平が酒色に溺れるようになったために近藤があいそを尽かしたのだと言い、また別の説では、近藤自身に男の子が生まれたためではないかとも言われていますす。しかし、本当の理由がどうだったかは良く判っていません。また、「周平」の名を残した事は確かな事実ですが、それもなぜなのかは判っていません。でも、このドラマを見ると、もしかしたらこんな理由で周平の名を残したのかなという気にもなってきますね。
お幸の看病をしている房吉。そこへ、近藤が入ってきます。「近藤先生がお戻りです。」という声にお幸が目を覚まします。身を起こして「周平さんは?」と近藤に聞くお幸に、「全て上手く収まった。」と答えてやる近藤。安心したように微笑むお幸を寝かしつけて、近藤は「ゆっくり今夜は休みなさい。」と優しく言ってやります。「心配欠けて、済みません。いっつも、迷惑掛けてばっかりで。」と言うお幸を、近藤は優しくじっと見つめています。そこへ、「失礼いたします。」と尾形がやってきます。「いったい、どうした。」「ただいま、松平容保様よりお召しがあり、急ぎ会津本陣まで参れとの事です。」と近藤に伝えます。
会津本陣を訪れて容保に拝謁している近藤ですが、「上様が?」と驚いた様子です。「この20日、大阪城にて、ご逝去あそばされた。」「信じられません。」「余も同じ思いじゃ。まだ21という若さだと言うのに。」第14代将軍家茂は元々病弱な人で、度重なる上洛や長州征伐など様々な重圧に晒されているうちに健康を失い、ついに帰らぬ人となってしまったのでした。その清潔な人柄は、多くの人に愛されていたと言います。「お悼わしゅう存じます。」「この事、くれぐれも漏らすな。幕府の中でもまだ、ほとんど知るものは居ない。」「かしこまりました。」「長州攻めに加わっておる、兵達の志気に関わることじゃ。」家茂の死は極秘事項とされており、実際に近藤に知らされたのはもっと後のことだったでしょうね。「しかしながら、将軍家にはお世継ぎが居られません。いったい、どなたがお継ぎになられるのですか。」「おそらくは、一橋慶喜公が継がれることであろう。帝の信任厚い慶喜公なら、公家達も安心のはず。ただし、あの方は、才気には満ちあふれておるが、それ故、理に走りすぎるところがある。それだけが気がかりじゃ。」
「余は、将軍にはならん。」と容保と定敬の兄弟なに向かって宣言する慶喜。「しかし、一橋様の外に、ふさわしき人物はおりません。」「私も、兄と同じ考えです。」「ここは、焦らすのだ。公家や老中がいくら甘い事を言っても、ひたすら断り続ける。そして、あやつらが、心の底から予の将軍職を願い、こぞって頭を下げて来たところで、ようやく引き受ける。それだけ恩を作っておけば、その後も予の思い通りに政を動かせるというものである。どうじゃ、余の言うことに間違いはあるか。」「いえ、ありませぬ。」「これからは、予が時代を動かす。薩摩や長州の思い通りにはさせん。」
慶喜が将軍職を素直に引き受けなかったのには、幕閣から慶喜が全く信用されていなかったという事情があったようです。慶喜は、元々14代将軍の座を巡って家茂と争った事があり、幕閣からは何かにつけて謀反を起こし、将軍職の座を奪い取ろうとしていると疑われてきました。そして付いたあだ名が「二心殿」です。また、京都朝廷に近すぎるとして、幕府を滅ぼそうとしているとまでも言われていたようです。これほどまでに幕府内部での評判の悪かった慶喜ですが、その一方でその才気は家康の再来と恐れられる程に優れたものがあり、結局この時期に将軍職の座に耐えうる人物は慶喜以外には居ませんでした。ドラマにあるように将軍職に就く事を断り続ける事で、慶喜にとって有利な政局が開けるという見通しは十分に成算のあるものだったのです。慶喜は、この後とその優れた才気を発揮して複雑にからみあった幕末の政局において様々な駆け引きを行っていくのですが、あまりに才走った行動は周囲から理解され難く、殊に一本気な容保にとっては理解不可能な存在となって行ったようです。後に百才あって一誠なしと言われた原因は、このあたりにあったようですね。
お幸の元に戻って看病している近藤。お幸を見つめる目は優しいです。しかし、世の行く末を思うとき、いつしか厳しい目つきに変わっていきます。夜空を見つめる近藤の胸に去来するものは、一体何なのでしょうか。
この項は、新人物往来社編「新選組銘々伝」、「新選組資料集」(「近藤、土方、沖田の手紙」「新撰組始末記」)別冊歴史読本「新選組の謎」、文藝別冊「新選組人物誌」、子母澤寛「新選組始末記」、永倉新八「新撰組顛末記」、木村幸比古「新選組日記」、司馬遼太郎「最後の将軍」を参照しています。
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コメント
なおくん、こんにちわ!
新選組、お好きなんですね。
うちの旦那さんも好きですよ。
先週の日曜のテレビは見ましたけどね。
歴史が好きな人は羨ましいです。
地理とともに社会音痴な私です(苦笑)
投稿: うさうさ | 2004.10.07 17:11
うさうささん、コメントありがとうございます。新撰組!は歴
史ドラマとしてだけでなく、三谷ドラマとして楽しんでいま
す。歴史と言えば、山口も歴史の宝庫ですよね。20年近く前
に行ったきりですが、秋の山口路は素敵な所でした。また、い
つか訪れてみたい土地の一つです。
投稿: なおくん | 2004.10.07 19:29
keyfordです。先週、局長不在まま土方の言とその法度に従い河合を死なせてしまいました。今週は局長直々に例外は許さないと言いながらも源さんがガンバって周平を救いました。局長の命に背けるのなら河合も助けられたろうにと思うのであります。そして山南の死が無駄になったと。
夕べBSで昭和41年の「燃えよ剣」観ました。池田屋までを描いてましたがモノクロがかえってリアルで面白かったです。きのうの局長役がわたしのイメージには近いかな。
投稿: keyford | 2004.10.07 19:37
keyfordさん、コメントありがとうこざいます。おっしゃるとおり、同じ谷兄弟でも兄の方は問答無用で処断し、弟の方は情にほだされて甘い処分で済ませてしまうと矛盾した展開になっています。史実とのからみで仕方の無い部分もありますが、好かれている隊士には甘く、嫌われている隊士には厳しくという具合に、法度を自在定規に使っているという印象は免れないですね。ただ、その代わりに、斉藤や周平、井上、藤堂といった人物の内面を掘り下げている事で、ドラマとしては深みを出しているとも言えるかもしれません。私としては、やはり近藤をあまりにも良い人と描がこうとしている事がそもそも無理な事であって、このドラマ全体の歪みを招いている一番の原因だろうと思っています。面白いドラマなのに、その点だけが残念ですね。
BSの「燃えよ剣」は、残念ながら見逃してしまいました。録画しておこうと思っていたのに、予約するのを忘れてました...。
投稿: なおくん | 2004.10.07 20:25
keyfordです。大河では局長がいないときに悲劇が起こります。なおくんの言われるように良い人のまま描ききるのでしょうね。油の小路はどう終えるのでしょうか。夕べのBSは三船敏郎の新選組でしたが三船局長は自ら伊東を斬りました。当時の豪華キャスト揃い踏みでしたが、人の良さそうなぽっちゃり顔の小林圭樹の土方は異議ありといった感じでした。
投稿: keyford | 2004.10.08 19:19
keyfordさん、こんにちは。近藤は一廉の人物であった事は確かだと思うのですが、同時に多くの欠点も持っていました。よく汚れ役は土方で、近藤はよい人を演じていただけという言い方をされますが、実際には近藤自ら手を下した事件も数多くありますし、永倉達が反発したのも近藤自身の思い上がりに原因がありました。それを無理に周囲のせいにしようとするから変に歪んで来ているのであって、等身大に描いた方がよりリアリティさが出てくると思うのですが。その分、周囲の人物が引き立って面白くなっているとも言えるのですけどね。油小路事件については、正直不安な気がしています。またぞろ、近藤は妙な妥協をし、大石あたりが独走して事件を起こしたというような結末になるのではないかと...。史実と比べてどうと言う事ではなく、ドラマとしての完成度を損ねているという意味において、残念な気がしています。
投稿: なおくん | 2004.10.08 21:16