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2004.08.19

新選組!24の3

今回の新撰組!マイナー隊士の紹介は、加納鷲雄です。ドラマでは小原雅人が演じていますが、彼は、三谷幸喜が主催する東京サンシャインボーイズ出身なのですね。「総理と呼ばないで」や「古畑任三郎」にも出ていたとありますが、残念ながら印象に残っていません。このドラマでは、伊東の門下生の筆頭として、冷静なまとめ役といった役どころのようですね。

加納は道之助とも言い、1839年(天保10年)に、伊豆国加納村で高野伴平の長男として生まれました。高野家は伊福屋という屋号で呼ばれる農家で、後に弟が家督を相続しています。加納は、剣術の真似事をする腕白な少年であったといいます。1853年(嘉永5年)、ペリーが下田に上陸してきます。16歳だった加納は、このペリーの行列を見て「子供心にも憎いやつと観念を起こし、為に伊豆に居ても落ち着かぬので、江戸に出て神田お玉ケ池千葉家に入門いたし、剣術を学び、一人でも報いてみようと感じた」と、後に語っています。

加納は江戸に出て深川に住み、千葉一門の谷兼三、小林権右衛門に剣を習います。しかし、1855年(安政2年)10月2日に起こった地震は深川に大きな被害をもたらし、加納は郷里に帰らざるを得なくなります。郷里に帰った加納は、父の薦めに従って嫁を貰い、容という名の娘をもうけています。しかし、加納の情熱は、妻子を得た事でも変わりませんでした。彼は、妻と娘を捨てて、再び江戸へ出ます。1860年(万延元年)に、加納は千葉栄次郎の門下生となります。そして、間もなく加納は、同じく北辰一刀流の同門の先輩である伊東大蔵と出会う事になります。加納は伊東の経営する道場へ通い、後に「師匠同様に致し居りました」と言うようになります。

1862年(文久2年)、加納は横浜に出来た講武所に入って、剣術、槍術、柔術を習い、翌文久3年に篠原泰之進の薦めに従い、神奈川奉行所の下僚として外国人居留地の警備に就きます。これは、居留地のすぐ側にあって攘夷の機会を待つためでした。翌元治元年に筑波山で天狗党が挙兵すると、彼等が横浜に来襲するのを待ち望みますが、彼等が現れる事はありませんでした。

1863年(元治元年)10月ごろ、加納は伊東から新選組入隊についての相談を受けています。伊東はかつての門人である藤堂から勧誘を受けたのでした。彼が言うには、「新選組は攘夷の魁として結成された集団で、浪士取り締まりは仮の任務であり、近藤を始めとする同志は全て勤王のものである。」という事でした。これに加納を始めとする門弟達は賛意を示し、伊東一門の新選組入隊が決まります。

加納は、新選組では始めは谷三十郎の隊に所属し、1864年(慶応元年)6月の再編成で伍長に昇進しています。その前月、加納は伊東と共に会津藩公用方手代木直右衛門らを訪ね、長州再征の不可を論じています。これは、近藤等の出した長州征伐への従軍の嘆願に対応するもので、早くも伊東と近藤の対立の構造が見えています。翌慶応2年には、尹宮朝彦親王の命を奉じて、近江、尾張、伊勢に赴いています。これを機に、加納は、大和、河内、摂津、和泉、丹後などに出張を命じられるようになります。

1866年(慶応3年)3月10日、伊東甲子太郎は、孝明天皇陵の御陵衛士を拝命し、同志を引き連れて新選組から分離をします。加納もその中の一人でした。高台寺頭塔の月真院に落ち着いて勤王の旗を揚げた御陵衛士でしたが、元新選組であった事が災いし、勤王の志士の仲間からは疑いの目で見られてしまいます。彼等は、長州征伐の寛大な措置を求める建白書を老中板倉候に提出するなど勤王派としての活動を展開しますが、周囲の元新選組隊士に対する猜疑心は強くなる一方で、あせった彼等は身の潔白を証明するために、近藤を暗殺して新選組を乗っ取る計画を立てるに至ります。この情報を新選組にもたらしたのが、伊東の下にスパイとして送り込まれていた斉藤一でした。

御陵衛士の企みを知った近藤達は、逆に伊東をおびき寄せ、これを暗殺してしまいます。伊東の死体を七条油小路の四つ角に放置し、引き取りに来た御陵衛士達を待ち伏せして、四方から襲いかかりました。この油小路の決闘により、藤堂平助、毛内有之助、服部武雄の3人が斬り殺されましたが、加納は重囲を破って脱出する事に成功し、薩摩藩邸に駆け込んでいます。

12月18日、加納は、御陵衛士の残党である阿部十郎、篠原泰之進、富山弥兵衛らとともに、近藤勇を墨染にて邀撃し、命こそ取り損ねたものの、肩の骨を砕く重傷を与える事に成功し、とりあえずは油小路の敵を討っています。

その後、薩摩の大久保一蔵等から江戸の探索を命じられ、三田の薩摩屋敷の焼き討ち事件などについて調べて、京都へ向かいます。この途中、赤報隊に加わっていた篠原と再会し、薩摩藩邸への報告は同行していた武川直枝に委ねて篠原と行動を共にしますが、すぐに引き上げの命が下り、京都へ戻ってきます。2月8日、薩摩藩の伊知地正治から関東地理の案内役及び探索を命じられます。再び江戸へ赴いた加納は、4月4日夜、土佐藩から流山で出頭してきた大久保大和という人物は近藤勇ではないかと思われる、ついては、元新選組の加納と武川に確かめて貰いたいと要請されます。加納と武川が応接所へ赴いて一旦別間から大久保を覗くと、紛れもなく近藤だと判りました。そのあと、改めて加納と武川は近藤と対面し、加納が「大久保大和こと近藤勇、珍しいところで会いましたな。」と声を掛けると大久保の顔色が変わり、「いかにも、久しぶりでござる。」と答えたと言います。正体のばれた近藤は斬首と決まり、板橋で処刑されるに至ります。

その後、加納は戊辰戦争に従軍し、斥候として活躍します。宇都宮から会津まで転戦し、10月下旬、会津の降伏と共に東京へ帰っています。東京で加納は小姓与として薩摩藩に召し抱えられ、深川藩邸の管理を命じられます。明治3年には開拓使に出仕し、同6年に北海道に渡っています。明治10年に西南戦争が起こると、黒田清隆に従ってこれに参戦しています。明治15年には、開拓使の廃止に伴い農商務省に出仕し、札幌勧業育種場などに勤めています。明治19年には役所を辞めて東京に帰り、江東濾水株式会社の取締役を努めました。この間、京都の泉涌寺境内にある戒光寺の旧御陵衛士の墓碑の建立に寄与しています。そして、明治35年10月27日に、東京の自宅にて亡くなっています。享年64歳。

新選組においてはさしたる活躍も見せていない加納ですが、2度に渡って近藤の運命と係わって、最後にはその死命を制したと言って良い隊士であり、その意味からすれば、かなりの重要人物とも言えそうです。今後ドラマの中でこの因縁がどのように描かれていくのか楽しみですね。

この項は、新人物往来社「新選組銘々伝」、文藝別冊「新選組人物誌」を参照しています。

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コメント

初めて書き込みさせていただきます。が、最近お邪魔してました。先日は新選組のコラムを一から通しで読ませていただきました。毎回深さとボリュームのある内容に感心しきりです。大河のあとにこちらを読んで理解を深めているといったところで、マイナー隊士の紹介も毎週楽しみにしています。現在「新選組血風録」を読み返していますがこちらで仕込んだ各隊士の生い立ち、思想などの背景と読み合わせるとさらに楽しめます。書き込みご苦労様ですが頑張ってください。
今日はこちらも見事なねこづらどきでした。

keyford

投稿: keyford | 2004.08.21 22:37

keyfordさん、コメントありがとうございます。このところ毎回いろんなエピソードが凝縮された展開になっていますので、ついあれもこれもと書きたくなってしまいます。そのため、あまりにも長編になりすぎて、さすがにやりすぎたかなと思っていたのですが、こうしてコメントを頂けるとちゃんと読んで下さる方が居ると判り、嬉しい限りです。なにかと的はずれなところもあるかと思いますが、これからもよろしくお願い致します。

投稿: なおくん | 2004.08.21 23:26

こんにちは、keyfordです。わたしとしましては内容充実のねこづらどきさんの長編コラムは大歓迎、待ち遠しい限りなのでご無理のない程度に、ですが、やはり頑張って書き込みをお願いしたいくらいなのであります。これまでは通り一遍の知識でしたがお陰でだいぶ深まってきました。今夜は芹澤、池田屋に次いでの山場となりそうですね。小説などではサラリと流してしまうことが多い場面ですがしっかり見ようと思います。

「ねこづらどき」と打って変換すると「猫面土器」と出ました。これはこれで意味が通じそうですね。失礼しました。

keyford

投稿: keyford | 2004.08.22 16:40

山南敬助の最後は、見応えがありましたね。レビューはこれから書きますが、これでドラマとしてのクライマックスは過ぎてしまったような印象で、視聴者が離れてしまいそうなのが心配です。

「ねこづらどき」については、以前語源について書いていますので、よろしければ参考にして下さい。
http://naokun.cocolog-nifty.com/nekozura/2004/04/post.html
最近は、「ねこづらどき」が検索ワードの上位に位置していますので、どうやらこのサイトを訪れるために検索に掛けて下さる方が多いようですね。本当にありがたい事です。

投稿: なおくん | 2004.08.23 18:37

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