2012.02.03

桂の木の下で 5

Katura12020181

4からの続きです。

やがて卒園の日を迎えた。

卒園式は母親同伴だった。親たちは一様ににこやかに笑い、無事に卒園を迎えた事を称えあった。小学校に上がる事は、なるほど目出度いに違いなかった。でも、私の中の不安は消えていなかった。小学校で友達になれそうな何人かの子にあたりは付けたけれども、正直言って心許ない相手ばかりだった。

卒園式は無事に終わり、最後のお別れを言うべく皆で教室に戻った。私は不安を隠すため、出来るだけ快活を装って仲間と別れのあいさつを交わした。

近くに住む子達には、

「また会おな!」

の一言を添え、遠くに住む子には、

「大きくなったらまた会えるって。」

と言った。どちらも私にとっては希望の言葉だった。いや、不安を打ち消すための魔法の言葉だったかも知れない。親たちは私の言葉を笑って聞いていたが、私は祈る様な気持ちで、仲間にまた会おうと言っていたのだった。

気がつくと、亜紀ちゃんがお母さんと二人で立っていた。あの日、先生はきつく何かを言っていたけれど、二人の様子は何事も無かったかの様に見えた。彼女のお母さんもまた、控えめながら笑顔で立っていた。ただ、どのお母さんとも話をしようとはしなかった。

私は亜紀ちゃんにもあいさつをしたかった。けれども、話しかけないでと何度も言われた以上、近づく事はためらわれた。

本当は亜紀ちゃんと仲直りをし、一緒に小学校に行けたらどんなに良いだろうと思っていた。亜紀ちゃんとなら行き帰りは同じ道だし、また帰りに家に寄って遊んで帰る事も出来る。学校で嫌な目にあっても、亜紀ちゃんと一緒ならきっと何とかなる。そう思っていた。

けれども、亜紀ちゃんは○○小学校には行かないと言ったきりだった。その後、話す事も出来ないまま今日まで来てしまっていた。毎日バスではすぐ前に座っていたにも関わらずだ。

一通りあいさつを済ました私は、母親の側に行った。もう幼稚園でする事は何も残ってはいなかった。あとは先生にあいさつをして帰るだけのはずだった。ところが、ふと横を見ると亜紀ちゃんがすぐ隣に来ていた。そして、素早く私の耳に囁いた。

「今日、家に行くから待ってて。」

亜紀ちゃんはそう言うと、驚いた私を残して、さっさと母親の下に戻っていった。亜紀ちゃんのお母さんは、私と彼女を等分に見比べ、何をしていたのと亜紀ちゃんに聞いていた。ううん、何もと答えた亜紀ちゃんは、素知らぬ顔をして向こうを見た。亜紀ちゃんのお母さんは少し首をかしげ、それから私を見てにこりと笑って会釈をした。

家に帰った私は制服を脱いで普段着に着替えた。卒園したのだから、もう制服は着ていられないと思ったのだった。そして、いつかの様に家の表に出て亜紀ちゃんが来るのを待った。話しかけるなと言っていた亜紀ちゃんが、家に来ると言ったのは意外だった。しかし、最後の日に会えるのは嬉しくもあった。また、何を言われるのだろうと不安でもあった。

やがて、鳥居の向こうから亜紀ちゃんが出てくるのが見えた。亜紀ちゃんはまだ制服のままだった。小柄な亜紀ちゃんは、まるで手まりが転がる様に駆けて来た。私の前まで来て止まった亜紀ちゃんを、私は家の中に誘った。とこころが亜紀ちゃんは、

「外がいい。家の人に会いたないの。」

そう言って私を桂の木の下に引っ張って行った。桂の木は、ちょうど芽吹き始めたところだった。上を見上げれば、冬枯れの枝にうっすらと緑が萌えているのが判った。私は亜紀ちゃんが何かを言い出すのを待った。

亜紀ちゃんは暫く黙ったあと、堰が切れた様に話し始めた。

「ごめんな、いけずばっかりゆうて。ほんまは、ずっと話たかってん。もっと遊びたかってん。でも、お母さんがあかんて言うてん。もうあの子と遊んだらあかん、家にも呼んだらあかんて。」

亜紀ちゃんは何を言い出したのかと思った。聞き間違えたのかとも思った。亜紀ちゃんは謝っている。そうか、私に冷たくしたのはお母さんに止められたからなのか。そうなんだ。お母さんの言いつけだったのなら仕方がないか。亜紀ちゃんの言葉を聞き、私の心の中にあったわだかまりがすっと消えていくのが判った。

「良かった。嫌われたかと思てた。」

「ううん。そんな事ない。ずっと一緒に居たかってん。何回も話しかけてくれたの、嬉しかってん。でも、もう話したらあかんて言われてたん。」

一生懸命の顔で亜紀ちゃんは言った。

私の思いは亜紀ちゃんに通じていた。私は目の前の霧が晴れ、心に暖かいものが満ちあふれて来る様な気がした。

「私な、もう幼稚園にも行ったらあかんて言われてたん。外にも出たらあかんて。でも、幼稚園だけは行かせてて頼んだん。泣いて頼んだん。」

なぜお母さんがそう言ったのかは判らなかった。聞いても亜紀ちゃんは答えなかっただろう。でも、私にはお母さんの事情はどうでも良い事だった。

「もうええよ。それより、小学校一緒に行こな。○○小学校に行くんやろ。」

心から安心した私は亜紀ちゃんにそう言った。きっと、小学校も楽しくなる。でも、行き帰りに一緒に歩くのは彼女が嫌がるかな。家の近くなら良いか。またあの家で遊べる、小学生になったら何をして遊ぼうか。

ところが亜紀ちゃんは声を落としてこう言った。

「○○小学校には行けへんて言うたやろ。」

意外な彼女の言葉に私は動揺した。

「けど、他にどこに行くところがあるの。」

「判らへんねん。」

亜紀ちゃんは俯いてそう言った。そして、やがて決心した様に私に言った。

「私、引っ越しするねん。そやから、小学校には一緒に行かれへん。」

引っ越し?引っ越しって何だろう。亜紀ちゃんがどこかに行くという事?小学校には一緒に行けない?そう言えば亜紀ちゃんは鎌倉から来たのだった。じゃあ、また鎌倉に帰るのか。せっかく仲直りしたのに、もう会えなくなる?そんなの嫌だ。それとも、引っ越すって京都の市内?京都の中なら何とかなる。

一瞬のうちに、様々な思いがよぎった。ついさっき見つけた暖かな幸せが消えようとしていた。このままじゃ駄目だ。何とかしなきゃ、何とか。そう思った私は、あの台詞を口走っていた。

「大丈夫。大きくなったらまた会えるって。」

本当はずっと一緒に居たかった。引っ越しなんてしないでと言いたかった。幼い私たちでは、離ればなれになっては、また会うことは難しいのは判っていた。でも、親が決めた事を変えるのは無理だとも判っていた。だから、私は亜紀ちゃんとの絆をこの言葉でつなぎ止めようとしたのだった。大きくなったらまた会えると。

でも亜紀ちゃんは寂しそうに言った。

「もう無理やわ。」

「何で。そんな事あれへん。」

「私、遠くに行くの。」

「遠くってどこ。京都のどこか。」

「私、兵庫、行くねん。」

兵庫?兵庫ってどこだ?確か西の方?大阪なら知ってる。おばあちゃんが居る所だ。大阪なら電車で行ける。兵庫はどこだっけ。大阪より向こう?それとも手前?電車で行けるのかな。どこかで乗り換えるのかな。乗り換えの電車は判るかな。

時刻は日暮れ時だった。西日が桂の木を赤く染めていた。私は夕日を探した。夕日は西に沈むと教えて貰っていた。あの日が沈む山の向こうに兵庫があるはずだ。でも、どうやったらあそこまで行けるのだろう。

亜紀ちゃんの顔も半分西日で染まっていた。心が一杯になった私は、亜紀ちゃんにこう言った。

「大丈夫。大きくなったら絶対会えるって!」

私はこの魔法の言葉に縋るほか無かった。もう会えなくなるとは、どうしても思いたくはなかった。

「そやね、そうやったらええね。」

亜紀ちゃんは寂しそうに言った。

「ほんまは、引っ越すて、誰にも言うたらあかんて言われてたん。ここにも来たらあかんて言われてたん。家の人の迷惑になるからって。でも、どうしても来たかってん。そやからお母さんには黙って来てん。」

亜紀ちゃんは親の言いつけを破ってまでも私に会いに来てくれた。彼女にはこれが最後のチャンスだと判っていたからだった。私はもうどうしようも無い事を悟った。幼い私の力で出来るのはここまでだった。でも、せめて亜紀ちゃんとの最後のこの時間を思い出に残るものにしたいと思った。

「なあ、もうちょっとええやろ。最後に遊ぼ。何して遊ぶ。」

「あかんわ。もう帰らなあかん。引っ越し、今日やねん。遅なったら、お母さんに叱られる。」

私はこれ以上言うべき言葉が見つからなかった。私は亜紀ちゃんをつなぎ止める術を全て失ったのを知った。

「いっぱい遊んでくれてありがとう。優しくしてくれて、ありがとう。嬉しかった。」

そう言った亜紀ちゃんの目には、涙が一杯たまっていた。

「それじゃ、行くね。」

さよならとは言わず、亜紀ちゃんは走り出した。鳥居に向かって駆けていく亜紀ちゃんは振り向く事はしなかった。その代わり時々腕を顔の前で交差した。きっと涙を拭いているのだろうと思った。やがて亜紀ちゃんの小さな姿は鳥居の向こうに消えて行った。

私は不思議に涙も出なかった。失ったものが大きすぎる時、悲しいとも感じないものらしいと幼な心に思った。ただ、心に大きな隙間が出来た様に感じた。心が寒いと感じた。

そして、同時に亜紀ちゃんの事は忘れようと思った。忘れなければ前に進めそうになかった。小学校に一人で通うには、亜紀ちゃんを失った痛手を抱えては居られなかった。だから私は、懸命に亜紀ちゃんの事を忘れ様とした。亜紀ちゃんとの事は最初から無かったんだと、そう思い込こもうとした。

でも、年とともに亜紀ちゃんの記憶は鮮明に蘇って来た。彼女の置かれた数奇な境遇も、今はおぼろげながら想像が付く。そして彼女が抱えていたであろう悲しみも今では判る。

親の都合に翻弄された彼女に、私も巻き込まれた形だった。でも、亜紀ちゃんを恨む気持ちなど毛頭無い。亜紀ちゃんと過ごした楽しい記憶は、今でも私の宝物である。そして、亜紀ちゃんが残した別れの言葉も。

兵庫に行った亜紀ちゃんは、その後幸せに暮らせただろうか。今となっては知る術も無いけれど、幸多かれと願うばかりである。

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京都・洛東 今日は節分ですね

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今日は節分ですね。京都では各地で様々な行事が行われた事でしょう。昨年は一日を掛けてはしごをしたものですが、今年は残念ながら無理でした。

写真は昨年撮った平安神宮の様子で、ここでは古式に則った追難式「大儺之儀」が行われます。

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そのあとに行われるのが茂山千之丞社中による鬼踊りですね。手に手に武器を持った鬼たちが、ユーモラスな踊りを披露してくれますよ。

Setubun1202033

最後は大火焚神事で締められます。火焚串4万本を焚き上げる大たき火ですね。その様子は昨年の記事にアップしていますので参照してください。

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今年は地元の神社で行われている追難式に参列し、その後は我が家で豆まきをして過ごしました。こういう静かな過ごし方も良いものですね。

でも、来年は日曜日なので朝から晩まで京都を駆け回るつもりなんて、そんな事を言ったらそれこそ鬼に笑らわれてしまいますか。

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2012.02.02

桂の木の下で 4

Katura1202022

3からの続きです。

次の日、バスの乗り場には、亜紀ちゃん一人が居た。先生が、

「今日は一人?」

と聞くと、

「はい。」

と小声で答えて彼女はバスに乗ってきた。私の方をちらりとも見ないのはいつもの事なのだが、黙って前に座った亜紀ちゃんの後ろ姿を見ながら、何かあったのだろうかと私は気を揉んでいた。

幼稚園に着き、バスを降りた時に私は亜紀ちゃんに話しかけた。

「どないしたん?」

すると私は、意外な言葉を浴びせかけられた。

「もう私に話しかけんといて。それから、家に遊びに来てもあかんし。」

突然の絶交宣言だった。どうしてと問う間もなく、亜紀ちゃんは背を向けて教室に入って行った。何か気に入らない事でも言っただろうかとあれこれ思いをめぐらしたが、見当は付かなかった。やっぱり、昨日遊びに行ったのが良くなかったのか。でも、昨日は仲良く遊んで帰ったはずなのに。

訳の判らぬ私は、中休みに亜紀ちゃんに近づき、訳を聞こうとした。でも亜紀ちゃんは、

「話かけんといて。」

と冷たく言い放ち、私から離れていった。なぜか突然、私は彼女から嫌われてしまっていたのだった。

元々亜紀ちゃんとは幼稚園では話さない様にしていたので、絶交されても遊び相手には困らなかった。西山君も同じ組に居たし、他にも仲間は何人も居た。彼らといつもの様に遊びながらも、私は亜紀ちゃんの事を忘れる事が出来なかった。亜紀ちゃんの方をそれとなく見ていると、相変わらず他の女の子とは遊ばないで、一人で絵本を見たりお絵かきをしており、特に変わりは無いようだった。そんな亜紀ちゃんを見ながら、私は心のどこかに穴が開いたような寂しさを覚えていた。

それから数日後、さらなる変化が待っていた。亜紀ちゃんが登園して来なくなったのである。いつもの様にバスが大鳥居の前を回っても、いつもの待ち合わせ場所に亜紀ちゃんの姿は無かった。

「あれ。今日はお休みかな。連絡はありました?」

「いや、何も聞いてないけど。」

先生と運転手さんは短いやりとりをした後、

「仕方がないわね。」

と言ってそのまま通り過ぎた。次の日も同じだった。また、その次の日も。そのうちに、先生も運転手さんも何も言わずに、ちょっと徐行するだけで亜紀ちゃんの待ち合わせ場所を素通りする様になった。冬休みが来ても、とうとう亜紀ちゃんは姿を見せなかった。

やがて年が改まり、幼稚園も最後のシーズンを迎えた。正月を過ぎても亜紀ちゃんの姿は待ち合わせ場所に現れなかった。

その頃になると、年長組の話題は、次に上がる小学校の事で持ちきりとなった。みんな新しい世界に入ることに、期待と不安を抱いていたのである。そんな中、私は大きな問題に直面していた。なんと私の行く小学校には、幼稚園の仲間が一人も行かない事が判ったのである。

正確には何人か一緒に行く子達は居た。でも、どの顔も普段遊んだ事がない子たちばかりで、西山君を初めとする私の仲間はことごとく違う学校だった。幼稚園では大勢の友達に囲まれていた私が、小学校に上がったとたんに一人ぼっちになってしまうのである。

これはとんでもない話だった。女の子ではただ一人、大仏さんだけが一緒だった。亜紀ちゃんが居なくなった後、私は大仏さんとまた話す様になっていた。彼女は同じ学校で良かったねと言ってくれたが、彼女一人では心許なかった。どうにかしなければと思った私は、同じ学校に行く子たちの中で仲良く出来そうな子を探した。やっと一人、二人と見つけたが、やはりいつもの仲間とは勝手が違った。

そんな中、私はふと亜紀ちゃんの事を思った。そうだ、彼女が居る。あの子は間違いなく同じ小学校だった。でも、亜紀ちゃんには絶交されたままだった。そして何より、何があったのか今は幼稚園にも来ていない。

幼い私には、何もかもが荷が重すぎた。あれほど楽しかった幼稚園が、急に気重になって来た。このまま小学校に持ち上がればよいのに。どうにもならぬ事とは知りつつ、そんな事を思ったりしていた。

そして、一月も過ぎようとしていたある日、再び変化が訪れた。亜紀ちゃんが登園して来たのである。

その日、バスが大鳥居の前を曲がった時、どうせ今日も素通りかと思われたその場所に、亜紀ちゃんの小柄な姿が見えた。

「あれ?」

という声とともに、先生が運転手さんに止まるように声を掛けた。

「どうしてたの?お母さんは?」

心配そうに聞く先生には答えず、亜紀ちゃんは

「おはようございます。」

とだけ言って、さっさと私の前の席に座った。私の方をちらりとも見ないのは以前のままだった。

何があったのかは判らないけれど、久しぶりに亜紀ちゃんの姿を見た私は嬉しかった。私はバスに乗っている間、亜紀ちゃんの黄金色に透ける髪を飽かずに眺めていた。でも、亜紀ちゃんに話しかける事は出来なかった。亜紀ちゃんは以前にも増して冷たく装い、私を近づけようとはしなかったのである。

久しぶりに登園した亜紀ちゃんには、少しだけ変化が見えた。絶対に遊ばないはずの女の子達と、話をし出したのである。ずっと肩肘を張って女の子を近づけなかった彼女が、他の子と本をのぞき込んだりお絵かきをしている姿は、ごく普通のおとなしい女の子に見えた。

二月に入ると、卒園式の稽古が始まった。卒園式で歌う歌を習ったり、卒園証書を受け取る練習をするのが日課となった。私は卒園と同時に襲って来る孤独を思いながら、卒園の歌を歌っていた。

そうしている内に二月はあっという間に過ぎ、三月に入った。あと少しで卒園式となったある日、先生がみんなを集め、次に上がる小学校の名を言う様に言った。それぞれの進路先を確かめ合い、小学校に上がっても仲良くしようという趣旨だった。

仲間たちが次々に小学校の名を言っていく中、私は言いようのない寂しさを感じていた。私も彼らと同じ学校なら良かったのに。けれども、自分の順番が来たとき、私はやっと覚悟を決めることが出来た。○○小学校です、と少数派の名を言った時、仕方がないとあきらめる事が出来たのである。

自分の事はとりあえずけりを付けたが、気になるのは亜紀ちゃんだった。亜紀ちゃんとはずっと口を利いていなかったが、きっと私と同じ小学校の名を言うはずだった。ところが、亜紀ちゃんの番が回ってきた時、立ち上がった彼女はじっと俯いたまま、何も言わないのだった。

教室に、異様な沈黙が流れた。亜紀ちゃんは懸命に何かをこらえるように、ずっと下を見ていた。私は彼女が○○小学校の名を知らないのだろうと思った。彼女は一年前に鎌倉から来たばかりであり、きっと地元の小学校の名前は覚えていないに違いない。

私はよっぽど亜紀ちゃんに耳打ちしてあげようかと、やきもきしなが彼女を見つめていた。ところが、沈黙を破ったのは先生だった。先生の声はいつになく尖っていた。

「なんであなたは黙っているの。あなたの家はどうなっているの。お母さんは何も返事をくれないけど、授業料も溜まっているのよ。」

私は、先生は何を言い出すのだろうと思った。普段はとても優しい先生で、およそ園児を叱ったりする人ではなかった。なのに、今の言葉は明らかに亜紀ちゃんに厳しく当たっている。

「お母さんは悪くありません!」

亜紀ちゃんは突然叫んだ。いつかの日、あのおばあさんに向かって言ったのと同じ調子だった。先生も驚いた様子だったが、さすがに落ち着いた調子で、

「このままだと、あなたは卒園出来ません。先生からも言うけど、あなたからもお母さんに伝えるのよ。判った?」

先生にそう言われると、亜紀ちゃんはさすがに小声で、

「はい。」

と答えてやっと座った。

休み時間、私はどうしても放っておけず、亜紀ちゃんに近づいてそっと囁いた。

「なんで○○小学校て言わへんの?知らんかったん?」

ところが亜紀ちゃんの返事はきついものだった。

「○○小学校なんて行かへんわ。もう、話かけんといてて言うてるやろ!」

取り付く島も無いというのはこういう事を言うのかと思いつつ、じゃあ亜紀ちゃんはどこに行くと言うのだろうと考えた。でも、いくら考えても、幼い私には答えは出なかった。

以下5に続きます。

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京都・洛中 蝋梅 ~北野天満宮 1.28~

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北野天満宮で、蝋梅が満開になっています。

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蝋梅が咲いているのは本殿の西側で、周囲はほんのりと黄色に染まり、心なしか暖かい気分になりますね。

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その背後にある灯籠には文政5年とあり、190年前に奉納されたものだと判ります。かなり錆が浮いていますが、こういうのって途中で補修されたりするものなのでしょうか。それとも次々に奉納されるでしょうから、順番に更新されて行くものなのでしょうかね。まあ、190年も現役を通したのですから、十分に役割は果たしたと言えるのでしょうけど。

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蝋梅は丁度見頃といったところでした。花期の長い花ですから、まだ暫くは咲いていると思いますよ。

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早咲きの梅もいくらか咲いていました。一番先進んでいたのは絵馬堂の前にある木で、1分咲き程度にはなっていたかな。極寒の日が続きますが、確実に春は近づいていると感じさせてくれる花ですよね。

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2012.02.01

桂の木の下で 3

2からの続きです。

反対に、亜紀ちゃんが私の家に来た事も一度だけある。幼稚園で亜紀ちゃんにそっと近づき、今日遊びに来ないと誘うと二つ返事で乗ってくれた。亜紀ちゃんは私の家を知らないので、とにかく神社を真っ直ぐに抜けて来る様に言い、私は家の外に出て待っている事にした。

私は嬉しくて家に帰るなり母親に今日彼女が遊びに来る事を告げ、すぐに表に飛び出して亜紀ちゃんを待った。そんなにすぐ来るわけがないと親に笑われたが、亜紀ちゃんが迷うといけないと思ったのである。

どれほど待っただろう、鳥居の所に彼女の小さな姿が見えた時は嬉しかった。私は手を振って亜紀ちゃんに合図した。すると亜紀ちゃんもすぐに気がついて、道の向こうから駆けて来た。勢いよく走ってきた亜紀ちゃんは、私の前であわてて止まった。亜紀ちゃんもまた、いつかの私のように制服のままだった。

「いらっしゃい。中に入って。」

いつもは遊びに行くばかりなので、私はうきうきしていた。ところが、亜紀ちゃんはいつもとは違う余所行きの顔をしていた。初めて来る家で緊張しているのだろうかと思ったけれども、何となく勝手が違って私はとまどった。

亜紀ちゃんは私と違って、私の母にきちんとあいさつをした。偉いね、あいさつが出来てと褒めた母は、亜紀ちゃんが気に入った様子だった。私は亜紀ちゃんがそうしてくれたように家の中を案内する事にした。でも、いつまで経っても余所行きの顔は変わらず、何だか調子が出なくて困った。

あまりに亜紀ちゃんが乗って来ないので、何をして良いのやらと迷ったあげく、その頃流行っていたシールを貼らないかと誘ってみた。これには亜紀ちゃんも反応を示し、どうやれば良いのと聞いてきた。

このシールはガムのおまけに付いていたもので、包み紙がシールになっていた。このシールを貼るのには、ちょっとしたコツがあった。紙が二重になっていて上のシールだけを一度はがし、表面を確かめてから貼らないと裏返しになってしまうのである。私はそれまでに何度も失敗し、先日やっと出来る様になったばかりであった。ところが、亜紀ちゃんに説明しながら貼っていると、見事に裏返しになってしまった。表と裏を間違えてしまったのである。ちょっと情けなくて泣きたいような気持ちになっていると、すぐ上の兄が現れた。そして、彼女のシールを手に取ると上手に剥がし、表を確かめてからこうしてご覧と言って亜紀ちゃんに手渡した。

「出来た。」

と喜ぶ亜紀ちゃんを見て、兄に良いところを持って行かれた私は、ちょっと複雑な気分だった。

もっと遊んでいけばと誘う私に、もう帰らなきゃと言って亜紀ちゃんは帰っていった。帰り際、

「また来る?」

と聞いた私に、うんと答えた亜紀ちゃんは、いつもの亜紀ちゃんに戻っていた。

次の日、私はまた亜紀ちゃんを家に誘ってみた。ところがなぜか彼女は元気が無かった。どうしたのと聞くと、お母さんに叱られたのだと言う。亜紀ちゃんはどういう訳か、私の家に来るのを止められていたのだった。昨日も話せばきっと駄目だと言われると思い、黙って出て来たと言うのである。それがばれて、彼女は二度と遊びに行ってはいけないと釘を刺されたのだった。

昨日亜紀ちゃんの様子が変だったのは、親に内緒で来ていたからだった。でも、なぜ駄目なんだろうと聞く私に訳は話さず、遊びに来てもらうだけにしなさいと母に言われたとだけ言った。

やがて幼稚園は夏休みとなり、亜紀ちゃんと会う機会は無くなった。家が近いのだから遊びに行けば良さそうなものだが、断りもなしに行くのは、はばかられたのである。私はちょっと寂しい思いをしながら、夏が過ぎるのを待った。

桂の木に秋が来て、やがて夏休みも終わった。幼稚園が始まると、亜紀ちゃんとは元通り仲良く遊んだ。おもしろい事に、亜紀ちゃんの言葉はいつしかすっかり京言葉に染まり、あの歯切れの良い関東弁は姿を消していた。

ところが、日が経つにつれて遊びに来てはいけないと言われる事が多くなり、2回に1回は駄目になり、やがてが3回に2回になった。私はその理由が判らず、亜紀ちゃんに嫌われ始めたのかと気を揉んだ。

Katura12020111

事態が急展開を見せたのは、秋も深まりを見せて来た頃である。その日も亜紀ちゃんは遊ぶのを渋っていたが、やっと来ても良いと言ってくれたのだった。黄色く染まった桂の葉は大半が散り、桜の葉も赤く染まって舞っていた。そんな落ち葉を踏みしめながら、私は亜紀ちゃんの家に向かった。

いつもの様に階段を上がって格子戸を潜り、玄関の扉を開いた。すると、座敷には掘りごたつがしつらえられていた。私は少し早い冬を感じた。そして、そこには見知らぬおばあさんが座っていた。私はちょっととまどった。正直言って、良い印象のおばあさんではなかった。私の周りにいるお年寄りとはどこか違う感じがしたのだ。あえて言うなら、油断がならない、そんな感じだった。

誰やろ、もしかしたら亜紀ちゃんのおばあさんかな、そやったら黙って奥に行くのは悪いかな。

そんな事を考えて立ちつくしていた私に、おばあさんは、

「あの子に会いに来たんか。」

とにこやかに声を掛けてきた。私は「うん。」と答えたが、その笑顔がかえってなじめないものを感じた。

「まあ、こっちに上がり。あの子は今奥に行ってる。じきに戻るよって。」

私はいよいよ亜紀ちゃんのおばあさんに違いないと思った。いつもなら亜紀ちゃんを呼んでさっさと奥に入ってしまうのだが、それではおばあさんに悪いと思い、座敷に上がって掘りごたつに入った。

「どうや、お菓子でも食べへんか。」

そういって、おばあさんは信玄袋から駄菓子を出してくれた。

「ありがとう。」

と言って受け取った私だが、何を話せばよいのだろうとそればかりを考えていた。そんな私を見て、

「おとなしい子やな。あの子の友達か。」

とおばあさんは話しかけてくる。うん、と私が答えようとした時、突然大きな音を立てて奥の部屋との間の襖が開いた。そこには幼稚園の制服を着た亜紀ちゃんが立っていた。そして、叫び始めた。

「何してんの。帰ってて言うたやろ!」

ものすごい剣幕だった。亜紀ちゃんの気が強い事は十分承知していたが、こんな勢いでまくし立てるのは初めて見た。亜紀ちゃんは誰に言っているのか。まさか自分のおばあさんにあんなきつい言い方はしないだろう。だとすると私に言っているのか。今日は本当は来て欲しくなかったのか。良いと言ったと思ったのは聞き間違い?私が無理に押しかけたのを怒っているのか。とまどう私の横から、意外にもおばあさんがしゃべり出した。

「お母さんを呼んでて言うたやろ。奥に居るのは判ってるんや。はよ呼んで来て!」

「お母さんはいいひん!さっき言うたやろ!」

「あんた嘘ついたらあかんえ!」

「嘘なんかついてない!はよ帰り!」

「嘘つきはあんたのお母さんえ!上手いこと言うて、ちょっとも約束どおりしてくれへん!あんたのお母さんは、ほんまにひどい人え!」

「お母さんは、そんな人とちゃう!嘘つきはあんたや!ええから、はよ帰って!」

幼稚園児にまくし立てられて、おばあさんも面食らったのだろう。顔を真っ赤にして肩を震わしていたが、幼児相手にこれ以上喧嘩も出来ないと思ったのか、

「ええか、お母さんにまた来ると言うといてや!」

と捨て台詞を残し、信玄袋を手に帰って行った。

二人のやりとりを呆然と聞いていた私は、このままここに居ても良いのかと思った。何とも居心地が悪かったのだ。そんな私を見て亜紀ちゃんは、まだ興奮がさめやらぬ様子で、

「何でこんなとこに居てるの!はよ奥に入って!」

と、いつに無い強い調子でまくしたてた。私もおばあさんのとばっちりを受けた格好だ。どうしたのかと声を掛けようと思いつつ、掘りごたつから出て隣の部屋へと入った。するとまた驚く事が待っていた。亜紀ちゃんのお母さんがそこに居たのである。

「あの人帰った?」

お母さんは、そっと表の座敷の方をのぞき込む様にして、小声で亜紀ちゃんに聞いた。

「帰ったわ!あの人、ほんまに好かん!」

「困った人だわ。」

そう言ったお母さんの顔は、本当に困ったというより、どこかずるそうに見えた。それっきりお母さんは奥の部屋に引っ込み、姿を見せなくなった。

私はやっと亜紀ちゃんに、

「おばあさんに、あんな事言うてもええの?」

と聞く事が出来た。

「あんな人、おばあさんちゃうわ。」

「え、自分のおばあさんやないの?」

「違うて言うてるやろ。全然知らん人や。」

まだぷりぷりと怒りながら、亜紀ちゃんはつっけんどんに答えた。

私は何が何だか判らないまま、亜紀ちゃんの機嫌が直るのを待つしかなかった。愛ちゃんがやっと落ち着いたのは、二階への階段を半ば上がり掛けた時だった。

「せっかく来たんやし、ゆっくり遊ぼ。」

亜紀ちゃんにはそう言われたが、私はとてもそんな気分ではなかった。と言って帰る気にもなれず、いつものように二階をのぞいたり、廊下を滑ったり、秘密の扉をそっと開けかけたりして遊んだ。亜紀ちゃんの機嫌はすっかり直ったが、おばあさんの事は二度と口にしなかった。そして、私たちはいつもの様に別れた。

以下4に続きます。

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京都・洛中 白の万両、赤の十両 ~高桐院~

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大徳寺の塔頭、高桐院を訪れてきました。冬にここを訪れるのは何度目になるのだろう、静かな庭園を眺められるのが気に入っている季節です。

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当初の目的は、この寺にある椿の銘花「雪中花」を見るためでした。ところが、何度来ても見る事が出来ないのですよ。正直言ってどの木が雪中花なのか判っていないのですが、椿らしき木に花はおろか蕾の一つも付いておらず、残念ながら今年も空振りに終わっています。

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写真は残っているので確かにあるのでしょうけどね、受付で聞いてもはっきりしないのでは確かめ様がありません。どなたか情報をお持ちではないでしょうか。

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それはともかく、冒頭にも書いたように、冬の高桐院は訪れる人も少なく、ゆっくり出来るのが良いですね。秋の紅葉の盛りに、これくらい空いていれば良いのですが、それは望むべくも無い事でしょう。

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椿は無かったのですが、赤い実はそこかしこにありました。これは南天の実ですが、背後の窓と良く調和して見えました。写真では今ひとつ表現出来ていないのですけどね。

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白の万両の実は、珍しいというほどでは無いけれども、少ない事は確かですよね。よく見る赤の万両とはまた違った風情を感じます。

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こちらは赤の十両です。ヤブコウジというのが本当の名前の様ですが、実の多寡を数字に置き換えて名前にするとは、何とも洒落た事をするものです。あと千両はいくつかあったのですが、百両は気が付かなかったな。どこかにあったのでしょうか。

こんな具合に、庭に込められた洒落を見つけられるのも、ゆっくりと出来る冬の拝観ならではの事ですね。


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2012.01.31

桂の木の下で 2

Katura1202031

1からの続きです。予定より早く書き上がったので、土曜日ごとと言わず、続けてアップして行きます。)

一年が経ち、年長組になると小さな変化があった。

年長組になって最初の日も、相変わらず送迎バスは一番乗りだった。いつもの様に指定席に座ると、いつものようにバスは走り出す。大通りから左折して神社を南側に迂回すると、やがて大鳥居が見えてくる。先月までは右折して素通りするだけの場所だったのだが、この日は違っていた。道の角に見慣れない女の子と母親が立っていたのである。

「今日からやね。」

と先生が運転手さんに言うと運転手さんはうなずき、バスを女の子たちの前に止めた。先生と母親の間で、

「おはようございます。」

「よろしくお願いします。」

というあいさつが交わされた後、女の子がバスに乗ってきた。

「どこに座っても良いよ。」

と、私の時と同じように先生が言うと、彼女は私の前の席に座ろうとした。

「その席は、」

と先生が言いかけたのだが、

「今日からは満席になるから良いよ。」

と運転手さんが遮った。3月まではわずかに余裕のあった送迎バスも、この4月からは満席になったのである。そして、そのままバスは走り出した。

これまで遮るものが無かった私の視界の中に、彼女の後ろ姿が入ってきた。とても小柄な子ではあるが、たぶん同い年だろうと感じた。彼女の髪は、肩のあたりできれいに揃えられていた。とても細い髪で、きめ細やかに見えた。時にバスが東に向かうと、朝日が正面から差し込んでくる。その光が彼女の髪を透かせて黄金色に染めた。シルエットになった細いうなじと黄金色の髪と、私は何か不思議なものを見ている気がした。

幼稚園に着くと、うれしい驚きが待っていた。あの西山君が同じ組になっていたのである。これでもう休み時間に仲間を捜して歩かなくて済むと思うと、それだけで嬉しかった。

女の子では、吉田さんは隣の組となったが、大仏さんはまた同じ組だった。彼女は私を見ると近づいてきて、良かったねと言ってくれた。私もまた、からかい相手が居てくれる事は嬉しかった。

そして、もう一つの驚きがあった。今朝私の前に座った女の子が、同じクラスに居たのである。最初の時間に、先生が彼女を転入生として紹介した。私は彼女が鎌倉から引っ越してきたのだと知った。

鎌倉という町には、大仏があると聞いていた。また、東にあるという事もおぼろげながら知っていた。鎌倉についての知識はそれくらいでしかなかったのだが、彼女の言葉はとても新鮮に響いた。まったりした京言葉の中で育った私にとって、歯切れの良い彼女の関東弁は別の世界の言葉の様に感じられたのである。

彼女の名前は、正直言って覚えていない。それどころか、顔の記憶も無い。それはある時期、懸命に忘れようとしたからであるが、完全に記憶を消し去る事は出来なかった。そして、年とともによみがえり、今では彼女の言葉や声までも思い出す事が出来るのだが、どうしても顔と名前は出てこない。やむなく、ここでは亜紀ちゃんという名にしておく。

亜紀ちゃんは風変わりな女の子であった。それとなく様子を見ていたのだが、他の女の子たちと話をしようとせず、いつも一人で過ごしている様だった。その姿は寂しそうでもあり、平気な様にも見えた。暫くたった頃、私はお節介にも彼女に近づき話しかけてみた。

「ねえ、何で一人で居るん?遊ぼうと言ったら、みんな一緒に遊んでくれるよ。」

亜紀ちゃんの答えは、しかし、とても意外なものだった。

「放っておいてくれる?私はこの人たちとは遊びたくないの。」

思いのほか強い調子の彼女の言葉に私はたじろいだ。可憐な女の子に見えたのに、こんなに気の強い女の子だったのか。しかし、たじろぎながらも私は言葉を続けた。

「寂しくないん?」

「私は一人が良いの。」

ここまで強い拒絶に会ったのは初めてだった。どうしよう、もうこの子に話しかけるのはやめて離れようかと思っている私に意外な言葉が待っていた。

「それとも、あなたが私と遊んでくれる?でも、他の女の子と遊んじゃだめ。口も利いちゃだめ。その代わり、私もあなたとだけ遊ぶ。それでどう?」

思わぬ提案に、大仏さんや吉田さんの顔がよぎった。この子はいったい何を言い出すのだろう。他の女の子と口を利くなとはどういう事? 訳のわからぬ事を言うこの子と関わるのは止めた方が良い?様々な思いが忙しく私の頭の中を巡った。

しかし、亜紀ちゃんへの好奇心が捨てられないた私は、少しずるい考えを持った。いつも彼女が見張っている訳でもあるまいし、他の女の子とは彼女が居ないところで話しをすれば良いじゃないか。ここは彼女の言う事を聞くふりをしておけば仲良くなれるチャンスだ。

一瞬の間に考えをまとめた私は、

「ええよ。」

と亜紀ちゃんに答えた。そう言いながら、大仏さんたちに後ろめたい思いがよぎった。

「わかったわ。じゃあ、私の家に遊びに来て。でも遊ぶのは家でだけ。幼稚園では話しかけないで。」

何から何まで変わった提案に私はとまどうばかりであった。

「家って、どこにあるん?」

「私のバスの乗り場は知っているでしょう?鳥居の前から、下に数えて3軒目が私の家よ。」

「今日、行ってええの。」

「幼稚園から帰ったらすぐに来てちょうだい。もう私に話しかけちゃだめよ。」

そう言い終わると亜紀ちゃんは背を向けて向こうに行ってしまった。

家に帰ると、私は母に新しい友達の家に行って来ると告げた。母は珍しい事もあるもんだと言ったが、特に咎める事もせず、ただ行き先だけを聞いた。私が神社の向こうの家と答えると、そう遠くない場所と安心したのか、気をつけて行くんやでと送り出してくれた。私は幼稚園の制服のまま家を出た。

大鳥居に行くには神社を横切らなくてはならなかった。家から見える北の鳥居をくぐり、短い階段を下りるとすぐ左手に本殿が見える。その本殿の塀に沿って真っ直ぐ進むと、やがて階段の上に南の楼門が見えてくる。大鳥居はその楼門を潜った先にあった。

いつもバスで通る坂道を歩いて下る。坂の一番上は大きな料亭である。その長い壁がつきるところに、出格子の付いた二階屋があった。その隣は、白い塀で囲まれた料亭風の建物だった。その隣も同じような造りで、その家の玄関には暖簾が掛かっていた。暖簾の無い方が亜紀ちゃんの家だろうと見当を付けて、小さな階段を上がり格子戸を開けた。

格子戸の向こうにもまた階段があり、その先には庭が広がっていた。庭には植え込みがあり、灯籠があった。その庭を取り囲む様に洒落た建物がコの字型に建っていた。庭に面しては大きな窓になっていたが、どこも雨戸が閉まっていたのでどこか暗い印象がした。

一見して入り口が判らなかったが、左手に小さな格子戸があったので、そこを開けてみた。中は玄関になっていて、その奥がこぢんまりとした和室になっていた。そこには誰も居なかったが、右手に襖がありその奥から何人かの子供の声が聞こえてきた。気がつくと、足下の靴脱ぎに小さな靴がいくつも散らばっている。あれっ、と思いながら亜紀ちゃんの名を呼ぶと、少しの間を置いて、襖の向こうから彼女が現れた。

「いらっしゃい。こっちへ入って。」

亜紀ちゃんに招かれるままに玄関を上がり、襖の入り口を入った。すると、次の部屋で何人もの男の子が思い思いに遊んでいた。どの子も幼稚園で見た顔である。ただ、仲の良い子は一人も居なかった。彼女はそのまま部屋を横切り、向こうの襖を開けて

「こっちへ来て。」

と私を呼んだ。その部屋に入ったのは私一人だった。私は思わず亜紀ちゃんに言った。

「二人で遊ぼうという事やなかったん?何であんな子たちが居るん?」

それには答えず、

「ちょっと待って。」

と亜紀ちゃんは襖を閉めて、隣の部屋に戻って行った。そして、男の子たちに向かって、

「さあ、あの人が来たから帰って。」

と言って追い出しに掛かった。男の子たちはぐすぐすしている様子だったが、

「約束でしょう。早く帰って。」

と亜紀ちゃんが強い調子で言うと、仕方なしといった感じで帰っていった様だった。

「さあ、何して遊ぶ?」

部屋に戻ってきた亜紀ちゃんは、事も無げに言った。私はちょっとたじろぐ思いがした。亜紀ちゃんに興味を持った子は、私一人ではなかった様だ。その中から亜紀ちゃんは私を選んだらしい。それは意外でもありうれしくもあったが、あんな強い調子で物を言えるなんて信じられなかったのである。

「帰してしまって良いの?」

と私は亜紀ちゃんに聞いてみた。

「知らないわ。駄目と言っているのに、どうしても言うから来てもらっただけ。でも、あなたが来るまでよと言ってあったから大丈夫。」

まだ驚いている私の後ろに、亜紀ちゃんのお母さんが現れた。

「あなたが言っていたのはこの子?」

「そう。」

「判ったわ。でも、もうあんなに沢山呼んじゃ駄目よ。」

「判ってる。もう来ないように言っておいたから。」

「じゃあ、仲良くしてあげてね。」

お母さんは最後に私にそう言うと、また奥の部屋に戻って行った。

事情が良く飲み込めないまま、私たちは家の探検から始める事にした。家がコの字型になっているのは外から見たとおりである。後から考えれば、料亭用に造られた貸家だったのだろうけど、当時の私にはとにかく変わった家に思えた。

玄関にあった部屋は、部屋の準備が出来るまで待つための待合だったのだろうか。その隣に子供たちが遊んでいた部屋と私が通された部屋があり、さらに奥にお母さんの部屋があるらしかった。これが北側の棟の間取りである。

南側の棟は客室だったのだろう。長い廊下に面して畳の間が三部屋ばかりあり、廊下とは襖で仕切られていた。どの部屋もがらんとして中には何も置かれてはいなかった。そして、外から見たとおり、大きなガラス戸が庭に面して嵌められていたが、どこも雨戸が閉めてあるので中は薄暗かった。

どこにも明かりが無い中で、コの字の縦線にあたる部分に坪庭があり、唯一の明かり取りになっていた。このため、坪庭の周辺だけが薄明るく、その明かりが南の棟の中をわずかに照らしているのだった。

坪庭の横には階段があり、二階に上る事が出来た。二階も客室用の造りになっており、似たような部屋がいくつかあった。薄暗さは南の棟以上であり、その薄気味悪さが子供心にはおもしろく感じられた。

その後、何度かこの家に行ったが、その都度二階に上がりかけてはわざと怖がるという遊びをした。亜紀ちゃんも自分の家なのに、一緒になって怖がってくれた。

階段の下は物入れになっており、開けようとしたらお母さんに怒られると言って亜紀ちゃんに止められた。ここも秘密の部屋として、二人の遊び場となった。

亜紀ちゃんに父親は居なかったらしい。一度も父親の話は出たことが無く、家にも父親がいるらしい気配は無かった。はっきりと聞いた訳では無いけれども、たぶん母子家庭だったのだろうと思う。

お母さんは、いつも家に居たらしい。と言うのは、私が行ってもほとんど姿を見せなかったのだ。見かけたのは最初の日と最後の日、そしてあと一度は何時だったか、部屋に掃除機を掛けている姿だった。当時、掃除機はまだ珍しく、私の家にも無かった。これを見たとき、亜紀ちゃんの家はきっとお金持ちなんだなと思った記憶がある。ただ、姿は見えないけれども、いつも奥の部屋に居る気配は感じられた。

親がその場に居ないのを良いことに、良く磨かれた廊下をスケート場よろしく、靴下をはいて滑るという遊びも良くした。これをすると、足の裏が妙にくすぐったくて、気持ちが良かったのである。

今思えば、亜紀ちゃんは女の子らしい遊びをしようとは一度も誘わなかった。大抵は私が遊びを提案すると、すぐにそれに乗ってくれた。男勝りなところがあったのだろう、女の子ではなく、男の私を遊び相手に選んだ訳はここにもあったと思う。

以下3に続きます。

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京都・洛中 御会式桜 ~妙蓮寺1.28~

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妙蓮寺の御会式桜の開花が進んでいます。1月28日現在でどんなものだう、4分咲き位になっているでしょうか。

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もっとも、冬の間中咲き続けて、4月上旬に満開になるという桜ですから、これから一気に開花が進むという事は無いはずです。見方を変えれば、そこそこ見応えのある今の状態がずっと続くという事になるのかも知れませんね。

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難点は本堂の改修工事が行われており、仮覆いのせいであまり見栄えがしないという事ですね。仮覆いのせいで割を食っているといえば妙蓮寺椿もそうです。すっかり日陰になっており、片隅に追いやられているという印象でしたね。

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それでも花を咲かせているのはさすがですが、相変わらず鳥の害はあって、程度の良い花はほんとんど見当たりません。やっと見つけたのがこの花ですが、ちょっと小ぶりでしたか。

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境内のそこかしかでは、水仙が咲いていました。秋の彼岸花と言い、四季を通じて境内を花で埋めようとしているのかも知れないですね。既に芙蓉の寺として知られていますが、さらに花の寺として進化してくれれば、とても嬉しい事だと思っています。

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2012.01.30

京都・洛東 椿2012 ~常林寺 1.28~

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萩の寺として知られる常林寺ですが、この時期は綺麗な椿が咲いています。数は少ないのですけどね、結構楽しみにしているのですよ。

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本堂の前で咲いているこの花は、たぶん雪中花でしょうか。この上品な色合いが好きで、お気に入りの花の一つなのです。

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庫裏の入り口にあるこの椿は京鹿子かな。奥まった場所にあるので見付けにくい事が難点ですが、これも綺麗な花ですよ。

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子育地蔵の前では、蝋梅が咲いていました。今の時期、香りに誘われて見つけるとうれしくなる花ですね。

ぱっと見、何も無い境内なのですが、ちょっと探せばこんな花たちが隠れています。出町柳に行かれる事があれば立ち寄って見られてはいかがですか。

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2012.01.29

平清盛 第4回 「殿上の闇討ち」

(長承元年、院の北面の武士となった清盛。流鏑馬の稽古に励む武士達。見事にこなす佐藤義清。上手く射る事が出来ずに失笑を買う清盛。)

(待賢門院の供の支度を命じられる清盛達。その支度とは、顔に白粉を塗る事でした。唖然とする清盛。)

(待賢門院が和歌を詠う場を、警護する清盛達。武士達に歌の感想を求める女院。そつなく答えていく同僚に比べて、とんでもない答えをして叱責を受ける清盛。見事に添削して見せる義清。)

(あまりに武士らしくない勤めに、荒れる清盛。女院に気に入られる事で出世の糸口を掴みたいと願っているのだと義清。)

(鳥羽上皇の寝所。璋子に帝を産んだ事を詫びて欲しいと頼む上皇。私が悪かったと素直に謝る璋子。そなたという女はと、涙して寝所を出て行く上皇。あっけにとられている璋子。なぜ否定しないのかと女院を咎める堀川局。私がここに射るのは后の勤めゆえだと女院。)

(白河院の呪縛に思い悩む上皇に、得長寿院を献上した忠盛。心を癒してくれる忠盛を信頼し始める上皇。)

(家盛と弓の稽古に励む清盛。共に父と同じ様な立派な武士になりましょうと家盛。忠盛は正四位下という、武士にしては破格の官位を得ていました。出世の果てに何があると否定的な清盛。そこに転がり込んできた郎党の家貞。)

(忠盛の屋敷。忠盛が殿上人となった喜びに沸く一族郎党達。我が事のように父を祝福する家盛。促されて、上辺は父を祝福する清盛。清盛が北面の武士となり、王家への忠義を示したからこそだと家貞。家成から祝いの席を設けると言われている、お前も来いと言われ、不自然に笑いながら同意する清盛。顔を崩して祝福に現れた忠正。大宴会となる忠盛邸。)

(鱸丸から自分の郎党達が無事に西海に帰った事を聞き、安堵する清盛。忠盛が殿上人となった事を聞き、祝福する鱸丸。腹が満たされる程に空しくなっていくと清盛。)

(忠盛の出世を聞き、酒を呑んで荒れている為義。源氏が平家に遅れを取ったのは父が不甲斐ないからだと矢を向ける義朝。そのとおりだと悄然となる為義。顔を歪めて出ていく義朝。)

(忠盛の昇殿に異を唱える忠実。忠実を復職させたのは、白河院の勢力を一掃するためだ。藤原摂関家の天下をほ取り戻す機会などと思ってはいけないと釘を刺す上皇。意趣を含んだ様子の忠実。)

(宴の場に現れた忠盛。並み居る貴族の中で快く迎え入れるのは家成ただ一人。父に従って来た清盛。彼はまだ地下の身なので、庭に座ります。そこには徳大寺家の家士として、義清も来ていました。その場に忠実と忠通が現れ、畏まる人々。)

(忠実以下の人々に忠盛を紹介する家成。殊勝にあいさつをする忠盛。藤原摂関家が出る場に、伊勢平氏風情が連なるとはと嫌味を言う忠通。帝も上皇も昇殿を認めているのだと家成。上皇の心弱りに付け込んだ寄進で世に出ただけだと忠通。忠通を遮り、家成の言うとおり、武士でありながら昇殿を許されたのは才を認められての事だろう、では舞なと見せてくれと忠実。その言に従い舞い始める忠盛。)

(忠盛の舞を褒める義清。ところが、伶人達が出鱈目な演奏を始めます。あらかじめ忠実が手を回してあったのでした。音楽と合わずとまどう忠盛に、周囲から酒が浴びせかけられます。何事かといきり立つ清盛を押さえて、ここで行われているのは政だと諭す義清。懸命に舞っていた忠盛ですが、ついには酒に足を滑らせて尻餅をついてしました。あまりの事に、それくらいで良いでしょうと声を荒げる家成。殊勝にさらなる精進を誓う忠盛。悔しがる清盛。)

(豊明節会に出るべく支度をしている忠盛。)

(為義を呼び、今夜は忠盛が内裏の渡り廊下を一人で渡る事になる、源氏の誇りを取り戻すが良いと闇討ちを示唆する忠実。)

(出かけようとする忠盛に宋の国の剣を差し出し、これを腰に差して寄らば切るの気構えをもって昇殿してくれと詰め寄る清盛。殿上での帯刀は禁じられていると言い、飾り刀で行くと答える忠盛。父上は武士としての誇り、心の軸を失ってしまった、ただの王家の犬だと罵り、飛び出していく清盛。)

(河原で寝転がって剣を弄んでいる清盛。そこに現れた義朝。北面の武士なら暇を惜しんで鍛錬しろと叱りつける義朝。そんなに良い所ではないと清盛。北面の武士とは言っても大した志は持っていない、その果てが父、忠盛だ、情けない男になってしまうだけだと吐き捨てる清盛。その清盛に駆け寄って殴り飛ばし、父が殿上人である有り難みが判らぬのかと怒鳴りつける義朝。反対に馬乗りになり、見たくもないものを見せられる情けなさが判るのかと殴り返す清盛。肩で息をしながら座り込む二人。父を取り替えるかと義朝。)

(そこに駆け込んできた源氏の郎党の通清。かれは為義が忠盛を斬るつもりらしいと伝えに来たのでした。何、と飛び起きる清盛。)

(内裏。家貞と目配せをして中に入る忠盛。忠盛を討つべく待ち伏せをする為義。忠盛を救うべく駆ける清盛。)

(内裏で、忠盛を一人にすべく誘導する忠実の家人。一人、薄暗い廊下を行く忠盛。その背後から現れた為義。その気配に気付き、殿上での帯刀は御法度だと声を掛ける忠盛。意表を突かれた為義。)

(法に背いて自分を討っても源氏は報われないと忠盛。忠実が盛り立てて呉れると為義。人を頼っていては当てが外れると忠盛。自分の父は正盛に討たれた、今度は自分がお前を討つ、そうしなければ義朝は永遠に浮かばれないと為義。その様子を陰で見ている義朝と清盛。飛びだそうとする清盛を押さえる義朝。)

(斬りかかった為義を倒し、抜刀して突きつける忠盛。それは本身ではないかと為義。忠実には、忠盛が抜刀したゆえ斬れなかったと伝えるが良いと忠盛。そう伝えれば忠盛も唯では済まないぞと為義。ここで斬り合えば源氏の平家も終わりだ、どちらが強いか試すのは、もう少し先にのばせないかと忠盛。いぶかる為義に、その勝負は武士が朝廷に対して十分な力を持ってからにしたい、私は王家の犬では終わりたくないのだと言い捨てて立ち去る忠盛。貫禄負けした為義。)

(何事も無かったように、節会の席に着いた忠盛。その忠盛を見て、太い男だと忠実。打ちひしがれている為義。そこに現れた義朝に、また忠盛にしてやられたと謝る為義。父がやられた分は自分がとりかえすと義朝。自分が強くなって父を守ると義朝。それほど老いてはおらぬと為義。陰で涙する通清。)

(翌朝、都大路のとある門に差し掛かった忠盛は、そこで寝ている清盛に気付きます。いつからそうしていたのかと問う忠盛。父こそ、いつから王家の犬で終わりたくないと考えていたのかと清盛。それはお前を育てると決め、平太と呼んだ時からだと忠盛。照れ隠しに、殿上で抜刀などして、為義が告げ口でもしたらどうするつもりだったのかと食い付く清盛。為義は告げ口などしない、それに帯刀などしていないと言って太刀をぬいて見せる忠盛。それは銀箔を貼った木刀でした。新入りの殿上人は嫌がらせを受けるものと言って、家貞が考えて呉れたと忠盛。しかし、まさか為義が本気で斬りに来るとは思わなかった、ひやひやしたと哄笑する忠盛。ほっとする清盛。)

(殿上はお前が思うよりも面白いところだと忠盛。いい加減な事を言ってと哄笑する清盛。)

今回の冒頭の流鏑馬のシーンは、糺の森でロケが行われたのですね。まだ木々が緑なので、夏から秋にかけての頃かと思われますが、これは是非見たかったなあ。葵祭において、糺の森で流鏑馬が行われるのは周知のとおりですが、それを踏まえてのロケだったのでしょうね。

今回は平家物語にある殿上闇討の段に沿ってストーリーが展開しました。まず、忠盛が得長寿院を寄進した事により殿上人となって事は前回にも書いたとおりですが、これは平家物語にも書かれている事です。この時、忠盛は但馬国を与えられて但馬守となっているのですが、殿上人になったのはそれに加えての事でした。余程鳥羽上皇の琴線に触れる寄進だったという事なのでしょうか。

次に、忠盛が昇殿を許された事を快く思わない殿上人が闇討ちにしようとした事も平家物語にあるとおりですが、ドラマの様に忠実が為義を唆した訳ではなく、また名前までは記されていないので、誰が企んだ事なのかまでは判っていません。

これを聞いた忠盛が銀箔を貼った木刀を用意したのはドラマにあったとおりで、平家物語ではもっとあけすけにこれを使っており、わざと人前でこれを抜いて見せ、髭に当てて切れ味を試すという様なパフォーマンスを展開しています。そして、夜になるとかがり火の明かりが刀に反射して、さながら氷の刃の様だったと記されています。

一方、ドラマではこれを考案しただけとされていた家貞ですが、平家物語においては袋に入れた太刀を持って、殿上の小庭に潜むという大胆な事をしています。当然見とがめられて退出を命じられるのですが、彼は主人が闇討ちにされると聞いたので、それを見届ける為にここにいる、だから出て行く訳にはいかないと言って動きませんでした。事ここに至って、闇討ちを計画していた殿上人たちは実行を諦めたとあります。

忠盛が辱めを受けたのはこの後の事で、ドラマの様に舞を邪魔されたのではなく、もっと陰湿なやり方でした。まず、忠盛は生まれついての斜視で、これを眇(すがめ)とも言います。次に、平氏の本国は伊勢で、伊勢平氏とも呼ばれていましたが、この国で出来る瓶子(へいし)は粗末な物が多く、酢の入れ物程度にしか使われていませんでした。つまりは酢瓶(すがめ)ですね。

これをひっかけて、忠盛の前で、伊勢のへいしはすがめなりとはやし立てたのです。表の意味は伊勢の国の瓶子は酢瓶だと言っている訳ですが、その実は忠盛が斜視である事を当てこすっているのですね。何とも手の込んだ揶揄ですが、こういう事をさせたら当時の殿上人は天才的でした。これはまた悪しき伝統であり、昔から新入りの殿上人は、こうした嫌がらせを受けてきたのでした。

ドラマの忠盛は平然と受け流していましたが、平家物語においてはあまりの辱めに耐えられず、節会の途中で退席してしまってまいす。そして、皆で見ている前で女官に差していた太刀を預けて帰るという事をしました。

後日、殿上人達は、節会の席に太刀を持ち込んで抜刀までした事、また庭先に郎党を潜ませていた事は法度に触れると言いだし、忠盛の没官を要求します。これに対して忠盛は、預けて置いた太刀を取り寄せて、その場で抜いて見せました。これは前述のとおり銀箔を貼った木刀だった訳ですが、鳥羽上皇は忠盛の用意の良さに感心され、郎党が潜んでいた事についても武門の習いだとして咎める事はしませんでした。

ドラマと平家物語を比べるとこんな感じで、上手い具合に物語をなぞりながら、ドラマを展開させていた事が判ります。ただ、あれでは為義が可哀想過ぎるのですけどね、このドラマにおいてはそういう役回りを与えられてしまったのでしょう。

ドラマとしては、忠盛の大きさが際だった回でした。清盛もまた忠盛の真意に気付き、その意に服する様になった様ですね。なかなか格好良い父親ぶりだったのではないでしょうか。この時忠盛は36歳ですから、ちょっと貫禄がありすぎるという気もしますけどね。

次回は忠盛が海賊退治を命じられる様です。これも実は前回に書いてしまっており、どうも先走りすぎている様ですね。でも、どこまで史実に沿って来るかは判らないものなあ。

海戦のシーンは、前宣伝では最も力を入れたと言っていたところなので、どれだけ迫力のあるシーンが見られるか楽しみにしているところです。


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