2018.02.19

京都マラソン2018

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平成30年2月18日、京都マラソン2018が行われました。東日本大震災支援の一環として2012年から開催され、参加人数が16000人を超えるという一大イベントです。コースが京都の名所を網羅しているのが特徴で、それ故にか人気が高く、参加者の抽選倍率は4.2倍だそうですね。

沿道の主要なポイントでは、沿道応援隊としてチアリーディングや京炎そでふれなどが行われており、そちらを見に行くだけでも楽しそうです。

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などと判った様な事を書いていますが、実のところすっかり失念しており、当日京都府立植物園に行って初めて気が付いた様な次第です。まさか植物園の中がコースになっているとは知らなかったよ。

後で調べたところ、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授や女優の本田望結さんも参加していたと判り、もっと観戦して行けば良かったと後悔しているところです。

私が見たのは最初の方だけですが、たぶん招待選手なのでしょう、ものすごく早かったです。一般参加者とは雲泥の差があるのかな。でも、楽しみながら走るのがこのマラソンのコンセプトのようなので、まずは完走する事に意義があるのでしょう。

来年は事前にどんなイベントがあるのか調べてから行きたいですね。そして一緒に盛り上がりを楽しめたらと思っています。

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2018.02.18

西郷どん 第七回「背中の母」

龍右衛門が亡くなった。
墓前で西郷の嫁取りの話をする一家。
伊集院の須賀はどうかと吉兵衛。

二才に学問を教える正助。

早くも話をまとめてきた吉兵衛。

市来が気になる様子の琴。

江戸に行きたいと叫ぶ正助。

仕事に励む西郷。勧農を基本に政を進める斉彬。

アメリカの軍艦が来るという情報に戦慄する斉彬。
江戸に連れて行く二才の選別をせよと命ずる斉彬。

江戸に行けるかもしれないと喜ぶ俊斉たち。

突然倒れた満佐。

寝込んでいる母を見て驚く西郷。
鬼の霍乱だと強がる満佐。

満佐は龍右衛門の死病を貰ったらしいと西郷に告げる吉兵衛。
満佐を安心させるためにも嫁を貰えと吉兵衛。

斉彬に呼ばれた於一。
於一に自分の養女となって江戸に行き、そこで嫁入りしてもらうと斉彬。
なぜ自分がと於一。運が強いからだと斉彬。

西郷家の婚礼。
無愛想な嫁の須賀。

賑やかな宴。
須賀を一同に紹介する吉兵衛。相変わらず無愛想な須賀。
そのくせ、注がれる酒はことごとく飲み干す須賀。

気を利かせて花婿、花嫁を二人きりにしてやる正助。

初夜の布団に闖入した小兵衛と信吾。

翌朝、さっそさく須賀に西郷家のしきたりを教える満佐。
調子の合わない須賀。

鰻を採ってきて満佐に勧める西郷。
自分は要らないと須賀に勧める満佐。遠慮無く食べる須賀。

須賀に言い聞かせる様に自分たち夫婦の事を話す吉兵衛。

翌朝、冷たくなっていた吉兵衛。

病状が悪くなった満佐。

墓に二人入ったら三人目を欲しがるもの、人形を埋めなくてはと須賀。
それは迷信だときみ。

江戸に向かった斉彬。

江戸詰に選ばれたと喜ぶ俊斉と大山。
自分は選ばれなかった、しっかり頼むと西郷。

母の願いを聞き、母を背負って桜島を見に来た西郷。
背中で思い出話をする満佐。

江戸詰の願いを出していないなと満佐。
そんな事はないと西郷。嘘が下手だと満佐。
これからは好きなように生きなさいと言って息を引き取った満佐。

「今回は半年足らずの間に相次いで肉親を亡くした西郷が描かれました。これは悲しい事ですが実話です。ナレーションにもありましたが、西郷は後に往事を振り返り、この年が生涯で一番辛かったと言っています。」

「須賀についてはこれも実在の人ですが、判っている事はほとんどありません。伊集院家から嫁いで来た事は確かですが、どんな人だったかは伝わっていない様ですね。暗い性格だったというのは脚本に依る設定でしょう。」

「江戸出府については、西郷より一足早く俊斉と大山が選ばれたのも史実どおりで、西郷が家の事情で行けなかったのも事実です。その後については次回に描かれる様ですね。」

「於一が斉彬の養女となったのも史実どおりで、やがて江戸で嫁入りするのも事実ですが、相手が誰かは次回に明かされる様です。そこに西郷がどう関わるかは楽しみですね。」

「ドラマとしては、須賀の描かれ方が少し可哀想な気がしました。いきなり貧乏な大所帯に来たのだから、ある程度は仕方が無いと思うのですけどね、どうしても悪者にしておく必要があったのでしょうか。」

「最後のシーンは、悲しみに耐える西郷の表情が印象的でした。向こうに見える雄大な桜島の姿が効果的でしたね。」

「次回は西郷がいよいよ江戸に出て行く様です。そこに須賀が絡んでいくようですね。どんな描かれ方をするのか、楽しみに待ちたいと思います。」

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2018.02.17

西郷どん 縁の地 ~相国寺~

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相国寺もまた西郷どんの縁の地です。薩摩藩は伏見藩邸と京都藩邸(錦小路)の二つの藩邸を持っていましたが、安政5年に斉彬が実行しようとした卒兵上洛の際に、千人の藩兵を収容する場所が無かったため、西郷に命じて新たな藩邸の場所を探させたのでした。

その後、斉彬が急死し、西郷も流罪となっため新藩邸の話は一時中断しますが、薩摩藩では文久2年に久光が実行した卒兵上洛に合わせて相国寺の一角を借り、新藩邸を建設しました。この当時奄美大島に居た西郷は直接係わってはいないですが、かつて斉彬のために奔走した構想が実現したのでした。

ただ、相国寺としては迷惑な話で、明治後も土地は返還される事はなく、そのまま同志社大学の敷地となってしまいました。漏れ聞くところに依ると、貸すんじゃなかったと今でも後悔しているのだとか。

その相国寺の東に「甲子の役 戊申の役 薩摩藩戦死者墓」があります。甲子の役とは元治元年に発生した蛤御門の変の事で、この時西郷は指揮官として参加しています。また戊辰の役とはここでは鳥羽伏見の戦いの事を指し、この時も西郷が指揮官だった事は昨日の記事で書いたとおりです。

この墓は二つの戦役で亡くなった薩摩藩士72名を祀る合同墓で、相国寺塔頭の林光院の境外墓地にあたります。林光院は薩摩藩との縁が深いとの事ですが、現時点ではどんな関係だったのかは判りません。京の冬の旅の特別公開の対象となっているため近く訪れる予定で、その時何か話が聞けるかなと期待しているところです。

また、同じく塔頭の養源院は、鳥羽伏見の戦いの時に野戦病院になったところで、イギリス人医師ウイリアム・ウイルスが手当に当たりました。ただ、ここは一般公開されていないので、外観を見るだけですけどね。

この様に相国寺は薩摩藩と深い関わりを持っています。きっと、西郷も境内を歩いた事でしょうね。幕末当時に思いをはせて、散策してみるのも一興です。

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2018.02.16

西郷どん 縁の地 ~東寺~

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季節感の合わない写真で申し訳ないのですが、東寺もまた西郷どんの縁の地です。慶応4年1月3日に発生した鳥羽伏見の戦いにおいて、薩摩藩が本営を置いたのがここ東寺でした。

鳥羽伏見の戦いとは、王政復古の大号令の後、大坂城に退いていた旧幕府軍が、朝廷への陳情のために上洛しようとして新政府軍と衝突した戦いで、京都の南郊、鳥羽と伏見の二つの地点で戦闘が行われた事からこの名があります。

この戦いの時、大久保は朝廷にあって浮き足立つ公家たちを鎮める役目を受け持ち、西郷は戦闘の指揮官として東寺に入りました。

旧幕府軍は7、8千名、新政府軍は4千5百名程度と2倍近い戦力差がありましたが、初日の戦況は旧幕府軍の戦略ミスもあり、新政府軍が有利でした。しかし、翌日には下鳥羽方面で旧幕府軍が優勢となり、一時は京都まで突破されそうになりますが、なぜか日暮れと共に旧幕府軍に退却命令が出て、新政府軍は危うい所を助かりました。

こうした戦況を西郷は五重塔の最上階に上って見守っていたと言いますが、逐次入ってくる報告を聞きながらどんな心境で居たのでしょうね。いざとなったら天皇に長州まで動座願うつもりで居たとも言いますが、本当にそんな事が出来たのかしらん。たぶん、表面上は泰然自若としていたでしょうが、内心は気が気で無かったんじゃないのかな。

西郷はこの戦争が終わった後、歴史的大勝利だという内容の手紙を故郷に向けて出しています。この喜び方も、当初の不安の反動かなという気もしますね。

そんな事を考えながら東寺の塔を見上げてみるのも面白いと思いますよ。

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2018.02.15

西郷どん 縁の地 ~清閑寺~

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清水寺の奥、清閑寺に大西郷月照王政復古謀議旧跡という石碑があります。ここにはかつて郭公亭という茶室があり、西郷と月照が国事のための謀議を行った場所とされています。

月照は清水寺の塔頭成就院の住職だった人です。当時近衛家が清水寺の寺務を行っており、その関係で月照は近衛家と接点を持っていました。また島津家は近衛家と深い関係を持っており、朝廷への工作は全て近衛家を通して行っていました。月照と西郷が何時出会ったのかは判りませんが、その朝廷工作の過程ではないかと思われます。

月照が西郷のために行っていたのは、主として近衛家の当主忠煕への取り次ぎでした。一介の藩士に過ぎない西郷が、左大臣である忠煕に直接会う事は出来なかったのですね。

安政5年当時、西郷が斉彬から命じられていたのは、一橋慶喜の将軍への擁立運動でした。英明の名の高かった慶喜を将軍に据える事により、諸外国と渡り合える強い幕府へと改革する事を目指していたのです。

ところが、井伊大老の登場によりこの計画が頓挫してしまいます。西郷は井伊大老の排除へと矛先を変えますが、月照もまた梅田雲浜らと共に同じ方向を向いていました。これが水戸藩への幕政改革を命じる勅諚(戊午の密勅)として実を結ぶのですが、かえって井伊大老の怒りを買い、安政の大獄への引き金となってしまいます。

西郷はこの事態を打開するために武力蜂起を目指しますが、これも幕府の知るところとなり、西郷と月照は追われる身となってしまいました。

西郷と月照が交わした謀議とは、こうした一連の動きだったと思われます。確かに外に漏らす訳には行かない密議ですね。そのためには、郭公亭の様な隠れ家的な場所が必要だったのでしょう。

郭公亭は老朽化のため取り壊され、今は跡地しかありませんが、どうやら再建する動きがある様ですね。いつか再びその姿を見ることが出来る様になったら、また訪れてみようと思っています。

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2018.02.14

西郷どん 縁の地 ~祇園~

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京都には西郷どん縁の地がいくつかありますが、祇園もその一つです。たとえば、今も残る御茶屋の一力亭。西郷は大久保と共に足繁く通い、勤王芸妓として知られた君尾を贔屓にしていたと伝わります。ちなみにこの君尾は長州の高杉晋作や井上馨、品川弥二郎とも交流があり、さらには新選組の近藤勇にも言い寄られたという美貌の女性です。

芸妓と言えば、西郷の愛人も居ました。その名もお虎と言い、今の鍵善のあたりにあった奈良屋という御茶屋の芸妓だったと言われます。丸々と太った女性でしたが、身軽でよく気がつく人だったとの事で、西郷もそのあたりが気に入った様ですね。

愛人としてはもう一人居たと言われ、井筒という料亭の仲居だったお末と伝わります。このお末もお虎に劣らず太っていた大女で、周囲からは豚姫と呼ばれていました。二人目の妻である愛加那と言い、西郷は大柄な女性が好きだった様ですね。豚姫は一升酒を飲み干す様な豪快な女性で、勝海舟の氷川清話の中にも出てくるそうです。

この豚姫と西郷の仲は歌舞伎の演目にもされており、二人の関係は当時から有名だった様です。

ドラマでこの二人が登場するかどうかは判りませんが、今の糸さんの可憐な描かれ方からすると、愛人の存在というのはちょっと気の毒な様な気もしますね。それはともかく、西郷どんがこの辺りをうきうきと歩いていたと想像しながら、そぞろ歩いてみるのも一興かなと思います。


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2018.02.13

そうだ京都行こう 2018年春のキャンペーン 「勧修寺」

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今年もJR東海の「そうだ京都行こう」のキャンペーンが始まりました。今年選ばれたのは勧修寺、山科にあるお寺ですね。私は春に行った事が無いのですが、知る人ぞ知る花の名所です。ただ、いつもの様なメジャーどころではないかな。

たぶんですが、最近の京都はどこへ行っても観光客、特に外国人で溢れており、キャンペーンを張るのも難しくなっているのでしょうか。特集ページを見ても穴場巡りとなっていますね。もっとも、このキャンペーンに選ばられると、とたんに穴場で無くなってしまうのですが。

他府県から来る人にとっては、シーズン中のホテルは高いし予約が取れない、交通手段の主力であるバスも混みすぎて乗れない、どこへ行っても人混みだらけと、今の京都は魅力が半減しているようです。観光客を呼び込むのもいいけれど、キャパシティを超えてきているじゃないかな。今のうちに行政や業界が協力して何か手を打たないと、やがてそっぽを向かれてしまいそうな気がします。

個人的には早朝に行く、混み合う場所はなるべく避けるなどしていますが、やっぱり花の綺麗な場所はどうしても人出が多くなってしまうのがジレンマですね。ねこづらどきの京都めぐりも曲がり角を迎えたかな。

などと愚痴めいた事を書いてしまいましたが、今年も桜巡りはするつもりです。何だかんだ言っても、桜を見るのは楽しみですからね。なるべく行った事がないところを探して回ろうかなと思っているところです。

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2018.02.12

京都・洛南 ~伏見稲荷大社 千本鳥居~

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節分の日に訪れた伏見稲荷大社、豆まきが始まるまでの間の時間を利用して、久しぶりに千本鳥居まで足を運びました。

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社殿の入り口に堂々と聳えるのが楼門、豊臣秀吉が大政所の病気平癒祈願成就の礼にと寄進したと伝わっています。実際、昭和48年の解体修理の際に天正17年の墨書きが見つかり、伝承が正しかった事が証明されました。

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ここが千本鳥居です。4年連続して外国人が選ぶ日本のランドマークの人気No1に選ばれた場所ですね。参道はここで二手に分かれており、以前はどちらを進んでも良かったのですが、最近は混雑回避のためでしょうか、右が上り専用、左が下り専用になっています。こちらは右の上り側です。

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そしてこちらが左の下り側。どちらも下から見上げる方向で撮っていますが、反対側から見ると奉納年月日や奉納者の名前がずらりと並ぶ事になり、趣ががらりと変わってしまいます。もっとも、外人さんには、鳥居に書かれている漢字が格好良いと受け取られているとも聞きますね。

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千本鳥居を抜けたところにあるのが奥の院。お山を遙拝するところで、稲荷山の三ヶ峰は奥の院の背後に位置しています。そこにあったのがこの絵馬奉納所で、絵馬はやはり狐の顔をしているのですね。一つ一つ顔が違うのは、奉納者が思い思いに書き込むからです。

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そして、ここで人気があるのがおもかる石です。二つの灯籠の空輪がそれですが、願い事をしてからこの石を持ち上げ、その時の重さが予想していたより軽ければ願い事が叶い、重ければ叶わないとする試し石です。随分とすり減っていましたが、これまで何人の人が試して来たのでしょうね。

この日上ったのはここまでです。後は豆まきの時間が迫っていたので戻る事にしました。一の峰までは、また時間のあるときに上ってみたいと思います。

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2018.02.11

西郷どん 第六話「謎の漂流者」

牢で謎の人物と出会った西郷。
西田下屋敷に駆けつけた糸。

牢の中。何とか謎の人物と会話しようとする西郷。
そこに現れた乱入者。琉球で我が藩の秘密を見たと言って襲いかかります。
乱入者を取り押さえた西郷。
謎の人物を背負い、そのまま牢を出て行く西郷。

外出を禁じられた糸。

謎の人物を背負って帰ってきた西郷。そのまま匿う西郷家の人々。
翌朝目を覚まし、ジョン・マンと名乗った男。
正助に通訳を頼む西郷。
箸を器用に使う様子を見て怪しみ、本当の事を言った方が良いと正助。

自分が命じられたのはジョン・マンが我が藩に潜入した目的を聞き出す事だと正助に打ち明ける西郷。
逃げ出そうとし、思わず土佐と口走ったジョン・マン。
土佐に帰り、母に会いたかったのかと西郷。

ジョン・マンの目的を知り、故郷について調べさせる斉彬。
半月後、ジョン・マンの母の無事を知らせた斉彬。
これまでの身の上を話し出すジョン・マン。
おかあへのラブぜよとジョン・マン。

斉彬に拝謁したジョン・マン。
なぜアメリカが船を寄越すのかと問う斉彬。
石炭、薪、水などが必要だからだとジョン・マン。
戦ではなく商いのためか、それとも国を開けという事かと斉彬。
そうだとジョン・マン。
打ち払えばどうなると斉彬。戦になるとジョン・マン。
この国は勝てるかと斉彬。
負ける、蒸気機関も鉄を作る工場も無い、さっさと国を開くべきだとジョン・マン。
なぜ漁師がそこまで語れると斉彬。
アメリカでは誰でも学べるとジョン・マン。アメリカの底力は学びかと斉彬。
今からそなたの知っている事を教えてくれと斉彬。
さっそく教え始めるジョン・マン。

斉彬に拝謁した西郷。褒美をとらすと言われ、正助一家の赦免を願い出る西郷。暫く待てと斉彬。

糸の縁談を止めてこいと正助。それはおはんじゃろうと西郷。違うと正助。

糸を呼び出した正助。
糸は西郷をラブしているのだろう、気持ちを伝えろと正助。駆け出す糸。

西郷家で西郷の縁談を聞いた糸。

いつかの橋の上で西郷と出会った糸。
海老原を褒め、正助はもっと良い男だと西郷。
たった今、海老原に嫁ぐと決めたと糸。
好きな者同士が結婚出来る様な国にしてくれ、私は間に合わなかったと糸。
思いの丈を西郷に語り、去って行く糸。

海老原に嫁いだ糸。

「前回からそうでしたが、もはや史実を踏まえた大河ドラマではなくなって来ましたね。これは連続テレビ小説として見た方が良いのかな。確かにそのつもりで見れば面白いドラマだと思います。」

「謎の男はジョン万次郎でした。ジョン万次郎は土佐の中浜(現在の土佐清水市)の漁師の生まれで、14歳の時遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられました。彼は船長に気に入られ、そのままアメリカに渡り、船長の養子になってオックスフォード校で教育を受けるなど厚遇されました。オックスフォードでは首席になったと言いますから、元から聡明だったのでしょうね。」

「その後は捕鯨船に乗り、世界を何周もするなど経験を積みましたが、故郷への思い止みがたく、帰国を決意します。彼は危険な本土は避け、琉球に上陸しますが、薩摩藩に拘束されます。斉彬は彼を厚遇し、その知識を吸収しようとした事はドラマにあったとおりです。その後は土佐の士分に取り上げられ、さらには幕府に登用されるなどし、幕末の日本に大きな足跡を残しました。」

「ドラマに戻って、渡辺謙はやはり存在感がありますね。名君と言われた斉彬斉彬を演じきっている気がします。貫禄と聡明さが同時に感じられますね。」

「劇団ひとりのひょうひょうとした演技も良かったです。謎の存在から聡明なジョン万次郎まで、見事に演じきっていました。」

「糸の可憐な恋は儚く散ってしまいました。西郷も気がついてやれば良いのにね。鈍いにも程があると思いますが、このあたりは史実の壁があるという事でしょうか。」

「糸については良く判らないのですが、再婚だった事は事実らしく、そのあたりも史実を踏まえている様です。」

「次回は悲しい回の様ですね。あまり見たくない気がしますが、避けては通れないのかな。そのぶん西郷の成長がどう描かれるのか、楽しみに待ちたいと思います。」


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2018.02.10

京都・洛東 節分2018 ~平安神宮 鬼の舞~

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大難の儀は鬼を追い払う行事で、鬼そのものは出てきません。鬼が現れるのはその後の鬼踊りで、設定としては大難の儀では払いきれなかった鬼がまた境内に戻ってくるという事になります。演じるのは茂山千之丞社中の皆さん。

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ここの鬼は少しも怖くない、ユニークな顔をした鬼ばかりですね。それでもうわーと迫ってくると、子供の中には泣き出してしまう子も居ます。

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鬼踊りは大極殿で行われます。そろりと大極殿に侵入した鬼達は、初めは静かに、やがて大胆に振る舞い初め、最後は飲めや歌えやの大宴会となります。

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したたかに酔った鬼達は、ふらふらになりながら境内へと降りてきます。そこに現れるのが福男たちで、豆を投げつけて鬼を追い払い始めます。ここの鬼達は聖護院とは違って意気地がなく、すぐに退散し始め、やがて境内の外へと追いやられるのでした。

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その後豆まきが行われるのですが、人数が半端でないため、大変な混雑となります。それに比例して撒かれる豆も多いのですが、遠くまでは飛んでこないので後ろの方ではまず無理です。ところが、押されるままに前に進んでいくと周囲に落ちてくる様になり、結果として4個ゲットする事が出来ました。うち2個は取れなかった人にあげたので、持ち帰ったのは2個です。とにかくここは争奪戦が激しすぎて危険ですね。

さて、今年の節分行事巡りもここで終了です。本当はもう1~2カ所ほど回りたかったのですが、体力の限界を感じて帰ることにしました。やっぱり数年前に比べて無理が利かなくなっていますね。もう少し体を鍛えなくてはいけないな。

来年は日曜日になるので、次はまだ訪れていない場所を選んでみようかと思っています。さてどこに行こうかしらん。


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