
5月の京都と言えば葵祭。上賀茂神社と下鴨神社の両社の祭礼で、15日の本祭を前に様々な前儀が行われます。その一つが上賀茂神社の賀茂競馬。古くは5月5日の節供の行事として宮中で行われていた競馬会に起源を持ち、1093年(寛治7年)に20箇所の荘園と共に上賀茂神社に移されて以来、今に伝わるという伝統ある行事です。

葵祭は平安京以前に起源を持つという古い祭礼ですが、戦国期には神社の荘園が横領されるなどして一時途絶えてしまいます。そして江戸時代に再興されたのですが、明治維新によって天皇が東京に遷ると共に再び中止されてしまいました。その後、明治17年に京都の振興策として復活したのですが、第二次世界大戦でまたも中止の憂き目に遭い、社頭での神事だけが継承されていました。行列の復活は昭和28年からの事で、この様に葵祭は断絶と復活を繰り返してきたという歴史を持ちます。
ところがその中でこの競馬だけは途絶えることなく継承されてきたと言われ、今でも古式豊かに行われています。この行事に賭ける人々の情熱の賜物と言うより無いのでしょうけれども、実際に馬が走る所を目の当たりにすると、その理由もおぼろげながら理解出来る様な気がします。何と言っても抜群に面白いのですよ。
さすがに900年も続いてきただけに煩雑な程に仕来りが存在し、当日も本番までに陰陽道の影響を残すと言われる様々な儀式が行われる様です。これはその一つで庁屋にて陰陽のお祓いや勝栗、杯の儀を行っているところと思われます。膨大な儀式を一々執り行っていくのは大変ではあるでしょうけど、これも貴重な文化の伝承と言えるのでしょうね。

お祓いを終えた乗尻(騎手)達は、一度境内の外に集合し、騎乗にてならの小川に架かる酒殿橋を渡ります。

ところが見ていると、橋を渡ったところで必ず馬が一回転をするのです。最初は馬がぐずっているのかと思ったのですが、そうではなくてこれも儀式の一つだった様ですね。この後乗尻達は一の鳥居前で馬を下り、徒歩にて境内に入っていく事になります。

乗尻と馬が所定の位置に付く前に、警護衆が馬場の下見に現れます。馬場に異常が無いかどうかを見る役目なのですが、この勤めを果たしているのは子供達でした。身体に似合わぬ笠の大きさから鍋かぶりと呼ばれているそうですが、胴巻を身にまとい、腰には太刀を、手には警護のための棒を持ち、なかなか勇ましい姿です。そして、祭礼の参加者に共通している事ですが、ショウブを身に付けていますね。

警護衆による下見が終わると、いよいよ乗尻と馬が所定の位置に付きます。そして、準備が終わったという合図なのか、乗尻が手綱を持って手を挙げるというポーズを取っていました。これもまた、何か意味のある作法なのでしょうね。

ここからやっと本番が始まります。競馬は左方(さかた)と右方(うかた)の二組に分かれて行われ、団体戦として勝敗を競います。赤い方が左方で舞楽の打毬楽の衣装なのだそうですね。対する黒い方が右方で、こちらも舞楽の狛桙の衣装を身に纏います。
この乗尻は賀茂の社家の一族(賀茂県主一族)だけがなれるもので、今でもその伝統は続いています。左方になるか右方になるかは1日に行われる足汰式(あしぞろしき=試し乗り)の結果によって決められるそうで、固定しているのではなく毎年変わる様ですね。

ところが二頭の馬が馬場に入って来ても、すぐに走り出す訳ではありません。馴致と言って馬場に慣れさせるために、手綱を引いて何度もいったり来たりを繰り返すのです。そして、どうやらこの馴致のやり方にも、伝統的な作法と意味がある様ですね。そして面白いもので、馴致が終わる頃には馬が興奮し始め、御するのも難しい程になってきます。その興奮を捉えて、一気に走り出すのですね。
現在は12人6組によって勝敗が競われますが、実は最初の一番だけは左方の勝利と決められています。これには理由があって、左方が勝った年は五穀豊穣が約束されると言われており、左方が有利になるように調整されているですね。
しかしだからといって右方はわざと負けるのかというとそうではなく、二番以降の勝負は真剣そのもので、乗尻は相手に負けたくないものですから全力で勝ちに行くのだそうです。そうした渾身の力で戦った結果でなければ神意とは言えず、競馬もただの行事として形骸化していた事でしょう。
この乗尻が鞭を上げているのにもちゃんと意味があって、この競馬を神に捧げるへく、神様の方向を指しているのですね。なお、この時神様は鉾に憑って、馬場のすぐ横に来て居られます。

賀茂競馬を見るのは、実は今回が初めてです。勝手が判らず、とにかく空いている場所に座ったのですが、そこはスタート地点のすぐ近くでした。馬が疾駆しているところを見たかったのでこれはしくじったかと思ったのですが、ところがそうでもなかったのです。スタートの駆け引きが結構面白いのですね。
馬は2頭で競争する訳ですが、先の競争で負けた組が前に立ち、勝った組は一馬身開けて後ろに並びます。そして乗尻同士が向き合い、冠が合ったところで立会人から「合うた-!」とかけ声が掛かるとスタートです。

このタイミングが微妙で、馬と乗り手の息が合っているか、そして引き手が手綱を放すタイミングによっても、スタートダッシュが決まるかどうかが分かれる様です。

この場合、右方の馬の方が先に前を向いており有利に見えたのですが、意気込みが強いのに手綱が離れないためか乗尻は馬を懸命に押さえている様です。

そして、手綱が放されたのですが、今まで押さえられてきた右方の馬は足蹴をするばかりで、なかなか前に進めません。対する左方は手綱が放れた瞬間に馬の向きを変え、一気に走り出します。

そして、多分意図的にでしょうね、左方の乗尻は右方の馬の前を横切る様にして走ります。これに驚いた右方の馬は一瞬竿立ちになり、ますますスタートが遅れてしまいました。

これって反則かと言うとそうではなく、古来から許されてきた駆け引きなのだそうです。中にはもっと露骨な妨害もあって、相手の袖を持って引っ張るなんていう事もあった様ですね。ただ何でもありという訳ではなく、許される範囲があるそうですが、そのあたりも教えて貰えると、もっと興味深く見る事が出来そうですね。

勝負は馬場の北にある楓の木(勝負の楓)を過ぎた時に決まり、基本的には最初の一馬身差が縮まっていれば後ろの馬の勝ち、差を保っていれば前の馬の勝ちとなるのですが、勝敗の判定はそれだけではなく、乗尻の技術や馬の速度、スタート時の様子など、総合的に判断して決められるのだそうです。

勝負が付いた後も面白い作法があって、乗尻は念人の所に勝敗を聞きに訪れ、勝った場合は禄という白い布を貰って、鞭に巻き付けて高く掲げます。そして、負けていた場合は「負け~。」という情けない声を聞かされ、すごすごと帰って行く事になります。
今年は左方の4勝1敗1分けだったそうで、目出度く五穀豊穣が約束されました。競馬の儀式はこの後も続いていたのですが、時間が無くて最後までは見届ける事が出来ませんでした。それに私の席からは判定の様子なども見る事が出来なかったのが残念です。やはり、一度だけでは全体像を把握するのは難しいですね。これはやはり来年も来るより無いでしょう。今度はゴール近くに構えて、勝敗の決定の瞬間を見てみたいと思ってます。それに出来れば前後の神事の様子を見られたら良いですね。
なお、最前列に座った場合は、傘を差すのは禁止されています。馬が驚いて暴走しかねないためですが、この日は途中で雨が降りかけたので大いに困りました。ですから、雨が予想される場合には雨合羽を、そして好天の場合は日傘ではなく大きめの帽子を用意される事をお勧めします。
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