2018.04.20

京都・洛中 京都新緑事情2018 ~北野天満宮 4.14~

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相国寺から北野天満宮へとやって来ました。ここでの新緑の主役は梅、もみじに負けず劣らず美しい緑ですよ。

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ここを訪れたもう一つの目的が、この北野桜を見るためでした。この前週に訪れた時はまだ咲きかけで花もまばらだったので、もう一度見ておきたかったのです。でも、やはり盛りは過ぎており、葉が茂りすぎて花があまり目立たなくなっていました。

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花だけを見るとこんな感じで、咲いた直後は白く、時間が経つと共に赤く色づくという特徴があります。葉が茂りすぎたのは、今年の異常な暖かさのせいもあったのかもしれません。

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そして、これが梅の新緑です。花の盛りの頃の様な華やかさはありませんが、生命力を感じさせる緑もまた美しいものがあります。

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北野天満宮では御土居にもみじの名所があり、今年は4月14日から6月30日まで公開されています。私は入りませんでしたが、きっと新緑が綺麗だった事でしょうね。入苑料は600円、ただし連休中は800円となりますのでご注意ください。

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2018.04.19

京都・洛中 京都新緑事情2018 ~相国寺 4.14~

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阿弥陀寺から相国寺へとやって来ました。

相国寺は応仁の乱の戦乱の舞台となり、堂塔伽藍は全て焼け落ちたのですが、その後有力者の後援を受けて再建が進みました。例えば正面に見える法堂は豊臣秀頼が寄進したもので、現在残っている法堂としては最古のものとされています。

相国寺に行くと空き地が多い事に気づきますが、それは再建される事がなかった仏殿や三門の跡地で、今でも礎石にその名残を見る事が出来ます。この寺が常に戦乱や大火に晒されて来た事を物語っていますね。

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相国寺はとても開放的な寺で、例えばこのもみじの前の道は上立売通であり、地元の人たちの生活道路として使われています。京都の大きな寺ではこうした例が他にも見られますが、ここまで地元に密着しているのは珍しいかもしれません。

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相国寺で新緑が一番美しいのはこの上立売通の横の一角で、道行く人たちの目を楽しませてくれます。秋は秋で、紅葉が綺麗ですよ。

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ここのもみじは寺でも大切にされている様で、枯れてしまった木の後には新しい木が植えられています。勢いよく枝を伸ばしている様は、元からある木とは対照的で若々しい生命力を感じます。

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この松の木の向こうに見えるのは経蔵です。元は仏舎利を納める宝塔だったそうですが、仏舎利が他の堂宇に移された事により、経蔵としての機能だけが残ったとの事です。中には高麗版一切経が収められているのだとか。出来れば特別公開で内部を見せて欲しい建物ですね。

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2018.04.18

京都・洛中 京都新緑事情2018 ~阿弥陀寺 4.14~

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寺町通りにある阿弥陀寺です。ここも一本だけですが、紅葉が見事なもみじがある事で知られます。つまりは新緑も綺麗なもみじという事ですね。

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このもみじの前にはお地蔵様が祀られており、たぶんこのお地蔵様のために植えられたのでしょうね。

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新緑の頃はこの新鮮な緑色、晩秋になれば紅葉でお地蔵様を彩るという訳なのでしょう。夏には日除けの意味もあるのかな。

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阿弥陀寺と言えば織田信長の墓がある事でも知られます。もみじよりもそちらの方が有名ですね。寺伝に依れば本能寺の変のおり、時の住職であった青玉上人が、燃えさかる本能寺から信長の遺骨を運び出したのだとか。

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これが信長とその息子信忠の墓です。天下人の墓としては随分と小さいですね。でも、そのぶん返って信憑性があるのかな。この墓の横には信長の小姓として運命を共にした森蘭丸、坊丸、力丸の墓もあります。ここには自由に参拝する事が出来るので、戦国の世に思いを馳せてみるのも一興ですよ。

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2018.04.17

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~黒谷 4.14~

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4月も半ばとなり、京都は新緑の季節を迎えています。その新緑を求めて市内を巡ってきました。まず訪れたのが黒谷こと金戒光明寺、浄土宗の大本山です。

ここはその塔頭栄摂院、狭いながらも春は新緑、秋は紅葉が見事な事で知られます。新緑と言う割には色彩が濁って見えるのは、若葉に赤い花が混じっているからです。近くで見ると、赤い小さな花が可愛らしいですよ。

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山門前にはもみじのほか、桜の若葉も萌えていました。ついこの間までは花が咲いていたのにね、桜の変わり身の早さには驚かされるばかりです。

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こちらは山門の北側にあるもみじです。新緑の色とはまさにこの事でしょうか。

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黒谷の山門を特色付けているのが赤いもみじです。品種は何だろう、野村もみじかしらん。緑は新緑ですが、この場合は何と言うのでしょうね。

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このもみじは夏でも赤く、秋に一度褐色になります。そして晩秋になると再び紅葉し、元のような綺麗な色に戻ります。このもみじをここに植えたのは、この寺の美意識の現れなのかもしれませんね。

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2018.04.16

京都・洛中 京都新緑事情2018 ~仙洞御所 4.8~

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平成30年4月8日、仙洞御所を訪れてきました。仙洞御所を訪れるのは昨年の10月以来、半年ぶりになります。

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なぜこの日に仙洞御所を訪れたと言えば、桜を見るためでした。仙洞御所には桜の馬場という場所があり、そこでは美しい景色が見られるはずでした。それを見越して8日に予約したのですが、今年の異常な早さの桜の開花のために、ご破算となってしまったのでした。

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でも、桜は見る事は出来なかったのですが、代わりに美しい新緑を見る事が出来ました。仙洞御所には松のほか楓樹が多くあり、まさに新葉が萌え始めるタイミングに当たったのでした。

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新緑はこの時期にしか見る事が出来ない景色であり、桜に負けない美しさがあります。数の少ない桜よりも、むしろ良かったと言えるのかもしれません、まあ、半ば負け惜しみですけどね、新緑を堪能出来たのは嬉しかったです。

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次はやはり紅葉の時期に行ってみたいですね。競争率は高いでしょうけど、また4ヶ月前になったら早起きをして真っ先に予約をしなくっちゃ。

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2018.04.15

西郷どん 第十四回「慶喜の本気」

互いの健闘を誓い、江戸と薩摩に分かれる西郷と正助。

安政4年10月21日、江戸城。

将軍謁見のために登城したハリス総領事。

互いの国のための友好をと願うハリス。
痙攣した様に床を踏みならす家定。
「幾久しく友好を保ちたいと大統領に申し述べるべし。」
と、壊れたレコードの様に繰り返し叫ぶ家定。
あっけにとられる一同。

教えられたとおりに申したと篤姫に報告する家定。
喜ぶ篤姫。
御台とも幾久しく友好を保ちたいと家定。
その言葉を嬉しく思う篤姫。

福井藩邸。慶永に書状を届けた西郷。
慶喜擁立の壁は高くなったと慶永。

(回想)
老中堀田正睦の弱腰を叱りつけ、自分がアメリカに乗り込むと斎昭。
震え上がる 正睦。

家斉の評判は悪くなる一方で、
家定を毒殺し、慶喜を将軍に据えるつもりだという噂まであると慶永。

左内と協力し、諸大名の協力を仰ぎ、かつ、
慶喜が将軍になる覚悟を決めるよう説得せよと慶永。

磯田屋。
慶喜の評判を集めた一橋公言行記を書き上げた左内。
そこに現れ、そこに書いてある事は全て父がでっち上げた事だと言い、
言行記を破り捨てた慶喜。

ここではヒー様と呼べ、一橋様と呼ぶことは許さぬと慶喜。

言行記が台無しになった事を嘆く西郷。
抜かりはない、写しはいくらでもあると左内。

幕府に、この国難を乗り切るためには慶喜を次の将軍にする事が相応しいとの建白書を出した斉彬。この建白書を巡って鋭く対立する一橋派と南紀派。両派を裁定出来ずうろたえるばかりの堀田正睦。

西郷の後を付けてきた仮面の男。その男を取り押さえた西郷。
その時、ご同道願うと声を掛けてきた長野主膳。

彦根藩邸。
西郷に茶を振る舞う直弼。無作法に茶を飲み、旨いと西郷。
作法は知らなくても味は判るかと直弼。
この器もとても良いものと西郷。
御台所の輿入れの手配りをしただけの事はあるなと直弼。

逃げてばかりの男に将軍は務まらないと直弼。
あの一筋縄では行かないお方だからこそ、異国の言いなりにはならない、
この国は変わらなければならないと西郷。
自分に講釈をするとは恐れ入ったと直弼。
無礼な振る舞いは主君そっくりと主膳。
殿を愚弄するな、この国を守るためにこの国を変えようとしていると西郷。
250年の安泰を保ってきたのは徳川宗家、守るべき国とは徳川家の事、
異国が迫っているからと言っても、何も変えてはならぬと直弼。

西郷に斉彬の内情を知らせよ、そうすれば当家の家臣として取り立て、
薩摩に居る身内も助けてやろうと主膳。
家の者に何をしたと叫ぶ西郷。
まだ何もしていないと主膳。自分に力を貸せと直弼。

井伊掃部頭ともあろう人がこんな脅しをかけて来るとは、
こんな腐った連中に守られた将軍家も危ないものだ、
自分たちとは依って立つ立場が全く違うと良くわかったと西郷。

大奥。斉彬の建白書を読む本寿院。
水戸の隠居の息子が将軍になればあの男までが奥に入って来る、
それはならぬと本寿院。
御台所の縁組みはこの企みがあったからかと本寿院。

本寿院の怒りを知り、狼狽える幾島と篤姫。
そこに現れた家定。驚く篤姫。
御台とは幾久しく友好だと申したであろうと家定。

次の公方に慶喜をと願い出る篤姫。
慶喜は嫌いだと家定。
慶喜はこの国を守ってくれる、国も民も無事息災と篤姫。
姫も息災という事かと考え込む家定。

そこに現れた本寿院に向かって、跡継ぎは一橋にすると宣言した家定。
驚く本寿院。喜び合う篤姫と幾島。

磯田屋。相変わらずヒー様として遊び暮らす慶喜。
家定が跡継ぎに決めたと説得する西郷と左内。
あくまで固辞する慶喜。

その夜、刺客に襲われた慶喜。
人殺しだと叫び逃げる慶喜。
刺客と渡り合う西郷たち。

危うく切られそうになる慶喜。
咄嗟に短刀を抜き、刺客を刺し殺した西郷。

初めて人を殺した事で惑乱する西郷。

薩摩の人間がなぜ自分を殺そうとすると慶喜。
これは彦根の回し者だと西郷。

死体を始末した慶喜と左内。
手を合わせる西郷に、刺客に情けを掛けるのかと慶喜。
あの男にも主君がおり、家族が居る、その命を奪ってしまった
自分は人殺しだと西郷。
だから自分は将軍にはなりたくないと言っている、
そうなればもっと国が乱れて多くの血が流れると慶喜。
このままでは異国に飲まれる、血が流れるどころではないと左内。

俺の命を守ったと斉彬に褒めて貰えと慶喜。
あなたの命とあの男の命は同じ、
しかしあなたは国を変え、多くの民を救える力を持っている、
それでもまだ逃げると言われるならあの男も浮かばれないと西郷。
よし行くぞ、ついて来いと、ついに決意した様子の慶喜。

彦根藩邸。
直弼に会いに来た慶喜たち。
刺客を送るほどだからよっぽどの用があると思って来てやったと慶喜。

慶喜様が将軍を固辞されるのなら自分に一案がある、
紀州の慶福様が次の公方になった暁には紀州を差し上げると直弼。
確かに悪い話ではない、しかし気に食わぬ、
お前に紀州に行けと言われる覚えは無い、つけ上がるなと慶喜。
これは恐れ入りましたと直弼。
今の幕府でこの国が守れると思っているのか、
この大馬鹿者と直弼を叱りつける慶喜。
判った、自分が将軍になってやると言い捨てて帰る慶喜。

「今回は遂に慶喜が将軍職を継ぐ決意をするまでが描かれました。ほぼ創作の回と言って良いのですが、西郷の成長ぶりと本気になった慶喜の凄みが良く表されていたと思います。」

「以前、斉興とお由羅の方の前では一言も返せなかった西郷が、直弼相手に堂々と渡り合ったのは見事でした。斉彬の薫陶の下、諸国の士と交わった事で西郷が成長したという事なのでしょう。」

「慶喜の啖呵も格好良かったですね。ようやく幕末史をかき回した慶喜の本領が垣間見えた一瞬でした。」

「ただ、慶喜が決意に至る過程が少し弱かったかな。西郷に泣きつかれただけで翻意するとは、ヒー様らしく無い様な気がします。もう少しひねりがあっても良かったんじゃないかしらん。」

「ほぼ創作の回ではありましたが、そこかしこに史実も散りばめられていました。例えば大奥が斉昭を毛嫌いしていた事がそうです。」

「斉昭には大奥の女性に手を出したという噂が付きまとい、今で言うセクハラまがいの発言も多かったと言われます。また、大奥の浪費ぶりにも口を出し、支出を抑えようとした事も嫌われた源因でした。その子の慶喜が次期将軍ともなれば斉昭の発言権がさらに大きくなり、大奥が住み難くなると考えられたのが慶喜の将軍登用を妨げた要因の一つでした。それだけ大奥の発言権は強かったのですね。」

「また、家定が慶喜を嫌っていたのも事実で、この事も慶喜にとっては不利な条件でした。暗愚と言われた家定でしたが、自分の意思を持っていた証の一つでもありますね。」

「もう一つ付け加えるならば、家定と篤姫が仲睦まじかった事も事実と言われます。ドラマで描かれた様に家定には心優しい一面があったのかもしれません。」

「次回は家定が病に倒れ、直弼が大老職に就き、斉彬がそれに反撃するまでが描かれる様です。サブタイトルからすると斉彬の死までが入るのかな。その激動の中で西郷が活躍する様ですね。予告には四転五転する展開とありますので、どんな回になるのか楽しみに待ちたいと思います。」

参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.04.14

京都・洛中 京都桜事情2018 ~千本ゑんま堂 4.8~

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平成30年4月8日の千本ゑんま堂です。この日は普賢象桜が満開、見頃を迎えていました。今年はご多分に漏れず、一週間ほど開花が早かったですね。

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この日は初めて拝観をしたのですが、色々と興味深いお話を聞く事が出来ました。

千本ゑんま堂は、正式には印接寺と言いますが、印接とは引導と同じ意味だそうですね。この寺のあたりは風葬の地として知られる蓮台野であり、その入り口に小野篁が閻魔大王の像を建立したのが始まりとされます。その後、定覚上人が、藤原道長の後援を受けて、諸人化導印接仏道の道場として引接寺を開山されました。

ご本尊は閻魔大王で、縦横2.2mという巨大なものですね。目に琥珀を填めているという珍しい仏様で、さらに舌には香木を用いられていいるのだとか。今ではすっかり剥落していますが、かつては極彩色に彩られたいたそうです。そして右脇には閻魔帳を持った司命尊、左側には判決を書く司禄尊が祭られています。なお、閻魔大王は地蔵尊の変化した姿だそうで、本来は人々を救済する優しい仏様なのだそうですね。

蓮台野は風葬の地、つまりは野ざらしの地だったのですが、いつしか土葬し石仏を置くようになり、その石仏が千体程(つまりは無数)も立ち並んでいたいたことから、蓮台野に至る道を千本通と呼ぶようになったのだそうです。(あるいは卒塔婆が千本も並んでいたからとも言います。)

実際、今でもこのあたりを掘るとおびただしい数の石仏が出てくるそうで、本堂の西側にある石仏は、千本通に市電を通すために拡幅した際に出土した石仏を安置したものだそうです。

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冒頭の十輪の塔は紫式部の供養塔と伝えられます。紫式部は源氏物語の作者として知られますが、軟弱な物語を書いた事で、あの世では責め苦を受けていたと言われます。その式部が助けを求めてこの寺の住職であった円阿上人の夢枕に立った事から、この供養塔が建立されたのでした。なお、金色の式部像は数年前に建立されたものです。

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普賢象桜は丁度満開を迎えたばかりの様でした。青空に映えた姿はとても美しかったですよ。

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この桜が散り始めるのは今日あたりからとの事でした。ただ、どうなるかは実際に見てみるまでは判らない様ですけどね。今日は午後から雨が降ったのも気になるところです。雨に濡れると落ちた花びらが潰れてしまうのでまだ散らないで欲しいのですが、さてどうなる事でしょうか。

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2018.04.13

京都・洛中 京都桜事情2018 ~千本釈迦堂 4.7~

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雨宝院から千本釈迦堂へとやってきまた。ここでは松月桜が満開、見頃を迎えていました。

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毎回書いていますが、現地には普賢象桜と書かれていますが、これは松月桜です。普賢象桜とは花色も違うし、葉の色も異なります。似ているのは牙の様になった二本のめしべだけですね。

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美しい八重桜である事は無類で、このままブーケにしても十分に通用します。無論、枝を切ったりするのは厳禁ですけどね。

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千本釈迦堂には、松月桜の他にも沢山の八重桜があります。これは関山桜で、おかめの像と絡めて撮ってみました。

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関山桜の隣にあるのが御衣黄桜で、こちらも満開になっていました。実はこの日初めて気が付いたのですが、稲荷社の前にも数本の御衣黄桜があるのですね。本堂の東側(ただし柵の向こう側)には鬱金桜とおぼしき桜が咲いていましたし、千本釈迦堂は知る人ぞ知る八重桜の名所と言えるのかもしれません。

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2018.04.12

京都・洛中 京都桜事情2018 ~雨宝院 4.7~

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白峯神宮から雨宝院へとやってきました。ここは有明桜の名所なのですが、今年はすっかり盛りが過ぎてしまっていました。

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せっかくの桜も、ただでさえ散り初めだったところに、この日の前日に降った雨で、すっかりみすぼらしい姿になっていました。でも、一応お決まりの構図でパチリ。

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この日はむしろ散った花びらの方に美しさがありました。地面の花びらは踏みつけられていましたが、灯籠の上に積もった花びらはとても素敵でしたよ。

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松月桜はまだ見頃でした。例年なら有明桜が散った頃に咲くのに、今年はまだ有明の花が残っている状態で咲いていたので、あまり目立たなかったのが残念でした。

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一番の見頃は御衣黄桜でした。まさに満開になったばかりで、もう暫くは見頃が続きそうです。これから雨宝院に行かれる方は、御衣黄桜に注目ですよ。

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2018.04.11

京都・洛中 京都桜事情2018 ~白峯神宮 4.7~

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平成30年4月7日の白峯神宮です。この日は黄桜が満開を迎えていました。

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実はこの花を見るのは初めてで、これがピークなのかどうかは判りません。ただ、一般的には花の中央が赤くなるほど終わりに近づくので、この日はまだぎりぎり見頃だったと言って良いのでしょう。

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もう一つ境内には八重桜が咲いていました。この花も真如堂の花とよく似ており、普賢象桜かなと思うのですが、なんとも言えません。千本ゑんま堂の桜と比べると似ている様でもあり、違うようでもあり、判断は難しいですね。

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ここはすっかりサッカーを始め球技の神様として有名になり、多くのボールが奉納されています。これはキャプテン翼の作者である高橋陽一氏が奉納したサッカーボールで、ファンには垂涎ものなのでしょうね。

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ただ、ここは本来は崇徳上皇の鎮魂のための神社であり、それを忘れないためでしょう、崇徳院の和歌の碑が建てられていました。でも、この趣意が判る人がどれだけ居るのかな。きっと崇徳院もあの世で苦笑している事でしょうね。

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