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2004.06.15

新選組!15

新選組! 第23回「政変、八月十八日」

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蛤御門で見せた佐藤浩一演ずるところの芹沢鴨の勇姿、なかなか見事
でしたね。もうじき居なくなると思うと残念です。もっと格好良いところを見
せて欲しかったな。

その芹沢鴨、大和屋の一件で会津藩の意向を受けた近藤に迫られると、
新見錦に向かって、「おまえ責任を取って腹を切れ。」とさらっと言ってのけ
ます。さすがの新見も唖然となっていましたが、腹心の部下に向かってな
んて冷たい仕打ちでしょうか。後でやけ酒を飲んでいた新見の後ろ姿が何
とも可哀想でした。

ドラマでは、責任を取らされた新見が謹慎の上副長に降格となっていまし
た。新見の地位については、永倉新八の「浪士文久報国記事」では副長
と記載されており、(出典は判らないのですが)どこかで降格があったとい
う説がある様です。このドラマでもこのあたりを踏まえての設定のようです
ね。新見は次回で切腹させられてしまう様ですが、彼ももう少し活躍して
欲しかったな。

さて、壬生浪士組が出陣した八・一八の政変ですが、ドラマにあった様に
当時朝廷を牛耳っていた長州藩の追い落としを図った、薩摩藩と会津藩
によるクーデターでした。薩摩藩については長州藩と同じ尊攘派のはず
なのですが、これに先立つ5月20日に起こった猿ケ辻の変をきっかけに
朝廷を追われており、長州藩の独走を苦々しく思いながら返り咲きの機
会を待っていました。そして、「大和行幸」を長州藩による政権乗っ取りの
企みと判断し、このクーデターを会津藩に持ちかけたのでした。ドラマで山
南啓助が薩摩藩は会津藩を利用しているだけではないかと心配していま
したが、その後の経過を見ると事実だったようですね。これを理解出来た
のは新見錦ただ一人。うーん、彼を死なせてしまうのは本当に惜しいです
ね。

蛤御門で活躍した芹沢でしたが、「新選組始末記」に記載されている「騒
擾日記」には、門を守る会津兵の構えた槍の穂先を扇ぎ立て、悪口雑言
を浴びせかけたとあります。これを見ていた会津兵は、その度胸に驚きな
がらも、その態度を「にくさもにくし」と書き記しており、これも芹沢粛清の一
因となったのかも知れません。

その浪士組が守備についた御花畑ですが、京都御所の建礼門の南にあり
ました。元はかなり広かったようですが、和宮降嫁の後に有栖川宮熾仁親
王の屋敷が建てられ、この事変の頃には三分の一程度の広さになっていた
様です。御所のすぐ南に位置していますから、どうでも良い場所ではないと
思われますが、最前線ではなく、後詰めあるいは敷地警備といった役割だっ
た様ですね。近藤達が望んだ華々しい戦いが繰り広げられる位置とは違っ
ていたでしょうけれども、何の実績もない以上やむを得なかったでしょうね。

この御花畑は、約一年後に起こる禁門の変(蛤御門の変)の時には松平容
保が仮本陣として詰める所となります。ここは凝華洞とも呼ばれ、上の写真
は現在の京都御苑にある凝華洞の跡地を示す木柱です。ここには銀杏の巨
木があるのですが、新選組や会津公の活躍を見つめてきた木なのかも知れ
ませんね。

新選組マイナー隊士の紹介は、明日アップします。

この項は、学研「幕末京都」、「血誠 新選組」、新人物往来社゛新選組の謎」
子母澤寛「新選組始末記」、木村幸比古「新選組日記」、司馬遼太郎「龍馬
がゆく」、「王城の護衛者」、「最後の将軍」を参照しています。

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