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2004.06.01

新選組!13

新選組!第21回「どっこい事件」、「どっこい」ってなんだろうと思って
いたのですが、相撲取りの事だったのですね。せっかく舞の海が出
て来たのに、あっさり斬られてしまって気の毒でした。

さて、相変わらず芹沢を貶め近藤を立てる展開が続いていますが、こ
う理不尽な展開が続くと、つい弁護をしてやりたくなります。まず、この
頃増長していたのは芹沢だけではなく、近藤も同じでした。土方、沖
田らが、将軍警護のために上京してきた千人同心の井上松五郎の下
を訪れて、「このところ近藤が天狗になっていて試衛館の一同が困っ
ているので、諫める手紙を書いて欲しい」と頼んでいます。局長となり、
隊士が増えて金回りも良くなり、段々と気が大きくなっていったのでしょ
うか。ずっと後の事になりますが、京都で敗れ、江戸に帰った新選組
は、近藤と永倉・原田が袂を分かって分裂してしまいます。その時も
永倉・原田は、近藤の態度が横柄だと怒ってしまったのですが、その
前兆は既にあったのですね。

また、将軍に対して攘夷実行を迫る建白書を提出していますが、これ
も近藤が単独でやったのではなく、筆頭局長である芹沢以下、隊士
全員の連名で提出したものであり、決して近藤だけが男を上げたとい
う訳ではありません。

さらに、大阪相撲との喧嘩では、ドラマでは芹沢がいきなり斬りつけて
しまいましたが、島田魁の日記では、最初の喧嘩は相手を投げ飛ばし
ただけであり、永倉の日記では2度目の力士との喧嘩があって、これ
も斬らずに殴りつけただけに止めています。その後、力士達が押し寄
せてきて今度は本当に斬ってしまうのですが、この喧嘩の始末をつけ
たのは確かに近藤でした。ただし、自分達の非を認めたという訳では
なく、きっと今夜のうちに仕返しに襲ってくるので、先手を打って奉行所
へ届け出ておくべきだと考えたのでした。届けの内容は、「無法にも多
人数で襲ってきたので、やむなく斬り捨てた。再度襲って来る様なら、
一人残らず斬り捨てる。」というものでした。この手は見事にあたり、届
けを受けた奉行所では、警護の人数を差し向けています。

この相撲取達に八角棒を渡していたのが、大阪町奉行所の筆頭与力
内山彦次郎です。この八角棒は、確かに与力から渡されたものですが、
攘夷の魁となるべくあらかじめ与えられていたもので、この事件の時に
渡されたのではありません。この与力は、この翌年に近藤達によって
暗殺されてしまうのですが、この力士との喧嘩について執拗に近藤に
迫り、京都守護職預の新選組に対して無礼であると近藤が怒り、あげ
くに殺してしまったというのが通説になっています。これに対して、島田
魁の日記では、大阪の与力が不正を働いていると評判になっているの
で、これを調べる為に大阪へ赴いた、となっています。これに符合する
ように、暗殺の後近藤は、「この与力は不正を働き、庶民を苦しめたの
で天誅を加えた」と書いた斬奸状を残しています。どちらが本当だった
のかは、よく判りません。このドラマではどう決着をつけるのでしょうね。

最後のナレーションで、相撲取りと仲直りした新選組は、壬生で相撲
興行を行って評判を得たと紹介していました。実際には、壬生の前に
1863年(文久3年)8月7日に、祇園北林で興行を行っています。こ
のとき、隊士が場内整理にあたり、なかなか好評だったようです。

祇園北林紹介ページ

そして、8月12日に、この興行の礼相撲として壬生での興行が行われ
ました。この間、10日に佐伯亦三郎が斬られ、12日の夜に芹沢が大
和屋を焼き討ちにするのですが、これは次回の展開ですね。

sinsenkumitaiki.jpg

あと隊旗が出て来ましたが、土方が作ったのは赤地に白で誠という字
を書き、下に山形のだんだら模様を入れたものです。これに対して新見
錦が、誠忠という字を書いた隊旗を作れと言っていましたが、これも本
当にあったようです。この誠忠は、精忠浪士組に対応するものだと思わ
れますが、新選組になる前に実際に精忠浪士組を名乗っていた時期が
ありました。前出の井上松五郎の4月4日の日記に書かれています。た
だし、4月8日の日記では浪士組に戻っており、ほんの数日の間の事だ
ったようですね。

隊旗には、このほか、誠の文字を金糸でおどしたものもありました。ド
ラマのタイトルバックに出てくるタイプです。あれも、なかなか格好良い
ですよね。

最後にがんばれ三谷幸喜!フレフレ「新選組!」へのエールの代
わりに、お梅について一言。
このドラマでお梅は前川家に預けられていましたが、なんだか唐突な設
定で、不自然に思っていました。ところが、木村幸比古さんの「史伝土方
歳三」を読んで知ったのですが、お梅を囲っていた菱屋太兵衛と前川家
の当主前川荘司は従兄弟同士だったのですね。実際にお梅が預けられ
ていたという事実はありませんが、少なくともお梅をもてあました菱屋が、
とりあえず従兄弟の前川家に預けたという設定は成立しますね。思わぬ
ところで、三谷ドラマの奥深さを知った次第です。

今回も長くなりましたので、マイナー隊士の紹介は、明日アップします。

この項は、木村幸比古「史伝土方歳三」、「新選組日記」、子母澤寛「新選
組始末記」、別冊歴史読本「新選組の謎」、「新選組を歩く」を参照していま
す。


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コメント

トラックバック感謝です。本来、トラックバックにより、お礼すべきところでしょうが、恥ずかしながら今一よくわからないので、恐縮ですがコメントにより御礼申し上げます。
おまけに、「ねこづらどき」さんのような2万アクセスを超える大ブログさんに、小生のブログのごとき弱小ブログの紹介までしていただき、光栄至極であります。
今回も、相変わらずの行き届いた調査で、着々と小生の新選組関連知識が増大していくことが、たまらなくうれしいです。
なお、「どっこい事件」についてですが、小生の常識から言うと「どすこい事件」であるべきだと思うんですが、これは大阪相撲と江戸相撲(両国回向院)の違いなんでしょうかねぇ?

投稿: 合理的な愚か者 | 2004.06.02 22:55

合理的な愚か者さん、こんばんは。
「どっこい」と「どすこい」についてですが、ウェブ上で検索したところ次のような
情報がありました。
http://www.google.co.jp/search?q=cache:s51xKxfAYp4J:www2s.biglobe.ne.jp/~wakamatu/takasago24.html+%E7%9B%B8%E6%92%B2%E7%94%9A%E5%8F%A5%E3%80%80%E3%81%A9%E3%81%A3%E3%81%93%E3%81%84&hl=ja

判りやすくキャッシュにしたら、URLがやたらと長いですね。
ここによると元々は「どっこい」だったのが戦後「どすこい」に変わったのだとか。
うーん、調べてみると意外な事実が判るものです。これも三谷ドラマの奥深さを
示すエピソードではないでしょうか。
なお、うちは大プログと言って頂く程大それたものではないではなく、少しだけ
長く続けているというだけの事ですよ。多分、そちらのブログも3ヶ月を過ぎたあた
りからアクセス数は伸びてくると思われます。そのあたりから、検索エンジンに
掛かり出すようで、ここも3月頃に急に増えだしました。ただYahoo!の検索エン
ジンの変更で、今後どうなるかは不透明な部分がありますね。

投稿: なおくん | 2004.06.03 22:13

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