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2004.02.18

京都の散歩道 縁結びの神様

今日紹介するのは、濡髪大明神。縁結びの神様とされている神社です。

濡髪大明神は、知恩院の境内にあります。

濡髪大明神の位置



御影堂の東にある石段を登ると勢至堂に至ります。この勢至堂の横を抜けると墓
地になっていて、まず目に付くのがいくつも並んだ立派な墓石です。多くは、知恩
院の歴代門主の墓ですが、中に一際大きな墓石があって、よく見ると三つ葉葵の
紋が刻まれているのが判ります。これが、徳川家康の孫娘で豊臣秀頼の妻であっ
た「千姫」の墓です。千姫の墓は、東京の伝通院と水街道市弘教寺にもあります
が、徳川氏の帰依する浄土宗の大本山にも特に墓を築いたのは、運命に弄ばれ
た一門の姫に対する憐情があったからでしょうか。

さて、本題の濡髪大明神ですが、この千姫の墓のすぐ後ろにあります。ここに祀ら
れているのは知恩院の守護神とされる白狐。なぜ、この白狐が濡髪大明神と呼ば
れるようになったかには、次のような説話があります。

江戸時代のはじめ頃、火災で焼失した堂塔伽藍が徳川氏の肝入りで再建された
のですが、その一つの御影堂の落慶法要の際に、一人の童子が現れます。その
日は雨だったのですが、法要を終えた霊厳上人が廊下に出てみると、雨に濡れた
可憐な童子が佇んでいました。上人は、気の毒に思い傘を貸してやったのですが、
その童子は、「私は元この地に住んでいた狐です。この堂が建ったため住む事が
出来なくなり、恨みを晴らそうと出て来たのですが、ただいまの上人のお話しを聞
いて、心を改めました。この上は、当寺が再び火災に遭わないように守護いたしま
しょう。」というなり、姿を消してしまいます。そして、次の日、御影堂の軒下に上人
が貸した傘が差し込まれていました。上人は、童子の言葉を信じ、境内の東に祠
を建てて、守護神として祀りました。以後、知恩院が火災に見舞われる事は絶えて
ないと言う事です。

どこにも濡れ髪なんて出てこないじゃないか、と言われそうですが、雨の中に童子
が立っていたというところがポイントです。この童子の髪が濡れていたことから来て
いるのですね。では、なぜ縁結びの神様になったのか。それは、濡れるという言葉
が、男女の仲の艶っぽさを連想させるところから来ているようです。主として、祇園
の舞妓、芸妓衆を中心に信仰が広まったようですね。

この濡髪大明神ですが、祇園を除いて、地元でも知らない人が多いようです。奥まっ
た場所であることからか訪れる人も少なく、じっくりと願い事を聞いてもらう事が出来
そうな気がします。

濡髪大明神紹介ページ
http://www.bbweb-arena.com/users/mnaokun/京都の散歩道_005.htm


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