新選組!25
新選組! 第33回「友の死」
山の斜面一杯に咲いた黄色い花を摘む明里。それを優しく見守る山南。「見て、見て。」両手に持った花を明里が山南に見せます。「何の花か知ってますか。」「菜の花。」「菜の花は、まだ咲かない。」「咲くよ。」「もっと、暖かくなってからです。」「けど、咲く事もあるやろ。」「ないですね。これは、水仙です。」「水仙?」「菜の花は、もっと黄色くて、花も小さいし、葉の形も違う。何もかも違う。」花を巡る何気ないやりとりですが、これが後で重要な意味を持ってきます。野育ちの明里は自分で実見した事を言っているのですが、山南は本で得た知識を語っています。「うちは、何を見ても菜の花に見える。」本筋には関係ないのですが、この場面を設定する時に、寒い時期に咲く黄色い花として水仙が選ばれたそうですね。この水仙の原産地は地中海沿岸で、平安時代末期に日本に渡来したとされます。日本に多いのは「寒咲き日本水仙」で、主として海岸沿いに自生していますが、この花は花弁が白で副冠が黄色いのが特徴です。番組に出て来たような全てが黄色という花は園芸品種で、山の中に自生しているという事はなく、誰かがここに植えたという事になるのでしょうね。明里が黄色い水仙を知らなかったのは、貧しい農家に生まれた彼女は畑で栽培されたり野草化した菜の花は知っていても、観賞用の黄色の水仙とは縁が無かったからという事になるようです。
「行きましょう、少し急いだ方が良い。」「そんなに急かさんでもええやん。」「とりあえず、草津までは急ぎましょう。」「あわてん坊やな。」山南としても、無事に江戸まで行きたいという気持ちはあったようですね。あるいは、明里に富士山を見せてやるという約束だけは叶えてやりたかったのか。ところが、明里は座り込んでしまいます。「どうしました?」「お腹減った。」困ったような、あきれたような山南。しかし、すぐに優しい顔に戻ります。
馬に乗りながら、ほとんど人が歩くのと変わらないくらいゆっくり進む沖田。「草津から先は道が二つに分かれている。東海道と中山道だ。そこを過ぎると、連れ戻すのは難しい。」出発前の近藤とのやりとりが蘇ります。「行かせてあげましょうよ。山南さんには、山南さんの考えがあるのだから。」「勝手に隊を離れてはならん。それが法度だ。」「じゃあ、法度に背いた山南さんは、切腹ですか。」「あの人もそれは覚悟の上のはずだ。」「本気で言っているんですか。ずっと一緒にやってきた仲間じゃないですか!」「総司、俺が何故お前を行かせるか、その意味を良く考えてみろ。」と近藤。「新選組局長である以上、逃げた隊士を見逃す訳にはいかん。しかし、見つからないものはしょうがない。草津まで行って、山南さんに会えなかった時は戻ってこい。」近藤の意図する所が判って、晴れ晴れとした顔になる沖田。「行け。」念を押すように近藤は出発を命じます。
山道の脇にある茶店で休む、山南と明里。団子を食べています。「食べへんの?」「いや、私は。」内心、苛立っているような山南。早く先に進みたいのでしょうね。「一個だけ食べたら。ええよ、ぱっと口で。」山南は仕方なく、団子をほおばります。武士としてはあるまじき、はしたない姿ですね。「おいしい?」「ああ。」「串団子って、五つ付いてるやない。はじめの二つは楽に取れるけど、3つめになると段々難しなるやん。奥の方にあるから、串が喉に刺さりそうになるな。」と串の先から口の中に入れて「うぇっ」となる明里。「先生は、どうやって食べる?」「いや、考えた事も無かったのだが。」「ふふふっ」「どうした。」「先生でも、知らん事あるんやなって。ほな、うちが教えてあげる。」と楽しそうな明里。「お願いします。」と頭を下げる山南。「初めてやね。うちが、先生にもの教えるの。」「団子が、奥の方にあって食べ辛ろうなったらな。」と明里は串を逆さまに持ち、反対から団子を食べてしまいます。得意そうに山南を見る明里。「なるほど。」と心底感心したような山南。武士としての教育を受けてきた山南には、思いも付かぬ発想だったのでしょうね。明里と居ると、こういう新鮮な発見があるのが楽しいのでしょう。あるいは、今までの世界を捨てた事で、山南にも新しい世界が広がったのかも知れません。「お茶、もろて来てあげるね。」と座をはずす明里。一人になった山南は、予感がしたのでしょうか、来た道を見やります。そして、馬に乗りながら、のんびりと周囲を見ながらやってくる沖田に気付きました。一瞬とまどいを見せ、瞑目する山南。やがて、全てを諦めたかのように微笑を漏らし、意を決して立ち上がります。往来の真ん中に立ち、向こうからやってくる沖田に向かって、「沖田君、ここだ!」と叫びます。その声に驚き、とまどいを見せ、馬を止める沖田。なんでと言いたげな表情が切ないですね。
この山南の逃避行は、山南にとって一種の運試しだったような気がします。明里を無理にせかせるでもなく成り行きにまかせ、追っ手に見つかればそれまでの事、上手く逃げおおせる事が出来れば江戸で二人で暮らす。かなり分の悪い賭ですが、それが山南の心境だったのでしょう。また、追っ手が沖田でなければ山南はどうしたでしょうか。相手によっては切り伏せてでも逃げたのか、それとも茶店の奥に隠れたのか。少なくとも、相手が沖田なればこそ、堂々と呼ばわったのでしょうね。もしかすると近藤の思いやりは、返って仇となったのかも知れません...。
大津の宿で一泊する山南と沖田。脱走した山南を沖田が馬で追い、大津で追いついた事は「新撰組顛末記」や「新選組始末記」に出て来ます。顛末記では単に追いついたとあり、始末記では宿を取っていた山南を見つけたとあります。また「新撰組顛末記」では直ちに連れ帰ったとありますが、「新選組始末記」では、翌朝早朝に出立したとあり、一泊して帰ったという事になりますね。それから司馬遼太郎の「燃えよ剣」では馬で追った沖田が、大津の茶屋でくつろぐ山南から声を掛けられ、その後すぐに連れ帰るには忍びずに一泊して帰ったという設定になっています。このドラマでも、この小説のシチュエーションを踏襲しているのですね。
沖田と山南の会話。襖にもたれながら、山南を見ずに沖田が言います。「色々あったの知ってるけど、逃げる事ないじゃないですか。卑怯ですよ、そんなの。」「確かに、卑怯かもしれないな。」山南を横目で見るようにして沖田が聞きます。「一番の訳は、何なんですか。」「強いて言えば、疲れた。」「そんなの、みんな疲れてますよ。こっちに来て働き詰めだし、駄目だよ、そんなの。言い訳になりませんよ。」と沖田は腹立たしそうに言います。彼は、山南の言う疲れを肉体的なものと解釈し、心の深い場所にある絶望を伴った疲労感を理解することが出来ないようですね。「怒られてしまった。」山南も、今さら沖田に説明する気もなかったのでしよう、沖田の言葉をそのまま受けてやります。「山南さん、こうなったらもうしょうがないですから、このまま江戸に行って下さい。私と会わなかった事にして。」と沖田は山南に迫ります。これは、近藤や土方も同じ思いでした。沖田なればこそこの二人の思いを伝える事が出来る、そのために近藤は沖田を追っ手に選んだのです。「それは出来ぬ。」「それしかないですよ。」「こうして君と会ってしまった以上、もう私は逃げるつもりはない。」賭けに破れた以上、じたばたせずに運命に従おうとしているようです。「駄目ですよ。」沖田は山南の翻意を促そうと懸命です。「私は法度に背いた。それがどういう事か、よく判っている。」「戻ったら、切腹しなくちゃいけないんですよ。」黙ってうなずく山南。「駄目だよ、そんな。だって、誰もそんな事望んじゃいないんだから。」言外に、近藤や土方の意思を伝えようとする沖田。それが判っているのか、山南は表情を消したままです。「お先に、お湯頂きました。ものすごう、気持ち良かったよ。」と明里が部屋に帰ってきます。「おにいちゃん、入って来たら?」と沖田に声を掛け縁側に座る明里。「申し訳ないが、暫く二人にさせて貰えないか。」と山南。仕方がないという風に「お湯に入ってきます。」と力無く言って沖田は部屋を出て行きます。
「明里。こっちに座って。」と山南に呼ばれた明里は、縁側から部屋に入り、山南と差し向かいに座ります。「申し訳ないが、私は京に戻らねばならなくなった。」「わっ、急やね。」「富士山は、また、次の折りに。」次など無い事を隠し、明里に言う山南。「仕事?」「はい。」「これから帰るの?」「今夜はここで泊まって、明日の朝戻ります。」「うちは?」「あなたは、付いてくる事はない。」「いやや、うちも戻る。」こういう明里は、やはり可愛いですね。「あなたは、丹波へ帰りなさい。親元へ。」「けど、お店がある。」「妙に感謝されても困るので、今まで黙っていたのですが、私はあなたを身請けしたのです。」やはり、山南は明里を身請けしてやっていたのですね。しかし、身請けされた本人が知らないというのも変な話ではありますが。「身請け?」「もうあなたを縛るものは何もない。」「ねぇ、ね、なんでそないに親切なん?」「おかしいですか?」「おかしいやろ。身銭切って、うちみたいな女身請けして、挙げ句の果てには丹波へ帰れて、どないなってんのん。」確かに、普通では考えられない浮世離れした話ではあります。山南は、明里の手を取り、語りかけます。「私は、あなたに感謝しているです。心の底から。」「嘘や。」「嘘ではない。」「そうかて、うち、何もしてへんよ。」黙ってかぶりを振る山南。山南が最も苦しかった時、唯一の話相手になってくれたのが明里でした。明里の持ち前の天真爛漫な明るさと、芯の強さ、そして可愛らしさが、どれほど山南にとってありがたかった事でしょう。血なまぐさい荒涼とした世界に、平凡ながらも暖かい幸せをもたらしてくれたのが明里でした。明里と居るときだけ、山南は安らぎを感じる事が出来たのです。「訳わからんわ、この人。」山南は黙って明里を抱きしめます。「今度いつ会える?会うてくれるんやろ?そうかて、うちは、あんたのもんや。ほったらかしにしたら、あかんねん。」「そのうち、丹波に遊びに行きます。」「ほんまやな。」と山南を見つめる明里。「ほんまや。」明里の京都弁を真似して答える山南。「うふふ、きっとやで。」と山南にしがみつく明里。「きっと。」と静かな笑顔で答える山南が哀しそうです。
1865年(元治2年)2月23日。山南の命日として記憶される日です。向かい合って座る近藤と山南。近藤は上目遣いに山南を睨み付けています。暫くは言葉を出せない近藤。「どうして戻って来たのだ。なぜ、我らの気持ちを察っしてくれない。」ようやく、絞り出すように、腹立たしげに山南に言葉を投げつけます。「申し訳ありませんでした。」山南は、近藤の気持ちを察しながらも、あくまで脱走した事のみを謝罪します。「悔やんでも、悔やみきれない。」苦い思いを飲み込むように、近藤は続けます。「もうあなたも判っていると思うが、こうなった以上、私はあなたに切腹を申し付ける事になる。」「覚悟はしております。」と穏やかに答える山南。「残念です。」と近藤。暫く無言で向き合う二人。「今日が何の日か、ご存知ですか。2年前のこの日、我らは京に到着した。」偶然ながら、山南の命日と浪士組が京都に着いた日は重なっていました。「そうでした。」「まさか、これほど長い間、京に止まるとは思ってもみなかった。」「私はあなたに出会い、あなたに賭けた。近藤勇のために、新選組のために、この身を捧げてきました。しかし、それはもう自分の手に届かない所へ行ってしまった。ここにはもう、私の居るべき場所はない。」近藤は、洛中の名士としてその名を知られるようになり、今や一人の政客として老中とも対等に話が出来るほどの存在になっていました。また、新選組についても組織は巨大化し、かつての同志の集まりではなくなっていました。今の新選組をまとめていくには土方の方針の方が正しく、また軍略については専門家としての武田が居て、そして政客としての近藤の知恵袋としては伊東が居ました。総長である山南がすべき事は、もう何もなかったのです。少なくとも山南自身はそう感じていました。「こうなる前に、あなたの思いに耳を傾ける事が出来なかった自分を、恥じ入るばかりです。」局長として、部下の思いをくみ取れなかったという責任を感じ、また同志としても思いやりに欠けたという、近藤の心からの謝罪の言葉でした。「その言葉が聞けただけでも、本望です。」山南は近藤の心に触れて救われた気持ちになったのでしょう、悲痛な表情の中にも目は嬉しそうです。居たたまれなくなったように近藤は立ち上がり、障子を開け放ち、山南の背後に背を向けて座ります。局長としては言葉にする事が出来ない、「自分は見なかった事にするから、ここから逃げて欲しい」という近藤勇としての意思表示でした。しかし、その気持ちを知った山南は、自ら障子を閉めてその意思がない事を示し、近藤の前に座ります。そして、沈痛な表情で俯いている近藤に静かに語りかけます。「近藤さん、私はあの日、試衛館の門を叩いた事を少しも後悔していませんよ。」そう言う山南の表情は、静かな中にも覚悟を決めた男の顔になっていました。
「なぜ切腹しなければならないのか。謹慎で十分ではないか。」と土方に抗議する永倉。「隊を勝手に離れた者は、切腹と決まっている。」と平静に言い切る土方。「だけど、山南さんだぜ。」と情に厚い原田。「だからこそ、腹を切って貰わなきゃ困るんだ。ここで山南を助ければ、俺たちは情に流された事になる。それを一度でも許せば、隊はばらばらになる。」感情を抑えた土方の言葉に、原田も黙らざるを得ません。「新参者が口を挟むなと言われそうだが、土方君、厳しさだけが人の心を繋ぎ止めておく方法だろうか。温情を与えるという事も..。」と言いかける伊東。しかし、それを遮るように土方が決然と言います。「新参者は口を挟まないで頂こうか。」山南に対する思いは、自分と近藤にしか判らないとでも言いたかったのでしょうか、土方は伊東を睨み付けます。思わず怯む伊東。「まあ、とにかく、山南総長の処分は、既に決まった事ですから。」と取りなすように言う武田。「局長のお気持ちを伺いたい。」と睨み付けるように近藤を見る永倉。「これは..。」と言いかけた武田を永倉は「うるさい!」と一喝し、「俺は局長の口から聞きたいんだ。」と近藤をみやります。近藤は、感情を押し殺したように静かに語ります。「すでに山南さんは覚悟を決めている。今我らに出来る事は、武士に相応しい最期の場を用意してやる事だけだ。」局長としての重い決断の言葉でした。その言葉を聞き、それぞれに受け止める試衛館の面々。
会議を終え、廊下に出た近藤、土方、井上の3人。その前に、松原、河合、尾関の3人がひれ伏します。「お願いがございます。山南先生をどうか、助けてやって下さい!」「お願いします!私達を採用して下さったのは、山南先生なんです。」彼等の気持ちは近藤には痛いほど良く判っていました。困っている近藤に替わって、井上が彼等をたしなめます。「向こうに行っていなさい!」幹部の決定に隊士が異議を挟む事は、許される事ではありませんでした。しかし、彼等は引き下がりません。「お願いします。」「お願いします。」と口々に叫ぶ松原達。ついに土方が一喝します。「うるせえんだよ、てめえら!一緒に腹切りてえのか!」これ以上の抗議は幹部に楯突いた事になり、彼等もまた処罰の対象となってしまう事になります。切腹と聞いて、黙ってしまう松原達。さすがに、彼等にはそこまでの覚悟は無いのでした。今度は彼等をなだめに回る井上。そんな彼等を、難しい顔で見やる近藤。彼としても言いたい事はあったのでしょうけど、局長である彼が口を開けば取り返しの付かない事になる、それを知っての井上の行動であり、土方の一喝である以上、何も言う訳には行かないのでした。
再び、山南と対峙する近藤。「切腹は、七ツ時にここでと決まりました。」と努めて平静に告げます。「介錯は、どなたに?」「斉藤に頼もうと思っています。」斉藤はよく介錯を努めますが、その腕の良さを買われているのでしょうね。「わがままを言ってもよろしいでしょうか。出来れば、沖田君にお願いしたい。初めて試衛館に伺ったとき、私と試合をしたのが彼でしたから。」新撰組顛末記でも、新選組始末記でも介錯は沖田が努めたとあります。介錯は、最も親しいものが努めるのが通例とされますから、史実においても山南にとって最も心を許せた相手は、沖田だったという事なのでしょうね。
その介錯の指名を受けた沖田は、階段にもたれてぼんやりしています。そう言えば、さっきの会議に沖田は出ていませんでした。近藤、土方の思いやりで、そっとしておいてやったのでしょうか。その沖田を部屋から眺めやる近藤。その気配に気付いた沖田。辛い申し渡しがあった事でしょうね。
土方と対座する八木夫婦。「土方はん。わしはこれまで、あんたらのしはる事には、一切、口出しはせんようにしてました。けどな、今回ばかりは言わして貰います。山南はん、助けてやって下さい。」と源之丞。「それは出来ません。」ときっぱりと断る土方。「悪い人やないです。」と妻の雅。「それは良く知っています。」と土方。「京の町を守るためなら、何をやってもかましまへん。不逞浪士やったら、なんぼでも斬りなはれ。けど、仲間内の殺し合いは、あかん。」と源之丞。源之丞は、元々京都所司代から新選組の宿として協力するよう要請されていたようです。そのためか、京都人にしては新選組に対して「お国のため」だからと寛容だったようです。また、山南についても好意的に見ていたようでした。「親切者は山南、松原」と言われていたように、新選組の中では壬生の人達に評判が良かったのが山南です。新選組始末記には、源之丞は、その最期の日に山南が切腹すると聞いて、急いで前川邸に出かけたとしています。そして、全てが終わった後、あまりの出来事に家には入る事が出来ず、門前でほろりとしながら、息子の為三郎に「あそこの部屋だったそうだ。」と言って、山南が切腹した部屋の出窓もいつまでも見つめていたとあります。「今度で何人目どす。もう、うちから死人を出すのは後免や。」と雅。「山南は、向かいの前川邸で腹を切ります。」とはぐらかす土方。「この村を血でけがすような真似は、して欲しないんや。土方はん、山南はんを死なしたらあかん。」「源之丞さん、それはあなたが言う事ではない。」と土方。確かに、新選組内部の仕置きに、八木家が口だしをすべきではありませんでした。史実でもそういう事はなかったでしょうね。しかし、源之丞の気持ちとしては、前川邸に駆けつけたというのは、なんとか止めたかったからのような気もします。しかし、節度を知る人として、口に出す事は決してなかったと思われます。
山南の部屋の前で、座って番をする島田魁。部屋の中では、山南が河合と尾形を相手に話をしています。「新選組がいつどこで、どのようなお役目を果たしたか、常に書き留めておくようにしましょう。」と山南。「われわれがこの町で、実際にどんな事をしてきたか、それを正しく後の世に伝えるのは大切な事です。」「承知いたしました。」と答えたのは尾形です。文学師範を務めた彼なら適任だったのでしょうけれども、彼の残したものは現在伝わっていません。実際に残したのは、外で番をしている島田であり、永倉でした。彼等の記録により、新選組の正しい姿を知る事が出来るのであり、さもなくば新選組は血に飢えた殺人集団という評価だけが残ったことでしょうね。彼等の功績は大きいとしなければなりません。「それから、河合君、金の出入りは常に事細かく記録しておくように。わずかばかりの貸し借りでも、後で返した返さないで揉めないためです。」「承知。」この河合が残したものではありませんが、慶応3年11月から翌年にかけて新選組の金銭の出入りを記録した「金銀出入帳」というものが現存しています。これは、当時の会計方が残したものですが、これによって新選組の財政状況を垣間見る事が出来ます。一方、山南から諭された河合が後に金銭の出納の不備という失策を犯す事を考えると、なかなか意味深な場面であるとも言えそうですね。
見張りを続ける島田に話しかける永倉と原田。「山南さんの様子はどうだ。」「落ち着いてらっしゃいますよ。とても、これから切腹する人には見えねえ。」と島田。「土方さんがお呼びだ。」と永倉。「俺を?」と不審そうな島田。「ここは、俺たちが見張っててやるよ。」と原田。「でも土方さんに、ここを動くなと言われてますんで。」「だから、その土方さんがお呼びなんだよ。」と原田。「こういう場合、難しいんだよなぁ。」と島田。直接土方から命令されない限り、持ち場を離れてはいけないというのが規則というものでしょうね。「難しくない。早く行け。」と永倉。この3人は友達でもありますから、話はしやすいのでしょうね。兄貴分の永倉に言われて、やむなく去っていく島田。部屋の中では、山南が書き物をしていました。最期の整理をしているのでしょうか、あるいは遺言を書いているのか。障子を開けて永倉と原田が入ってきます。「今しかない、早く逃げろ。」と永倉。「後は俺たちがなんとかする。」と原田。「私は、逃げるつもりはありません。」と山南。「死んではいかん。」と永倉。「私は、罰せられるべき人間です。」と山南。「何馬鹿なこと言ってんだよ。」と原田。「私を逃がせば、今度はあなた方が罪に問われる事になる。」「俺たちの事は良いんだよ。」「あなたを逃がして、私達も逃げる。」と永倉。「それはいけない。」「はやく、島田が戻ってくる前に。」と原田。山南が立ち上がったのを見て原田は嬉しそうにしますが、山南は二人の前で障子を閉めてしまいます。意外そうな永倉。「身勝手と言われるかも知れませんが、あなた方には、これからの新選組と近藤さんを見届けてやって欲しいのです。」と言う山南は、いつもの冷静さを取り戻していました。「幕府はこのまま威信を取り戻すのか、それとも幕府とは全く違う、新しい国作りの動きが起こってくるのか、それは私には判らない。しかし、いずれにしても時代は動く。新選組は、いやおうなく、その渦に巻き込まれて行くでしょう。永倉さん、そのときあなたには近藤局長の側に居てやって欲しいのです。今まで以上に辛い決断をしなければならない時もあるでしょう。原田さん、あなたの底抜けの明るさが、いよいよ必要になって来る。これからの新選組は、ご両人に掛かっている。」新選組総長として、新選組を支える主力となるべき二人を繋ぎ止める役目を果たそうとしたのでしょうね。
新撰組顛末記では、山南を逃がそうとしたのは、永倉と伊東という事になっています。また、新選組始末記では永倉などとなっていて、他にも居たような含みのある記述になっています。どちらも後の事は自分が責任を取ると言っており、共に脱走するとは言っていません。いずれにせよ、永倉は命がけで山南を助けようとしたのですね。そして、それを知っている山南は、従容として切腹の座に就いたのでした。このあたりは、この時分の武士というもののあり方を端的に表しているようです。今の世の中の常識からは、知る術もない世界のようにも思えます。
「俺がお前を?」と寝ころびながら言う土方。「永倉さんにそう言われました。」と島田。「呼んだ覚えはねえな。」とそっけなく言う土方。「おかしいな。」「近藤さんじゃねえのか。」聡い土方は、永倉達の企みに気が付いて、さらに時間稼ぎをしてやろうとしているようです。しかし、武田が余計な事を言い出します。「局長なら、座禅を組んでいらっしゃいますが。」いらぬ事を言いやがるとでも言いたげな土方。「もう一度、永倉さんに確かめてきます。」と不安そうに言う島田に、「島田、思い出した。呼んだのは俺だ。」と呼び止めます。「やっぱりですか。」と嬉しそうな島田。自分の落ち度では無かった事になり、ほっとしたようです。「すまん、ぼんやりしていた。」「で、なんでしょうか。」土方は、どうでも良いような用事を作り出します。「渡したいものがあったんだ。」と立ち上がって引き出しから何かを取り出しました。「俺の実家から送ってきた、石田散薬だ。」と薬袋を島田に手渡します。「で、何に効くんですか。」「何にでも効く。」「いや、しかし、私は身体は丈夫で、風邪一つ引いた事がないですよ。」「これを飲むと、」と言いかけて武田を見やる土方。「背が伸びる。」思わず振り向く武田。「背丈はもう十分ですよ。」と島田。「いや、もう2、3寸は欲しいところだ。いいから、飲んでみろよ。今飲め。」なんとか時間稼ぎをしようと次から次へと話を続けます。「今ですか。」「これは、酒と一緒じゃなきゃ効かねえんだ。八木さんの台所へ行って貰ってこい。」「しかし、」「行け。」不審そうに去る島田。この際、酒を飲まして徹底的に時間を稼ごうと言うのですね。寝転がる土方。そこへ武田が駆け寄ります。「見せて、頂けますか。」彼は背が低い事を気にしていたのですね。武田は、見事に土方の策略に掛かって、石田散薬を手にします。
以下、後半は明日アップします。
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