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2004.09.08

新選組!27の3

新選組! 第35回「さらば壬生村」その3

九州の太宰府。「とにかく俺は、長州と薩摩が手を握るしか、道は無いないと思うがよ。」とまくし立てているのは、中岡慎太郎です。この頃、彼は、長州征伐の一環として長州から太宰府に移された三条実美ら五卿に従って、この地に来ていました。「長州と薩摩に手を組ませ、京から会津を追い払う。全てはそっからじゃき。」中岡が話しかけている相手は、坂本龍馬でした。「長州は、桂さんが復帰するらしいの。」と、龍馬はすでに情報を知っているようです。「これからは、やりようなるぜよ。問題は、薩摩じゃき。薩摩、薩摩!」二転三転していた長州藩の内情がようやく落ち着き、桂という代表者が戻ってきた事によって窓口が確立したという事なのでしょうね。実際に桂が長州藩に戻ったのは4月26日の事であり、中岡はその4日後の30日に赤間関で桂と会談しています。

「一編言えば、判からあや。」「どうしたら、西郷の石頭を動かせるぜよ。」「それで、わしを呼んだがか。」「なんとか、俺等の力で、長州と薩摩を結びつけられんもんかと思てのう。なんか、ええ案はないかい。」「無い。」「早いがぜよ!」この二人の軽妙なやりとりは、これからもこのドラマで出てくるかも知れませんね。「無いから、考えるぜよ。あの、西郷吉之助どん、目玉の太いただの暢気なおっさんの様に見えるけんど、実は権謀術数に長けた男と、俺は見ちゅう。」「ほーう。」「薩摩が一番心配なかが、今以上に会津が朝廷を抱え込む事じゃき。そうなったら薩摩は、政に口を挟めんようになる。会津を抑える為やったら、長州とも手を組むはず。」「そんなに、簡単に行くかえ?」「行かん。」「早いがぜよ。」「何かもう一つ考えんといかんき。薩摩が喜んで、長州と手を結ぶ、何かを。」

実際には、中岡は、当初龍馬とは別に行動しており、桂と会談した後に鹿児島へ赴き、西郷と面談して薩長同盟を説いています。一方の龍馬は、この頃の消息は判っておらず、4月の初めに京都に居た事は確かなようです。その後鹿児島を経由して太宰府に行ったのは、5月に入ってからの事でした。そして、中岡とはその翌月閏5月21日に下関で会っています。このとき、中岡は薩長同盟実現のために西郷を桂と会わせるべく下関に連れてくるはずだったのですが、西郷の気が途中で変わって京都へ向かってしまったため、中岡一人が下関に現れたのでした。このため、薩長同盟は破談の危機を迎える事になりますが、ここから龍馬と中岡の二人が協力して薩長同盟の実現へと働きかける事になります。

洛北、岩倉村。捨助が木箱を抱えて歩いてきます。とある門内を覗き、「岩倉先生、いらっしゃいますか。」と声を掛けます。中に居たのは、粗末な着物を着て頬被りをしている岩倉公と西郷でした。二人は、落ち葉焚きをしています。岩倉は返事をせずに、捨助の方を見やります。「長州の、桂先生から預かりものが。」そう言って、捨助は門内に入り、岩倉公の側まで近づきます。「長州の、桂先生からやて。前にも手紙を貰ろた事がある。」そう言いながら岩倉は捨助から木箱を受け取ります。「長州は、なんとか朝廷にすがって、命乞いがしたいんや。」岩倉がこう言っている間、西郷は捨助を試すようにじっと見つめています。「長州も、相当必死のようやな。わしのような落ちぶれた公家にまで、頼ってくるとは。」と言いながら箱を開ける岩倉。「うん?」と言いながら取りだしたのは、折れてしまった桂のはたきできはなく、新しく買い求めた本物のはたきでした。「何やこれは?桂はんが、これをわしに?」と不審そうに捨助に聞く岩倉。「はい。」と元気に答える捨助。「何か、ことづけは無いのか?」「無いですね。」「どういうこっちゃ?」と西郷に向かって言う岩倉は、「判じもんか。これで日本を掃除せい言うのか。けったいな話や。」と半ばあきれている様子です。「それでは、私は失礼します。」と一礼して、門を出て行く捨助。その背後から西郷の声がします。「そげん言えば昔、戦の最中に、大事な密書を短冊に切り、はたきの先に結んで、相手に届けたちゅう話を聞いた事がごわんど。」これを聞いた捨助は、ようやく桂の意図に気付きます。「密書の中身を敵方に知られんようにする、工夫でごわす。」「そんなふうには、見えんぞ。何も書いた気配は無いな。」とはたきを調べる岩倉。「こりゃ、どっから見ても、普通のさい払いじゃ。」という岩倉達の会話を聞いて、自分の大変な落ち度に気付き、しまったという表情で去っていく捨助。岩倉はそのはたきの柄で、落ち葉焚きの中のサツマイモを突き刺し、西郷に差し出します。サツマイモを受け取ったものの、余りの熱さに悲鳴を上げて芋を落としてしまう西郷。「判らん事をしよる。長州もいよいよどうかしてしもたんやないか。」そう言う岩倉に西郷は、「岩倉卿、世の中を大掃除してみる気はごはんか。」とはたきにひっかけて持ちかけます。「したいな~。」と陰謀家と言われた片鱗を見せる岩倉ですが、すぐに「今のわしに何が出来る?やりたいやつが、やってみたらええやないか。あほくさ。」とふてくされてしまいます。

京都御所。御簾越しに孝明天皇に拝謁している会津候。「容保。お前は幾つになった?」「31でございます。」「31?我とそう変わらぬではないか。」「は。」「新選組の、近藤勇とやらは幾つじゃ。」「確か、一つ上の32でございます。」「我と変わらぬ年で、皆も重責を果たしておるのじゃの。あっぱれじゃ。」とお褒めの言葉を頂き、嬉しそうに「はっ。」と答える会津候。配下の近藤までが叡慮に届いている事を知り、彼としても嬉しいのでしょうね。実際にこんな会話はなかったと思われますが、池田屋事件では朝廷から100両が下されており、新選組や近藤の名は孝明帝もご存知だったかも知れません。

西本願寺の屯所。ほぼ作業も終わり、隊士達が酒宴を開いています。近藤を中心に集まっている土方、沖田、永倉、原田、井上達。そこへ、「斉藤君、盛り上がっているか。」と手に銚子を持って入ってきたのは武田と谷三十郎です。声を掛けられた斉藤は、皆から少し離れたところで、一人で飲んでいます。彼等は「おお、いや、いや、いや。」と幹部達の末席に座り、近藤に向かって「近藤先生、奥方様のお名前は、なんとおっしゃいますか。」と聞きます。「うちの妻は、つねだ。」と今さら何を聞くといった調子で答える近藤。「いや、はははっ。」と笑う武田と軽い引き笑いをしてみせる三十郎。「いや、それは江戸に残して来られたお方でしょ。そうではなくて、新しくこの近所に住まわせた、お方でございますよ。」と武田。「知ってますぞ。」と言ったのは三十郎。「お幸だ。」と仕方なさそうに答える近藤。「お幸さん、こりゃ良い名前だ。」と如才のなさを見せる武田ですが、「こちらに、お連れ下さいませんか。」と思わぬ事を言い出します。困ってしまって、言葉が出ない近藤。「連れて来いよ。」と言ったのは土方。「しかし。」と渋る近藤に向かって「みんなもう知ってるんだから。」と薦めます。「お披露目すれば。」と沖田。「呼んで来ましょうか。」と気を利かす井上。しかし、近藤は「自分で行ってくる。」と席を立ちます。

お幸の家。「ご遠慮さして貰います。」と近藤に向かって頭を下げるお幸。「みんな、会いたがっているんだ。」と説得に掛かる近藤。「うちは、新選組の局長はんに呼ばれて、ここに来たんと違います。深雪太夫の時は、皆さんの前に出るのが仕事でした。けど、お幸は近藤先生一人のもんです。先生の気持ちを楽にしてあげるのが、うちの勤めです。晴れやかな場に出しゃばるのは、うちの役目やない。そんな事したら、つねさんに申し訳が立ちまへん。」本妻としてのつねの立場を思いやっているのですね。そう言われては、「判りました。」と答えるしかない近藤。「わがまま言うて、すんません。」と謝るお幸。「それでは、替わりに一つ教えて下さい。初めて私と出会ったとき、京で何をしていたのですか。」とお幸に向かって聞き出す近藤。「人を捜していました。うちには、三つ違いの妹が居るんです。」と話し始めるお幸。「知らなかった。」「十のとき、うちは郭に売られました。そのとき、妹は一緒に大阪の商家に奉公に出されました。妹は、15のときに奉公先の旦那さんと揉めて、店を飛び出したそうです。それ以来、妹の消息は、判らんようになりました。お客さんから、京のどこそこの宿でうちによう似た女が働いていたという噂を聞いて、それだけを頼りに、おなじみさんの配慮で、そっとお店を抜け出し、探しに来てたんです。そないな訳で、先生にもお話する事が出来ませんでした。申し訳ありません。」と頭を下げるお幸。「それで、見つかったんですか。」と聞く近藤ですが、お幸は黙ってかぶりを振るばかりです。近藤は「それでは、隊士を使って調べさせましょう。」と言い出します。「止めて下さい。」「うちの監察には、優れたものが多い。」「新選組の皆さんを、私事に使いとうはないんです。」と分別のあるところを見せるお幸。「あなたの為に探すのではなく、私の為に探すのです。」と公私混同を平然と言ってのける近藤。
「妹さんのお名前は?」「孝と言います。」新選組始末記では、孝は深雪太夫と同じ新町に居た天神又は太夫となっています。近藤は、お幸亡き後、やはり京屋忠兵衛の世話でお孝を身請けしたとされています。同じ始末記の中で語られている別の説では、孝は大阪の曾根崎に居たともされていますね。

八木邸で、八木夫妻と対面している近藤以下、土方、沖田、井上、永倉、原田、藤堂の面々。「もうちょっとおってもええのに。」と源之丞。「ここは、あんさんらにとって、お里みたいなもんや。気が向いたら、何時でも戻ってきなはれ。喜んで、お迎えしますよってに。なっ。」と雅に向かって言う源之丞は、名残惜しそうです。雅も「はい。」と大きくはっきりと答え、気持ちを表しています。「このご恩、生涯忘れはしません。」という近藤の言葉をきっかけに、「有り難うございました。」と一斉に頭を下げる隊士達。それを見た源之丞は涙ぐんでいます。お互いに名残惜しそうな隊士達と八木夫妻。特に、ひでと沖田は格別の思いがある様子です。住み慣れた屋敷の庭を眺める近藤に、為三郎が「近藤先生。」と声を掛けます。「さいなら。」と近藤にあいさつをする為三郎。「さようなら。」と答える近藤。「先生等の事、忘れへんから。」「皆さんの事を、私も忘れません。」そういう近藤に、為三郎は一冊の冊子を手渡します。表紙には、「文久三年年始 おほへ」とあります。為三郎が書き留めた備忘録なのでしょうね。中を見て微笑む近藤。「お前が書いたのか。」「はい。」近藤はさらに続きを見て、「おほへ」を為三郎に返し、頭をなでてやります。嬉しそうににっこりと笑った為三郎は、深くお辞儀をし、家の奥へと去っていきます。あの「おほへ」が後に新選組始末記に生かされるという設定なのですね。近藤の脳裏に、八木家での出来事が蘇ります。最初にあいさつをした日、箒をさかさまに立てられた事、ひでと沖田の出会い、相撲興行、八・一八の政変の夜、池田屋事件の日に背中を押してくれた源之丞。八木家の玄関の箒は、今では普通に立てかけられてありました。

この項は、子母澤寛「新選組始末記」「新選組遺聞」、別冊歴史読本「完全検証龍馬暗殺」「坂本龍馬と沖田総司」を参照しています。

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