2019.01.14

ねこづらどきを再開及び引っ越しをします。

今年もねこづらどきを訪れて頂きありがとうございます。長々と更新を停止していましたが、ようやく復活をする事ができました。ところが、これまで使っていたココログも容量が一杯となり、引っ越しを余儀なくされる事となりました。

新しいねこづらどき3のURLは次のところです。ブックマーク等をされている方は、お手数ですが変更して頂くようお願いいたします。

ねこづらどき3
http://nekozuradoki3.cocolog-nifty.com/nekozura3/

なお、このねこづらどきは当面このままにしておきます。過去記事を確かめたい方はいつでもまたお越し下さいませ。

それでは新しいねこづらどきも引き続きよろしくお願いいたします。

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2018.12.23

ちょっと早いですが、良い年をお迎え下さい

いつもねこづらどきを訪れて頂き、ありがとうございます。

申し訳ありませんが、所用のため暫く更新を停止します。再開はちょっと見通しが立たないのですが、復活したおりにはまたよろしくお願いします。

少し早いですが、皆様には良い年をお迎え下さい。

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2018.12.22

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2018 ~京都駅ビル~

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ロームの会場から市バスで京都駅まで来ました。ここに着いたのは午後10時15分頃。消灯まであと15分しかなかったので結構あせりました。

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毎年このツリーはテーマが決まっているのですが、今年はフランスだとの事。なるほど、土台の部分にフランス国旗が描かれています。

Kyotoeki1812222

BGMもフランス音楽との事ですが、ちょっと気がつきませんでした。もう少しじっくりと聞いていれば判ったかもしれませんけれどもね。

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少し寂しかったのは、大階段のイルミネーションが消えていた事です。後から調べてみると、大階段の方は午後10時までだったのですね。なぜツリーと同じにしないのかしらん。華やかさが全然違うのにね。

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京都タワーの方は、この日はショッキングピンクでした。このタワー、このところは毎日の様に色が変わっている様で、クリスマス当日は赤と緑になるそうです。巨大なクリスマスツリーを見る事が出来そうですね。

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2018.12.21

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2018 ~ローム~

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北山から地下鉄と市バスを乗り継いで、西大路五条までやって来ました。ここから少し西に入った佐井通りからロームのイルミネーションが始まります。

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こちらは中堂寺南通り。このあたりがメイン会場となります。ただ、イベントは午後8時までとなっているので、着いた時には出店も含めて撤収された後でした。

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これは音楽に合わせてLEDがきらめく光のカクテルガーデン。以前は地面に置かれた丸いLEDライトが光っていましたが、今年は縦に植えられたLEDバーとなり、より立体的となりました。

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ロームのイルミネーションは12月25日まで。まだ間に合うので行かれてみてはどうですか。イベントの詳細はホームページにて確認して下さい。

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このイベントのシンボルツリーは、実は入り口にあるヤマモモの木です。その背後のメタセコイア並木があまりに綺麗なので、言われてなければ判らないですよね。

この写真は近くの歩道橋から撮ったのですが、まもなく撤去すると張り紙がしてありました。という事は、この角度の写真は今年で最後という事になりますね。図らずも貴重なショットを撮る事が出来ました。

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2018.12.20

京都・洛北 クリスマスイルミネーション2018 ~北山ウェディングロード~

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丸太町からまた地下鉄に乗って松ヶ崎まで来ました。実は途中で京都府立植物園に寄ったのですが、時間切れ(二遊園は7時30分まで)のため、入る事が出来ませんでした。今年はどうも上手く行かないなあ。

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北山ウェディンクロードには計8施設があると言いますが、イルミネーションの中心となるのは北山ル・アンジェ教会と京都ノーザンチャーチ北山教会です。

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特に京都ノーザンチャーチ北山教会は、外観しか見る事が出来ませんが、日本離れした風景を見せてくれて素敵ですね。23日にはキャンドルナイトというイベントがあって、中に入ることも出来る様です。

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北山ル・アンジェ教会は中庭まで入る事が出来ます。いつもなら子供連れが何組か居るのですが、この日は誰も居なくてひっそりしていました。イルミネーションだけあって人が居ないというのも、何だか寂しいものですね。

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でも、こうしたひっそりとした雰囲気も、近代的な教会という感じで悪くはないものです。謎めいた世界を覗き見ているなんてね。

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2018.12.19

京都・洛中 ここも中止でした ~平安女学院~

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京都市役所前から地下鉄に乗って丸太町まで来ました。ここでの目当ては平安女学院の手作りイルミネーションだったのですが、今年は見る事が出来ませんでした。校舎の横に重機が置いてあったところを見ると、補修工事か何かのせいで中止になったのでしょうか。

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仕方が無いので教会の方に回ると、実物の木がクリスマスツリーになっていました。これも生徒の手作りなのかな。耳を澄ませると、教会の中からクリスマスソングがかすかに聞こえてきました。クリスマス本番に向けた練習か何かだったのでしょうかね。周りが静かだっただけに、ちょっとしんみりした一時でした。

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2018.12.18

京都・洛中 イルミネーションが無くなりました ~セントアンドリュース教会~

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京都ホテルオークラの次は、三条御幸町下がるのセントアンドリュース教会に来るというのが例年の流れでした。で、実際に来てみたら、あれ、イルミネーションが無いよ。

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毎年この時期にはきらびやかに飾れていたのに、いったいどうしちゃったんでしょうね。経費削減なのかしらん。肩すかしをくらった気分でしたが、ないものは仕方が無い。まあ、大きなクリスマスツリーは飾られており、とりあえずの季節感は感じられたので次に向かう事にします。

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2018.12.17

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2018 ~京都ホテルオークラ~

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気がつけば12月も半ばとなり、クリスマスイブまであと一週間となりました。京都の町もイルミネーションで飾られ、華やかさを増しています。そんな中で今年最初に訪れたのがホテル京都オークラ。毎年この時期にはホテル周辺が綺麗に彩られています。

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中でも半地下に植えられたこの木のイルミネーションは人気があるようですね。時間と共に青、白、緑、赤と色彩が変わって行き、美しい姿を見せてくれます。

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ちょっと寂しいのは数年前まであった巨大ツリーが無い事で、どうして止めてしまったのでしょうね。経費削減なのか、あるいは安全対策なのか、ちょっとした名物だったのに残念な事です。

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半地下を見下ろす手すりには、小型のツリーが置かれています。周囲を飾る青いLEDと中央の黄色いランタンの対比が、冬の冷たさの中に暖かさを感じさせてくれて良い感じですね。

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この館外のイルミネーションは2月14日まで見る事ができます。またクリスマス当日は、ロビーでコンサートを見る事も出来るそうですよ。無料というのがありがたいですね。

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2018.12.16

西郷どん 最終回 「敬天愛人」

明治37年、京都。
敬天愛人の額を見つめながら、父隆盛を回想する菊次郎。

時代から取り残された侍達を、抱きしめ、飲み込み、連れ去ったのだと菊次郎。

明治10年8月27日、延岡。
傷ついた者たちを残し、鹿児島へと向かった隆盛達。

一日西郷に接すれば一日の愛が生じ、三日接すれば三日の愛が生じる、
親愛の情は日々つのりもはや去る事は出来ない、
ただただ生死を共にしたいのです、最後まで隆盛に従った者の言葉でした。

険しい山道を越えていく隆盛たち。

延岡。
糸たちを尋問する山県。
そこに現れた従道。
遅れた事を謝る従道に、政府軍の偉い方が頭を下げるんではなかと、
冷たく言い放つ糸。

そこに隆盛一行が見つかったという知らせ。
鹿児島だと従道。

450キロを踏破し、鹿児島に帰り着いた隆盛達。

城下を占拠した新政府軍を見て、
もう一暴れと切り込んだ隆盛達。

一度は敵陣を占拠したものの、大軍に押し戻された隆盛達。

東京、大久保邸。
博覧会など捨てて鹿児島へ行ったらどうかと満寿。
口が過ぎると大久保。

従道に連れられて鹿児島に帰った糸たち。

この戦を止めさせてと琴。
無理だと従道。
兄を討つと言うのか、ならば二度と薩摩の地を踏むなと琴。
黙って出て行く従道。

城山。
夜、風琴を弾く新八。
もっと賑やかなやつがよかと隆盛。
それならばとラ・マルセイエーズを弾く新八。
賑やかに盛り上がる一同。

生き残った者、372人。

太政官。
隆盛から託された鹿児島の地図を見ながら、
回想にふける大久保。

鹿児島、政府軍本営。
総攻撃を迫る部下に、
心から隆盛が俗に成り下がったと思っている者は居るのかと山県。
使者を送りましょう、西郷先生以下隊長連中の自裁、
それを降伏の条件とすると川路。
そこに届いた大久保からの電信。

大久保の命は明朝4時、総攻撃を下す、
ただし、夕刻五時までに降伏すれば隆盛の命は助けるというものでした。
一蔵どんは甘いと微笑みながら、こんな情けは受けられんと隆盛。
先生だけは生きてくれ、そうすればいつかまた誰かが立ち上がると一同。

東京、上野。
博覧会会場で外国人要人を案内する大久保。
戦争中に博覧会などしていて良いのかと外国人。
心配ご無用、日本国から戦そのものがなくなりますと大久保。

城山。
この国から戦をなくすためにも死なねばならない、
自分が死ねば士族たちも新しい生き方を探し始めるだろう、
日本国のためにも自分は死なねばならんのだと隆盛。

東京。
隆盛が降伏しなかった事を知らされた大久保。

演説の最中、声を詰まらせる大久保。

城山。
百姓や町民の軍も強かった、これなら外国とも戦えると隆盛。
ここは最高の死に場所だと桐野。
笑いの絶えない一同。

短刀を前に、斉彬の予言した時代が来るとつぶやく隆盛。

翌朝、総攻撃の時間。
一同に向かって、おはんらが侍の最後を務めるんじゃ、
日本の誇りじゃと微笑む隆盛。

開始された攻撃。
隆盛を先頭に山を駆け下る一同。

西郷家。
遠くに響く砲声を聞きながらじっと耐えている糸たち。

次々に倒れる西郷軍。

磯の別邸で砲声を聞いている久光。

荒れ狂う桐野。
川路の銃弾に倒れた桐野。

血みどろになって倒れた新八。

鹿児島、本営。
結果を見ること無く、東京へ戻る従道。

ついに撃たれた隆盛。

同時刻、おやとさあでございもしたと城山に向かって頭を下げる糸。
そこに戻って来たツンとゴジャ。

東京、大久保邸。
吉之助さあと泣き叫ぶ大久保。

京都市役所。
父は天を敬い、身を捨てても人を愛しましたと菊次郎。

慶喜邸。
隆盛の死を知り、なぜ自分の様に逃げなかった、牛男と慶喜。

最接近した火星を見上げ、あれは西郷さんだと長屋の人々。
とうとう星になってしまったか、西郷どんと海舟。

奄美大島。
火星を見上げながら島唄を歌う愛可奈。

隆盛のために建てた豪邸で、泣きながら鰻を食べる従道。

西郷家。
義足を付けて自力で歩ける様になった菊次郎。

一同を前に隆盛の最後の言葉を伝える糸。

自分が死んだことで、
おかしい事をおかしいと言えなくなるとは思わないでほしい、
これからの国作りはおはんらにたくされちょ、
逆賊西郷隆盛の子であることを恥じることはありもはんと糸。

父は西郷星としてあがめられていると子達。
それはちがう、旦那様は人にあがめられて喜ぶ人ではない、
いつも低いところで弱い者に寄り添ってあちこち走り回っていた、
誰よりも心の熱く、ふとか人でしたと糸。

翌年。
参内途中の馬車の中で隆盛の地図を見る大久保。
そこに襲ってきた刺客達。
おいはまだ死ねぬとつぶやき、
かつて隆盛が迎えに来た時を思い出しながら息を引き取った大久保。

城山。
仰向けに倒れ、青空を見上げながらもうここらでよかとつぶやいて逝った隆盛。
その身体の向こうにそびえる桜島。

「最終回は西南戦争の終結と隆盛の死、そして大久保の死までが描かれました。壮大なドラマがようやく終わったというのが今の感想です。」

「隆盛の最後の言葉が「もうここらでよか」というのは良く知られた逸話ですが、その最期は切腹ではなく、別府晋介によって介錯されたとも、桐野利秋によって射殺されたとも言われます。いずれにしてもその首が発見されている事から、誰かが首を刎ねた事は確かなのでしょう。」

「敬天愛人を座右の銘とした稀代の英雄の死に様としては、一人で静かに迎えたドラマの描き方はいささか寂しいものがありましたが、このドラマらしい演出だったとも思います。壮絶な死に方はこの主人公には似合わないともいえるでしょうか。」

「西郷の人気がその死の直後から高かったのは確かで、赤く輝く火星を庶民が西郷星と呼んで崇めたというのは事実です。しかし、政府に弓を引いた賊臣であった事もまた事実で、公然とは西郷を褒め称える事は許されませんでした。その名誉が回復されるのは明治22年の事で、明治憲法発布の際に行われた大赦によって正三位が追贈され、賊臣から功臣へと返り咲きました。この裏には、脈々と流れ続けていた西郷人気があったためと言われます。」

「西郷はその後、時代の変化によって様々に扱われる様になります。時には忠君愛国の理想像として、また時には大陸進出の際の先駆者として、そして戦後は敬天愛人の言葉どおり平和を愛した人として称えられてきました。このドラマはそのどれでもなく、生身の西郷を描こうとした様に思えます。すなわち、時に土臭く、時に時勢に疎く、時に優しく、時に非情であるという多面な顔を見せてくれました。」

「西郷は常に微笑みを絶やさない人だったと言われますが、最終回では特に微笑みが印象的でした。西郷に一日接すれば一日の愛が生じ、三日会えば三日の愛が生じる、ついには生死を共にするしか無くなると言ったのは豊前から西郷軍に参戦した人だったのですが、生粋の薩摩人でなくてもそうなってしまう、それだけ人を引きつける魅力を備えた人だったのでしょう。生身の西郷さんに一度会ってみたいのは私だけではないでしょうね。」

「無論、ドラマでも描かれた様に完全無欠な人ではなく、欠点も多くありました。人の好き嫌いが激しく、平和志向どころか戦争好きだったとも言われます。西南戦争はその欠点が現れた最たるもので、なぜ大久保の真意を質すためだけに、1万5千もの大軍を引き連れていく必要があったのでしょう。それで戦争をする気はなかったと言っても通る話ではなく、西南戦争で亡くなった数多の犠牲者は、いわば西郷の私情のために死んでいった様なものです。このあたりが未だに西郷隆盛という人物を理解出来ないところです。」

「ドラマでは自分が死ねば日本から戦が無くなると言っていましたが、もしそれが真意だったとすればごく少数の側近だけを連れて東京に行けば良い話で、大軍など必要なかったはずです。西郷の思い上がりだったのか何だったのか、真の理由はともかく、西南戦争によって薩摩のそして日本の多くの有意の人材を失いました。西郷が別の道を選んでいたら、明治日本はまた違った国になっていたのかも知れません。」

「最後に、一年を通して西郷隆盛という人を追い続けて得た結論は、良くも悪くも不思議な魅力に富んだ人、それが今の私の西郷観です。全体像というのはとても計りきる事が出来そうにもありませんね。とてつもなく大きな人だった事だけは確かです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著


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2018.12.15

京都・洛中 京都紅葉事情2018 ~北野天満宮 12.8~

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今年の紅葉巡りも今回でおしまい、掉尾を飾るのは北野天満宮です。

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北野天満宮のもみじ苑の公開は、当初は12月2日までの予定だったのですが、紅葉が思ったほど進まなかったのか途中から9日まで延長されました。私が訪れたのは最終日の前日だった事になりますが、まずまずの見頃でした。

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ここはライトアップも行われるのですが、日中の拝観は午後四時でいったん打ち切られる様です。その後日没と共に再開され、午後八時までの公開という変則的な入場方式が取られています。それを利用して四時過ぎまで粘って撮ったのこの写真。この鶯橋は人気の場所で、常に橋の上に人が居るのですよ。そこで四時を回るまで待って、誰も来なくなったところを狙って撮ってきました。

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色合いはオレンジ色であまり良いとは言えないですね。でも、ここは毎年大体こんなもの、御土居の上には赤く色付いたもみじもあります。赤いもみじと本殿とのからみを狙うなら、もう少し早く来るべきだったのかも知れませんね。

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今年は夏の異常な暑さや9月の台風など、紅葉にとってはあまり良くない年かと思われていました。でも、終わってみればそれなりに悪くない年でした。最高とまでは言えませんけど、まずまず綺麗な紅葉を楽しませて頂きました。紅葉は何が幸いして何が災いするのかは良く判りませんね。来年は平穏に秋を迎え、また美しい紅葉に出会えたらと願っているところです。

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