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2004.10.04

新選組!31

新選組! 第39回「将軍、死す」

所在なげに廊下を歩いてくる谷三十郎。すれ違った土方と沖田に会釈をしますが、全く無視されてしまいます。黙って去っていく三十郎。その後ろ姿を見送りながら沖田が土方に向かって話しかけます。「谷さん、河合の介錯をしくじってからずっとちあんなふうですね。」「元々肝の据わらないやつだったが、あれですっかりばれちまった。」とすげなく答える土方。

屯所の一室に集まっている谷三兄弟。長兄の三十郎が弟たちに語りかけています。「新選組を離れる事にしたぞ。」という兄の言葉に「えっ!」と驚く万太郎と周平。三十郎は「近藤や土方達とは、志を一つに出来ん。わしの思っていた新選組と実際に、かなりの隔たりがあった。江戸へ行ってみようと思う。」と続けますが、万太郎は「しかし、兄上!」と危惧している様子です。三十郎は、それを聞き流して、「もちろん、おまえ達も一緒だ。昌武、近藤家との養子縁組も、今夜をもって終わった。明日から、谷昌武に戻りなさい。すぐに支度をするように。」と弟達に言い渡します。しかし、周平はなにやら不満の様子です。「近藤先生にはなんと?」と聞く万太郎に、三十郎は「そもそもこちらから入ってやったのだ。辞めるときにいちいち断る筋合いは無い。」と尊大に答えます。その二人のやり取りに周平が「兄上。」と割り込んできます。「私は、残りたいのですが。」と言う周平の言葉に、意表を突かれたように驚く三十郎。「近藤家の、立派な跡取りになりたいのです。私を養子に迎えてくれた、近藤先生のご恩に報いたいのです。」と思わぬ弟からの反発を受けて、「昌武...。」と絶句する三十郎。「私は、近藤周平です。」と兄に対して絶縁宣言をしたも同然な周平でした。

近藤局長に報告をしている山崎。土方も同席しています。「まず三十郎が旅支度を整え、一刻ほど前に屯所を出て行きました。その後、時をおいて万太郎が。おそらく、どっかで落ち合うようです。」もう谷兄弟のはかりごとは、ばれてしまったのですね。「周平は?」と聞く近藤に、山崎は「周平さんは残ってはります。」とこれは「さん」付けで答えます。ちゃんと、脱走者とそうでない者は区別しているのですね。「どうする?」という土方の問いかけに近藤は、「考えるまでも無い。」と落ち着いた調子で答えます。「良いんだな。」という土方の念押しに、「周平の身内であろうと、例外は認めん。」と冷然と言ってのける近藤。頷く土方。

近藤の部屋に周平が来ています。「良く残ってくれた。」という近藤の言葉に、「私は、近藤家の人間です。」と健気に答える周平。「この隊を脱した者は、連れ戻して処罰をするのが我らの掟だ。辛い思いをさせる事になるが。」という近藤の問いかけに「心得ております。それに、悲しくはありますが、辛くはありません。」と決然と言い放ちます。よくぞ言ったというふうに頷いてやる近藤。

朧月夜の京の町で、人待ち気な様子の旅姿の三十郎。槍術師範頭らしく、槍を持っています。どうやら万太郎を待っているのですね。それを物陰から見張っているのは、島田と斉藤でした。しかし、この三十郎、これから逃げようというのに、いくら何でも目立ちすぎではないですか。斉藤達のところにやってきたのは浅野。「万太郎は、こっちに向かってます。」彼も監察として万太郎の方を見張っていたのですね。「待つか?」という島田の問いかけに、「いや、一人づつだ。」と答える斉藤。島田は、浅野を促して、谷の背後に回るつもりの様子です。ゆっくりと、谷に向かって歩き出す斉藤。それを見て、驚愕する三十郎。反対側から、島田と浅野がやってきました。挟み撃ちに合って覚悟を決めたのか、、三十郎は槍の穂先の鞘を抜いて構え、斉藤に対峙します。それを見て「止めとけ。」と小さく言い放つ斉藤。「抜け!」と叫ぶ三十郎。「俺に斬られるより、武士として誇りある死を選べ。」と言う斉藤ですが、三十郎は構えを崩しません。斉藤は、「あんたに言っても無駄か。」そう言って刀を抜きはなちます。「やーっ!」と突きかかる三十郎ですが、斉藤は難なくこれを交わし、一刀の下に三十郎を切り捨ててしまいますが、その表情はいつになく辛そうです。「後は任せた。」と島田と浅野に言い捨てて、斉藤は帰って行きますが、万太郎が来たらどうするつもりだったのかな。島田は、「誰か来たら教えろ。」と浅野に言って、島田は三十郎の遺体を片づけにかかります。それを見て、なにやらもの思わしげな浅野。

三十郎が死んだのは、1866年(慶応2年)4月1日の事でした。以前にも書いていますが、その死は謎につつまれています。新選組始末記でも諸説掲げられており、その中でドラマのように脱走したとする説は、八木為三郎の回顧談の中に「或いは面白くない事があって脱走したともいわれ」という具合に出てきます。また、隊士絶命銘々禄によると、三十郎は祇園石段下で、背中から胸にかけて一太刀に貫かれて死んでいました。検死に行った篠原がその傷跡を見て、同道していた斉藤に向かって「左お突きさ。君と同じに、左利きの使い手だよ。」と言ったところ、斉藤は「君と同じはよしてくれ。」と笑って答えたとあります。その様子を見て篠原は斉藤が近藤の密命を受けて斬ったのではないかと推測しており、これが司馬遼太郎の「新選組血風録」などで取り上げられ、斉藤実行説が一般的な見方となるようになりました。しかし、その同じ篠原が、近藤が谷を殺さなければならない理由が見あたらないとして、もしかしたらつまらない浪人に斬られたのかもしれないとも推測しており、斉藤説はどこまで信用して良いのか判りません。また、為三郎の回顧録には「病死」とも言われているとあり、谷家に伝わる伝承でも「卒中で亡くなった。」とされていることから、病死というのが最も信憑性が高いように思われます。

「谷万太郎は現れませんでした。どこかで、見ていたのでしょう。」と近藤に報告する島田。「三十郎は見回り中に不逞浪士に会い、斬られた事にします。」という島田の言葉に頷いて「ご苦労だった」とねぎらう土方。島田の言った不逞浪士説は、実は土方から出ていたものなのかも知れませんね。島田が出て行き、後に残った近藤と土方。「と言うことだ。家柄を良い事に局長に取り入って、良い思いをしようとしたつまらんやつだ。気に病むな。」と周平の兄を殺した事を気遣う土方ですが、近藤は「病んではおらん。」と静かに答えます。「周平への当たりが強くならなければ良いのだが。」と周平を気に掛ける近藤に対して「それもあいつの試練だ。」と厳しく言ってのける土方。

このドラマで盛んに家柄が良いとされる谷家は、板倉候に仕える旗奉行だった家で、藩の槍術師範も兼ねていました。確かに悪い家柄ではないでしょうけれども、新選組に入った時点では断絶になっている家ですし、それほど感激するほどの家柄でも無いように思えるのですが、どうなのでしょうね。近藤や土方からすれば、由緒正しい家柄と映ったという事なのかな。それにもし兄が脱走したとなれば、その弟である周平にも累が及ぶのが普通で、少なくとも近藤家の面汚しとして養子縁組は直ちに解消されるのではないでしょうか。実際にも、三十郎の死は万太郎や周平にも影響を与えたようで、やがて周平は養子縁組を解かれ、また万太郎は大阪にあって次第に新選組との交渉を絶って行くことになります。なお、万太郎が隊を脱走しようとしたという事実はありません。道場主でもあった彼は、最初から新選組とは距離を置いた関係にあったようで、隊士とは言っても大阪の屯所にも詰めず、かなり自由な、特殊な繋がり方だったようですね。

1866年(慶応2年)7月区25日、薩摩の霧島。湯治場に龍馬とおりょうが来ています。「京には、いつ戻るん?」「しばらくは戻らんき。」「長州と薩摩と、お米とか武器とか、そう難しい話はもうええ?」「後は、本人同士がなんとかするろ。そこまでは、面倒見切れんき。」確かにこの問題については藩同士の関係に移行しており、龍馬の出番はありませんでした。「ずーっと、龍馬さんの側に居られたらええのになぁ。」と可愛い事をいうおりょうに、龍馬は「おったらええがしゃろ。」と答えてやります。しかし、おりょうは龍馬の気持ちに気づかないかのように、「そうは行かんやろ。うちは、龍馬さんの怪我が治ったら、京へ戻らんとあかんやろ。」と言い出します。「どうしてぜよ。」「そうかてうちは、龍馬さんが手使えんと往生しているで、面倒見てやってと女将さんに言われたから、付いてきたんよ。」と人ごとのように言うおりょうですが、続けて「そや、龍馬さん、この怪我治ったら、またどこぞに怪我したらええんや。」ととんでもない事を言い出します。「おいおい、勘弁してくれよ。」「なあ、そうしよ。うちが鉄砲で撃つから。」と手でピストルを撃つ真似をするおりょうですが、龍馬はそんなおりょうに向かって「そんな事せんでも、おまんはわしの側におったらええ。わしが面倒みちゃる。」と事実上のプロポーズをしてやります。「嘘や。」「はんまじゃき。」「けどおかみさんに。」「言うの忘れちょった。寺田屋のお登勢には、もう手紙で伝えちょるき。」「ほな。うれしいにぁあ。」と龍馬に抱きつくおりょう。「おおおっ。」と龍馬も嬉しそうです。

史実では、龍馬とおりょうの新婚旅行は3月17日から4月12日にかけて事で、このころの龍馬は、6月に長州藩とともに幕府海軍と戦った後、亀山社中の運営のために飛び回っていました。この時期、おりょうは長崎に居ます。また、龍馬は姉乙女への手紙の中でおりょうを妻と紹介し、寺田屋での襲撃の事に触れ彼女を命の恩人としています。また、同じ手紙の中でこの鹿児島旅行について詳しく触れており、塩浸温泉に泊まった事や、ピストルで鳥を撃って楽しんだ事、霧島山に上って天の逆矛を抜いた事などをイラスト入りで紹介しています。この鹿児島旅行は、龍馬の人生の中でも、最も穏やかで楽しい時間だったのかもしれませんね。

以下、明日に続きます。

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