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2004.10.20

新選組!33の3

新選組!33の3  第41回「観柳斎、転落」その3

夜の花街。一軒の店から若旦那風に変装した山崎が出てきます。山崎が別の店の暖簾をくぐると、中には永倉、原田、井上、島田、周平の面々が待っていました。首尾を聞く永倉に、「あの店ではなさそうだ」と答える山崎。話が違うと山崎にくってかかる原田を、なだめる井上。「こうなったら、しらみつぶしに当たるしかない」と言ったのは島田。

とある宿屋。龍馬が廊下を渡って部屋に戻ってきます。龍馬は、部屋の前まで来たとき、様子がおかしい事に気が付き部屋の中の気配を伺いますが、背後の気配に気づいて振り向くと、そこには斉藤が立っていました。とっさの間にピストルを構えていた龍馬に苦笑を漏らす斉藤ですが、「伊東先生が待っています」と静かに告げます。斉藤が障子を開けると、中には伊東と藤堂が座っていました。にっこり笑って、龍馬に会釈する伊東。憮然とした様子で部屋の中に入る龍馬。

見廻組屯所。縁側で、捨助がスイカを食べているところへ、佐々木がやってきます。あわててスイカを置き、佐々木を迎える捨助。「薩摩藩邸に出入りしているらしい坂本龍馬に近づいて様子を探り、逐一報告しろ」との佐々木の命令をかしこまって受け、飛び出して行く捨助。

再び、夜の花街。暖簾をくぐって島田がある店から出てきます。仲間の下に戻った島田を出迎える面々。探し求める相手が見つかったと知り、自分も見てくると行きかける原田に周平が続きます。見つかるなと注意を促す永倉。井上に褒められ嬉しそうな山崎。踏み込みもうかと言う島田ですが、策があると考え深げな永倉が止めます。

龍馬の宿。油断無く外の様子を伺っていた斉藤が、そっと障子を閉めて中に入ります。中では、龍馬がピストルを持ったまま座っている伊東と藤堂の前に立ち、彼らを睨み付けています。「なぜここが判った」と聞く龍馬に、笑いながら「京の動きは全て自分の耳に入る様になっている、あなたが京に入った事もその日のうちに知っていた、殺そうと思えば宿の前で襲う事も出来たのに、こうして膝を交えている事が味方である事の証拠だ」と答える伊東。

ここまで聞いて、苦笑まじりに伊東の前に座り込む龍馬。「自分の思いは、帝を中心にした新しい世の中を作ることにある。機運は高まっており、立ち上がるなら今だ」と語りかける伊東ですが、龍馬はその勢いをはぐらかすように「自分は海援隊を作った。アメリカで言うカンパニーだ」と言い出します。さすがの伊東も、龍馬の話には付いて行けない様子です。「自分はそれで商売をする。金の事なら話は聞くが、難しい話は聞きたくない」と言い捨てて立ち上がりる龍馬。それを遮るように伊東は、「新選組や見廻組が命を狙っている。暫くの間、平助を貸す。北辰一刀流と天然理心流を極めた男だ」と用心棒の押し売りを仕掛けます。「必要ない」と小さな声で断る龍馬ですが、伊東はそれを無視して平助に護衛を命じます。それを受けて立ち上がる藤堂。龍馬はどうにも迷惑極まりないという表情です。

伊東が龍馬の下を訪れたのは、史実でもありました。龍馬が襲われる2日前の事で、ドラマにあるように伊東は藤堂を連れて訪れています。場所は、旅館ではなく、龍馬が下宿していた近江屋でした。西村兼文の「新撰組始末記」によると、伊東は、時勢について語り合った後、新選組や見廻組が龍馬の命を狙っていると警告を発しています。伊東は、こんな町屋にいては不用心極まるとして、藩邸へ入る事を勧めました。このとき、坂本と同席していた中岡慎太郎は伊東に謝意を表しましたが、龍馬は憮然としたままで御礼の一つも言わなかったとされます。伊東は屯所に帰ってから、龍馬は元新選組と言うことで自分を信用しなかったらしい、実に遺憾なことである、と嘆いたとあります。ただし、藤堂を用心棒に付けたという事実はありません。どこかの小説にそういう設定があったような気はするのですが...。

薩摩藩邸で、西郷と会っている武田。「自分は長年に渡り、新選組の軍師を勤めてきた。新選組、そして幕府の戦い方は熟知している。薩摩のためにも、是非とも陣営に加えてもらいたい」と熱弁を振るう武田ですが、「西郷は幕府も新選組も敵ではない、本当の敵は異国だ」と言って相手にしません。武田は呆然としながらも、「逃がした魚は大きいぞ」と捨てぜりふを残して立ち去ろうとします。その武田の背中に向かって西郷は、「会津の軍事について知りたい」と一人ごちるように話しかけます。西郷は、「薩摩と戦う際にどこにどういう陣を敷くか、新選組には通達が言っているはずだ」と謎がけのように話し続けます。「屯所にある」と答えた武田に、西郷は「それを持ってきてもらえば薩摩が面倒を見る」と約束します。武田は、これを聞いて迷いを露わにしながらも、何も答えません。

薩摩藩邸の別室。龍馬と中岡が座っています。そこへ西郷が「遅れて申し訳ない」と大久保と一緒に入ってきます。後藤はと聞く大久保ですが、龍馬はそれには答えず、「薩摩と土佐の正式な話し合いの前に、確かめたい事がある。薩摩は、戦の準備をしていると聞くが」と西郷に話しかけます。「そのとおり」と答えた西郷に、「いったい薩摩は、幕府をどうするつもりか」と問い重ねる龍馬と「幕府をなくそう考えている」と答える西郷。「その為には、戦しかないと考えている」と言う大久保に、「戦は止めよう。相手は腐っても幕府。フランス仕込みの陸軍と、日本一の海軍を持っている。たとえ勝ったとしても、沢山の人間が死ぬ。戦が長引いたら、喜ぶのは、フランスやイギリスだ」と異議を唱える龍馬。「そう言うならどうすれば良いか、何か考えがあるのか」と聞き返す大久保に答える代わりに、龍馬は西郷の目の前に膝を進め、「戦抜きで徳川の代から新しいの世へ、時代を動かす方法がある」と西郷に語りかけます。「そんな事が出来るのか」と疑わしげな大久保ですが、龍馬は西郷に向かって「徳川慶喜に、政権を返上させる」と言い放ちます。「有りえない」とあくまで否定的な大久保。龍馬は「それから帝を中心に、力のある藩が結集して、新しい政府を作る、王政復古だ」と続けますが、「そんな事を徳川が納得するはずがない」と大久保はなおも反論を試みます。「それを納得させる為に、新しい政府に徳川を入れる。それが、土佐の考えだ」と言い切った龍馬を見つめる西郷。彼は、大久保に向かって、「前にも言ったと思うが、この人は、次から次と人の思いつかん事を言い出す」と言った後、龍馬に向かって、「その言葉は受け止めた、政権返上とは考えもしなかった。もう一度、考えてみる」と約束します。頼むという龍馬に、笑って見せる西郷。「後藤達が、吉田屋で待っている」と中岡が言い残して、龍馬と共に出て行きます。

薩摩藩邸の廊下を歩く龍馬と中岡。「倒幕と、はっきり言った。あそこまで、薩摩が腹を決めていたとは。しかし、これで戦も避けられるかも知れない」と嬉しそうな中岡ですが、龍馬は、「いや、おまえは、まだあの男の怖さを知らない」と謎めいた言葉を発します。それを聞いて、怪訝そうな中岡。

元の部屋に残っている西郷と大久保。「この話は、渡りに船。慶喜が、簡単に政権を返すはずがない。王政復古を拒めば、戦を仕掛ける大儀名分が立つ。そのためには、慶喜にどんな事をしてでも受け入れさせてはならない」と西郷。「それなら、坂本龍馬が裏で動き回るのを、止めなければいけない」と大久保。「それにしても、あの男はだんだんと目障りになってきた。良い気風の男だけに、もったいない」となにやら不気味な発言をする西郷です。

このあたりの動きについては、いくら字数を費やしても書ききれない程複雑な事情があるのですが、要点だけを記せば、まずドラマでは坂本と共に不戦論を説いていた中岡は、実は武力倒幕論者でした。中岡は、この年の5月21日、土佐の乾退助と西郷の間を取り持ち、「薩土武力倒幕密約」を締結しています。これは、薩摩藩が倒幕に立ち上がった際には土佐もこれに参加するという盟約で、万が一土佐藩がこれに違背する事があれば中岡が腹を切るとまで言ったとあります。その中岡が、一ヶ月後には、龍馬と共に大政奉還建白を編み込んだ薩土同盟の締結に立ち会っています。彼の主義からすれば一歩どころの後退ではなかったはずですが、これは坂本の説得によるものでした。龍馬は、「仮に大政奉還が実現したとしても、多くの幕臣が納得するはずもなく、結局は武力討伐になるのだ」と言って中岡を納得させたのでした。

一方、龍馬の動きには不可解なものがあります。元々龍馬は薩長同盟の締結を実現させた張本人であり、武力倒幕を指向していたはずでした。ところが、幕末ぎりぎりの段階になると武力倒幕に疑問を呈し、大政奉還による無血革命を目指すようになります。無論、先に中岡に向かって言ったように武力行使を完全に否定した訳ではありませんが、当初の主張とは大きく変わったという印象は免れません。こうなった原因は、どうやら海援隊の結成と関係がありそうです。海援隊は、その前身の亀山社中が主として薩摩の援助を受けていたのに対し、土佐藩を母藩としてこれに全面的に依存する組織となっていました。龍馬としては、いわば海援隊の大株主である土佐藩の意向を無視する事は出来なくなったものと思われ、それまでの薩摩藩寄りの立場を土佐藩側に振らざるを得なかったのではないでしょうか。土佐藩においても幕府の命運が尽きかけている事は判っていたのですが、その情勢下においてもなお関ヶ原の恩義を忘れられず、徳川家の保全を第一とする立場を捨てませんでした。龍馬としては、その土佐藩の意向を最大限に尊重した策を考え出してやったという事なのではないかと思われます。彼にしてみれば、自由に通商が出来る日本を作る事が第一であり、そのプロセスはあまり重要では無かったのかも知れません。

稲荷の祠の裏にある小屋に戻ってきた武田。足取りは重く、元気がありません。座り込んで、着物の手入れをしていると、背後からと声をかけられます。驚いて振り向いた先には、土方と沖田が立っていました。元気かと聞かれて、はいと答えるのが精一杯の武田。

土方と沖田に伴われて、新選組の屯所に戻ってきた武田。廊下の途中でふと気が付くと、大石を始めとする隊士達が、蔑むような目で武田を見上げていました。

近藤の前に、放心したような表情で座っている武田。「なぜ、すぐに京を離れなかった」と土方に問われ、「自分には、自分の志がある。剣の腕ではなく、才覚だけでいずれは天下を動かしてみせると心に決めたのだ」と傲然と答える武田。しかし、「自分は誰よりもあなたを買っていた」と近藤に真っ直ぐに言われ、「申し訳ありません」と心底後悔したような表情になって頭を下げます。しかし、「あなたのために、多くの隊士が死んだ」と言う近藤に、「自分のせいだけではない」と抗弁する武田。「自信を持って言い切れるか」と追求する近藤に、「もちろんだ」と胸を張って言い返しますが、「それなら、なぜ逃げたのだ」と言われて絶句してしまいます。「全ては心の弱さから出た事、自分の身を守る事だけを考えて嘘をつき、周囲を振り回す」とさらに近藤に追求された武田は開き直って、「この期に及んで説教か、早く切腹を申し付けよ、とうに覚悟は出来ている」と言い放ちます。しかし近藤は、「死んでいく者には、説教などしない」と武田に突きつけるように言い、武田の前に歩み寄りながら、「死をもって償う事だけが、武士道ではない。生きる事もまた、償いだ」と語りかけて武田の前に座り込み、「そうやすやすとは死なはしない」と武田の目を見つめながら言います。と近藤を遮ろうとする沖田に、それだけ武田の犯した罪は重かったんだと言って聞かせる土方。さらに異議を唱えようとする沖田ですが、近藤はそれが聞こえなかったように、武田に向かって、生きて誠の武士となるがいいと言い聞かせます。法度を破った相手に何を言っているのかとついに叫ぶ沖田を、たしなめる土方。「今まで死んでいった者はどうなるのか。山南は、河合は!」と叫び続ける沖田ですが、近藤はそれを無視して「今後軍師としては扱わない。一隊士としてやり直せ。そして、二度と隊を脱する事は許さない」と武田に告げます。感極まった様子で、「ありがとうございます。」と答える武田。「もう一度這い上がってこい」という近藤に「ありがとう、ございます。」と言って、むせび泣く武田ですが、憤懣やる方ない様子の沖田は、憤然として出て行きます。「とりあえず風呂に入り、飯を食え」といつになく優しい土方ですが、武田に「ひとつだけお願いがある。一隊士としてやっていくのは構わないが、大部屋だけは勘弁して欲しい」と言われて、思わず「甘ったれるな!」と怒鳴りつけてしまいます。しかし、武田になお「自分は隊士にいたく評判が悪いので、何をされるか判ったものではないのだ」と言われ、土方は困ったように近藤を仰ぎ見ます。それに頷いて同意してやる近藤。

ここの近藤は、格好良いですね。上に立つ者として、十分過ぎるぐらいの厚みを感じます。それに、内心は不満に思いながらも、近藤の意を汲んで調子を合わせてやる土方も成長ぶりが伺えます。ここへ来て、やっと新選組の主導権が土方から近藤に移ったと見て良いようですね。

芳助に給仕してもらって、夢中でご飯を食べている武田。よほどお腹が空いていたのでしょうね。ふと何かを思いついた様子の武田に「すまないが、頼まれ事をしてくれないか。」と言われて「へえ。」と答える芳助。

夜中の屯所。寝ていた武田が目を覚まします。なにやら風呂敷包みを持って部屋を抜け出す武田を付けていく人影があります。夜中の京の町を歩く武田とそれを追う人影。ふと立ち止まった姿は、沖田でした。彼は武田を疑って、じっと見張っていたようですね。武田がやってきたのは、墓地でした。立ち止まって、じっと前方を見つめている武田の背後から、「何をやっている」と沖田が声をかけます。思わず振り向いた武田に向かって、剣を一閃する沖田。武田の持っていた風呂敷包みが斬られ、中から野菜や握り飯を包んだ竹皮がころがり落ちます。それを見て、意外そうな沖田と、急いで拾い集める武田。「人には言わんないで欲しい」と沖田に向かって言う武田。「誰に食べさせるつもりだったのですか。」と沖田に聞かれ、武田が振り向いた先には、河合の墓が建っていました。「さすが金持ちの息子だ。こんな立派な墓を建てもらって。」と言いながら、供え物を並べ出す武田。「いつもお参りしていたのか」「そうでもない」「なぜ、夜中に」「人に見られたくないからだ。柄でもないし。内緒だ」武田にそう言われて、すっかり毒気を抜かれた様子の沖田は、「はい。と素直に答えて刀を納めます。しかし、沖田はなおも「薩摩藩邸から、出てくるのを見たものが居る。裏で薩摩と繋がっているという噂は本当か。」と武田を問いつめます。暫く考えていた武田は、「軍師として雇ってもらう積もりていた。その代わりとして、会津藩の内情を教えろと言われた。しかし、私は、そこまで腐っていない」と正直に答えます。「河合を介錯したのは沖田君だったはず。拝んで行くか」「私は良いです」すっかり肩すかしを食らい、武田の意外な面を知ってどう振る舞えば良いか判らなくなった沖田は、取って付けたように、「火の始末を、忘れないように」とどうでも良い事を言ってその場を納めます。線香の火を吹き消して、「ああ」と答えた武田を残して、去っていく沖田。一人残った武田は、河合の墓に手を合わせますが、その背後から忍び寄る白刃がありました。武田の背後から斬りつけたのは、大石です。他に仲間が数人。衝撃で、前にのけぞる武田。やっとの思いで振り向いた武田は、「ここでは死ねない。近藤局長から貰った命だ。ここでは死ない!」と刀を抜いて、大石達に斬りかかっていく武田。

新選組屯所。廊下を走って、沖田がやってきます。彼が入った部屋には、誠の隊旗の前に横たわった武田の遺体と、その前に座った近藤、背後に控えている土方が居ました。近藤は、武田の顔に、白布をかけてやります。その脇に置かれた、武田の割れためがね。悲痛な表情で、武田を見下ろしている近藤に背を向けながら、「自ら撒いた種だ。しょうがない。」とつぶやく様にいう土方。「ここまでにしよう」と静かに言う近藤に、土方は黙って頷きます。その様子を呆然と見つめている沖田は、今にも泣き出しそうでした。「ここまでに...」と再度つぶやく近藤。

しんみりとした良い場面ですが、武田を殺した犯人は追及しなくても良いのでしょうか。いくら武田に非があるとは言え、局長が許した隊士を勝手に殺しておいて、おとがめなしはおかしいと思うのですが...。史実の武田に関しては以前に書いているのでここでは省きますが、これまでに比べればかなり良い形に描いてもらえたのかなという気がします。従来の武田と言えば、意地悪でかつ威張りん坊、さらには男色家という設定がほとんどで、碌でもない人間というのが通り相場でした。このドラマでも相当にどうしようもない人物ではありますが、ちゃんと実績を上げているところは出ていましたし、何より、不器用ながら一生懸命に生きていこうとする姿が描かれていました。史実とは異なりはしますが、これなら武田に対する見方も少しは変わるのかなという気がしますね。

朝の屯所。廊下を近藤と井上が歩いています。どうやら近藤は、井上に呼ばれて来たようですね。近藤が部屋に入ると、中には永倉、原田、山崎、島田が座っていました。皆の前に座った近藤に向かって、「やっと見つけた」と話しかける原田。「大変でした」と山崎。永倉に声をかけられ、島田が障子を開けた向う側には、一人の女性とその背後に控えた周平が居ました。その女性の顔を見て、「おゆき。」と驚いた様子の近藤。その近藤に、「お幸さんの妹、お孝さん」と説明する山崎。呆然と見つめる近藤に向かって、お幸にそっくりなお孝は、「これはどういう事。はやく帰して。仕事があるのだから。あんた、誰。」と蓮っ葉な調子で言います。唖然として声も出ない近藤を見て、嬉しそうに笑う原田達。

この項は、新人物往来社編「新選組銘々伝」、「新選組資料集」(「新撰組始末記」)別冊歴史読本「新選組の謎」、「完全検証 龍馬暗殺」、子母澤寛「新選組始末記」、永倉新八「新撰組顛末記」、木村幸比古「新選組日記」、小野圭次郎「新選組 伊東甲子太郎」を参照しています。

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